第307話 「今後の方針」

 俺たちの活動に参加する組織の紹介の後は、活動方針の話になった。

 まず、実際に向こうの軍が動き出した際に、どういう作戦をとるかは定まっていない。その時が来るまでの猶予期間はかなりあるだろうという見立てだけど、不確定要素は多い。向こうの進行ルート想定も、まだ検討が始まったばかりだそうだ。

 しかし、間違いなく言えるのは、機動力が鍵になるだろうということだ。


「少人数でひっかきまわすには、機動力を活かすしかないと思う。そもそも、双方の軍がぶつかり合うのに先んじる必要があるし」

「それに、情報を得るにも、いい場所を先に抑えるにも、スピードは必要だからな」

「そういうこと」


 そこで、工廠雑事部の協力でホウキを用意してもらい、反魔法アンチスペル組を一通りホウキに乗れるようにするのが当面の目標になった。もちろん、対人線の訓練も欠かさない。

 もともと乗れるホウキ乗りはというと、反魔法組の訓練のサポートと――空中での戦闘訓練だ。


空歩エアロステップよりもずっと速いスピードで動く魔法使いを相手取る訓練は、どの軍もやったことがないはず。だから、空を動き回って魔法を放つだけで、相当な脅威になるよ」

「しかし、飛びながらでは魔法を使えないですよ?」


 ラックスの発言に対し、一番の乗り手であるサニーが指摘した。

 実際、ホウキでの3次元機動中に魔法を使うのは、まず無理だ。ホウキの制御に気を取られるというのもあるし、そもそも移動しながら魔法陣を書くことなんてできない。

 しかし、魔法陣を書く以外でも、魔法を放つ手段を俺は知っている。王都襲撃の際に、シエラがそういう魔道具を持っていた。それについて、ウォーレンが話し始める。


魔力の矢マナボルトを撃つ魔道具があってさ、俺たちはボルトキャスターとか単に"銃"って呼んでんだけど、そいつなら飛び回りながらでも使えるぞ」

「ああ、なるほど!」


 そういう魔道具は初耳の奴がいる一方で、思い当たる奴もいたようだ。合点がいったような顔がちらほらある。

 俺はあまり工廠の売店で2階に上がったことがないんだけど、そっちには戦闘用の魔道具が並んでいて、その中に例の銃も見た覚えがある。ただ、魔法を使えるなら別段使う必要がない魔道具ということで、実用的とは思われていないらしく、店の隅っこのショーケースにひっそり陳列してあった。

 そんな、普通に使おうとすると微妙な魔道具だけど、俺たちの用途には最適だった。もちろん、撃てるのと当たるのとは別だけど。それに、人に武器を向けることへの抵抗は、きっとみんなにもあるだろう。

 でも、双方が完全に無血状態で終戦ってのは、さすがに無理だ。最終的に流れる血の量を抑えるために、ある程度の損害を加える必要はあると思う。そしてその覚悟は、みんな備わっているようだった。


 そうして、今後の訓練の方向性とともに、各員の役割分担もおおよそ定まった。反魔法部隊は地上用の戦力で、現場へ急行するのと離脱用にホウキを使用。一方、今までホウキ専業でやってきた者は、空中から支援攻撃を行う。

 そういった各人の働きに、何かこう……戦略だか戦術的な何かを加えて、足止め等を図るわけだ。

 実際の動きがどのようなものになるかは、これからの情報にもよる一方で、俺たちの修練にもかかっている。先行きが見えない状況だからこそ、道を切り開く意思を強く持って訓練に臨もうと、俺たちは決意を新たにした。


 そうして始まった今日の訓練では、主に空歩のマスターと、エリーさんの指導による対人戦を行った。

 ちなみに、今日はこうして闘技場を貸し切ることができたけど、毎度毎度ここを使うわけにもいかない。

 そこで、ホウキの練習で使った入り江みたいなところを、魔法庁の方から用地として確保していただくことになった。さすがにこういう事では、お役所が後ろに控えていないと、うまくいかないだろう。



 相手から放たれるボルト光盾シールドでいなしつつ、ホウキにまたがって離脱する……そんな、教導過程すら定まっていない技法の特訓に明け暮れていると、いつの間にか日が傾いていた。

