第346話 「迫るその日に向かって③」

「最初、宣戦の話を聞いて、不自然だなって思って」

「不自然?」

「私の家、最前線とも縁があって、そのつながりでクリーガの情報も入ってくるんだけど……王都への反感は前から確かにあっても、そこまでじゃなかった。こんな、内戦になるようなほどじゃ」


 話しだした彼女の視線に、少しずつ力がこもっていく。しかし、一度長いため息をついてクールダウンしてから、彼女は少し話を変えた。この世の社会構造についてだ。俺が異界生まれと知っている彼女は、わかりやすく噛み砕くように話してくれた。

 どうやら、俺が知っている形とは違うものの、一種のシビリアンコントロールが機能しているようだ。軍はそれ単独では出動できず、その上にある王侯貴族も、強い発言力や影響力を有するにとどまる。結局は付き従う民衆の支持、議会の承認がないと、上から下る命令に意味がない。

 逆に言えば……民意を思いのままにコントロールできるなら、それは軍を手中に収めたも同然ということだ。

 そして、軍師の家系に生まれたラックスの実感として、文民に押さえつけられるまでもなく、軍人はきちんと統制が取れているとのことだ。


「……私が知っている限り、兵士のみなさんに血に飢えた獣なんていないよ。そういう奴は、軍じゃ自由に戦えないから、結局は別のところに行くしね。兵士はみんな……戦いたいんじゃない。守りたいの。色んなところの方に会ったけど、誰もがそうだった」


 彼女は、手元のカップを見つめながら話した。そのカップを握る手が震えている。それから、彼女は視線を俺に向けた。透き通った目の奥に、義憤の炎を見たような気がした。


「向こうの兵士は、民衆に送り出される形で進発する。でも、全員に敵意と殺意があるとは思えない……そう、思いたくない。望まずに送り出される兵士が、きっといる。そんな兵士の事を思うと、やりきれない気持ちになる。それに、こんな内戦の後に国の未来があるなんて、私には考えられない。ただただ戦争をしたいようにしか、私には感じられない。多くの民衆が、国の未来や歴史に理解がなくったって、それは仕方ない。でも、それをわかっていながら、領民の不満を戦意にすげ替えた者がいるのなら……私は、それを絶対に許せない。だから……」


 話すほどに熱を帯びる彼女の弁舌は、そこでストップした。

 思っていたよりも、ずっとずっと熱い子だった。爽やかな余裕の裏側に、ここまでの熱量を抱えているとは思わなかった。こんな状況でも人前で弱気を見せない、その理由を垣間見た気がする。

 言い終わった彼女は、少し恥ずかしそうにしていた。若干の間をおいて、照れ隠しみたいに苦笑して口を開く。


「長かったでしょ」

「いやまぁ……聞けてよかったと思うよ」

「リッツのは?」


 当然の流れのように彼女が尋ねてくる。彼女の思いに比べれば、俺のは……正直、どうなの? って感じだ。

 しかし、あそこまで胸の内を晒してくれた彼女に対し、だんまりするのも嘘つくのも、それはすごい不義理な感じがする。

 だから俺は、彼女に打ち明けることにした。


「大した理由じゃないんだけど」

「いいよ。逆に、そっちの方が興味が湧くかな」

「あと、内緒にしてほしい」

「私のも言わないでね」


 そんなやり取りの後、景気づけに熱いお茶を一杯飲み干してから……どこに出しても恥ずかしくない立派な親友の前で、俺は懺悔を始めた。


俺が本音の動機について語りだすと、次第にラックスの様子がおかしくなっていく。最初は俺の方に向けていた温かな視線も、そっぽをむくことが多くなって、瞬きも少し増えた感じがある。手元の動きも、落ち着きがなく、スプーンでお茶をかき混ぜる仕草が目についた。

 話す側としても、そんなに落ち着いて構えてられるもんじゃない。しかし、普段とはかけ離れた様子の彼女を見て、逆に少し冷静になってしまう。それぐらい、いつもの彼女とはギャップがあった。


