第349話 「二度目の新年③」

 ギルド主催の種植えが終わり、種の補充も済み、今度は冒険者で集まって商店街へ向かうことになった。バラバラで行くよりは賑やかしになるだろうと思ってのことだ。


 王都に戻ると、朝方よりは人の出があった。しかし、記憶にある去年の感じには程遠い。本当に、ささやかな人通りしかない。

 ただ、バタバタと忙しく動き回る人は見受けられなかった。おそらく、まだあちらに動きがないのだろう。そう思っておくことにした。

 西門から入って中央広場の方へ、俺たちは歩いた。東に進むにつれ、少しずつ人の姿が増えていく実感はあるものの、それでも寂しい年初だ。こころなしか、俺たちの中でも会話がとぎれとぎれで、物寂しい。


 中央広場につくと、ラックスが俺たちの集まりから出た。そして、少し申し訳無さそうな顔で言う。


「ごめん、ちょっと用事があって。ご挨拶もあるし……」

「ああ、了解」

「じゃあな」

「うん」


 特に言葉を重ねる必要はなかった。小さく手を振って、彼女は北へ駆けていく。

 ご挨拶があるってのは本当だろうけど、本命は他の用事だろう。もうそろそろ、何かあるんじゃないか。そんな予感が俺たちの間でも漂い、言葉一つ発するのにも気を遣うような空気になった。


 そうして妙な緊張感を漂わせながら、俺たちは東の商店街に着いた。おそらく、今日の王都では――行政や軍部を除いて――最も賑わっている区画だろう。大変な活況とまではいわないまでも、どうにか盛り上げようという、商店街の方々の活力を感じる。

 メインストリートから少し路地に入ったところには、結構な大きさの広場がある。そこが、商店街主催の種植え会場だ。そちらに足を運ぶと、意外にも人々の明るい笑顔を見ることができた。やっぱり、内にこもっているよりはずっといいんだろう。


 しかし、その集まりの中にエスターさんの姿を認め、俺は自分の気持ちが暗くなるのを感じた。

 今でも、彼女の店は普通に営業している。その点は大丈夫だし、目の前の彼女も普段どおり柔和な表情だ。特に問題はない。問題があるとすれば、俺の方だ。

 ただ、幸いと言っていいのか、エスターさんに対して挨拶しなければと考えている奴は、俺の他にもいた。ハリーとサニー……つまり、あの時の仕事を一緒に受けてて、今も一緒に戦いに行こうとしている二人だ。


 広場に着いてから、俺たち冒険者グループは一時解散したものの、俺とあの二人は互いの姿を見つけると自然に集まりだした。先にサニーが話しかけてくる。


「エスターさんに説明を?」

「そのつもり。世話になってるし、心配かけてしまうだろうし……」

「そうだな」


 俺の言葉に、ハリーは少し重い口調で同調した。

 気が進まない部分は確かにある。しかし、それでも言わなきゃいけないだろう。意を決して三人で彼女の方へ歩き出す。

 すると、彼女は俺たちに気づいて笑顔で手を降ってくれた。しかし、それからすぐに、神妙な表情になっていく。三人揃って何事か、もう察しが付いているのだろう。俺が「ちょっとお話が」と言うと、彼女は少し切なそうな笑顔で、「まずは、植えてからですね」と言った。

 それから、俺たち三人は、エスターさんが植えたという辺りにお邪魔して、種を植えた。その間、特に言葉はない。まわりがそれなりに賑やかな中、なんだか自分たちが浮いているような気がした。


 種を植えてから、俺たちはエスターさんの案内で店に入った。営業中だけど、他にお客さんはいない。カウンターの店員さんは少し暇そうだ。しかし、俺たちが入るなり背筋を伸ばし、「いらっしゃいませ~」と声をかけてくる。


