第315話 「王都を遠く離れて」

 10月19日、早朝。ラックスと工廠職員たちに見送られ、俺たち救出部隊は王都を発った。


 しかし、いざ出発と言っても、任務自体は極秘だから可能な限り人目を避けたい。王都近辺をホウキ乗りが飛ぶのは、もはや日常的な光景になってるけど、七人で飛ぶってのは普通じゃない。それに、予備のホウキ等や武器を背負っているのも大変目立つ。潜入時の空中戦要員はSFのライフルみたいな魔力の矢投射装置ボルトキャスターを背負っているし。

 そこで、人目に付きにくい早朝に、街道を外れるように進路を取る。さすがに、人間の生活圏を外れると別の問題があるから、人の手が及んでいて人気が少ないところを飛んでいくわけだ。


 俺たち七人は、サニーを先頭にして飛んでいく。早朝の空、スピードを出して飛行すると、やはり顔を叩く風が冷たい。飛ぶだけでも結構神経を使う一仕事だ。俺たちは無言で、ただひたすらに進んでいく。

 ホウキの飛行速度について言えば、従来の3倍速近くにはなった。事業の安定性という観点から、従来はだいぶ速度を抑えていたということだろう。

 しかし、自分たちの殻を破って未踏の速さに突入するというのは、意識面の努力を要することだった。ある程度慣れた今になっても、やはり高速飛行となると神経が研ぎ澄まされてピリッとした感じになる。速度的には……バイクに乗ったことはないけど、アレに近いとは思う。

 ただ、ホウキの方は接地していないが故の、独特の感覚がある。足元よりもずっと下に広がる風景が、目に見てわかる速さで変わっていくのには、ぞくぞくするような爽快感と恐怖感を覚える。


 そうやって互いに一言も話すことなく飛んでいって、1時間ほど経過した。先頭を行くサニーが後ろに合図をし、それを受けてちょっとした木立を目印にして、全員が地に降りる。

 今回の作戦では、1時間に1回こうして地面に降りて、ちょっとした休憩をとる。その際に、先頭で飛ぶ係も交代になる。先頭で飛ぶと誰よりも強い風を受けるため、それだけで消耗してしまうからだ。負荷のかかり具合に差ができると、結局は足並みが乱れて行程が長引きかねない。だから、こうしてとる休憩は、先頭を飛んでいた仲間のためのものでもあるわけだ。

 それまで先頭係だったサニーに、仲間の一人が「どうよ」と尋ねる。すると、サニーは身を縮めて両手をこすり合わせながら「寒いです」と言った。彼の苦笑いにつられ、俺たちも少し苦笑する。


「ただ、朝早くて寒いのは家業で慣れてますし……適切な分担だと思います」

「そうは言っても、本当にお疲れ様。昼食、一品おごろうか?」


 俺が申し出ると、サニーは俺をじっと見た後、他の仲間にも視線をやった。そんな彼に「そんなに食わんだろ~」とラウルが笑いながらツッコミを入れ、みんなで笑った。


 休憩が終わり、飛行の隊列をローテーションして、俺たちはまた空を進んだ。

 朝方の空を飛ぶと、時間の経過が肌で感じられる。眼下に広がる平原も、少しずつ上ってゆく太陽に合わせ、その色を変えていく。

――今背負っている事とは無関係に、ホウキを乗り回せたなら、きっと楽しいだろうな――そんな思いが胸を占めた。

 もちろん、今置かれた国の状況に対し、俺たちは相応の気概や反骨心を持って事に臨んでいる。逃げたいとか、やりたくないとか、そういう感情はほとんどない。

 しかし、自国の空を飛んで目を奪われるような光景を目にしながら、素直に気持ちを弾ませられない……この状況はやはり嫌だと思う。

 せめて帰り道は、今よりも晴れやかな気分で飛べれば……そうは思っても、結局は俺たちの頑張り次第だ。ホウキの柄をギュッと握って、俺は遥かな前途を見据えた。



 昼過ぎ、ちょっとした森に着陸した俺たちは、二手に分かれた。一方は待機して装備を管理し、もう一方が買い出しに向かう。

 そうして俺たち買い出し班が訪れたのは、小さな町だ。ホウキでかなり飛ばしたとあって、王都からは結構離れている。

 しかし、昨今の情勢に関する話は、すでに伝わっているのだろう。町に生活感は感じられるものの、明るい活気のようなものはあまりない。すれ違う人々は、どこかオドオドしたような感じだ。こんな状況で、俺たちが見慣れないよそ者だからかもしれないけど。


 道端ではそんな雰囲気だったけど、試しに入ってみた食料品店は、案外普通だった。運が良かったのかもしれない。こじんまりとした店内には、空きっ腹を刺激する香ばしい香りが漂っている。

 しかし、昼時にも関わらずあまり繁盛していないようで、そんな折にやってきた俺たちに、店員のお姉さんはカウンターから朗らかな笑みを向けてきた。

 それで、せっかくだし、ここで食料を買い込もうということになった。変に思われないようにするため、買い出しを分散するという案もあったけど、回数を増やすことの面倒もあるかと思う。

 買い出し組三人で食べるには多すぎる分量をカウンターに持っていくと、店員さんは驚きながらも喜んで売ってくれた。


 買い出しから戻り、合流して昼食をとる。とりあえず、ここまでの行程は順調だけど、それは王都からさほど離れていないからだろう。まだまだ気は抜けない。

 パンやジャーキーで人心地ついた俺たちは、食後に少し休憩をとってから、また空へと駆け出した。



 夕刻、前方に石造りの砦が見えてきた。今日はあちらで夜を明かす。

 今回の計画の実施について、問題になったのが進行ルートの選定で……もっと言えば、どこで寝るかだった。行程時短のためにスピードを出している分、飛行中はかなり神経を使うし、肉体的な消耗もある。作戦成功のため、コンディションを万全に整える必要性があるわけで、野宿するってのはあり得ない。

