第309話 「工廠職員との会議②」

 ホウキの速度の話はそんなところで終わり、続いてラックスは別の地図を広げた。クリーガの地図だ。「いつの?」という質問に、ラックスは「数年前らしいけど」と答えた。


「大きくは変わってないって報告があるから、これをベースに考えるよ」

「そうは言っても、ジェームスがどこに囚われてるかは、まだわからないんだろ?」

「おおざっぱな侵入方法ぐらいは、今のうちから検討すべきじゃない?」


 ラックスの主張に、口をはさんだ職員も納得して、彼女の言に耳を傾けた。

 クリーガは、地図で見る限り、王都に似通った部分がある。街全体を取り囲むように壁がめぐらされていて、目立つ城もある。

 壁があるってことは、中で魔法は使えないんだろうか。聞いてみると、ヴァネッサさんが即答した。


「魔法を使えなくするような仕掛けは、クリーガにはありません。今から用意するというのも無理ですね」

「つまり、忍び込むのに魔法は使えるけど、それは向こうも同じと」

「そうなりますね」


 続いて気になるのは、王都の城門を通過する時みたいな、魔道具を検知する仕掛けがあるかどうかだ。その点に関しては、軍装部から返答があった。


「城壁がある大都市では、何かしらの検出機構が備わっています。クリーガも例外ではありません」

「一度壁を越えてしまえば、気付かれないでしょうか?」


 俺が重ねて尋ねると、工廠職員同士で顔を見合わせ、何やら話しだした。それから少し間があって、ウォーレンが話し始める。


「あっちにどういう設備が常設されてるか、詳しくはわからないけど、マナの動きを広範囲で検出する魔道具はあるはずだ」

「つまり、マナを使ったらバレるって?」

「いや、都市で使われる奴は、範囲が広い分だけ精度がちょっと甘い。ただ……」


 ウォーレンに続いて、軍装部が言葉を付け足した。


「範囲内の空でマナを使えば、すぐに露見すると思われます」

「あー、なるほど……」


 話を聞く限り、都市向けに使われる検出機構は、識別力がさほどでもないようだ。とはいえ、空でマナを使えばそれとわかってしまうだろう。紛れて隠れるようなものが何もないからだ。

 しかし、その効果範囲がどこまでなのかがわかれば、手の打ちようはあると思う。そこで俺は尋ねてみた。


「クリーガにありそうなものって、詳細はやっぱりわかりませんか?」

「実物を見たわけではありませんが、城壁連動型だと資料で見ました」


 どうも、城壁の高さを上限として、囲まれた内側でのマナの動きをどこかの管制室でモニターしているらしい。つまり、バレずに近づけるとしても、壁の高さまでだ。ホウキや空歩エアロステップで降りていけば、事を起こす前に見つかってしまうだろう。

 しかし、諦めるのには早いと思う。似たような設備があれば、攻略のための特訓ができるだろう。そこで、似たような魔道具について尋ねてみると、軍装部から回答をいただけた。


「向こうにあると思われるものと同型は用意できませんが、軍に卸してあるものは用意できます」

「ああ、よかった。それを使わせていただきたいんですが、構いませんか?」

「この場で確約はできませんが……おそらく、大丈夫かと思われます。ただ、使用時に我々の立ち合いが必要になると思いますが」

「それはもちろん! ちょっと待っててください……」


 そういって俺は、カバンから小さめのスケッチブックとマナペンを取り出し、考えていることを図にした。左右に城壁を描き、その上端から波線を向こう岸に渡す。そして、その波線の上の方にホウキと棒人間を描き、そいつが下にロープを垂らして……。


