第327話 「工廠での相談事②」

「最近どうですか」とリムさんに尋ねてみると、彼女はほんの一瞬だけポカンとしたような顔になってから、少したどたどしい口調で答えた。


「そうですね、その……ご期待に沿える水準かどうか、少し不安ですが、多少の進歩は……」

「いや、普通に進んでますって」


 ウォーレンが、自信なさげに話すリムさんに割り込む。その言を受けて、彼女が少しだけ表情を崩した。さっきまで、外連環エクスブレスの試作品に関しては、彼も似たような感じだったけど……あまりそういう自覚はないのかもしれない。

 それで、実際にどれぐらい進んでいるのかについて、実験室で見せてもらうことになった。他のみんなはしょっちゅう見ているようで、実験室について来るのは少数派だった。残ったメンバーは、談話スペースで引き続きダベっている。


 リムさんを先頭にして実験室に入ると、底が浅く広めのタライが2つ置いてあった。片方には砂、もう片方には水が、半分程度の高さまで入っている。床も壁も無機質で生活感のない部屋の中、タライという物体が放つ所帯臭さ、それに入っている砂と水という取り合わせが、なんとも奇妙に感じられた。

 見学する全員が部屋に入り、ドアを閉めると、リムさんは壁際のロッカーから例の宝珠を取り出した――いや、前に見たのよりはだいぶ小さい。前のは片手でなんとかつかめるぐらいだったけど、今回のはピンポン玉ぐらいか。


 あれは多分、ここで作った宝珠なんだろう。内心「やるなぁ」と思いつつ眺めていると、彼女は黄色く輝くその宝珠を、タライに張った砂の上に置いた。

 すると、宝珠は砂の上で少し振動するような挙動を示した。それから砂の上に波紋が広がっていって、宝珠は砂の中に沈み、広がった波紋が逆に寄り集まるようにして、砂が中央に少しずつ押し寄せる。

 そんな反応が続いて、宝珠の上にはちょっとした砂の小山ができた。その小山が少しずつ上に持ち上がり、裾野は狭まっていく。そうやって、円錐から徐々に円筒形になっていって、少しずつディテールが施されていく。円筒が削り出され、こぼれ落ちた砂を下の部品が再利用し……。

 思わず見入っていると、ついに砂の人形ができあがった。大きさはペットボトル程度。何ら脅威にはなりえないけど……。


「リムさん、これってここで作った物ですよね?」

「は、はい」

「すごいじゃないですか!」


 有用性はないとしても、砂から自動で形を作るという基礎技術は、こうしてモノにしたってことだろう。しかし、俺は本心から賛辞を送ったものの、彼女は少し居心地悪そうに戸惑っている。

 すると、職員の一人が声を上げた。


「実を言うと、実体化させる部分までは、結構前にできてんだよ。そっから、まずは小型化させたわけで」

「へぇ、小さくするところから手を付けたのか」

「そっちの方が危なくないし、散らからないからさ」


 確かに、小さく作れるのなら、そちらの方が開発中は安全で捗るだろう。

 ただ、同じ機能でも小さく作る方が難しいんじゃないかとは思う――まぁ、度を超えて大きく作るのも大変だろうけど――それで、いきなり小型化できてしまったというのだから、そこはリムさんの実力というやつだろう。

 そう思って彼女に視線をやると、やはり自信なさげに目を伏せている。その視線を追うように砂人形を見てみると、さっきから微動だにしない。


「こいつ、動かない感じですか?」

「そうなんです……」


 今度はリムさんが、少し小さな声で答えた。


「基材から形成する部分と、できあがった物を動かす部分は別系統で……切り分けはできましたが、動かす部分の解明が……」


 つまり、砂人形を作れることは作れるけど、そこから先が……ということだろうか。話の先を一人で勝手に考えていると、ウォーレンが彼女の代わりに話してくれた。


「動かす部分を丸パクリすることはできるんだよ。それで、リムさんが『現地で見た』っていう動きも、いくらか再現できたし」

「……つまり、ほぼ実用化できるんじゃ?」


 思わず口をついて出た言葉に、彼は苦笑いした。


「解明してもいない物を丸写しして、前線に手渡したいかどうかだな~」

「ああ、なるほど……」

「それでも使い道はあるだろけどさ」

「いや、そういうのは……俺にもわかりますよ、リムさん」


 思えば、反魔法アンチスペルを公表したときも、似たような思いはあった。自分でもよくわかっていない部分があって、研究途中だと思っているものを人前に出すことにはためらったもんだ。