 さすがに、殿下は午前の挨拶だけで帰られている。そこで代わりに、ラックスが締めの挨拶をすることになった。


「練習用地の確保のこともあるから、次は明後日ね。今日明日はしっかり休むように!」


 そうは言っても、彼女はずっと頭脳労働するんだろうなぁ……。そんなことを思いながら視線を送っていると、彼女に小さく手招きされた。

 一緒に訓練に勤しんでいた連中が、口笛を吹いて茶化してくるのを、苦笑いで手を振ってあしらう。それから彼女の方に改めて顔を向けると、俺と似たような表情だ。そして彼女は言った。


「この後空いてる? ちょっと食事でもしながら、話したいことがあるんだけど」

「ああ、大丈夫」

「残業みたいな感じになるけと、ゴメンね」


 彼女がそう言うと、それまで茶化してた連中が、すこーし申し訳なさそうな顔になって軽く頭を下げてきた。まぁ、いい奴らだとは思う。


 夕食をご一緒することになるのは、ラックスだけじゃなかった。ウォーレンとエリーさんも同行する。

 それで、店選びはエリーさんに一任することになった。「いい店を知っているんですよ」と彼女は言う。

 宣戦布告以降、騒然となった王都では、飲食店もその影響を大きく受けていた。店じまいとまではいかなくても、営業時間を短縮したり、酒類の扱いを当面の間自粛したり……。

 そんな中でエリーさんが俺たちを連れて行ったのは、見覚えのある店だった。個室席がある、ちょっといい感じの居酒屋だ。過去にエリーさんとも利用したことがある店で、そういう懐かしさのある店がこうして普通に営業しているのは、すごくホッとした。

 店に入ると店員さんが明るい声で出迎えてくれた。本当に普通だ。それから、エリーさんは店員さんに名物の酒が入っているか尋ねた。すると、きちんと納入しているらしく、店員さんは表情をほころばせて「ご安心ください」と言った。

 個室に入ってからは、エリーさんと店員さんの連係プレーでサクサク注文が通っていき、ほとんど待つことなくテーブルに前菜と酒が用意された。果実がゴロゴロ入ったホットワインをそれぞれのグラスに注ぎながら、ラックスが話を切り出す。


「私たちの集まりについてなんだけど、本格的な戦闘を阻止するだけじゃなくて、その前に何か一つ任務を成功させておくべきだと思う」


 そうして話し出した彼女は、本選に先立って行う任務の重要性について語った。

 俺たちがどこまでできるかわからないというのは彼女も認めていて、誰にとっても不確定要素であるからこその強みもあるというのにも同意している。

 しかし、本番に向けた具体的な策を練る上で、「ここまでできた」という実績は重要だ。だから、全軍の正面衝突に至るまでのどこかで、何かしらの実績を積んでおきたい。

 それに、その際の成功経験は、俺たち部隊にとって確かな自信になるだろう。失敗したら、それはそれで本番に向けた軌道修正の材料になる。

 そして……実績を得るのは、軍本体との連携のためにもなる。


「私たちは軍とは独立した部隊だけど、まったく無関係に動くわけにはいかないからね」

「ま、そうなるわな。ある程度は情報のやり取りとか必要だろうし」

「私たちのことが末端の兵にまで知られると、統制が乱れて良くないけど、指揮官クラスとの協同は必須だと思う」

「そのために、先駆けて何か成果を挙げ、相手の信を得ようと」


 エリーさんがそう言うと、ラックスはうなずいた。

 ラックスに言わせると、正面衝突を阻止することに関しては、別に邪魔には思われないとのことだ。軍上層部には意気軒高な方もおられるようだけど、それは反政府軍に負けないように、部下の士気を上げるためのポーズでそうされてるのが大半だそうだ。実際のところ、こんな戦いで兵を喪失したくないというのが、至極まっとうな将帥の感覚らしい。

