第330話 「雨中の出撃」

 リーダーでも決めれば――そんな感じのことを少し軽い調子で言い残し、ウェイン先輩は部屋を出た。そしてドアが閉まると、にらみ合いが始まる。


 この集まりで、リーダーを決める。それがなかなか難しい。

 戦闘の主役になるのは反魔法アンチスペル組だ。みんな戦闘技術の研鑽に余念がなく。実力も気力も申し分ない。

 しかし、「自分のことは自分でやる。他は知らん」みたいな、個人主義者っぽいのが多い。ひねくれてるわけでも、反抗的なわけでもない。ただ、自分から相手に干渉しようとしない感じだ。一匹狼気質とでもいうか。

 だからか、みんな「他の誰かに任せよう」といった感じで、それとなく視線を巡らせている。


 しかし、そんな視線も、次第に何点かに絞られてきた。俺と、ウィンと、アイリスさんだ。そんな状況に気づいたようで、ウィンが先手を取ってくる。


「リッツ、お前が適任だと思う。頼んだ」

「……もう少し話し合ってからでいいんじゃないか?」


 とは言ったものの、引き受けるのはやぶさかではない。魔人との戦いで的確な指示を出せるかは微妙だけど、そういう実戦的なことは別の仲間に任せればいい。

 俺にみんなから期待みたいなものが寄せられているのは、きっと救助作戦成功と、帰還者リターナーという、大変ありがたいアダ名があるからだろう。

 そういう縁起の良さがみんなの心の支えになるのなら、やるべき役目だとは思う。


 しかし、まずはそれぞれの意見を確かめたい。もしかしたら、志願する奴がいるかもしれないし、俺に任せるのはちょっと……という声だってありえる。

 そういうわけで、早くも俺が取り仕切る流れになりつつ、みんなの意見を吸い上げていった。

 俺をリーダーとして支持する理由は、大体予想通りだった。縁起がいいからというのが第一。それと、空描きエアペインタープロジェクトのことを持ち出し、リーダーシップを評価してくれる声もあった。


「しかし、褒めてくれるのはありがたいんだけど、戦闘の指揮とかは難しいと思う」

「ま、そこは……命令出さんでも動けるだろ」


 俺の発言に対し、仲間の一人がそう返した。身も蓋もない発言だ。しかし実際、命令がなくても自然とチームワークをとれるような空気はある。それでも、実際に声を出してまとめる役は必要だろうと思う。

 そこで、俺がリーダーをやるのなら、ウィンが副官として指揮するとの申し出があった。「そんなに期待されても困るが……ないよりはマシだろ」とは彼の談だ。


 ただ、俺を信任する声が多い一方で、アイリスさんを推す声もあった。

 実績から言えば、もちろん彼女が一番だろう。にも関わらず、みんな俺のことを推してくれているのは、正直に言って、直近の成功がまず頭にあるからに過ぎないと思う。指揮者としてのカリスマ性や、その才腕は比べるべくもないだろう。

 しかし……この戦いは、人の亡骸を操る死霊術師ネクロマンサーとの戦いだ。その魔人を倒してそれで解決するというものだろうか? 相手の力量の高さのために、どうしても遺骸に剣を突き立てなければならない事態に追い込まれたら?

 そういう、非情な決断を、誰かが下さなければならないとしたら……リーダーを俺にという声が多い中で、彼女に責任を投げたくはなかった。

 だから俺は、傾きかかった流れを決めるため、意を決して彼女に告げた。


「今回は俺に任せてもらえませんか? 最近、色々と成功続きですし」

「そう、ですね」

「確かに、調子に乗ってるね!」


 仲間の一人が割り込んでそう言って、俺はメチャクチャ笑われた。

 それで……少し憮然としつつも、アイリスさんの方をチラリと一瞥すると、普段の温かな微笑を俺に向けてくれていた。この顔を曇らせちゃいけない。


 そうしてリーダーが決まったのは良かったものの……決まったのは本隊の方だけだ。魔獣側と戦うことになる副部隊の方は、まだ何も決まっていない。そんな冷静な指摘が魔法庁職員から入ると、副部隊側の仲間たちは驚いた。