「今日は、客っていうか……」

「そんなこと言って~、帰るときに買ってくれるんでしょ~、知ってるんですよ~」


 店員さんはそう言って絡んできた。まぁ、暗い顔で接遇されるよりはずっといいけど。

 店の奥に進んで、いつもの応接室に通された。ただ、今までよりもずっと重苦しい空気に感じられてしまう。

 四人でそれぞれソファーに座ると、程なくして茶と菓子を持ったフレッドがやってきた。彼は手慣れた様子で準備を整えると、俺たちににこやかな笑顔を向けて頭を下げた。

 それで……言い出しづらいけど、引き伸ばしたって仕方ない。俺はテーブルを挟んで向かいにいる二人に、話を切り出した。


「近日中に、反政府軍の方で動きがある見込みです。それに合わせ、こちらも出兵することになると思いますが、俺たちもそれに加わります」

「そう……ですか」


 エスターさんは、飲みかけたカップを皿に戻した。その時の、茶器が触れ合う音が、妙に耳につく。

 打ち明けてから少しの間、部屋の中は静かになった。フレッドの顔は青ざめている。一方、エスターさんは両腕を腰に回して、わずかに震えている。しかし、カップに落とした視線には、妙に力強さがあった。

 それから、彼女は俺たちをまっすぐ見据え、静かに語りだした。


「あの仕事があるまで、私は温かな世界に包まれていたと思います。でも、あの一件があって、この子を知り合って……この世には、私の知らない世界があって、それは決して私と無縁なんかじゃないんだって、思い知りました」


 そう言って、エスターさんはフレッドの頭に優しく手をおいた。そして、彼を慈しむような視線を、再度俺たちに向けて、尋ねてくる。


「冒険者ですから、参戦するかどうか、それは本人の自由ですよね?」

「はい」

「では、どうして?」


 横の二人にそれぞれ視線をやると、手で「どうぞ」みたいなジェスチャーをされた。それから、サニーが少し冗談めかして言う。


「同じこと3回も聞かされたくないでしょうし……」

「まぁ、そうかな」


 この二人も、俺とは違う動機や理由があって、この戦いに臨んでいるんだろう。でも、目指すところは同じだ。そう、信じられる。だから俺は、二人に代わってエスターさんとフレッドに告げた。


「少しでも、この戦いで亡くなる方を減らせるように……そのために、俺たちは戦います」

「そう、ですか」


 エスターさんは、そう答えて笑顔を向けてくれた。しかし、その表情が少しずつ崩れ、目には少しずつ涙が溢れ……。ハンカチと両手で顔を覆った彼女は、少ししてから、少しくぐもった声で言った。


「人の命より、自分の命を大切にしてください。お願いですから、わかってます?」

「……はい」

「本当にわかってますか? ネリーさんやセレナちゃんを泣かせるようなことがあったら、私、許しませんから」


 さすがに、これは横の二人”だけ”に向けた言葉じゃないだろう。3人で顔を見合わせ、声を揃えて「はい」と返すと、エスターさんは顔を覆う手をよけ、涙ながらに微笑んでくれた。

 その後、3人でフレッドの頭をクシャクシャ撫でてやってから、俺たちは応接室を出た。そして店の入口ヘ向かって歩いていって、カウンターの店員さんと目が合った。

 その瞬間、強力な罪悪感が胸を締めつけてくる。なんやかんやで店主を泣かせてしまったようなものだし、「何も買わないの?」と言わんばかりの店員さんの視線が、胸に突き刺さる。

 そこで、二人とは別れ、俺はマフラーを一つ見繕ってもらうことにした。すると、店員さんは「どれでもお似合いですよ~」とかいい加減なことを言って、白いマフラーを俺の首に巻き付けてくる。薄手の生地の肌触りはなめらかで軽い装用感だけど、一方でしっとりとした温かみもある。


「これ、すごくいい生地使ってまして、結構します。でも、オススメですね。お似合いですよ~」

「今、そんなに持ち合わせないんですけど……」

「建て替えますよ、私」


 そう言いつつ、店員さんはマフラーをぐるぐる巻きにしてくる。そして、俺に真剣な眼差しを向けて言った。


「ちゃんと返してくださいね。信じますよ」

「……わかりました」

「ちゃんと返さないと、店長が泣きますからね?」


 強力な脅し文句を言った彼女に無言でうなずくと、彼女は真面目な顔をフッと柔らかくした。


「ところで……巻きがキツくないですか? こんなもんですか?」

「ああ、それはですね……いいお客さんが離れないようにって」


 悪びれる様子もなく、店員さんは小さく舌を出して微笑んだ。

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