 俺が話し終えると、彼女は「そう」とだけ言った。それきりすっかり静かになって数秒後、冷たい風が吹きつけて、二人で身を震わせた。

 その後、二人同時にカップに手を付け、茶を飲んでいるのに気づき、一緒に苦笑いした。それで少しほぐれたのか、ラックスが少し言葉を選ぶようなためらいを見せつつも、話しかけてくる。


「あの、無理に聞いちゃった……かな? イヤじゃなかった?」

「いや、それは別に……なんか、浅い理由でごめん」

「そ、そんなことないって! 私は、そういうのもいいと思う……うん、なんていうか、なんかいいなって思うよ」


 なんだかスッキリしない話し方をしている彼女は、妙に上気している。

 俺の動機に対し、腹を立てているということはなさそうだ。嘘や気休めじゃなくて、きちんと認めてくれていると思う。

 にも関わらず、なおも落ち着かないこの感じの原因に、俺は察しがついた。あの子のことが好きだと明言したわけじゃないけど、悟られてしまったんだろう。

 それに思い至ると、今度はこっちの顔が熱くなってくる。ふと、彼女と目が合うと、顔をまともに見ていられなくて、俺はすぐに視線を逸らしてしまった。そんな反応をしてしまったことが、なおさら恥ずかしさに拍車をかける。


「あの、私は絶対に言いふらしたりしないから、そのことは安心してね?」

「う、うん」

「……なんか、変なこと聞いちゃったよね、ごめんね」

「いや、別に」

「……私の婚約者の話でもしよっか? それで、おあいこってことで」

「うん……うん?」


 俺と比較して落ち着いたかのように見える彼女も、やはり相当テンパっているようで、変なことを言い出した。まぁ、それはそれで興味があるので、俺は黙って彼女の話を聞くことに。


「婚約っていっても、正式に決まったわけじゃないけどね」

「お相手とか、聞いても大丈夫?」

「ハルトルージュ伯爵閣下」


 びっくりして茶を吹き出しそうになった。どうにかこらえ、熱いのを一気にのどへ流し込む。

 彼女と閣下が一緒にいらっしゃるのは、何度も見かけたことがある。殿下を中心として接点が何かとあるから、何ら不思議なことではないんだけど。


「まぁでも……閣下はこの件についてご存じではないし、立ち消えになるかもだけど」

「そ、そっか……」

「……なんていうのかな。そういう余分なしがらみ抜きで、色んなお話をしてみたいとは思う。いきなり夫婦じゃなくって、普通にお友達になれたら、みたいな」

「今からでも……ああいや、落ち着いてからかな」

「そうだね。今のままじゃ、そんなに楽しくお話しできそうもないし」


 どこか切なさや寂しさを感じさせる目をして、彼女はそう言った。それからすぐ、彼女は口元を両手で覆って小さくクシャミをした。


「そろそろ出ようか? あんまり冷やすと良くないし」

「そうだね……付き合ってくれて、ありがと」

「こっちこそ」


 それから、残った茶を飲んで片付け、皿など一式を持って俺たちは会下に降りた。割り勘で会計を済ませ、店外に出る。

 次は魔法庁だ。そちらへ足を向けると、ラックスが横についてきた。


「一緒に行くよ。何か対応が必要かもだし」

「ああ、了解。でも、陳情の方は一人でやるよ」

「そうだね。そこは専門家にお任せします」


 真面目な口調で冗談を言って、彼女はにっこり笑った。


 魔法庁に到着し、ラックスには入り口で待ってもらうことに。そして俺は受付で相談し、案内の方をつけていただいた。

 向かう先は長官補佐室のオフィスだ。案件の内容から言って、通常の禁呪がらみの法務で収まるとは考えにくい。話をつけるなら上にということになるだろう。

 しかし、いきなり長官に面会するというのも段階を飛ばしすぎている。だから、長官に近くて個人的に信頼もしている相談相手として、エリーさんを選んだわけだ。


 案内していただいて、初めて入室した長官補佐室の部屋は、庶務課よりも片付いていて静かだった。ご時世ゆえの緊張感もある。そんな中、俺が来訪したこと職員の方々の、若干怪訝な視線が集中した。

