第310話 「立ち向かう覚悟」

 工廠からは、資材面で強力なバックアップを得られることになった。後は、向こうに潜伏しているという諜報員の方々からの情報と、それを元にして練る作戦。そして、俺たちの力量次第だ。


 俺たちは、エリーさんを始めとする魔法庁職員監督の元、様々な訓練を実施していった。

 最初に取り組むべきは、反魔法アンチスペル組がホウキに乗るにあたり、その前提として空歩エアロステップをマスターすること。これについては、かなり順調に進んで、最初の1週間でみんな問題ないレベルに仕上がった。

 もともと反魔法組は魔法の習得に熱心な奴が多く、教える前から空歩に慣れてる奴もそこそこいた。それに加え、教える側のホウキ乗りの熟練もあるし、サニーというとびっきりのインストラクターもいる。あと、家賃補助のおかげで訓練に長時間専念できる環境が整っているのもかなり大きい。

 空歩に続く、ホウキの基本動作に関しても、さほどつまずくことなく習得することができた。


 しかし、問題はこれからだ。今まで使っていたホウキの限界を超えて、どこまでのスピードを安定して出せるか、手探りで模索していかなければならない。

 ホウキの速度を高める試験飛行に関しては、従来の空輸ルートを流用する形になった。公的には飛行技術の研鑽という名目で取り組むこの訓練は、いつものルートをどれだけ時短できるかで、速度向上を図ろうというものだ。

 使うルートは街道沿いなので、変な場所に遠出するよりは安全だ。もしもの時のため、三人一組で飛行し、互いに事故らないよう気にかけながら、速さへの慣れを身に着けていく。


 それで、普段よりも速いスピードで飛び始めると、やはりかなりの恐怖心があるようだった。それでも訓練を続けていって、その恐怖心を言語化できるようにしたところ……。

 1つには、高度への恐怖と速度の恐怖両方を感じてしまうという声があった。ゆっくり飛んでるときも高さへの恐怖はあるけど、ホウキをコントロールできている実感があれば、あまり気にならなくなる。

 しかし、速度を上げていくと少しずつコントロールがシビアになっていき、薄れたはずの高さへの恐怖が、速度への恐怖とともに顔を出す。

 それに、速度を出すと向かい風が強くなり、風にあおられて進路が少し乱れると、その歪みが増幅しやすい。そういうことも、恐怖心を強める一因になっているようだ。

 あと、恐怖心というか常識が邪魔になっているかも……そんな声もあった。速度を上げるほど現実感が薄れていって、コントロールが急に乱れる、そんな感覚を覚えることもあるそうだ。

 こればっかりは、ホウキ側の工夫でどうこうできるものではない。そのため、速度を上げてもコントロールを維持できるよう、少しずつ速度を上げていって、安全な速度域を広げていくことになった。


 そんな中、俺はラックスに「倍速で行ける」と宣言した手前もあって、普段は一日かかるルートを一日で往復してみた。

 まだまだ速度を上げられそうな実感はあるけど、それでもこの成果には、みんな大いに発奮したようだ。だから、飛行時間の短縮に関しても、どうにかなるかとは思う。


 しかし、残る大問題が1つあった。



 10月4日10時すぎ。俺たちは王都から少し離れた湖に集まった。

 ここは、魔法庁が練習用地として確保してくれた場所だ。露骨に立ち入り禁止としているわけではないけど、周囲を職員の方々が張っているおかげで、外に情報が洩れるリスクは抑えられている。

 それで、ここではホウキの訓練に並行する形で、対人戦の訓練を続けていた。

 結局のところ、今回の相手は同じ人間だ。相手方が実際にはどういう思想や信念を持っているのかなんてわからないけど、邪魔しに行った俺たちが殺意を向けられないなんて想定するのは虫が良すぎる。

 だから、殺されないために――障害があれば”排除”できるようにするために、こうして訓練を重ねているわけだ。


今日の訓練では一つ魔法を覚えることになる。教官役のエリーさんが、いつにも増して真剣な表情で言った。


「今日教えるのは第3種禁呪の、心徹の矢ハートブレイカーです」


 そう言って彼女は、傍らにいる工廠雑事部の子に目配せをした。その合図を受け、彼女は手にした黄色い宝珠を地面に置いた。見覚えのある宝珠だ。

 工廠の子がそれにマナを注ぎ始めると、周囲の砂が集まって人の形になっていく。遺跡調査で発見した遺物の中でも、ちょっと量産品っぽい魔道具だ。宝珠1つで砂人間1体を生成する。これを的にしようという事だろう。