 そこで、国軍で預かっている各種要塞のお世話になるということになった。訪問する先は、事前に話はつけてあって、こちらの味方ということが判明しているところだ。さらに念を入れて、殿下からの書状もいただいている。


 ただ、そういう書状を提示する必要はなさそうだ。砦の前で着陸し、門のところで門衛の方に挨拶すると、彼は直立不動で言った。


「お話は聞いております、どうぞお通りください!」


 どういうお話をつけていたのかはわからないけど、かなり丁重な感じだ。少し恐縮する感じを覚えつつ、俺たちは門をくぐった。

 その先で待っておられたのは、この要塞を任されているという将官の方だった。筋骨たくましい40代ぐらいの男性で、表情はいかめしく武骨な感じがある。しかし、彼の前で俺たちが整列すると、彼はニヤッと笑った。


「ようこそ、我が砦へ! 諸君らがどのような任務に就いているかは、私も耳にしている……いまだに信じられないという思いはあるがね」


 飾らない言葉でそう言われると、思わず苦笑いしてしまう。計画を立てて、実際にやる側としても、無理を押し通そうとしているように感じてしまうのは確かだ。

 それから、彼は続けた。


「出立までの間、ここを自分の庭と思ってくれ。庭にしては殺風景だがな、ハハハ」


 すると、陽気に笑う彼の後ろから側近らしき方が歩み出て、笑う上官を無視するように話を進めた。


「任務の詳細はこちらの指揮官しか知りませんが、あなた方のことは殿下からの密命で動いていると聞いております。それは、私より下の、すべての兵も同様です」


 つまり、こちらにいる全ての将兵のみなさんが、俺たちが君命を帯びていると知っているわけだ。門のところでの対応もそういうことだろう。

 その後、砦の中の設備についても軽く説明をしていただけた。関係ありそうなのは、寝床と食事場ぐらいだけど。

 寝泊まりの部屋としては、こちらに訪問した高官の付き人向けの部屋をあてがっていただけるらしい。つまり、主賓ではないお客様向けの部屋だ。個室じゃないけど、一般の兵向けの部屋よりはずっと快適らしい。

 そういう部屋をあてがっていただけることについては、ちょっと分不相応な待遇のようにも思われる。しかし、指揮官の方に言わせれば「それで英気を養ってほしい」とのことだ。変に遠慮するのも悪いし、ここはご厚意に甘えておくことに。

 実際、用意していただいた二つの部屋は、壁こそ無骨な石壁むき出しだったけど、寝具は王都の結構いい宿を思わせる感じだった。これならぐっすり寝られるだろう。


 妙に肉肉しいワイルドな夕食の後、俺たちは今日最後の仕事を始める。寝室の片方に七人全員で集まってから、ベッドに腰掛け円座になる。

 それから全員が静かになると、ラウルはわざとらしく咳払いして、左の袖をめくりあげた。すると、彼の左腕に装着した外連環エクスブレスが顔を出す。

 今回の作戦で、外部との連絡係はラウルが担うことになった。潜入時、彼は俺をロープで降下させるという大仕事があるけど、それさえ済んでしまえば、ホウキの複座に座るということで多少の余裕がある。そこで、彼が抜擢されたわけだ。

 若干照れくさそうに、彼は自分の左腕に「あー、聞こえますか?」と話しかけた。すると、間を置かずに「はい、聞こえます」と声が帰ってきた。少しノイズ混じりだけど、ラックスの声だとわかる。

 それにしても……すぐに応答があったってことは、きっと待機してたんだろう。定時連絡だから当然かもしれないけど……それでも、即座に返事を返してくれた彼女は、やっぱり俺たちのことが心配なんだろうか。視線を仲間に向けると、王都で待つ彼女の事を考えているのか、神妙な顔をしていたり、温かな目をしていたり。

 それで、希少な魔道具を用いての定時連絡だけど、特に言うべきことはなかった。言及すべき事態が起こっていない、それ自体が朗報だろう。「特に何もなかった」と言うラウルに、ラックスは「そう……良かった」と返した。

 そんな短いやり取りの後、急に静かになってしまって、なんだか気恥ずかしくなってきた。ラウルはもっと気まずそうにしている。彼は助けを求めるように俺を手招きし、仕方無しに俺は、彼の腕に話しかけた。


「そっちは、何かあった? 俺たちが飛んでるのを目撃されて、騒ぎになったとか」

「今のところ、そういうのはないよ。大丈夫、こっちはこっちでどうにかするから」

「わかった」


 話がそこで途切れ、また静かになった。とはいえ、本当に話すことはない……いや、無理に話そうとすれば、場が湿っぽくなるだけだと、みんな感じ取っているのかも知れない。

 だから、もう切り上げてしまっていいだろう。言いたいことがあれば、帰ってからでいい。俺はみんなに話すことがあるかを確認し、やっぱり無いことを確かめると、魔道具越しにラックスに話しかけた。


「こっちは、もう連絡事項はないけど、そっちは?」

「こちらも、ないよ」

「わかった、問題なしってことか。じゃ、おやすみ」


 俺がそう言うと、なぜか返事がなかった。訝しく思って反応を待つと、数秒してからラックスの声が。


「おやすみなさいって、一人一人に言ってあげよっか?」

「いや、ラウルの身にもなれよ」


 俺がツッコミを入れると、こっちのみんなもラックスも笑った。

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