第334話 「反省会①」
奥様が部屋を出られてから数分経って、アイリスさんたちが部屋に入ってきた。
アイリスさん以外の仕事仲間たちは、入室する直前にはかなり心配そうな顔をしていたけど、俺の顔を見るなり一変した。それぞれ、安堵したり喜んだり。そんな中、アイリスさんは、神妙な感じはあるものの、嬉しそうではあった。
しかし、退出間際、奥様が仰った言葉が気にかかる。あの後お二人が会われて、何かしらお話しされた可能性はある。
だから、この後どうなるか、正直に言うと安心できない。
部屋にやってきたみんなは準備が良かった。足りない分のイスを持参してきている。俺の周りを取り囲む形になって座った。
それで……互いに様子を見るような感じになって、急に静まり返った。少し強めの風だけが、自己主張激しく、しきりに窓を揺らして音を立てている。
そんなにらみ合いを打破したのは、ウィンだった。彼は普段通りの落ち着いた口調で、俺に話しかけてくる。
「状況は聞いているか?」
「いや、あんまり……」
「そうか、わかった」
そう言うと彼は、俺が倒れてから今に至るまでの流れを、かいつまんで話してくれた。
まず、あの後すぐに、昼食で訪れた町に連絡をしてくれたようだ。それで、現地の衛兵の方々と共に、周辺の警戒を固めたとのこと。
その次に、ホウキで王都に伝令を飛ばし、増援を要請。俺はというと、町に運んでから応急処置の後、ホウキで王都に搬送されたらしい。
「今も周辺の警戒は継続しているが、特に動きはないな」
「そうか……魔獣退治に向かった方は?」
「あちらも無事だ。多少の負傷はあったようだが……」
そこでウィンは、俺の顔をじっと見て、苦笑いした。
「お前に比べれば、大事にはなってないな」
「そ、そうか……ほんと、心配かけて悪かった」
俺がそう言うと、彼は「やれやれ」と言わんばかりの、呆れと優しさが混じった表情を返してきた。他のみんなも、思い思いの感情を乗せて、俺に微笑みかけてくれている。
そうやって和やかな雰囲気になったのを壊すようで、はばかられる気持ちはあるけど……聞いておかなければならないことがある。
「あの、操られていた方々は……」
俺が尋ねると、緩んだ空気が急に沈鬱なものになる。それから、ウィンがわずかに重い口調で状況を教えてくれた。
兵の方々については、すでに情報があっただけあって、その日のうちに連絡を取って、あるべき場所に還すことができたそうだ。
問題は、俺たちの出撃時点では情報がなかった、一般人の方々だ。昼食で寄った町から失踪したという形跡はないし、相手がたどったであろうルートを考えれば、街道のもっと先に住んでいた方々だろう。
「街道沿いの町が直接襲われたという話はない。おそらく、町を出たところで襲われ、亡くなったのだろうという話だ」
「そうか……」
兵の方々の遺骸を、極力そのままの形で返還できた。そのことは一つの成果だと思う。
しかし一方、この戦いに先立ち、奴の悪意に巻き込まれた方々がいる。そのご遺族のことを思うと、やりきれない気持ちになる。
そうやって仕事関係に関しては、とりあえず聞くべきことを聞けた。詳細は後日、また確認すればいいだろう。
後は、俺の話だ。湿っぽい空気の中、覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「俺が、一回死んだことがあるって話だけどさ……」
「ああ」
俺が切り出すと、ウィンは平然とした感じの口調で答えた。でも、やや震えていたように聞こえないでもない――いや、俺がそう感じてしまっているだけか。
他のみんなは、どこか痛ましい感じの視線を俺に向けている。それでも、俺は言葉を続けた。
「内緒にしてて、ごめん」
「……俺は、実はあまり信じてなくてな」
見るからに怪訝な顔つきで、今度はウィンが話しかけてくる。
「お前も、普通に飯は食べるよな? 血は赤色だったし……」
「まぁ、身体的にはみんなと変わらんけどさ……色々あって、死んだときの体そのまま蘇ったんだよ」
