第347話 「二度目の新年①」

 1月1日。宿のみなさんと朝食をとってから、毎年恒例の種植えを行う。

 しかし、年初の縁起事だというのに、みなさんの顔はまったく晴れない。こんなご時世だから無理もない。

 元日は毎年静かに暮らし、外に出るのは2日からというのが通例だ。とはいえ、今みたいな重苦しい静けさは、どうにも気に入らない。だからといって一人騒ぐわけにもいかず、宿にとどまりっぱなしというのも居心地が悪く……俺はみなさんに断ってから外に出た。


 ある程度予想できていたことだけど、街路にはほとんど人が居なかった。強いて言えば、衛兵隊の方が見回りに歩いている程度だ。彼らにはなんとなく同業者みたいな親近感を覚え、すれ違うたびに声をかけて挨拶を交わした。

 年初からやってる店は、ほとんどなかった。それ自体は毎年そういうもんだろう考えることにしたけど、それにしても街が静かすぎる。中にこもった人々から、何の声も音も聞こえてこない。まるで、世の状況に身を潜め、視線を合わせないようにしているかのようだった。


 ギルドに足を運んでみると、いつもは真冬でも開けっ放しのドアが閉まっていた。非常用の所員以外は自宅にいるのだろう。

 しかし、普段は開けっぴろげなギルドがこの様子だ。それがなんだか暗示的に感じられて、気が塞いだ自分に気づいた。俺自身、少しナーバスになりすぎているのかもしれない。何かにつけ、悪いイメージと結びつけてしまっている。


 そう思ったところ、寒風が街路を舐めるように吹き付け、俺は身を震わせた。ここにいたって仕方がない。宿に帰ろうかと足を向けたその時、後方でギルドのドアが開く音がして、俺は呼び止められた。

「よう、お疲れさん」と言って声をかけてきたのは、ウェイン先輩だった。急いで振り返り、先輩に挨拶を返す。


「新年早々、お疲れさまです」

「いや、何があるかわからんし、一応開けておかないとな~。お前も入るか?」


 そう言うと、先輩は俺が返事をする前にドアを少し開けた。これはもう、入れってことだろう。お互い、特に用件がある感じではないものの、このまま帰るのもどうかと思い、俺はギルドに入った。


 中に入ると、受付ロビーに何人かいた。ラナレナさんに、シルヴィアさん、シドさんを始めとして先輩冒険者数名に……。

「お久しぶりです!」と話しかけてきたのはメルだ。相変わらずの朗らかさで、思わず自分の顔が柔らかくなるのを感じた。


「ほんと、久しぶり。色々忙しそうだけど、大丈夫か?」

「それはこっちのセリフですよ! 会わなくても色々と、話題は耳に入りますからね」


 メルの発言に、先輩方が含み笑いを漏らす。彼が言う通り、人の心配をしてられるほど安穏とした生活は送っていない。今も、彼には伝えづらい案件を背負っているところだ。それを思うと、少し気持ちが暗くなる。

 それから、俺たちは互いの近況について軽く話し合った。どっちも、軽々しく公表できない情報を抱えているのはわかりきっているから、かなり話題と言葉を選ぶ形になったけど。それでも、元気でやっているようで、それはなによりだった。


 そんな雑談が一段落すると、そもそも元日からこうして人が集まっている理由が気になった。そんなに軽いものでもないとは思うけど……。

 尋ねてみると、朝方にしては目がパッチリしているラナレナさんが答えてくれた。


「向こうの情報待ちよ。あちらで何らかの大きな動きがあれば、上からこちらにも通達が来るから」

「ああ、なるほど……」

「こっちもあっちも、今日は”家族と過ごす日”だから、目立った動きは来ないと踏んでるけどね~」


 とはいえ、あちらで何らかの動き――陛下からの訓示だの、軍の進発だの――があれば、こちらも対応せざるを得ない。だから、即応できるように最低限の人員を詰めているということだ。

 そこに通りかかった俺はというと、初動に貢献できるほどの事務力はない。「今日くらい、ゆっくり休んだら?」と言われ、話題が途切れた辺りで退出した。


 宿に戻ると、やっぱり静かだった。みなさん表情こそ穏やかで笑顔を向けてくれるけど、どこか弱々しさがある。

 そんな中、何かしら”一報”が入ったらどうなるだろうと、俺は考えた。みなさん、俺が冒険者をやっている事は知っているし、療養所の世話になったことも知っている。おそらく、この内戦に関連して動いていることも、察しが付いているんじゃないかと思う、


 結局、その日は向こうに動きがなかったようだ。夕方ギルドに顔を出しても、特に情報はなかった。国の諜報部門から連絡が来たそうだけど、現地の連絡員が特に何もなかった旨の報告をしたようだ。

 今の所、向こうに動きはない。しかし、それも長くないだろう。すぐにでも、ここから出なければならない日がやってくる。

 だから、俺はみなさんにお話することにした。殿下直属の近衛部隊だとか、その実態としての活動については明かせないけど、軍の進発に合わせて出立する旨を伝える自由は認められている。


 夕食の席で意を決して打ち明けると、みなさん固まった。仕方ないとは思う。しかし、言わずに居なくなるのも、宿を出るその時にいうのも、なんというか誠意に欠ける気がする。

 しかし、食卓が静まり返ったことに、俺は罪悪感を覚えた。朝から晩まで散々な元日だ。申し訳無さに少し顔を伏せ、シチューにスプーンを突っ込むと、ルディウスさんに話しかけられた。