「いや、全体でのリーダーを決めろってことでは?」

「まさか。部隊ごとで決めるに決まってんだろ?」


 そういうわけで、副部隊側のリーダー決めが始まったけど、こっちはこっちで難航した。

 みんな戦意はある。しかし、自身がリーダーに相応しいとは考えていないようで、幾度も譲り合いが発生した。それと比べると、俺が相当な自信家に思われてならない。

 結局、戦闘面での実績を買われ、ハリーが副部隊側のリーダーを担うことになった。寡黙なところもある彼だけど、必要なことはしっかりいうタイプだ。それに、戦闘の前線にあっても冷静さを失わない。そういうところは前線指揮官向けだろうと思う。



 翌朝、小雨がパラつく中、俺たちは王都北門に集合した。そこには工廠職員も数名いて、人数分のホウキと浄化服ピュリファブを貸与してもらえた。浄化服は、いつの間にか正式版になるまでアップデートされていたけど、見た感じは以前と変わりない。そのことに、むしろ安心感を覚えた。

 手渡されたベストに腕を通す俺たちに、トールが話しかけてくる。


「性能は確かですが、実戦経験はまだまだです。できれば、使用後にレポートをいただきたく」


 工廠と協力するときには、もうお約束みたいになっているお願いだ。もちろん快く受け入れてから、本隊と副部隊で向かい合う。


「しっかりな」

「そちらも」


 ハリーと短く言葉を交わし、握手する。それから、俺たちは静かに飛び立った。


 王都を発って、死者の列の目撃現場に直交するわけじゃない。まずは、その現場の直前にある、小さな町へ向かう。そちらが襲われていないかの確認は必要だし、無事であればちょっとした休憩をとれるからだ。

 小雨の中、俺たちはホウキを飛ばす。風がないのが救いだ。しかし、雨の冷たさが、じわじわと体の奥にまでしみ込んでくる。


 王都を出てから少しの間、俺たちは無言でホウキを飛ばしていた。しかし、仲間の一人が不安そうな声を出す。


「なぁ、今回の事件って、やっぱり反政府軍と関係あると思うか?」

「そりゃ、あるだろ」

「じゃ、どの程度関係あるんだ?」


 その問いに、すぐには反応がなかった。重苦しい沈黙の中、物寂しい風切り音が存在感を示す。


「あっちの連中は、こういうやり方を容認してるのか?」


 しばらく沈黙が続いた後、抑えきれない感じの怒気をあらわにして、仲間がそう言った。それに俺は言葉を返す。


「向こうの一般人は、おそらく何も知らされていないと思う」

「へぇ、どうしてだ?」

「"新政府"として一つにまとめるなら、魔人の協力なんて邪魔にしかならないだろ? 向こうは人間側の一国家として、こっちに反旗を翻してきているわけだしさ」

「それもそうか」


 俺の意見に納得したのか、それ以上の声はなく、また静かになった。


 俺の意見は、ある意味では向こうの人たちの肩を持つようなものだ。でも、これでいいと思う。「自国民同士の戦闘をどうにか抑えたい」そういう志を持つ俺たちが、向こうの人たちに対する義憤で凝り固まってしまうわけにはいかない。

 もちろん、向こうに対して気に入らない気持ちはある。しかし、顔を合わせたこともない人たちの像を、頭の中で勝手にイメージして憎しみを抱くのは――すごく危険なことだと思う。

……みたいなことを、仲間に言おうか、俺は迷った。そういう考えを表明するのは大事だと思う。しかし、かなり説教臭いし、リーダー風を吹かしすぎと思わないでもない。

 そうしてアレコレ悩んだ末、俺はみんなに言った。


「向こうの人たちの大半は、きっと流されてるだけだと思う。だからって、悪いところが全くないとは言わないけどさ」

「まあ、そうだな……」

「王都の人たちだって、立場が逆なら流れに呑まれると思う。そもそも、世の流れになんて、そうそう逆らえるもんじゃないよ……俺は違うけどさ」

「おいおいおいおい~?」

「ハハハッ、言うじゃんか、リーダー!」

「何か悪いもんでも食べた?」


 雨降りの辛気臭い空気が一変して、みんなが俺に軽口を飛ばし始める。そうやって口々に茶化されたけど、悪い気分じゃなかった。


 それからも、雨は一向に止む気配はなく、雨粒が打ち付ける中、俺たちは進んでいった。真上は真っ黒な雨雲が広がっている、それでも、気分が塞いで沈む感じは、あまりなかった。

