第329話 「穢れた横槍」

 クリーガへの潜入と救助に成功して以降、意識は両軍衝突という本番と、それに向けての準備にシフトした。果たして俺たちでどこまでできるかわからないけど、やれるだけのことをやって、その日に備えたい。

 しかし、そんな準備に専念することすら、相手は許してくれないようだ。



 11月5日、昼前。ギルドからの招集があって、俺たち冒険者は大会議室に集合した。

 招集があって集まる場合、だいたいはロクでもない話を聞かせてもらえる。こんなご時世だから、なおさらだ。実際に話を聞く前から、あれこれ考えを巡らせていると、前方の演台にウェイン先輩が立った。


 先輩は、最近ではすっかり内勤が増えて相当大変なようだ。ギルドで顔を合わせると「代わってくれよ~」などと冗談半分で言われる。

 そんな先輩の顔は、やはり浮かない表情だ。今回も、きっとロクでもない案件に違いない。


 先輩が前に立つと、落ち着かない感じのざわめきが止んで、窓を叩く小雨の音だけが寂しげに響く。そんな中、先輩は口を開いた。


「つい先日、王都からそう遠くない集落付近で、魔獣の目撃報告があった」


 急にどよめきが起こる。その件は俺も初耳だ。驚きをあらわにする俺たちに対し、先輩はあくまで落ち着いた口調で告げた。


「その件に関しては、付近の巡視隊の尽力もあって、民間人の被害がないまま終息した。だから、騒ぎにならないように、あえて上で情報をせき止めていたそうなんだが……」


 次第に、先輩の口調が重苦しい感じになっていく。話を聞くことしかできない俺たちの、互いの唾を飲む音すら聞こえそうな張り詰めた沈黙の中、先輩は話を続ける。


「今朝、その件で亡くなったはずの、兵の墓が掘り起こされていたという報告が入った……それと、その彼らが街道を歩いているという話もな」


 にわかには信じられない話に、悲鳴のような声すら起きた。室内が騒然となる。そんな俺たちの混乱を先輩は苦い表情で見つめ、いくらかの間そのままにさせていた。

 それから、少しずつどよめきが静まっていった頃合いになって、先輩はまた重い口調で話した。


「実は、それだけじゃ話は終わらなくてな……別方面でも、魔獣の出現報告が来ている」

「つまり……何らかの作戦で、同時に仕掛けられていると?」

「上はそういう見方だ」


 魔獣を能動的に動かしてきているということは、それを使役する魔人の関与があるということだ。それに加え、亡くなったはずの兵が歩いているということは、死霊術師ネクロマンサーが動いているのだろう。つまり、魔人の中でも、相当魔法に精通した者が。


「亡くなったはずの」という言葉で、反政府軍を率いるクレストラ殿下のことが脳裏に浮かんだ。公爵閣下救助から、2週間も経たないタイミングで、この事件だ。人の亡骸を操るその手口が、否応なしに、頭の中でそれぞれの事象を結び付けさせる。

 何らかのつながりは、きっとあるのだろう。偶然で片づけられるようなものではない。仮に、反政府軍と魔人で直接の協力関係はなくとも、魔人側がこの機に便乗しているという可能性は高い。

 いや、相手の思惑はどうあれ、奴らは亡くなった方々を謀略の駒に仕立てている……そのことに、俺は強い憤りを覚えた。

 仲間の多くは、この状況に困惑している。俺も、そういう気持ちは少なからずある。でも、そんな惑いが些細なことに感じられるくらい、体中に熱いものが巡る。

 そうやって一人戦意を確かめていると、先輩は俺たちに向けて言った。


「今回の対応に関しては、ギルドに依頼があった。各所の正規兵は、街道を固めて防衛に当たる形だ」

「それで、俺たち冒険者が敵戦力を叩くってわけですね」

「そうなんだが……」


 少し歯切れの悪い返事をした後、先輩は苦々しい感じの表情で続ける。


「もう察していると思うが、今回の仕掛けは反政府軍との内戦に関係している可能性が高い。攻撃としてはかなり小規模だが、おそらくかなりの力量を持つ魔人が動いていると思われる」

「つまり……募集はしないんだな?」


 年配の先輩冒険者が落ち着いた口調で尋ねると、ウェイン先輩はうなずいた。それから、少し申し訳なさそうな表情で話し始める。


「火急の件につき、人選に関しては、こちらで決めさせてもらった。もちろん、拒否権は認める。選ばれなかった者も、これが陽動だった時のための予備戦力だ。王都から出ずに、備えていてほしい」


 真剣な表情の先輩が話し終えると、その後には雨の音だけが続いた。そうして室内が静まり返ると、先輩は落ち着いた声で「解散」とだけ言った。



 その日の昼過ぎ、昼食の後に宿の食堂で本を読んでいると、ギルド職員の方がやってきた。

 俺が出撃メンバーに選ばれたらしい。俺自身、選ばれたことは誇らしさと覚え、やる気が沸き立つ感じもある。しかし、同居人のみなさんや、家主のルディウスさん、リリノーラさんは心配そうな顔だ。

 もしかしたら、呼びに来た職員の方の緊張が移ったのかもしれない。「大丈夫ですよ」と、普段の調子を意識して皆さんに告げると、ルディウスさんが「いつものことですしね」と返した。それで、みなさんにはちょっと笑われた。


 宿を出てギルドに入り、先に入ったのよりは少し小さめの会議室に案内される。そして、すでに来ている顔ぶれを見て、反魔法アンチスペル組の大半とホウキ乗りの一部が集められていることに、すぐ気づいた。つまり、例の取り組みに関わっている面々が大半だ。ただ、例外もいる。例えば、アイリスさんとか。