 それから、エリーさんは砂人間に向き直り、手を構えた。どんな魔法を使うんだろう? そんなことを思っていると、一瞬だけ青いマナが彼女の指先できらめき――砂人間の輪郭が急に乱れ始めた。

 みるみるうちに、体の崩落が始まり、あっという間に元の砂になっていく。そして、こんもりとした砂の小山に、音もなく宝珠が落ちた。

 ほんの数秒の出来事に衝撃を受け、立ち尽くす俺たちにエリーさんは話し始めた。


「この魔法は、外傷を与えることなく内部を攻撃するためのものです」

光盾シールドでは防げないのですか?」

「いえ、光盾ならば防げます。しかし、生半可な装備では防ぐことができません」


 そこでエリーさんに視線を向けられた工廠の子が、メモを取り出して話し始めた。


「特殊な加工をした金属であれば、威力を減衰できるんですけど……完全に防ぐとなると、装備というより設備クラスになりますね」

「それは、現実的じゃないですね」

「はい。実際、技術的にはできるという話ですが、実現例はありません」


 つまり、光盾で防ぐしかない攻撃と考えた方がよさそうだ。


 それから、エリーさんは再度砂人間を用意してもらい、そいつに右手を向けた。

 今回は、俺たちでも見える速度で書いていただけるようで、俺はすぐに異刻ゼノクロックを解いた。Cランクの円に単発型、器としてはシンプルなものに文が合わさり……さっきは気づけなかったけど、目を凝らすと針のように細い矢が飛んでいった。そしてその矢は砂人間の体に突き刺さり、貫通した。

 しかし、今回は砂人間が無事だ。少し待ってみても、変化がない。「きちんと狙わないと意味がない魔法ってことですか?」と尋ねると、エリーさんはうなずいた。


「適当な場所に撃っても、あまり効果はありません。多少の痛みぐらいはあるでしょうが……」

「では、どこを狙えば?」

「胸の中央ですね。当たれば気絶するか立てなくなるか、最悪死にます」


 淡々と話すエリーさんの言葉に、うすら寒いものを覚えた。背筋が震えそうになるのを気力で押さえつけ、平静を装いつつ姿勢を保つ。

 それからも、エリーさんは言葉を続けた。


「いい加減な狙いであれば、魔力の矢マナボルトの方がよほど効果的な魔法です。しかし、相手を無力化ないし殺害するならば、これほど効率的な魔法はあまりありません。大半の防具が効かないのですから」

「だから、禁呪なんですね。それも、教本に乗っていない部類の」


 ウィンの発言に、エリーさんは首を縦に振った。

 この禁呪は……相手を殺すつもりで撃たなければ、意味がない。人間相手の戦いを前にして、そういう禁呪を教えることについて、エリーさんは俺たちをまっすぐ見据えながら話し始めた。


「生きて帰るため、こういった魔法が必要な局面もあるでしょう。それでも、使いたい魔法とは思わないでしょうが……あなた方になら教えても構わないし、むしろ知るべきだと考えています。ですから、そのつもりで」


 俺たちを見つめる視線には、なんとも言えない力強さがあって、慈しむような気持ちすら感じられた。

 この魔法を本当に使う羽目になるのかはわからない。使うような事態は、可能な限り避けなければならないとは思う。その一方で、知っておかなければならない、そんな実感が胸中を占めた。

 そうして、俺たち全員の視線が集まる中、エリーさんは何も言わずに心徹の矢の文を空に刻み始めた。


『其の意通さば 直直なほなほに 道の行きしに ゆめ顧みず 踏み過ぐ影が れにせむとて』


“やり遂げようと志すのなら、ただ真っ直ぐ行くのがいいだろう。そして道を進んでいっても、決して後ろは振り向かない。でなければ、踏み越えていった者たちが仲間にしようとするだろうから”

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