第326話 「工廠での相談事①」
ネリーとの昼食の後、少し時間を空けてから、俺は工廠に足を運んだ。彼女からの頼み事について、さっそく工廠のみんなに尋ねてみようと思ったからだ。それに、ラナレナさんからリムさんについての話があったからという理由もある。
雑事部の部屋に入ると、昼時ということもあって、床で寝転がってる奴はいなかった。ただ、机に突っ伏して寝ているのが一人いたけど、単に昼休憩がずれ込んでいるだけなんだろう。
それで、いつもの流れでヴァネッサさんがやってきて、俺は用件を切り出した。
「
「お守り等とは、また違う物ということですね。たとえば、
「そういうのもいいですけど……」
ネリーからの頼み事は結構漠然としていたけど、要望は理解できる。きっと、リアルタイムで相手に何かしらの影響を与えられるものがいいんだろう。渡してそれっきりになるようなものじゃなくて。
そういう魔道具に関して尋ねてみると、さすがのヴァネッサさんも、あまり心当たりがないようだ。
「強いて挙げるなら、やはり外連環や転移門になるでしょうか。民間人が容易に触れられる物で、類似の物は、おそらくないのではないかと思います」
「なるほど、やっぱりそうなりますよね……」
ダメ元で尋ねてみたものの、ある程度予想できた返答に、内心少しだけ落胆した。
実のところ、スマホに比べれば、外連環なんて大したことはできない。会話一つとっても、一回直に会って互いの外連環を同期しなければならない。会ったこともない人間と会話するような自由さはない。
それでも、外連環はこの世界では極めて重要な魔道具だ。クリーガに侵入したあの作戦の時に、それを強く思い知った。諜報部門での情報のつながりがなければ、到底不可能な作戦だっただろう。
どうにかならないものか、ヴァネッサさんと話していると、それに気づいたみんなが会話に混ざってきた。
しかし、魔道具のプロフェッショナルであるみんなも、そういう魔道具には思い当たるものがないようだ。唯一、ウォーレンだけが天井を見上げながら考え事をして、その後口を開いた。
「前にさ、外連環を量産しようと、他の部署も巻き込んでプロジェクトが立ち上がったことがあってな~」
「それで、どうなったんだ?」
「いや、うまくいかなかったけどさ、完全に失敗したって感じでもないんだよな~」
彼がそう言うと、俺よりも職員のみんなの方が強く食いついた。リムさんもかなり興味を示している。すると、彼は若干困ったような表情で続けた。
「アレさ、声を届けるのが目的だろ? その、声を取り込んだり発信する仕組みは、再現できなかったんだ。どうも、特殊な素材やら加工が必要みたいでさ。今の技術じゃ、まだ無理なんだ」
「それで、声以外は、どうにかなったのか?」
「……まぁな」
微妙に歯切れが悪い返事をした後、彼はあんまり気乗りしない感じの顔で続けた。
「遠隔でマナをやり取りすることはできたんだ。つっても、メチャクチャ効率が悪かったけどな……」
「距離の限界とかは?」
俺の問いに、彼はヴァネッサさんの方を見て、助けを乞うような表情で尋ねた。
「言っちゃっていいと思うか?」
「言っておきますけど、私も半分部外者みたいなものですからね」
そう言ってほんの少しだけ冷たく突き放した彼女は、それから優しく微笑んで言った。
「上から止められているわけでなければ、構わないのではないですか? 私も知りたいですし」
「後ろのが本音だろ?」
彼の指摘に、ヴァネッサさんも他のみんなも笑った。そうして話の続きを待つ空気になってから、彼は口を開いた。
「距離の制限は、なかったよ。それこそ、外連環同等だ」
「そりゃ……すごいんじゃないか?」
「うーん……マナを送ってやっても、伝送効率が劣悪でさ……今でもちょくちょく改良してみてるんだけど」
彼の発言は、他のみんなにとっては初耳だったようだ。中には、腑に落ちた表情でうなずく職員もいたけど。
この件について話している間、ウォーレンはいつになく自信なさげだった。理由は、なんとなくわかる。もともとは外連環を作ろうとして結局失敗したプロジェクトの話なんだ。それで、一応の副産物も実用に堪えないレベルの代物となれば……やはりその道のプロとしては、一種の敗北感を覚えてしまうのだろう。
しかし、ネリーの頼みごとのある程度は、これで解決できるかもしれない。俺はウォーレンに尋ねた。