 ホウキを飛ばしながら、眼下にも注意を配っていく。幸い、異常は見当たらなかった。気づいていないだけ、ということはないと思う。誰の目にも、怪しげなものは見つからなかった。


 そうやって、みんなが下方を警戒する中、俺の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。おそらく、今回は魔人と交戦することになるだろう。そのための備えを、今からやっておこう。

 俺は腰の道具入れから、空の水たまリングポンドリングを取り出した。それを右の人差し指にはめ、色選器カラーセレクタを右手に展開する。みんなにバレないように注意を払いつつ、色選器で赤紫のマナにチューニングし、少しずつ指輪にマナを貯めていく。

 ホウキを飛ばしつつ指輪にマナを封入するのは、結構しんどい。色が赤紫だから、なおさらだ。指輪一つ分で精一杯だ。それだけ苦労しても、マナとしては指輪一つ分。大したことはできないかもしれないけど、それでもやらないよりはいいだろう。これで、相手の虚をつけるかもしれない。


 特に異常がないまま俺たちは進み、目的地である小さな町に到着した。お昼時というには少し早いぐらいの時刻だ。しかし、天気のせいか、ご時世のせいか、出歩く人はあまりいない。ひっそりとした、物寂しい空気が漂っている。

 休憩を取る前に、俺たちはさりげなく、かつ注意深く町の様子をうかがった。ただ、少数とはいえ普通に人が出歩いているあたり、ここまで異変が忍び寄っているということはないだろう。

 町全体を一通り回ってみて、念のために通行人の方にそれとなく尋ねてみても、この町に連中の手が及んだという形跡はなかった。まずは一安心だ。


 それから俺たちは、大衆食堂らしきところに身を寄せることにした。多少は暖を取って、英気を養いたいからだ。

 木造の建物に入ると、広い店内には他にまばらな客しか入っていなくて、かなり閑散としていた。そんな中、濡れ鼠みたいな俺たち団体客が入店したことで、店員の中年女性は大いに驚きつつも親切に応対してくださった。

 暖炉の前の、少し広めのテーブル席に通された後、店員さんから「ハイこれ!」と言って渡されたのは、かなりふっくらした感じのタオルだ。注文を取る前から親切にしていただけて、少し恐縮してしまう。それで、頭を軽く拭きながら、俺たちはそれぞれ注文を通した。

 温かな暖炉に当たりながら、タオルで水分を取る。どうせまた後で濡れるけど……休憩中ぐらいは人心地つけたい。

 そうして、暖炉の中で舞う火の粉をぼんやり目で追っていると、ウィンが小声で話しかけてきた。


「何か、作戦はあるか?」

「……正直に言って、さっさと術者を倒そうってぐらいの考えしかない」

「そうか、奇遇だな」


 言葉少なに返し、彼は苦笑いした。

 死霊術ネクロマンシーに対する方策は、特にない。魔法庁でも死霊術に関する知識はないようで、職員からはかなり申し訳無さそうに謝られたぐらいだ。

 そんなわけで、具体的な対策がないままここにいる。対処しきれないようであれば、撤退も視野に入る。そのためのホウキでもあるわけだ。

 でも、一つだけハッキリしていることがある――いや、ハッキリさせなければならないことが。俺は、みんなに向かって告げた。


「”犠牲者”を倒さなければならないと思ったら、俺の口からそう言うから……迷わずやってくれ。亡くなった方のために、俺たちが死んじゃダメだ」


 少し暗く、重い雰囲気の中……みんな神妙な顔つきで、しっかりとうなずいてくれた。

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