第311話 「じゃじゃ馬な新装備」

 俺たちの側でジェームス救出の準備を整えている間、諜報員の方からの連絡はまったくなかった。そうそう簡単に、連絡を取れるわけではないのだろう。それに、すべての報が俺たちの元に届くわけでもない。それについてはラックスも認めるところだ。

 しかし、情報が届かないということが、潜り込んでいる方々に何かあったのではないかと思わせる。そんな心配と焦燥感を振り切るように、俺たちは自分たちの訓練に勤しんだ。



 10月6日10時。フラウゼ王国沖合で、俺はラウルとラックスと一緒に、大きな商船にお邪魔している。

 今日の活動については、工廠の方から口利きをしてもらった。こちらの船を管理している方々は、空輸事業にも関わりがあったので、頼み事を快く受け入れていただけたようだ。

 それで頼み事というのは、空中からロープで降りるための訓練に、船のマストを使わせてほしいというものだ。名目上は、山岳救助向けの訓練ということで通してある。実際、そういうことをしようと、ラウル中心に以前から計画していた活動でもある。


 前から考えていたものであるとはいえ、救出作戦でやろうと言い出したのは俺だ。そこで、まずは俺が実験台になることに。潮風薫る中、ラウルとともに船のメインマストをはしごで登っていき、マスト上の物見台についた。

 そこに用意してあったのは、ロープを巻き付けるリールだ。巻き付いているロープは、きし麺みたいに幅広で薄め、白地にところどころ刺繍が施してある。その刺繍は長さの目安になっているとのことだった。リール本体にはハンドルと歯車が組み合わせてあって、重いものを吊り下げてもつらくなりすぎないようなギア比が組まれている。

 マストの上で待機していた船乗りの方に手伝っていただき、実際にロープを装着してみた。ベルトやカラビナ等を駆使して、ガッチガチに固める。決していい加減な感じではなく、所定の作法があるようで、船乗りの方は迷いのない手つきだ。「ロープで人を吊るすことは、よくあるんですか?」と尋ねると、船乗りさんはすぐに答えてくれた。


「航行中に何か違和感があったときなんか、こうしてロープ括りつけて船のげんを見行くことはあるかな。あと、停泊中に船のメンテナンスで、こういうことしたり」

「なるほど……」

「でも、君らは空から吊るすつもりなんだろ? それはさすがにやったことないな~」


 そういって彼は笑った。

 準備が整ってから、実際に人を吊るす感じを確かめてみる。俺が下ろされる側、ラウルが下ろす側だ。彼にリールのハンドルをしっかり握ってもらい、俺は物見台の柵から身を乗り出した。


「一応、空歩エアロステップは使っておくけど、非常用だからな。できる限り腕力で対応してくれ」

「了解、任せとけ」


 頼もしい返事の後、俺は彼にうなずいてから、柵から乗り出した身を完全に空中に投げ出した。

 そして幅広のロープがピンと張ると、体を上に引っ張られる感覚が伝わり、すぐに上方から「重っ!」という声が。それに思わずツッコミを入れてしまう。


「そこまでじゃないって! じゃなくて、大丈夫か?」

「割とキツいな、コレ……」


 上の様子はわからない。しかし、徐々に下に降りていく感じはあって、彼が俺の体重と格闘しているのが、ロープ越しに伝わってくる。


「一度、制止させられない?」

「リッツ~、止めるんなら空歩使ってくれ~」


 下から大声で尋ねるラックスに対し、ラウルは音を上げるように返答した。体重に対し、腕力で完全に拮抗させるのは無理そうだ。

 もっとも、俺が落ちていくスピードはゆったりとしたもので、身の危険を感じるようなものではない。上空から下りるためという用途であれば、問題はないだろうと思う。まぁ、今こうしている船の物見台の上からって条件と、計画しているホウキにまたがりながらって条件を比べると、雲泥の差はあるだろうけど……。


