第348話 「二度目の新年②」

 衛兵隊主催の種植えの後、俺たちは工廠主催の種植えに参加するため、王都南の大きな農場へ足を向けた。この”俺たち”の中には、普段の仕事仲間ばかりではなく、今回の内戦に出兵する方々もいる。

 工廠の方でやる種植えは、軍の方も参加する事が多い。ただ、今日は例年よりも多いようだ。それだけ、工廠のみんなが、今回の戦いに関わり合いになっているということでもある。


 目的地につくと、現地にはすでに大勢の人が詰めかけていた。しかし、彼ら民間人の中には、俺たち一団が姿を表したことで、かなり驚いた人もいた。物々しいように感じられてしまったのだろう。

 冒険者や軍人の参加人数が例年より多い一方、民間人の参加は昨年より少ないようだ。工廠職員が教えてくれたところによると、商業活動に自粛ムードが漂っていて、魔道具の民需が冷え込んでいるんだとか。

 そういう世相を反映してか、やはり雰囲気はかんばしくない。こんな状況でも種植えに参加しているのだから、むしろ骨のある方々が多いのだろうけど……彼らから兵のみなさんに向けられる視線は、複雑だった。


 所長さんの短い挨拶の後、種植えが始まった。そこで、せっかくだから空描きエアペインタープロジェクトに関わった連中を集め、一緒に種を植えようという話に。

 幸いにして、例の活動に関わった仲間は、みんなここに来ていた。工廠からの協力者は当然として、ホウキ乗りの連中も普段から世話になっているし、事務方で頑張ってくれたシルヴィアさんとラックスも、何かと工廠には縁がある。だから、ここに来ている事自体は別段の不思議はないんだけど、なぜかホッとした。

 そうやって全員集まった。実際には、殿下も関わり合いになっていたんだけど、さすがに呼べないだろう。

 しかし、全員集めても、まだ足りない気がした。そこで、俺はみんなに提案する。


「巻き込みたい人も誘わない?」

「いいね。まぁ、みんな同じこと考えてそうだけど」

「呼んできなよ」


 そう言って仲間が指差した先を振り向くと、シエラとアイリスさんがいた。どうも、こちらに視線をチラチラ向けていたらしい。そこで、言い出しっぺの俺が勧誘に向かうことになった。

 俺が二人に近づくと、向こうは気づいたようで、表情を変えた。アイリスさんは普段の穏やかな笑みを向けてくれているけど、シエラは少し切なそうな微笑だ。そんな彼女たちに、俺は話しかけた。


「一緒にどうですか」

「種植えですか? もちろん」


 アイリスさんは即答したけど、シエラはうつむき加減になっていて、その場を動こうとしない。ややあって、彼女は口を開いた。


「私……軍の方と、すごく関わり合いになってるから……」

「じゃあ……チョット待ってて」


 それだけ言って、俺は仲間たちの方へ戻った。

 シエラが考えていることは、なんとなくわかる。冒険者連中と軍の方々と、どちらかを選べないんだろう。種二つ、別々に植えれば……と思わないでもない。しかし、それはそれで彼女の心の中に、溝を作ってしまうような気がした。

 改めて振り返ってみると、場の視線がそれとなく彼女に向いているような気がした。思えば、ホウキが世に出たこの一年で、王都周りの状況は大きく変わった。その中心にある彼女は、一般に名を知られているわけじゃないけど、ここにいる方々は大体が知っていると思う。そうして世の中が色々と移り変わっていく中、俺の目には、渦中の彼女が孤独に映った。


 仲間たちのもとに戻ると、複雑な表情で女友達が話しかけてくる。


「フラレちゃった?」

「いや、そういうのじゃないけど……軍の方にも声かけていいかな?」

「へ?」


 少し怪訝な視線を向けてくる仲間もいるけど、俺の考えを察したのか「はぁ、なるほど」みたいな感じの奴もいる。それで、俺は話を続けた。


「軍の方の中に、アレ見てたって方はいると思うんだけど、興味があるなら次は一緒にって……どうかな」

「私は、良いことだと思いますよ!」


 そう言って背を押してくれたのはシルヴィアさんだ。「事務的な面倒は増えますけどね~」と言って苦笑しているものの、それでもかなり好意的に受け止めてくれている。

 他のみんなも、軍の方に打診することに、異存はないようだ。そこで、軍装部のトールが俺と一緒に勧誘に向かってくれることになった。

 そうして、軍の方々のちょっとした集まりの中に突撃し、俺は話を持ちかけた。俺の提案は、彼らにとっては予想だにしていなかったものだったのか、かなり驚いている。そんな中、制服姿の高官の方が話しかけてくる。