正直に打ち明けると、彼は難しそうな表情のままで固まった。何か、考え事をしているんだろう。やがて、彼は口を開いた。
「まだ、隠し事がありそうだな?」
「まぁ、そうだな……」
「別に、言えって言ってるわけじゃないさ。俺たちだって、隠し事の10や20は」
「そんなにねえよ」
急に割り込んできた仲間の発言に、ウィンは若干驚いて向き直った。「ないのか?」と言いそうになったのをこらえたようにすら見える。彼は彼で、そういう隠し事がありそうなタイプではある。
そうして少し変な空気になったものの、場の視線を一身に浴びた彼は、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「お前に関しては、多少不可解な部分もあるが……それでも、俺たちのリーダーだ」
彼の発言が皮切りになって、他のみんなが声をかけてくる。
「兵隊さんのご遺族、みんなリッツに感謝してたよ! 今度会ったらお礼言いたいって!」
「お前のおかげで、人を斬らずに済んだよ……本当にありがとう」
「しっかし、本当にハラハラさせやがって……」
「そういうところは、リーダー失格だな~?」
みんな笑い出した。それにつられて、俺も笑う。でも、目頭が熱くなって……みんなの前で、こういう感じになるのは、少し辛い。
どうにか気持ちをこらえて落ち着いた頃合いに、ウィンが話しかけてくる。
「お前、今は生きているんだろ?」
「ああ」
「だったら、それでいいじゃないか」
その後、彼はだいぶ真面目な顔になって話を続けた。
「お前の来歴に関しては、俺たちしか知らない。だから、この後どうしたいか、お前が決めればいい」
「わかった」
彼からの連絡事項等はそこまでだった。事後処理がまだまだあるし、他の連中の見舞いもあるということで、ひとまず解散する流れに。
そうしてみんなイスから立ち上がり、退出しようとする流れになった――なったものの、アイリスさんが立ち上がろうとすると、仲間の子がニッコリ笑って彼女の肩に手を置き、押しとどめる。
「ダメですよ~? アイリス様には、リーダーのことを叱ってもらわなくっちゃ!」
「あ、あれはお母さまのジョークで」
慌てて言い返すアイリスさんだけど、そんな彼女に他の連中から声が飛ぶ。
「いや、ここで一発、きちんと手綱をつけていただかないと!」
「ほったらかすと心配だし……」
それからも、耳に痛い言葉が乱れ飛ぶ。それでも、彼女自身は叱るつもりとか毛頭ないみたいで、まごまごしていた。
最後に、だいぶ弱った感じの彼女がウィンに顔を向けると、彼は苦笑いしてから言った。
「言って聞かせてやるのも、我々のリーダーには良い薬では?」
それで、みんな妙に足早な感じで立ち去り、俺とアイリスさんだけが部屋に残る形になった。
閉じたドアを眺める彼女は、少し気まずそうな表情をしている。それでも、すぐに退出する気はないみたいで、俺の方に顔を向けると、優しく微笑みかけてくれた。
「あの……怒ったり、叱ったり、そういうことはありませんから」
「まぁ……それはそれで、興味がないわけでもないかな、なんて……」
冗談のつもりで苦笑いしながらそう告げると、彼女は少し呆けた感じの顔になって、それから視線を外した。俺も、変なこと言っちゃったかと思って視線を逸らす。
会話が途切れると、急に気まずくなる。部屋からすぐに出なかったってことは、何か俺に言いたいことでもあるんだろうか? しかし、それを聞いてしまうのは、はばかられる。
一方で俺はというと……あの戦いでの思いを、彼女に聞いてもらいたいとは思った。すごく心配をかけてしまった手前、そういうことを打ち明けるのが筋という気もする。だから、俺はひとり言みたいに話し始めた。
「あの時、亡くなった方々をいいように弄んでいるのが許せなくて……それに、仲間に辛い思いをさせたくもなかったんです。たとえ死んでいたって、人は斬れないと思いますから」