 俺が甲板に足をつけ、ラウルに手を振って見せると、彼は船乗りさんと一緒に降りてきた。ただ、梯子を下りるラウルは、その両足に空歩を展開している。それを見て、手にかなりの負担があったんだろうと感じた。

 下りてきたラウルに、ラックスがさっそく「どうだった?」と話しかける。すると、彼は少し顔を渋くさせて答えた。


「やっばり、ちょっとキツいな。止めたり巻き上げたりは無理っぽい」

「ホウキの上だと、さらにキツそうだけど、それは?」

「うーん……船のマストの上も、結局波があったり台が狭かったりで、あまり安定しなかったんだよな。そういう意味では、ホウキとそう変わらん気がする」


 実際に試してみる必要はあるだろうけど、ラウルの実感としては、ただ下ろすだけであればホウキの上からでもできそうな感じだ。

 ただ、それはホウキが土台として安定していればの話だ。「ホウキの方は、どうにかなりそうなのか?」と尋ねる彼に、俺は現時点での情報を伝える。


「一人でロープ操作とホウキの操縦をこなすのは無理だろ? だから、二人乗り用のを作ってもらってる」

「二人乗りって言っても、操縦係とロープ係、それに吊るされる側で三人分の負荷がかかるよな?」

「ああ、そうなるな……」


 普通のホウキでも、二人乗りはできる。しかし、三人分の負荷に耐えるのは相当厳しい。現状の作成技術と乗る側の技術では、おそらく無理だろう。だから、今回の作戦専用に、特別なホウキをあつらえてもらっている。


「今作ってもらってるのは、本当に二人乗り用のホウキなんだ。搭乗者二人からマナを吸って、それを力に変える」

「ロープ担当からも、マナだけは徴収するわけな」

「そういうことだ。かなり負荷がかかってキツいだろうけど……」


 二人分のマナで飛ぶ複座モデルは、他にも問題がある。ロープ係からマナを吸う仕組み自体については、もう試作品ができ上がっていて、動作も確認している。

 しかし、二人分のマナを操って飛ぶという前代未聞の試みが、まだ未検証だ。実際に完成品を触ってみて、どういう感触か確かめてみないと、使い物になるかどうかがわからない。


「二人で注いだマナを統合する仕組みは作れるそうだけど、自分で出した以上のマナを操る感覚がどんな感じになるか、今のところ何とも言えない感じだ」

「制御が難しくなりそうなのはわかるけどな。人選は?」

「ロープ係とマナの色を揃えるのがいいと思う。飛行技術は、特に気にしなくていいかな」


 実のところ、技術があるに越したことはない。しかし、このホウキを使う場面を考えるとそうもいかない懸念があった。

 相手方に見つからないように動くつもりではあるけど、絶対に露見しないわけじゃない。そして、もし相手にこちらの動きを知られたら、取られたホウキを使って迎撃に来られる可能性が高い。それをさらに迎え撃つためにも、飛行技術に長けたサニーたちは、戦力として浮かせておきたいわけだ。


「あとは、巻き取り器をホウキにしっかり固定できるようにしたいな」

「そこも工廠が頼りかな」


 資材面に関し、何から何まで頼りっぱなしになってしまう。最初は雑事部だけって話が、結局は他部署も巻き込んでの計画になっているし。


 今後についての話が落ち着いたところで、ロープ降下を何回か試させてもらった。ロープ担当が明確に定まったわけではないけど、ラウルがやりそうな流れではある。

 彼は苦笑いしながら「キツい」とか言ってるけど、言ってるだけで実際はタフな方だし、問題はないだろう。



 10月7日、俺は折り畳み式ホウキの試作機に乗るため、工廠に足を運んだ。

 最初の試作機に乗ったのは月初めだ。そのときは浮遊には成功したものの、安定を著しく欠いていた。折り畳み機構導入により、柄の部分でマナの流れがうまくいっていないのか、揚力の発生が乱れているようだった。