 加えて、魔法庁職員もいるし、工廠からはトールが来ている。軍装部から協力してもらえるようだ。俺が彼に会釈すると、彼はかなり固い感じで頭を下げ返してきた。


 それからも、ぽつぽつメンバーが集まってくる中、とりとめのない雑談に興じていると、ウェイン先輩がやってきた。もう全員揃ったようで、先輩は会議室のドアを閉め、司会席らしきところに座った。


「悪いな、急に呼び出しちまって」

「今に始まったことじゃないス」


 悪友が淡々とした口調で突っ込むと、そこかしこから含み笑いが漏れ聞こえた。先輩は苦笑いしながら、言葉を続ける。


「声をかけた理由は、お察しの通りだ。魔人及び魔獣の撃退に手を貸してほしい。もちろん、辞退は自由だからな」

「……さすがに、これで抜け出すのは難しいんじゃ」

「まぁ……そこは頑張ってくれ」


 若干投げやりな感じで答えてから、先輩は今回の任務について詳細を話し始めた。


「出発は明朝。普段ホウキの空輸をやってる速度で向かえば、それぞれの地点には昼頃に着くはずだ。ホウキの使用申請は通っている」

「人員の分け方は?」

「それは、今から話す」


 そう言って先輩は、死霊術師がいると思われる方に当てる本隊と、魔獣側に当てる副部隊に割り振り始めた。俺は本体側で、他にはアイリスさんとウィンもいる。一方の副部隊側はハリーを中心として、近接戦闘に定評がある人材が多い。


「おそらく、魔獣側の方は陽動だろう。報告があった中には、それなりに大型のもいたようだが……それでも、このメンバーなら、少し過剰全力ってぐらいだ」

「それで、本命と思われる方は?」

「そちらは……正直、向こうがどう動くかわからない部分があるからな。機転が利く、器用な人員で固めたつもりだ」


 俺たち反魔法組の割り振りは、そんなところだ。ホウキの方はというと、空中からの偵察に専念することになる。敵方が何か新しいアクションを起こした際、即応するためだ。


 そういう役割分担が決まると、気になるのが反魔法を使って良いかどうかだ。

 先輩からの説明がいったん途切れると、同じことを気にしているのか、ソワソワしている仲間もチラホラいる。そんな中、俺は先輩に尋ねた。


「反魔法使用の是非は?」

「難しいところだな。魔法庁からは、一応許可が出ているんだが……」


 先輩の視線を受け、魔法庁の方が一度うなずいてから話し始める。


「こちら側の戦力や準備を探りに来たということではないと思われますが、あえて情報を与えるべきではないでしょう。魔人と反政府軍のつながりも否定できません」

「つまり、安易に使うべきではないと」

「はい。ですが、人員の喪失の方が、より大きな痛手になるでしょう。人手だけでなく、士気の面でも、です。ですから、必要と感じましたら遠慮なく。私たちは現場の判断に従います」


 魔法庁の代表がここまで言っているあたり、この内戦状態においては、本当に俺たちの支持者になってくれているようだ。心強い言葉に、胸が熱くなる。

 そして、サポートしてくれるのは魔法庁だけじゃない。少し緊張気味のトールが口を開いた。


「我々工廠からは、瘴気の悪影響を軽減するための装備を提供します」

「軽減? どれぐらい?」


 例の魔道具、浄化服ピュリファブについて知らない仲間が、早速食いつく。するとトールはわずかに表情を柔らかくして答えた。


「アムゼーム盆地での検証では、瘴気が濃い場所でも普段どおりの活動ができたとのことです」

「じゃあ、魔人どもが発生させる瘴気の中でも……?」

「あくまで、離脱するまでの時間を確保するためのものと考えていただければ」


 ちょっと困った感じの表情で答えるトールに、苦笑いしているウェイン先輩が言葉を続ける。


「瘴気の中でも動き続けていると、連中にも怪しまれるからな。だから、”運良く”瘴気から抜け出せたってていで振る舞ってくれ」

「了解」

「どうせ、こんな状況で仕掛けてくる連中だ。転移での離脱なんか、お手のもんだろう。安々とお土産話を与えないようにな」


 先輩が言うとおりだ。公爵閣下を奪われた報復なんて意図はないだろうけど、作戦成功に水を差すようなタイミングでの事件だ。状況に合わせて動けるフットワークの軽さが、あちらにはある。俺たちが苦心して高速化したホウキより、ずっと手っ取り早い転移という形で。

 相手の動きに対し、いくらか対応することはできる。しかし、今後の展開を考えると、あまり情報を与えたくはない。そんな煮え切らない状況と、連中の手口に憤りのようなものを感じていると、ウィンが先輩に話しかけた。


「今回の人選ですが、何か意図は?」

「そりゃ……反魔法のおかげで防御力があるし、一緒に練習を繰り返してきたおかげで、チームワークもあるだろ?」

「それだけですか?」

「一番の理由は……こんな状況でもお前らが一番、士気があるからだな!」


 言われてみれば、確かにそうだ。今いるメンバーの大半は、両軍の正面衝突を避けようだなんて壮大な目標に対し、臆すことなく立ち向かっている。ギルド内でも、気力の方は随一だろう。

 今一度、部屋に集まったそれぞれの仲間の顔を見回してみた。辞退は自由という話だったけど、その必要もないくらい、言葉にせずとも意気込みが伝わってくるようだ。

 そんな俺たちに、先輩は満足そうな表情で言った。


「俺からの連絡は以上だ。後はご自由にどうぞ」

「んな投げやりな……」

「仲間内で決めたいこともあるだろ? 例えば……リーダーとかな」


 それだけ言うと、先輩はそそくさと部屋を出ていった。

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