第322話 「静かな帰還」

 王都までの帰路は、行きよりも時間がかかった。二人乗りでは行きみたいなスピードを出せないからだ。それに、まかり間違って墜落しようものなら、何のための救出任務かわからない。

 冷たい横風に冷や汗かきながらも、俺たちは可能な限り迅速に、かつ細心の注意を払って飛んでいった。帰途の空路はそんな感じで、ただ飛ぶだけでも気が抜けない。「行きよりもしんどい」などと言って、仲間同士で笑い合ったくらいだ。


 でも、帰り道は大変なことばかりでもなかった。夜を明かすために立ち寄った、道中の軍事拠点では、作戦成功を祝して歓待していただけた。

 まぁ、俺たちが帰ってきた姿を見て、最初は亡霊かなんかだと思った方もいたようだけど……相当無理筋なミッションを完遂させたことで、俺たちの実力を疑う声は、そっくりそのまま信頼へと変わったようだ。

 どの拠点でも、指揮官の方からは「この先何かあれば、声をかけてくれ」という感じの、ありがたい申し出までいただけた。さすがに社交辞令というわけじゃないだろう。こういう、魔人や魔獣との戦いに備えている守備隊の方々を動かすのは難しいだろうけど、いずれその力を頼る時が来るかもしれない。


 そうやって俺たちが称賛された一方、公爵閣下に対しては、やはりいたわしく思われる方が多かった。クリーガから遠ざかるほどに、閣下の影響力は薄まるのではないかと思っていたけど、さすがに国中に名の通じる大人物なのだろう。どの拠点の守備隊の方も、閣下に対して示す礼節にほとんど差は感じられなかった。

 そういう兵の皆さんに対して、閣下は大変鷹揚に対応なされた。彼らの働きぶりをねぎらわれ、感謝さえなされたその様に、涙する兵の方は少なくなかった。

 クリーガからは、最前線へ多くの兵を送り出していると聞いている。だからこそ、なんだろう。どこの生まれの兵であろうと国を守るその忠義に、閣下は区別などつけておられないように感じられた。



 そうやって、街道から離れた拠点伝いに進んでいき……クリーガを発って5日目の夕方、ようやく王都が視界に入ってきた。

 しかし、盛大な帰還というわけにはいかない。どこにあちらの諜報員が潜んでいるか、知れたものではないからだ。幸い、相手方の間者が忍び込んでいるという兆候は耳にしたことがないけど、用心は必要だ。

 そのため、王都が見えてきたあたりで地面に降り立つ。そこから歩いて向かったのは、この任務の訓練で何度も使った湖だ。


 湖に近づくと、見張りに立っている魔法庁職員の姿が見えた。あちらも俺たちの帰還に気づいたようだけど、遠目に見てもモジモジしているのが見えた。持ち場を離れるべきかどうか、煩悶しているんだろう。彼らの、そういうクソ真面目なところは、今となってはすごく好ましく映る。

 それで、俺はみんなに一言断って、見張りの彼らの元へ一人駆け出した。心配させてしまったと思うし、直に声をかけるなら、色々と付き合いがある俺が行くべきだと思ったからだ。

 俺が走って向かっていったことに、向こうはちょっと恐縮したような様子を見せた。しかし、表情からは安心と喜びがあふれている。そんな彼らの前で立ち止まり、俺は差し出された両手を握った。


「ただいま」

「ああ、良かった。報告は聞いてたんですが、あんまり信じられなくて……」

「まぁ……気持ちはわかります」


 任務完了後の第一報を、言葉通りには受け取れなかったというのは、彼らの立場ならわからないでもない。だから、こうして現物に触れられて安堵しているんだろう。

 それから、他の職員とも握手しに行ってから、俺は集合地点へ向かった。


 そこでは、すでにラックスとウォーレン、ヴァネッサさんが待っていた。

 それに、見慣れない顔もいらっしゃる。装いから察するに、王城の中で務めておられる高官の方だろう。俺たちよりもずっと立場のあるエリートだと思うけど、居丈高な感じは全くない。俺たちの成果を認めてくださっているのだと思う。

 湖の脇で相対する形になると、ラックスは優しい笑みを浮かべて言った。


「おかえり」

「ただいま」


 俺たちの方から不揃いに返すと、向かい合う彼女らはおかしそうに笑った。ヴァネッサさんが、「あんなにチームワークを磨いたのに」と言って、こっちは苦笑いしてしまう。

 それから、ラックスと高官らしき方は、公爵閣下の元に歩み寄り、ひざまずいた。「馬車のご用意がございます」という高官の方に、公爵閣下は心苦しさがにじみ出た表情で仰る。


「この度の事態については、大変に申し訳なく思う……」

「いえ……これは国全体が揺るがされるような事変です。閣下お一人の責に帰せられるものでございましょうか」


 高官の方がそう答えても、閣下は沈鬱な面持ちで、うなだれたままでいらっしゃった。しかし、立ち上がった高官の方に促され、閣下は馬車へと歩かれる。そして搭乗される前、閣下は俺たちに向き直られ、頭を下げられた。

 思わず、閣下よりもさらに頭を下げてしまう。そんな俺たちを見て、含み笑いの声が聞こえた。それで、頭を挙げるタイミングがわからずにそのまま固まっていると、馬の足音が聞こえ、それが遠ざかっていく。