「我々が関与することになっても、宜しいのですか? そちらに面倒などは……」

「それはあると思いますが……次からは一緒にやりませんか? 仲間の同意は取れてます」


 すると、少しずつではあるものの、手を挙げる方が現れた。それを見て、高官の方は複雑な面持ちで目を閉じた。


「わかりました、話の詳細は……初夏にでも」

「そうですね」


 さすがに今冬から今春にかけては難しいだろう。それでも、提案を受け入れて、意思表示していただけた。

 そうして同意を取り付けた俺は、軍のみなさんを引き連れて仲間のもとに戻った。仲間の中には、驚いている奴もいれば、なんだか晴れがましい表情の奴もいる。

 そうして、冒険者と軍の集まりができたところで、俺はまたシエラの方に足を運んだ。彼女は、やっぱり少し伏し目がちになっている。そんな彼女に、俺は手を差し出して言った。


「ほら、シエラも」

「……うん」


 すると、彼女の背をアイリスさんが押した。ただ、その勢いが思いの外強かったのか、単にびっくりしたのか……バランスを崩したシエラを、俺が抱きとめる形になる。

 それを見て、アイリスさんは両手を口の前で合わせた。いかにも、「やっちまった」という表情をしている。それから、彼女は消え入りそうな声で「ごめんなさい」と言った。どっちに向けた言葉なのかは、この際聞かないことにする。


「まぁ、ケガしませんでしたし、いいんじゃないですか」

「本当に、ごめんなさい。力加減が……」

「シエラが軽いだけじゃ?」


 すると、胸元辺りから腕がニュッと伸びてきて、少し小さな手が俺の頬をムニッとつねった。



 こうして午前中の公的機関の部が終了し、ここからは民間の集まりが始まる。最初はギルド主催の集まりだ。

 会場になる大きな公園へ足を向けようとすると、工廠での集まりとほとんど顔ぶれが変わらないようだ。それまで種植えしていた面々が、そっくりそのまま移動する形になる。

 それは、当然のことなのかもしれない。今みたいな難局にあって、工廠やギルドを始めとする関係諸機関の連携は緊密になっている。それに民間の方だって、こんな世の中でも普通に商売やってる方々は、結局の所、工廠とギルド両方のお客様って感じなのだろう。それを認めるように、商人の方から「我々は働き者ですなぁ!」という、若干シニカルな軽口が飛んで多くが笑った。

 会場につくと、そこにはすでにギルドマスターがいらっしゃった。しかし、ラナレナさんやウェイン先輩の姿はない。おそらく、向こうに何かしらの動きがあったときのため、ギルドで待機しているのだろう。

 すると、仲間内から、先輩方の不在について心配そうに触れる声が上がった。それに、シルヴィアさんが答える。


「今年はお留守番やっていただいてます。何があるかわかりませんし」

「シルヴィーはいいの?」

「ご挨拶回りも大切ですからね。先輩方の分も任されてますよ。種も預かってます!」

「いや、それは自分で植えんと」


 冷静なツッコミに、みんなで苦笑いする。しかし、すぐに笑いが収まって、少し重たい空気になった。

 新年の縁起事の最中でも、初動のために先輩方はスタンバっている。もしかしたら、種植えなんてやってる場合じゃないんじゃないか……そんな声が脳裏に響いた。

 しかし、親しい人間同士で集まって抱負を語り合うこの機会が、生き残って帰る強い理由になっているとも思う。そして、それは向こうにとっても同じことなんだと。

 あっちの人々は、何を思っているんだろう。そんな疑問が、ふと心に湧いた。気にしすぎれば戦えなくなる。でも、それを無視するようなら……自分が自分でいられなくなるような気がした。


「どうかした?」という、仲間の子の声で我に返る。さすがに、今考えていたことを口にするのは難しい。大切な悩みだとは思うけど、個々人で解決すべきものだ。

 そこで、俺はちょっとごまかすことにした。


「いやさ、この後のこと悩んでて……種が足りなくなるんだ」

「へぇ……まぁ、色々やってるもんね」


 話題提供のためのごまかしだけど、種が足りなくて悩んでいるのは本当だ。去年はギリギリで7つ使い切る形になったけど、今年はそこに練兵場の分が加わっている。

 このままだと、商店街の分か、孤児院の分か、お屋敷での分が足りなくなる。それぞれについて、足が重くなる要素はあるものの、種がないからって言い訳で行かないのは不義理だと思う。この種植えが、今年で最後になる可能性は……否定できない。だから、言わなきゃいけないことはある。

 そこで、俺は種を余分に持ってそうなシルヴィアさんに話を持ちかけた。


「先輩から預かった分以外で、予備とかあります?」

「ええっと、リッツさんのは青緑ですね……」


 そう言って彼女は、懐から巾着袋をいくつか取り出した。


「青緑の種一つで大丈夫ですか?」

「はい……というか、物持ちいいですね」

「ふっふっふ、準備がいいでしょう!」


 俺が一つ受け取ると、今度は他の仲間からも追加の要請が相次いだ。それに対し、シルヴィアさんはテキパキと的確にさばいていく。

 やっぱりみんな、今年は色んな所で自分の種を植えたいのかもしれない――そう思って、自分が少し湿っぽくなるのを感じた。

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