 すると、部屋の奥の方からエリーさんの「お久しぶりですね」という声が飛んで、一気に警戒が緩む。

 ただ、そうして気遣いしてくださったご本人は、俺が近づいていっても真面目で少し硬い表情をしていた。こんな時期に、俺が来訪したその意味を考えているのだと思う。

「申し訳ありませんが、ご相談したい事項が」と俺の方から告げると、彼女はわずかに苦笑してから「別室で」と返した。


 そうして案内されたのは、見張りの方が部屋の前にいる、小さな応接室だった。まず事の軽重を測るにも、念を入れてとのことだ。

 飾り気はなく、どこか厳かな感じがある部屋の中、俺たちはテーブルを挟んでソファーに座る。それから俺は、紙に図や簡易な魔法陣を描きつつ、今構想しているものについて説明を始めた。

 説明の間、時折詳細な説明を求められた。しかし、そうして尋ねられる以外に、エリーさんは言葉を発しない。ただただ静かに、エリーさんは俺の話に耳を傾けていた。


 やがて長い説明が終わると、部屋の中が急に静まり返った。落ち着いた様子のエリーさんは、わずかに眉を寄せて難しい表情をしている。

 それを見て、自分の心臓の鼓動が早まるのがわかった。どう判断されるのか、気が気じゃない。

 重苦しい沈黙がいくらか続いて、エリーさんは言った。


「通常の審議にかけるのは難しいですね。そのような時間も……ありませんよね?」

「そう考えています」

「わかりました。長官に話します。即日の判断は難しいでしょうが……」


 彼女のところでせき止めなかったということは、認めてくれたという事だろう。それに、すぐに判断しないってことは、少なくとも即却下は無いってことだ。そのことに少し安心しつつも、俺は殿下からお預かりした手紙を取り出し、エリーさんに手渡した。すると、彼女の目が少し大きくなる。


「……なるほど、すでにご承認済みということですね」

「はい。許可が出なければ、説得に来られるお考えです」

「おそらく、大丈夫だとは思いますが……」


 エリーさんはそう言ってから、「ご足労願う前に、私からも説得しますので」と続けた。

 ここまで協力的になっていただけるというのは予想外だ。嬉しさ頼もしさよりも、驚きの方が強い。すると、彼女は驚く俺に含み笑いを漏らしてから、「まぁ、任せてください」と優しく言った。


 その後、多少雑談をしてから、俺はエリーさんに礼を言って別れた。

 入口へ向かうと、ラックスが受付の方と談笑していた。しかし、俺が近づくとすぐに気づき、彼女は手を振ってくる。それで、俺はちょっと駆け足気味に近づき、事の顛末を告げた。


「話の方は、エリーさんに任せることになった。事の重要さとか緊急性は理解してもらえているから、悪いようにはならないと思う」

「うん、エリーさんなら安心かな」


 俺とエリーさんを比べるニュアンスが、微妙に感じられないこともない。いちいち指摘するのもどうかと思って気にしないことにしたけど。

 それから魔法庁の敷地を出て、人通りがほとんどない街路に立ち入ると、ラックスは神妙な表情になった。


「ごめんね、負担ばかりかけちゃって」

「いや、自分から言い出したことだし……」


 それでも、彼女の顔は晴れず、ずっと地面に視線を向けている。そんな彼女に、俺は言った。


「今日はさ、色々と話聞けて良かったよ」

「そうだね、私もそう思う……少し恥ずかしかったけどね」


 そう言うと、彼女は少し照れ隠し気味に笑った。もちろん俺も。

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