「軍に帯同されるのですよね? どういった役回りなのかは……さすがに言えませんか」

「はい、上から止められているので……」


 とはいえ、こうして完全に隠したんじゃ、お互いにスッキリしない。それに、必要な打ち明け話としても、場が暗くなるのが、どうにも嫌だった。だから、俺は少し大口を叩くことにした。


「帰ってきたら勲章をもらえると思うので、まぁ楽しみにしていてください」

「勲章ですか」


 そう言って彼は目を見開いた。他のみなさんも、結構驚いている。

 しかし、言い出したのはいいものの、実際どうなるんだろうか。どのような形で戦勝したとしても、功労者を称揚することが、国の亀裂をそのままにしてしまうんじゃないかという懸念が湧いてくる。

 とはいえ、国のために戦った者に報いないってのも、それはそれで火種になりそうだ。どうなるのか頭を悩ませると顔が暗くなりそうだから、そこまでにしたけど。

 俺の大口のおかげで、食卓の気分は若干上向いたように感じる。この大口がウソになる可能性もあるけど……無事に帰れば、それでいいか。



 翌日2日。今年も、種植えは午前中に公的機関主催のものが順繰りに行われ、午後からは民間で勝手に集まってという形だ。


 最初に向かったのは魔法庁。去年は入り口のところで逡巡したのを思い出した。それで、俺と同じようにウィルさんがだいぶためらっていたことも。

 今年は特に気兼ねすることなく敷地に入ることができた。多くの職員と仕事のつながりができていて、顔もだいぶ知られている。俺が会話の輪に入っても、変に思われることはない。

 当たり障りのない会話をしつつ、俺は辺りに視線を巡らせた。ウィルさんの姿はない。今、どういう仕事をしているのかは定かじゃないけど……なんだか心配になってくる。

 現長官であらせられるエトワルド候のご挨拶の後、俺たちは種を植えた。

 俺の今年のお願いは、「Cランク試験のための勉強時間を取れますように」というものだ。7月の試験には間に合いそうもないから、早くも来年の試験に向けて……ということだ。

 一人黙ってお祈りを済ませると、知り合い職員の一団が話しかけてくる。


「主任は、何をお願いしました?」

「主任って……なんか懐かしいですね。お願いは内緒です」

「そうですか。私たちは、またブライダル事業を再開できますようにって」


 時勢を鑑み、例のブライダル事業は一時自粛となっている。こんな中で式を挙げたいってカップルもいないだろう。

 しかし、あの事業は、人の幸福に直接関われるまたとない機会を提供していた。それが中断されてしまったのは、やっぱりツラいのだろう。

 彼女たちは、「練習は欠かさずやってますよ、主任!」と言って笑顔を向けてくれた。それが、すごく嬉しい。

……とか思った矢先。


「それで、主任のお願いは?」

「……Cランクの試験勉強のための時間を取れますようにって」


 俺が答えると、彼女たち職員は互いに顔を見合わせ、それからニコニコしながら言った。


「合格したら、ウチに入庁します?」


 ジョークとも本気とも取れる発言に、俺は曖昧な笑みを返した。前にもエリーさんに、酒の席で似た感じの勧誘を受けたことがあるけど……。

 とっ捕まった経験がある者としては、だいぶ躍進したもんだ。


 魔法庁の後に足を運んだのは、王都の衛兵隊の集まりだ。実際には、王都に詰めている国軍関係者も参加するから、王都と国全体の守りに関する集まりと言っていい。

 去年は、この集まりに参加しなかった。しかし、今年は色々と軍に関わりを持つことになり、さすがに挨拶に向かわないわけにもいかない。

 一度王都を出て、俺は練兵場に足を運んだ。そのだだっ広い敷地の中に、木造の建造物群があり、種植えはその脇の花壇で行う。まぁ、花壇というか……適当に土を掘り返した程度のアバウトさだけど。

 この集まりには、冒険者がかなり参加している。過半数と言っていいかもしれない。魔法を使わない冒険者が、ここで訓練に混ざることは多いし、お互い情報交換をすることもよくあるから、ある意味では姉妹機関みたいなものだ。

 しかし、世相を反映したのか、辺りの空気は少し重い。状況に対する弱気さこそないものの、新年早々ピリッとした緊張感が漂う。

 無理もない話だ。反政府軍に動きがあるとすれば、まさに今日。あっちの陛下から、何かしらの訓示が下されるだろうというのが、諜報部の見立てだ。

 そして、あちらの動きに合わせ、こちらも王都を発つ。今ここにいる兵の方々の中にも、出撃することになる方が大勢いるだろう。そんな状況を思えば、この張り詰めた空気も仕方のないことだ。

 そういう重っ苦しい空気の中、わずかな会話の声も、波が引くように静まり返っていった。集まりの代表者らしき方が前に出てきたからだ。その、角刈りで筋骨たくましい壮年男性は、王都の衛兵隊長さんだ。

 彼は、眼光鋭く周囲を見渡した。敵意がないのはわかっていても、思わず身がすくむ。そして、彼は腹の底から出すような大音声で言った。


「今年ここで種植えて終わりというのは認めんぞ! 来年も来い! 毎年植えろ、以上!」


 その言葉が意味するところに何も感じない俺たちじゃない。それまで覆いかぶさっていた、重く苦しい空気を跳ね飛ばすように、俺たちは所属も階級もなく、一丸になって歓声を上げた。

 そんな大咆哮の中で、隊長さんはニカッと白い歯を見せて笑った。

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