 やがて聞こえなくなって、お見送りが済んでから、俺は頭を挙げた。他のみんなも似たようなタイミングで頭を上げる。

 ラックスは、そんな俺たちに微笑みかけた後、ジェームスの元へ歩いた。


「無事で良かった」

「あ、ああ……今回は、ここまでしてもらってすまない」

「いえ、私たちにとっても必要なことだから。あまり話せることなんてないと思うけど、今度色々とお話ししてもらえる?」

「喜んで」


 ジェームスは情報提供を快諾したものの、彼の今後については議論が分かれるところだ。

 俺たちの存在に関しては、まだ関係者以外に知られたくない。広く知れ渡ってしまうと、情報面での優位が損なわれる可能性があるからだ。もし、こちらに潜り込んでいるスパイでもいれば、俺たちがマークされる可能性が高まってしまう。

 そんな中、ジェームス帰還の報は、心情的には普通に流したい。彼の安否を気遣う人のためにも。しかし、考えなしに彼の帰還を公表すれば、やはり諜報上で何らかのリスクは生じるだろう。

 そこで当分の間、彼には国で管理する隠れ家で住んでもらうことになっている。帰っても結局はカンヅメみたいになってしまうけど、王都の方がずっと気が楽だろう。

「一応、ごく少人数の出入りであれば認めるそうだから」とラックスが言うと、ジェームスは大いに喜んだ。その反応を見て、今まで一人で頑張ってたんだと、改めて感じた。


 ジェームスの去就が決まったところで、次はシャロンさんだ。彼女の前にラックスが歩いていって、話しかける。


「公爵閣下が認められた方ですし、私の仲間も信頼しているようです。ですから、私自身あなたを疑う気持ちはないのですが……」


 少し重い口調で切り出すラックスを、シャロンさんは真剣な表情で見つめていた。


「この件に関しては、慎重に事を進めています。ですから、あなたを疑う声も、やはりあります。今後、国の施設内で生活していただくことになりますが、ご了承ください」

「疑われるのも当然と思います。ですから、気に病まれないでください」

「事実上の軟禁ですが、不自由はしないはずです」

「……食事の準備がいらないのは、新鮮ですね」


 シャロンさんがニッコリ笑って気丈にもジョークを飛ばすと、少し気の毒そうにしていたラックスの表情が柔らかくなる。

 それで、国の監視下に入るという話だったけど、王都に入って色々手続きするまでは、ラックスが付きっ切りになるようだ。相変わらず大変だと思って、彼女に声をかける。


「色々と面倒ごと任せちゃって、本当にごめん」

「待つのに比べれば、大したことないよ。それに、あなたの方も大変なんだし」


 そう答えた彼女は、俺のそばまで歩み寄って、小声で話しかけてくる。


「今回の件、知らせてあげたい人がいるでしょ? 私もそうだし」

「……どこまで話していい?」

「相手次第かな。事の次第を測れる責任感ある相手なら、この任務について話しても大丈夫」


 つまり、この後のことは話すなってことだ。別に、そこまでは考えていなかったからちょうどいい。

 そこで俺は、ヴァネッサさんにシエラのことを尋ねた。すると、明日は特に会議などが入っているような感じではなく、おそらく時間をとれるようだ。


「私の方から伝えておきますよ。それと、説明の際には私たちも同席します。あなたばかりに説明責任を負わせられませんし」

「そうですね、お願いします」


 とはいえ、関係者一同で話すとかえって大事になって面倒だ。そこで、俺とウォーレン、ヴァネッサさんの3人でシエラに色々と報告するということになった。



 翌日28日昼前。工廠の談話室に足を運ぶと、そこで待っていたのはシエラとウォーレンにヴァネッサさん……それとアイリスさんだった。

 予想外の状況に、思わず驚いてしまう。すると、シエラが話しかけてきた。


「リッツたちのこと、どうしても気になっちゃって……アイリスさんに聞いてみたら、『私も知りません』ってことだったから、今日は一緒にって」

「お邪魔でしたら退出しますが……」


 そう言ってアイリスさんは、真剣な眼差しを向けてくる。

 邪魔とは言えなかった。ただ、シエラと一緒に話を済ませるっていうのが、自分の中では不誠実というか、横着に感じてしまう。だからって、思ったことを口にできるわけもなく……結局、彼女の希望に答えることにした。


 それで、俺の口から今回の作戦について、その背景にある俺や殿下の思惑には触れることなく二人に告げた。仕事仲間が囚われたのを放ってはおけないし、奪われたホウキを悪用されないように奪還したかった……そんな感じの説明を。

 説明の間、二人はずっと静かだった。のけ者にしてしまった格好になっているけど、気落ちされた感じは見られない。

 そして、俺が一通りの報告を終えると、少しの間静かになってからシエラが言った。


「まだ、何か企んでることとか、ある?」

「あー、それは……」

「あるか、ないかでいいよ」

「……ある」


 正直に懺悔した。卓を囲むウォーレンとヴァネッサさんは、特に咎めるでもなく穏やかに微笑みかけてくる。

「ある」と言ったものの、それ以上の詳細までは二人から求められなかった。「私だって、言えない話の一つや二つはあるから」とはシエラの談だ。

 それから、ここまで静かにしていたアイリスさんが口を開く。


「極秘の作戦ということでしたし、言えないのは仕方ないことだと思います」

「そう言ってもらえると、ありがたいです」

「でも……私のこと、少し避けてませんでしたか?」


 言われてみればそのとおりだ。ついポロッとこぼしてしまうんじゃないかという自分への不信から、街で彼女と出くわしても、距離を置こうとしていたと思う。


「そうやって避けられると、やはり気になってしまいます」

「……そうですね、気をつけます」


 そう答えると、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、帰ってきたんだなと、改めて感じた。

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