 そんなわけで、今回は2機目の試乗となる。雑事部と家政部合作になる試作機を俺に手渡し、開発主任の子が言った。


「今回のは、“そこまで”ふらつかないと思う。私もちょっと試してみたし……」

「了解」


 言葉の端々に、少し不安と自信のなさを感じたけど、改善されてるのは間違いないだろう。俺は手渡されたホウキに視線を向けた。

 折り畳み式ということで、携帯性と強度にかなり気を遣った作りとなっていて、柄は総金属製だ。ジュラルミンみたいな光沢がある。携帯性のため柄を細くしている分、強度の不足を材質でカバーしているわけだ。

 三節棍みたいなホウキを直線に伸ばし、関節を金具でロックする。頭の毛は金属の輪でまとめてあって、それを柄の方にずらすと、普通のホウキみたいに広がるって寸法だ。

 飛行における安定性はともかくとして、この折り畳みホウキの……工学的機能性とでもいうんだろうか? モノとしての触ってみた感じには、本当に惚れ惚れする。最初の試作機にはかなり感動したもんだ。


 しかし、見た感じや触った感じのカッコよさの一方で、犠性になっているものもある。

 たとえば、座り心地。柄が細くなった分、またいで乗るにしても体を横にするにしても、快適とは言い難い。太めの柄に比べれば、体重が分散されにくいわけだ。

 その座り心地の悪さが、魔道具としての不安定さと組み合わさることで、乗り心地はさらに悪化する。果たして今回は……期待と不安を胸に、俺はホウキにまたがり、マナを注ぎ込んでいく。


 すると、まずは浮き上がることができた。しかし、普段よりも少しマナの力が必要になる感覚がある。材質が重いからじゃなくって、携帯性のために魔道回路の効率性が犠牲になっているからだそうだ。

 もっとしっかり浮き上がらせようと力を注ぎ込むと、挙動が不安定になる感覚に襲われる。変な慣性が働いているというか……液状の金属がホウキの中に仕込んであって、俺の意志とは無関係に動いている感じだ。

 しかし、初号機に比べれば御しやすい。マナで操るホウキの感覚と、重心のバランス双方に気を配り、挙動を落ち着けるようにしていく。


 やがて、完全に安定させることができた。サニー相手に、ホウキに乗りながらで綱引きで勝負した経験が活きたようだ――彼相手に勝ったためしはないけど……。

 ホウキから乗り終わると、雑事部の明るい子が大きな拍手、家政部の控えめな子がささやかな拍手で、俺の奮闘を称えてくれた。


「こうしてみると、まぁまぁカッコイイね」

「ホウキが?」

「とぼけちゃって~」


 すっかり仲良くなった雑事部の子が、肘でツンツンつついてくる。

 ただ、茶化してくるのもほんの少しの間だった。ニヤケ顔から微笑みになり、キリッとした視線を向けて彼女が尋ねてくる。


「良くなってる感じはある?」

「うん、だいぶ良くなった。これならまぁ、実戦投入できるかな」

「わかった、ありがと。決行日が決まったら、また教えてね。その日に向けて調整して、もっといい感じに仕上げるから」


 俺はこの携帯用ホウキを、あくまで非常用の装備と考えている。だから、多少の使いにくさは許容できるけど、作る側としては妥協がないようだ。こういうところは、やっぱりここの子なんだと思わされる。

 そんな心強い協力者の二人に感謝し、軽く頭を下げた。それから、実験室を退出しようとしたところで呼び止められる。


「この後、シエラとリムさんと一緒にちょっとお茶する予定だったんだけど、リッツもどう?」

「お邪魔じゃなければ」

「決まりね!」


 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべた。


 シエラともリムさんとも、会うのはかなり久しぶりになる。工廠内で見かけることはあっても、互いに会釈を済ませるぐらいの感じだった。二人とも、姿を見かけるたびに忙しそうな感じがあって、遠慮が働いていたのだとは思う。もっとも、それは向こうにしても同じかもしれない。

 二人とも、今はどんな感じなんだろう。国がこんな事になってしまった中、それぞれに思うところはあるだろうけど……会ってその顔を見る前から、自分の心が不思議とざわつくのを感じずにはいられなかった。

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