 俺が理解を示したことで、リムさんは少し表情を和らげた。


「同じ物を量産することは、きっと可能だと思います。ですが、肝心の砂人間の動きを制御できないのは、やはり懸念材料です。魔道具としてはかなり使いづらいでしょうから」

「そのへんの話、もう少し詳しく聞かせていただけますか? 個人的に興味があるので、ぜひ」


 もともと、この砂人形を作る魔道具に関しては、前から結構興味があった。どういう仕組みで動いているのかとか、操兵術ゴーレマンシーとの関係とか……。そういう知識が、もしかしたら今後必要になるかもしれないという考えもある。

 俺の申し出に対し、リムさんは、それまでよりもずいぶん楽しげに話を始めてくれた。


 まず、話は魔道具の呼称についてからだ。砂人形を作る魔道具は、遺跡調査で二種類見つかっている。宝珠一つで大軍を操る奴と、宝珠一つで砂人形を一つ作る奴だ。

「普通は、実用化の目処が立ってから正式名称がつくそうですが……」とリムさんが言った後、ウォーレンが後に続けた。


「似たような魔道具が同時期に二種類あると面倒だからさ、早い段階で暫定の名前をつけちまった。大勢操るのが将玉コマンドオーブ、一体だけのが兵球トループボールだ」

「つまり、コレは兵球ってことか」


 俺がそう言うと、リムさんとウォーレンがうなずいた。


 で、最初の研究対象になったのは、もちろん兵球の方だ。戦った実感からわかるけど、将玉は研究対象としても手が焼けるだろう。

 それで、兵球を魔道具として見た場合、主たる機能は二つ。一つ目は、それぞれの兵球に定められた基材をかき集めて人形を作る機能だ。これは今目にした通り、小型バージョンを作れるくらいで、技術的には十分に理解ができている。

 問題は、片割れの機能の方だ。


「作った人形を動かす機能に関しては、使い手で操作する方式と、自動化する方式がありますが……」

「どちらが難しいんですか?」

「それが、どちらとも言えないんです」


 リムさんによれば、使い手の意志を拾って意のままに動かすのも、複雑な動きを予め仕込んでおいて自動化するのも、方向性は違うものの、難しいことには変わりないそうだ。

 それで、拾い物の兵球に関して言えば、その自動化にはかなりの高等技術が用いられているようだ。


「さすがに、冒険者の方々と一対一で張り合える動きではありませんでしたが、それでもどうにか戦闘の形式を取れるのは、相当な技術が用いられていると思います」

「そこの解析と再現が、かなり難しそうだと」

「……はい。前に、小型の兵球に、自動化の魔法陣を組み込んでみたのですが……“砂場”に入った物に対し、排斥的な行動を取りました。同種以外を敵だと捉えているようです」


 つまり、前線で仲間として使うのは無理ってことだ。現状では、ということだけど。「自動化させずに、こちらで操作するのは?」と尋ねてみると、リムさんは難しい感じの表情で、首を小さく横に振った。


「ある程度、操兵術ゴーレマンシーの訓練が必要になると思います。もちろん、一から覚えて自力で作って動かすよりは、何段階も省略できますが……」

「そうですか……」


 その訓練ってやつが、どれだけの期間にまたがるかはわからない。しかし、年明け辺りにでも両軍が進発するのではないかという話は聞いている。となると、砂人形を動かすためだけの訓練を積んでも、間に合わない可能性はある。

 そうなると、自分で操作するよりは、勝手に動いてもらった方が良さそうだ。しかし、こちらまで敵と認識するような魔道具を前線で運用するのは、難しいだろう。せめて、何か手綱でもあれば……。