「そいつの試作版ってある?」
「そりゃもちろん。ちょっと待ってな」
そう言って立ち上がった彼は、自身の机の、鍵が付いている引き出しから二つの何かを取り出した。見た感じは外連環だ。ただ、記憶にあるアレよりも少し装飾があっさりしていて、言われなければ普通のブレスレットのようにも見える。
彼は俺にそれを一つ手渡してきた。
「これで組になってるから、マナを送れば反応があるぞ……たぶんな」
彼は片割れをテーブルの上に置いた。みんなに見えるようにという事だろう。
話によれば失敗作だそうだけど、本物の外連環に腕を通したことがない俺としては、自然と胸が高鳴る。考えようによっては、正規の外連環より貴重な試作品だし。
ドキドキしながら腕輪を装着し、マナを注ぎ込む。しかし、軽くマナを突っ込んだ程度では、テーブルの片割れは反応しない。
「今、何かした?」
「こ、これからだって」
職員の子が、微妙に挑発するような口調で言ってきたものだから、変にごまかしてしまった。
気を取り直して、もっとマナを注ぎ込む。すると、黄色い
きちんと反応したことに対し、みんなが心底感心したように「おお~」と楽しそうな声を上げた。それを聞くウォーレンは、嬉しいような、そうでもないような、微妙な顔をしている。そして彼は、俺に声をかけてきた。
「どうだ? 光らせるだけでも、結構マナを使う感じがあるだろ?」
「まぁ……やってることに対して、ムダに頑張ってる感じはある」
「……だよな」
「でもさ……どんだけ離れていても、相手にマナが伝わるってのは、やっぱりすごいと思うな」
パッと思いつくだけでも、例えばモールス信号みたいな感じで連絡はできるかも知れない。別に、そこまできっちり符号化させなくたって、事前に持ち主同士でいくつか定型文を用意して、それを光らせ方で判別すればいいんだし。三回点滅させたら「今から帰る」みたいな。
でも、そういう通信すら不要かもしれない。
「なんて言うんだろ……離れてても、自分の腕に相手のマナが届くんだろ? それって、すごく安心すると思う。故郷に大切な人を置いてきてる場合とかさ」
「……こないだの依頼で、そういうのがあればよかったと思うか?」
「あ~、いや、侵入時はジャマになるか。でも、任務の前後でそういうのがあったら……」
「リッツってそういう相手いるの?」
話の流れから恋バナと考えて、職員の子が食いついてきた。「片思いだけど」と返すと、目をキラキラさせて「応援するからね!」と返してきた。気持ちはありがたいけど、相談することはないだろうなぁ……。
それはともかくとして、俺が意図していることは、みんなには十分伝わったようだ。大切な人と離れてしまっても、これさえあれば少しは通じあえる。それは、きっと想像以上に大きな心の支えになるんじゃないかと思う。
――というか、知り合いのカップルにはぜひとも融通してやりたい。その旨をウォーレンに伝えると、彼はかなり真面目な表情になった。
「外連環の派生品ってことになるから、そう簡単には流通させられない可能性がある。製品としても未熟だしな」
「やっぱり、難しいか」
「ただ、上に掛け合って価値を認められれば、研究のための予算はつくかもな。コレを開発することで、外連環の方のブレイクスルーにもつながるかも知れないし」
俺としては現状のものでも十分な価値があると思っているけど、彼はやはりそれ以上を目指しているようだ。そういう向上心や探究心は、すごく共感できる。
結局、この場では試作版を使わせてもらう確約はもらえなかった。ただ、話し始めよりはかなり前向きに考えてもらえているようだ。彼は「まぁ待ってな」と、いつものいい笑顔で言った。
ネリー的に、どこまでのブツを求めているのかは、あんまりはっきりしない。ただ、現状のバージョンでも満足するんじゃないかと思う。そして、ウォーレンの頑張り次第では……きっと、前線に立つハリーの助けにもなるだろう。
取らぬ狸のなんとやら……とは言うけど、工廠の友人がどこまでやってくれるのか、今から期待を抑えられない。
ただ、今日はこのためだけに来たんじゃない。次いで俺は、話をリムさんの方に向けた。
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