第313話 「思わぬ報」

 雑事部の部屋を出て工廠入り口へ向かう。すると、受付のところにラックスがいた。表情は真剣そのもので、遠目に見てもピリッとした雰囲気を漂わせている。

 しかし、彼女は俺たちに気づくと、目を閉じて長めに息を吐き出し、少し表情を和らげた。


「いきなりでゴメンね」

「いや、急ぎなんだろ?」

「火急の件というわけではないけど、早めに耳に入れるべきだとは思う」


 そんなやり取りの後、俺たち三人はラックスの後に続いて工廠を出た。以前よりもずっと静かな王都の街路を、無言で歩いてく。

 そうしてたどり着いたのは、北区にある公会堂だった。ここの会議室を一つ借りているようだ。

 ラックスの案内に従い、会議室に入ると、中には殿下がおられた。その傍らにいらっしゃるのは、初めて会う方だ。王城内で出くわす高級官僚の装いをしているから、おそらくは国の高官のお方だろう。年は30半ばぐらいだと思う。

 彼は少し硬い笑顔で、俺たちに会釈をしてきた。殿下のすぐ近くだし、案件の重要さもあってか、緊張しているのが見て取れた。

 殿下も、落ち着いた風ではあるけど、普段お見せになるような親しげな感じはない。そんなご様子に思わず固唾を飲み、俺は勧められるままに席に着いた。

 それから、高官の方が咳払いをした後、話し始める。


「まず、今回の話につきましては決して他言をなさらないように、よろしくお願い申し上げます」

「はい、かしこまりました」


 聞く側の俺達三人がそれぞれうなずくと、彼は本題を切り出した。


「クリーガに潜入している者より、虜囚となっている方についての報告が」


 話の内容自体は予想できていた。しかし、実際に耳にできるということに気が急いて、俺は思わず身を乗り出した。俺だけじゃない。ウォーレンもヴァネッサさんも、待ちきれないといった様子で言葉の先を待っている。

 そんな俺たちに、高官の方は優しく微笑み、話を続けた。


「現状では、節度のある扱いを受けているとのことです。軟禁と表現するのが近いでしょうか」

「尋問されているという感じではないのですね」

「あくまで、現時点では、ですが。ただ、宣戦の前に彼を捕縛した件は、あちらではそれなりに知れているようです。ですので、寛大な措置を施しているところをアピールしたいのではないかと」

「なるほど……懐柔されたり、あちらに染まったりということは?」

「そこまでの情報は……申し訳ありません」


 頭を下げる彼に、俺は恐縮して両手を小刻みに振った。そのジェスチャーに殿下とラックスが含み笑いを漏らし、少しだけ雰囲気がほぐれる。

 なんであれ、ジェームスが無事だというのは間違いなさそうだ。とはいえ、状況が悪い方に傾く可能性は無視できない。可能な限り早めに救出したいところだ。

 彼の安否が判明した次は、どこに囚われているかだ。ラックスが持参した地図をテーブルに広げ、「お願いします」と高官の方に話しかける。すると彼は、クルーガ全体を収めた地図の、中央より北東寄りを指さした。


「この辺りが行政区画になっていますが……今はこの辺りの建物に囚われているとのことです」

「そちらの建物は、どういったものでしょうか?」

「詳細はわかりませんが、過去に公人を閉じ込めておくために使われた施設のようで……相応の扱いを受けているのだろうとは思います」


 その説明を聞いて、魔法庁に囚われた時のことを思い出した。あの時は、本当に参った。囚われたことへの怒りと戸惑い、心細さが一緒くたに襲い掛かってきたのを、今でも思い出せる。

 そして、今彼が感じているであろう不安は、あの時の俺の比ではないだろう。だから、早く救い出してあげないと。

 しかし、俺の意気込みとは裏腹に、向かい合う高官の方とラックスは、少しためらいがちな反応を見せた。殿下は静かになされたままだ。これから、具体的な動きについて触れるものだと思っていたけど、どうも雲行きが怪しい。

 妙に胸騒ぎがする中、高官の方が口を開いた。


「追加……と言っていいのかわかりかねますが、お耳に入れるべきと思われる情報が」

「……なんでしょうか?」

「彼の消息を探っていた者とは別の諜報員から……ロキシア公もクリーガ内で、半ば幽閉されているとの報が……」


 耳を疑うような話だった。公爵閣下は体調不良を理由に、一時静養中であらせられるという話だった。それが、実は幽閉中というのは……。

 思わぬ情報に、返事をできないでいる俺だったけど、代わりにヴァネッサさんが反応してくれた。


「その情報は、確かなのですか?」

「はい。少なくとも、クリーガの城内におられることと、このような状況にも関わらず、公の場にお見えになられていないことは確かです」

「幽閉中ということですが、あちらの現政権と明確な対立関係にあるのですか?」

「そこまでは何とも……」


 こちらにまで回ってくる情報は不確かなようで、高官の方は苦々しげな表情で口をつぐんだ。


 公爵閣下が表に出て来られないことに関しては、いくつかのパターンが考えられる。

 例えば、本当に体調が思わしくなくて、クリーガ内で安静にされている可能性がある。一方で、あちらの現政権から見て公爵閣下が相いれない存在であるから、穏当な対応として幽閉している可能性。

