第314話 「出発前に」

 向こう側についての情報を得てから数日して、公爵閣下の救出を本格的に検討することになった。

 救助する順番はジェームスが優先で、公爵閣下に関してはその時の状況を鑑みてということにはなっている。その優先順位については、国の諜報部門も認めるところだ。

 俺たちが先にそういう計画を立てていたから、そのことを尊重していただけているようだ。一方、より警備の厳しい公爵閣下を救助するため、ジェームス救助を一種の試金石と考えているようでもある。


 公爵閣下救助にまで手を伸ばすことについては、もちろん俺達の中でも意見が割れた。

 向こうの諜報員の方が、現在救出のためのルートを検討中とのことだけど、現場を知るのは本番になる。だから、どれだけ練られた脱走計画を用意していただいても、本番に至るまで不安は拭えない。

 その一方で、公爵閣下を救助することには大きな意義もある。こういう確かな実績を積むことで、両軍衝突という本番に向けて俺たちの活動が軍上層部に認められる可能性は高い。

 それに、公爵閣下から何らかの情報を得られる可能性も無視できない。いまだに、向こうにとって公爵閣下がどのようなお立場であるかは判然としないものの、向こうの統治者であらせられたことには違いない。どれだけの軍を動員できるか等の情報は把握しておいでだろう。

 また、この戦を平定し終えた時のためにも、公爵閣下は"こちら側"に加えておきたいというのが、殿下のご意向だ。こんな状況になってしまった上で、あちらの統治を再度お任せしてしまうというのは酷かもしれないけど……。


 公爵閣下を救出することについては、そんな感じでものすごく大きな意味合いがある。だから、俺たちの間でも、最終的には可能な限りご救出するということに落ち着いた。

 それで、実際の動きはホウキ乗りがメインだ。降りる潜入係が一人、そいつを下ろすために二人。加えて、事が発覚した際に迎撃に来るであろう敵のホウキ乗りを迎え撃つ空中戦要員に、ホウキ乗りのエースを四人。計七人を、こちらから送り込む計画だ。

 それに加え、現地で潜入している諜報員の方が有形無形のサポートをするということになっている。


 それで、この計画にあたっての大問題は……誰が潜入するかってことだ。ただ、この件に関して多少の議論はあったものの、割とすんなり決まってしまった――俺だ。

 俺を推す声の言い分は、「こういう特殊な仕事に強いから」「機転が利くから」「相手の度肝を抜けるから」みたいな感じだった。それに関しては俺もいくらか自覚や自信はある。

 しかし、そうやって認められながら推薦されても、恐怖心があるのは確かだった。そんな中、ハリーとサニーの二人は、過去の仕事の件を持ち出して俺のことを励ましてくれた。囚われて絶望的な状況から、どうにか脱出してみせたんだから、今回も大丈夫だと。

 あの一件に加え、俺が転移で吹っ飛ばされてから戻ってきたという実績も、みんなが俺を支持する原因になったようだ。その時には帰還者リターナーという、ちょっとカッコつけみたいなアダ名を頂戴したものだけど、今回はゲン担ぎにちょうどいいのかもしれない。



 10月18日夕方。出発を明日に控えた今日は、闘技場で軽めに最終調整を行っていた。

 ここ最近は、対人戦のための備えということで、ハルトルージュ伯に剣の稽古をつけていただいている。もともと閣下はこの計画には関与されていなかったけど、殿下にとっては近臣のお一人ということで話が伝わり、今に至る。


 今日は軽めにということだったけど、それでも剣を握られた閣下が放つプレッシャーはすさまじい。ずいぶん秋めいた時候だというのに、結局俺は汗を流しっぱなしだった。

 あまり遠慮も容赦も感じられない袈裟斬り、横薙ぎ、突きの連携を、木剣でどうにかいなす。すると、閣下は「ここまでにしよう」と仰って、少し柔らかな表情になられた。

 互いに剣を下ろし、俺が頭を下げると、横から見物していた仲間の声が飛ぶ。


「閣下、いかがでしょうか、我らのリーダーの腕前は?」


 その声には少し楽しげな感じがある。間違っても、俺が絶賛されるだなんて考えてはいないだろう。問いを受け、伯爵閣下は表情を硬くして静かになられた。言葉を探しておられるように見える。

 それからややあって、閣下は少し重々しく口を開かれた。


「リッツ、君は剣を覚えてからどれほどになる?」

「……半年はいかない程度かと」

「そうか。それにしてはそこそこだが……まだ一人前には遠いな」

「でしょうねえ」


 背後から悪友の一人がそう言うと、俺は苦笑いしながら奴をにらみつけてやった。

 しかし、俺の剣の腕はそんなものだ。閣下の考えられる“一人前”のハードルがかなり高そうな節はあるけど、自分としては”未経験ではない”程度の腕前だと思う。この場のみんなに比べればだいぶ劣る。