俺がポツポツ話し出してから、彼女はずっと、俺の目をじっと見つめていた。そうして見つめられていても、不思議と、いつもみたいな恥ずかしさは感じない。むしろ、心が落ち着くような感じすらある。そして、俺は言葉を続けた。
「奴が何を考えていたのかは、わかりません。でも、俺たちに無力感を味わわせたかったのだろうとは思います。結局どうしようもなくなって、死者に剣を振り下ろして……それを、ご遺族に還して……」
もしかしたらありえたであろう事態をイメージしながら、俺は話した。あの野郎への怒りがぶり返す。その感情をしまい込み、長めに息を吐き出した。
「……だから、そうならないように、やれるだけのことはやろうって思って……心配かけちゃいましたけど」
「そうですね」
何の気なしに出てきた感じの返答の後、彼女はハッとした表情になって口を手で覆った。その後、慌てた様子で「責めるつもりはないんです!」とフォローを入れてくる。
どうも、今の彼女は素の状態らしい。自己検閲しないモードとでもいうか。今している話には不釣り合いな感想だろうけど、こういう彼女を可愛らしく感じた。
それで、俺が話を終えると、また静かになった。笑顔で「どうぞ」とでも言おうか。しかし、今の彼女は微笑みを引っ込め、どこか神妙な面持ちになっている。視線も伏せ気味だ。
おそらく、自分の中で考えをまとめているんじゃないかと思う。だから、窓の外でも眺めながら待っていると、彼女はつぶやくように話し始めた。
「私は……とても、悔しかったです。奴を仕留められなかったことも、亡くなった方々に対して、何もして差し上げられなかったことも……身を削るほど懸命に動いたリッツさんのことを、ただ見ていることしかできなかったことも……」
背中越しに聞こえてくる彼女の声は、少し震えていた。向き直ってみると、落ち着いた感じではあったけど、言葉通りの感情がにじみ出ていた。膝上に置いた両手が、少し震えている。
それからも、彼女は話を続けた。
「でも……悔しかっただけじゃないんです。私が知らない何かで、あの方々を解放したリッツさんに……憧れみたいなものは、確かに感じたと思います。自分が魔法を教えた方が、そこまで熟達したことへの喜びもありました。教えてしまったことで、ここまで苦しんでいるのかもという、苦い気持ちも……」
そう言って、彼女は目を閉じた。口を真一文字に引き結んでいる。
俺は、彼女を人間同士の戦いに関わらせたくはないと思っている。でも、それは彼女も同じなのかもしれない。今、そう感じた。
それからややあって、彼女は目を開けた。
「みなさんは、ああ言ってましたが……どうですか?」
「どうとは?」
「これからは、もう無茶しないって……」
「それは無理ですね」
正直に断言すると、彼女はほんの少しキョトンとした顔になってから、「もうっ」と言って俺を睨みつけてきた。表情はだいぶ柔らかい感じだったけど。
「……心配掛けたくて掛けてるわけじゃないですよ」
「それはわかります」
「でも……自分の身を顧みないところは、あったと思います。その点については……反省点かな、と」
「本当ですよ」
「次は……もう少しうまくやります」
「そうしてください……決して、一人じゃないんですから」
反省会はそこまでだった。会話が途切れて、また静かになる。
言うべきことは言えたと思う。彼女の方からも、言いたいことはきっと言えたのだろう。それに、みんなとも話をできたし、別働隊の方が無事という話も聞けた。そうやって胸のつっかえが取れると、急に虚脱感が襲いかかってくる。
そもそも、ここに担ぎ込まれた理由が極度の疲労だったんだ。もう少し寝ていてしかるべきなのかもしれない。少し悪いと思いつつ、俺は彼女に話しかけた。
「すみません、色々と安心したせいか、いきなり眠くなってきて……」
「そうですよね……しっかりと休んでください」
そう言って温かな微笑みを向けてくれる彼女の顔を目に焼き付け、俺は眠りに落ちた。
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