 他には……実は、この状況で裏から糸を引いているのが、公爵閣下であるという可能性も。そういうことをなさる人物ではないとのことだけど、国内で内戦なんて起きてしまった事実の前に、「ありえない」という逃げ文句は通じないように思われる。

 ただ、殿下のお考えとしては、公爵閣下が向こうにとって不都合である可能性が高いとのことだ。


「公は穏当な人柄で、王都に対する反感を和らげようと、かねてから腐心していた。そのような自身の働きを、真っ向から否定するような企てに乗るとは考えにくいと思う……確証はないけどね」


 最後につけたされたお言葉には、寂しげな感じがあって、公に対する信頼の中に願望も混じっているように思われてならなかった。

 それで、問題は本当に公爵閣下が幽閉されているとして、俺たちが今計画しているジェームスの救出作戦とどう関わってくるかだ。身を固くしてお言葉を待つと、殿下は静かに仰った。


「当初の計画が成功した場合、似たような策はもうとれないだろう。そして、公の命があちらの手で脅かされる可能性は、十分にあると思う」

「しかし、公爵閣下はこれまで善政を敷かれていたとのことですが……」


 ウォーレンが応じると、殿下は悲しげな顔で首を横に振られ、真剣な眼差しをこちらに向けられて仰った。


「旧政府におもね佞臣ねいしんなどと言われればそれまでだ。それに、旧い王族の血を断つというパフォーマンスに使われる可能性はある。そうやって、あちらの民の感情の逃げ場を断つわけだ」


 立場が逆ならそうする――そうほのめかしているのかと思わせられるくらい、殿下は淡々とした口調で仰った。

 殿下の倫理観が、そういうことをやれると仰るのなら、反旗を翻した彼らにできないということがあるだろうか。そう思うと、公のお立場がかなり危ういものに感じられる。少なくとも、安全を確信なんてできないように思う。

 俺がそんなことを考えていると、殿下の横に座るラックスが殿下に尋ねた。


「ロキシア公を救出せよと、そうお考えでしょうか?」

「……できることなら。もし仮に彼が敵であれば、誘拐ということになるだろうけど」

「その可能性はかなり低いと思われますが……」


 苦笑いして答えたラックスだけど、すぐに表情を引き締め、殿下に言った。


「ジェームスの救出と、公爵閣下の救出と、どちらを優先すべしとお考えですか?」

「……さすがだね」


 鋭い、しかし当然の指摘に、殿下はそう答えられた。それから口を閉ざし、目を閉じて考え込まれる。そんな殿下を見つめるラックスに、申し訳なさそうな苦渋の色がにじみ出る。

 それから、殿下は目を開けて答えられた。


「当初の計画通りで進めてほしい」

「……かしこまりました」

「ただ、公が幽閉されている箇所までのルートが確立できそうであれば、その時は考慮してほしい」


 殿下がそう言われると、ラックスは俺の方に視線を向けてきた。その眼の光から、彼女は応諾するつもりなのがわかる。

 俺も、殿下のお考えには力を貸したいと思う。だから、俺はまっすぐ殿下を見据えて言った。


「ご期待に添えられるよう、務めさせていただきます」


 しかし、そうは言ったものの、殿下はかなり複雑な表情をなされている。嬉しいような申し訳ないような……。整ったお顔の、それぞれのパーツが不整合な感じだ。そんな表情をされるのが珍しく、俺は心配になって殿下に声をかけた。


「殿下?」

「いや、君には本当に無理難題ばかりを……」


 殿下がそう仰る傍らで、ラックスはこっそり顔を横に向け、殿下には見られないようにした。その表情は微妙に笑っていた。俺への同情を示すような、あるいは巻き込まれている彼女自身の苦労をしのばせるような、そんなひきつった笑みだ。

 まあ、頼られること自体は誇らしくあるけど、大変なのには変わりない。彼女にとっても似たようなものだろう。


 その後、殿下に代わって高官の方が話を引き継いだ。

 俺たちがやってることは、結局のところあちらにバレずに近づくことと、そこからの脱出するための機動力を確保することだ。到着してからどうするかについては、現場に入ったこともないわけだから、諜報員の方々との連携が欠かせない。そこの部分を取り持っていただけるようだ。


「こちらで情報を収集し、潜入と脱出ルートの検証を進めます。それが確立でき次第、またお声がけさせていただきたく思います」

「はい、了解いたしました」


 どういう感じで諜報員の方々が動いているのかは、さすがに教えていただけなかった。しかし、ジェームス救出関連と公爵閣下関連で、担当が分かれているような話ではあった。

 ジェームスを助けるということ自体の価値は、国の諜報部門も認めているようだ。おそらく、俺たちとは違う何らかの思惑があるのだろう。こうして協力していただけることそれ自体は、大変ありがたいことだと思う。

 ただ、公爵閣下の救出に関し、諜報部門が提示した作戦次第では、こちらは受けざるを得なくなるだろう。


 そして……なんとなくそうなりそうな、そんな気がしている。

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