 それを認めるように、講師役の閣下は静かに仰った。


「剣の技量で言えば、まだまだだ。おそらく、この場の誰よりも未熟だろう」

「はい」

「しかし、魔法を交えての実戦となれば、この中でも上位に入ると思う」


 実際、魔法アリでの模擬戦では、俺は反魔法アンチスペル組の中でも上位の戦績を収めることができている。さすがに、仲間うちでの競い合いに異刻ゼノクロックは使わなかったけど、それでも魔法の撃ち合いの中で思考速度が自然と磨かれているようだ。

 それと、俺たちの訓練に付き合ってくれているエリーさんに言わせれば、俺は魔法の同時展開数が、他の仲間よりもかなり鍛えられているらしい。つまり、双盾ダブルシールドを張りつつ空歩エアロステップで逃げて、さらにボルトで応戦……そんな無茶を割と普通にできるってわけだ。たぶん、異刻や色選器カラーセレクタみたいな、継続型で負荷をかけまくる魔法で自主練しまくってるせいだろう。

 魔法の力量に関してはそれなりに自負心があったけど、こうして閣下に認められるのは嬉しかった。しかし、お褒めの言葉はそれだけではなかったようだ。少し考え込むような態度になられた後、閣下は静かに口を開かれた。


「どう言えばいいのだろうか……魔法を用いた知恵比べというか、そういうやり取りでは、きっと君が一番だろう」

「悪知恵が回ると?」


 横から口を挟むようにウィンが尋ねると、閣下はだいぶ悩まれた後に小さくうなずいて、彼の言を肯定された。まぁ、悪知恵も知恵と思って、素直に受け取っておこう。


 こういう訓練を通し、俺たちは閣下とだいぶ打ち解けることができた。それでも、閣下はどこか遠慮というか、俺たちに対する気遣いをお見せになることがあるけど……今日は、普段よりも一層そんな感じだ。見送る側として、神妙な表情になられている。

 そうやって会話が途切れた頃に、俺たちの方へ近づいてくる足音がした。この闘技場は、魔法庁の協力で貸し切りになっている。だから、入ってこられるのは関係者だけだ。

 音の方に向き直ると、殿下がこちらに歩いてこられるところだった。俺たちが反応して堅苦しい態度を取るより早く、殿下はすでに「楽にして」みたいなジェスチャーをされている。こういうユーモアは、難事に向かう俺たちにとっては一種の清涼剤みたいなものだ。場の雰囲気がほぐれるのがわかる。

 ただ、殿下の傍らで付き添うように歩くラックスは、さすがにシリアスな表情をしている。それでも、俺たちと視線が合うと、若干ためらった後に優しく微笑みかけてくれたけど。

 やがて、殿下が俺達の前で立ち止まられると、真剣な表情になられた


「明日の見送りはできなさそうだ、すまない。それに、出かける挨拶をしないようにしてもらっていることも……本当に、申し訳なく思う」


 殿下はそう仰って、頭を下げられた。

 今回の作戦は極秘だ。何らかの形で向こうに情報が伝わる可能性は無視できない。それに、後先のことを考えると、俺たちの存在が広く知れ渡ってもまずい。だから、この集まりが結成して以来、関係者以外には情報を伏せている。近親者や友人が相手でも。

 しかし……誰も言及はしなかったけど、明朝の出発が片道切符になる可能性はある。それがどれほどの可能性かはわからない。でも、どんなにささやかでもいいから、誰かに「行ってきます」と胸を張って言いたい……それが本音だ。きっと、仲間たちも同じ思いだろう。

 ただ、俺たちのそういう感情を慮ってくださる殿下にこそ、俺は頭が上がらない思いだ。殿下ご自身、こういう状況について思われるところはあるだろうけど、ご自身のお悩みは決して口にされない。その一方で、俺たちへの気遣いをためらわれることはない。

 だから俺は、忠義を尽くして、この試みを果たしてみせようと強く決心した。


 それから殿下が頭を上げ、少し柔らかな表情で俺に尋ねられる。


「リッツ、仕上がりはどうかな。君が一番大変なポジションにいると聞いているけど……」

「正直な話、どこまでできるか確かな感触はありません。ですが……」

「ですが?」

「力を尽くして、どうにか致します」


 俺がそう言うと、殿下は笑って「頼もしいね」と仰った。

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