 そこで、俺はちょっと閃いた。できるかどうかわからないけど、聞いてみる価値はある。


「何らかの刺激で、自動化していた砂人形を止めることって可能ですか?」

「それは……動くのをやめさせるだけでしたら」

「例えばの話なんですけど、さっきウォーレンが見せてくれた外連環の試作品、あれを兵球の中に組み込んで、特定のマナを送り込まれたら動きを止めさせるみたいな……」


 そこまで言うと、工廠職員一同はハッとした顔になって、俺のことそっちのけで顔を突き合わせて話し合い出した。なんか専門用語が飛び交っているのが聞こえる。

 俺がイメージしたのは、リモコンだ。それも、オンオフしかできない程度のものだけど……狂犬を強制的におすわりさせられるなら、十分な使いでがあるんじゃないかと思う。

 それで、話はまとまったようだ。若干興奮した雰囲気の中、リムさんが言った。


「やって見る価値はあると思います」

「そうですか、良かった」

「これで、お互いの技術革新につながるかもしれないしな!」


 ウォーレンがそう言うと、リムさんは柔らかな笑みを浮かべた。


 そうして話が一段落したところで、俺は水を張ってあるタライに目を向けた。


「もしかして、水対応の兵球もあるんですか?」

「はい、少し待っていてください」


 リムさんは返答した後、またロッカーに向かった。それから取り出したのは、青く輝く兵球だった。おそらく、兵球が放つマナの色によって、人型に成形するための材料が異なるのだろう。

 彼女は、手にした兵球を水に浮かべた――そう、浮かんでいる。前に遺跡で兵球を触った時は、水に浮きそうな軽さじゃなかったけど、きっと何らかの試行錯誤があって、軽く作ったに違いない。

 その後、水に浮かんだ兵球は、砂同様の挙動を示して人形を作った。ただ、砂の上に砂人形が立つのに比べ、水の上に水人形が立つ――というか、浮かんでいる――のは、少し技術的に上な感じがする。

 そんな俺の感想に答えるかのように、リムさんが話しかけてきた。


「水でゴーレムを作る方が、砂よりも難しいです」

「……そのへんの話も、よければ」


 俺がそう言いかけたところで、彼女は「喜んで」と言わんばかりの笑顔になって、ゴーレムの材料選びについて語ってくれた。

 ゴーレムの材料は、様々だ。岩、木材、金属、砂あたりがメジャーだけど、水や炎だってゴーレムにできるらしい。

 しかし、様々な材料をゴーレムに使用できる中で、一つの法則がある。


「材料一つあたりの大きさ、これを操兵術では粒度と呼んでいるのですが、粒度が小さいほど形成が困難です」

「つまり、砂より石、石より岩の方がゴーレムにしやすいってことですか」

「はい。一つ一つのパーツが大きいほど、それらをつなぐイメージをしやすいんです。粒度が小さいと、全体像のイメージをした上で、全体にくまなくマナを行き渡らせる技量が必要になりますし」


 つまり、前に闘技場でお相手した砂のゴーレムの主は、あれだけの巨体にくまなく意識とマナを巡らせてたってわけだ。こういう、操兵術の基礎知識を持っていないからこそ、無謀にも挑戦できたのかも知れない。

 それで、粒度が小さいと操るのが困難って話だけど、水はどうなんだろう。俺の疑問に、リムさんは少し苦笑いした。


「実を言うと、水のゴーレムは使い手がほとんどいなくて……砂のゴーレムを極める前には、岩や石で段階を踏むのですが、水にはそういうものがありませんから」

「強いて言えば、氷とか……でしょうか」

「あるいは、雪ということになると思います。ですが、術を行使している最中に、基材が変質する可能性が高いので……」

「練習には向きませんね」


 俺がそう言うと、リムさんはちょっと力ない感じの笑みで微笑んだ。


「粒度以外では、基材が不定形ですと、形成が難しい傾向にありますね。水や、炎などがそうです」

「炎のゴーレムとなると、マナの色の難しさもありそうですが……」

「はい。ですから、地面に近しく固形物とのつながりが強い黄色や橙色のマナが、操兵術ゴーレマンシーでは優位な色です」


 そういう有利な色とか、土地の関係もあって、アル・シャーディーン王国では操兵術が活発なのだろう。一方、ここフラウゼ王国の国民は青系のマナが多いから、操兵術とは相性が悪い。

 しかし、非主流の魔法系統だからこそ、両軍衝突に先駆けた足止めには有効なんじゃないか。相手は想定外だろうし、対応するノウハウも欠けているだろうと思う。となると、地面から生える兵同様に、水から立ち上がってくる兵も、きっと助けになるはずだ。


 一通り講釈してもらった俺は、リムさんに改めて向き直った。


「今日は興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました」

「いえ、そんな……まだ、きちんとした成果を出したわけでもありませんし」

「成果の方は……これからですね、よろしくお願いします!」


 笑顔を向けて彼女に言うと、少し呆けた感じの表情になった後、彼女は微笑み返してうなずいた。

 リムさんだけじゃなくて、他の職員のみんなも、この件にはかなり積極的に関わってくれそうな雰囲気だ。きっと、何かしらの成果を上げてくれることと思う。


 俺の方でも、頑張らないと。

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