「検出範囲外で飛んでる仲間から、こう……ロープを下ろしてもらって、マナを使わずに地面に降りられないかと……」

「結構無茶なこと考えるよなぁ」


 ウォーレンはそう言って苦笑いしたけど、マナ無しで降りるならこれが無難だとは思う。パラシュート降下なんか、もっと大変だろうし。

 しかし、このロープによる降下も、やはりツッコミどころが多い策だ。質問が相次いで飛んで来る。


「上で飛んでる人が、ホウキで飛びつつロープを下ろすの?」

「……さすがに、忙しくてキツイかな。ロープ操作と操縦で、2人乗りのホウキって作れないかな?」

「……ま、やってみてもいいかもな。うん、任せろ」


 続いてやってきたのは、人を下ろすロープについてだ。


「人力で、人を支えるロープを下ろすのは、かなり厳しいと思うのですが……」

「それなんですけど、王都の城壁の内側を掃除してる方が、ロープを使って体を支えてるのを見かけたんです。あれ、うまく応用できないかと」


 すると、俺以外にも、そういう光景を見たことがあるのか、何人かが「なるほど」と言った感じの顔でうなずいた。

 そして、俺の話に続いて、雑事部の子が発言する。


「ロープの扱いなら、船乗りに聞くのもいいんじゃない? あの人たち毎日のようにロープ触ってるし、人以外をロープで引き上げるのも、しょっちゅうでしょ」

「それもそうか。じゃあ、そういう装備面に関しては工廠で面倒を見てやるよ。艤装関係で、組織としてツテがあるからさ」

「ああ、ありがとう」


 ウォーレンの申し出に、俺は頭を下げた。それから彼は、「ほかにいるものは?」と、普段の調子で尋ねてくる。


「首尾よく忍び込めた後の離脱に、折り畳み式のホウキでもあれば助かるんだけど……」

「ああ、前にもそんな話してたな」


 腕を組んで宙を見ながらウォーレンが応じると、雑事部の子が少し身を乗り出して言った。


「それなんだけど、家政部の子が手伝ってくれてるから、1週間もあれば試作できそうだよ」


 思わぬ朗報に、俺とラックスが声の主に向き直ると、彼女は若干苦笑いしながら言った。


「構造上、かなり無理してるから、飛ぶのは結構しんどいかな~。乗り心地も悪いと思うし」

「携帯できるってだけで十分! とりあえず、試作ができたら呼んでほしいな」


 俺が頼み込むと、彼女は少し照れくさそうな笑顔でうなずいた。


 それからも、救出作戦を決行する際に必要になりそうな装備について、俺たちは議論した。

 城壁に仕込んだ検出機構が、マナという形で人体を検出できるかもしれない。そのため、遺跡調査でハリーが使った、マナ遮断スーツをまたあつらえてもらうことに。軍装部的には自信作というか、お気に入りの一品らしく、俺の依頼には二つ返事で快諾してくれた。

 それと、クリーガに近づいた際、捕獲されたホウキを用いて空中戦になるかもしれない。その時のために、ボルトキャスターを使うって話だったけど、それについては軍装部が協力してくれるようだ。ホウキに乗りながらでも撃ちやすいよう、重量バランスとかマナの負担感を考慮し、調整してくれるらしい。


 そうして魔道具について話があちこちに飛び、話し合いが盛り上がってきたところ、ラックスがゴーレムを操る魔道具について触れた。遺跡調査で見つけた一連の魔道具で、彼女の耳にもその件が入っていたようだ。

 あの魔道具に関しては、有効利用できれば大きな力になるだろう。少数の兵力で、大軍をどうにか足止めできるかもしれない。少し期待感を漂わせながら尋ねるラックスに、ウォーレンが答えた。


「今んとこ、リムさん主導で研究中だ。構造を解析してて、ウチの工廠産第1号を作ろうと頑張ってるとこだな」

「雑事部メインでやってるの?」

「良くわからない拾い物扱いだからな。そういうのの基礎研究は、軍で使えそうなブツでも、基本はウチでやるんだ」

「軍に出せるレベルまで、技術的に習熟した段階で、軍装部に移管するのが通常の流れです」


 ウォーレンに付け足す形で、軍装部職員が付け足した。


 リムさんとは最近会っていなかったけど、工廠にきちんと採用されて雑事部で頑張っているようだ。全く新しい案件に携わる主任になっているのか、相当忙しそうだけど。

 思えば最近までは、空描きエアペインター企画の関係で、事を漏らさないようにと雑事部からは遠ざかるように生活していた。あっちには、本当に用があるときにしか顔を出していない。だから、たまには挨拶に行くのもいいかと思う。リムさんがどんな感じか気になるし……軍装部に移ったというシエラのことも、少し心配だ。


……リムさんは、今回の件に関して、どう思っているんだろう。他国に来たばかりで、いきなり内戦に巻き込まれるような形になってしまったけど……。尋ねてみると、ヴァネッサさんが先に口を開いた。


「大変、精力的に研究していますね。私たちの職場には珍しく、照れ屋さんなのが新鮮です」

「ほんと、頼りになってるぞ。向こうの話は興味深いし、俺たちが知らない技術を持ってるし……」


 ウォーレンもヴァネッサさんに続いて話し始め、リムさんのことを褒めそやした。


「ま、宣戦を受けた報を聞いた時はショックだったみたいだけど……すぐに持ち直したしな」

「それは……ちょっと意外だな。かなり落ち込むんじゃないかと思ったけど」

「自身が手掛けている研究の意義を、きちんと理解しているのでしょうね」


 ああ、なるほど。リムさんも、あの魔道具でどうにか”人同士”の争いを食い止められないかって考えて、今頑張っているんだ。そう思うと胸が熱くなった。横にいるラックスに視線を向けると、彼女もどこか嬉しそうな微笑みを浮かべている。

 そして、そうやって目指すところを共有できているのは、何もリムさんだけではなかった。テーブルを共に囲む軍装部の職員が、こちらに力強い視線を向けて言い放った。


「僕らも、できる限りのお手伝いをと思っています。国を守るためと思って魔道具の研究に明け暮れていましたが……僕らの魔道具のせいで戦闘が激化するかもしれない、そう思うと……」


 そこで言葉が途切れ、彼は視線を伏せて肩を震わせた。横にいる同僚たちが、彼の肩に手を重ね置く。


 みんな、気持ちは同じなんだ。その事を嬉しく思ったし、気持ちを同じくするプロフェッショナルたちの支えを、俺は心底頼もしく思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る