 だから、俺たちが口先だけでないことを示せば、本格的に戦わずに済ませるための協力関係を結べるだろう。


「それで、手土産に何かアテは?」


 ウォーレンが尋ねると、ラックスはすぐに「あるよ」と返した。


「向こうに捕まったでしょ、ジェームスが。ホウキでクリーガに近づいて、彼とホウキを取り返すのが、最初のミッションに相応しいと思う。殿下も、そういうお考えだよ」

「それはそれで、かなりの大仕事になりそうだな」


 ウォーレンの指摘通り、事を起こすには様々な障害がある。たとえば、彼が存命かどうか、生きているならどこに捕らえられているかが、そもそもわからない。

 そういう情報に関して、アテがないわけではないようだ。


「詳細は明かせないけど、あっちに潜り込んでる諜報員がいるからね。その報告次第だけど……情報が来る前から、準備は進めるべきだと思う」

「処刑とか……されてないよな?」

「取り調べくらいはするだろうけど、ひどい尋問とかは……たぶんされてないと思う。統制を維持するため、向こうは可能な限り公正さを演出するだろうから」


 そういうラックスは、少し自信なさげだった。最悪のケースも無視はできないし、時間の経過が有利に働くとも思えない。だから、情報が入り次第すぐ動けるように、準備を整えなければ。

 しかし、彼の安否はもちろんのこと、取られたホウキのことも気になる。「ホウキは大丈夫かな」と俺が聞くと、ウォーレンは少し迷ってから答えた。


「空輸で使ってるホウキだけどさ、魔人の連中に盗られても平気なように、結構細工をしてあるんだ」

「それは興味深いですね」

「もちろん法の範囲内でやってますよ。軍用品向けのテクを流用してるんです」


 彼によると、大きくわけて2つの細工がしてあるとのことだ。

 1つ目が、分解すると魔法陣の回路がぶっ壊れるような仕掛け。なので、リバースエンジニアリングとかできないようになっている。一方でメンテナンスがかなり難しくて、下手をすると使い切りになってしまうそうだけど、それはそれだ。

 2つ目の細工は、使用できるマナの制限だ。


「強い色のマナは、あのホウキの魔法陣に取り込めないようにしてあるんです」

「強い色って言うと、赤とか紫、それと赤紫か?」

「一応、橙から赤にかけてと、藍から紫にかけても使えないようにしてある。そういう色の魔人がいるって話は聞いたことがないけど、念のためな」


 そういう細工が施されているわけだけど、では、相手方はどう動くだろう? ウォーレンは、自身の考えを述べた。


「あっちの工廠は、あっちに協力せざるを得ないだろうから、たぶん合理的で妥当なことをやると思う」

「……無理してバラしたりしないって?」

「ああ。最先端の魔道具を、ノーガードで遠出させるバカなんてありえないからな。拾ったもんをそのまま使わせるはずだ。壊した時の責任なんて負えないだろうし」

「そうなると、向こうで一番の魔法使いがホウキに乗ることになる?」

「おそらくは。ただ、王侯貴族じゃ乗れないから、平民相手になるだろうとは思う」


 貴人のような、明らかな格上に使われる心配はなさそうだ。ただ、俺たちがジェームスの救出に動いた時、向こうで一番の魔法使いが迎撃に動く可能性は高い。そこだけは念頭に入れて作戦を練らなければならない。


 そんな話をしながら料理をつついていると、あっという間に時間が過ぎて、残すはデザートだけになった。すると、ラックスが声をかけてくる。


「明日、ヒマ?」

「特に予定はないけど」

「そう、良かった。ちょっと話し合いたいことがあるから、どう?」

「いいよ、場所は?」


 俺が尋ねると、彼女はウォーレンの方に視線をやった。そして、彼女の代わりに彼が返答する。


「工廠職員の寮で、ちょっと色々会議しようって話になってな。俺もちょうど休みだし、非番の奴ら集めてみようかと」


 工廠には何度も行ったことがあるけど、寮にお邪魔するのは初めてだ。正直、かなり気になる。工廠で寝泊まりするような連中が、どういうところに住んでるんだろう。

 俺はそういう興味もあってお誘いを快諾した。エリーさんは、さすがに魔法庁の仕事があって抜けられないそうだ。


「代わりというと失礼ですが、ヴァネッサに頼ってください」

「そうですね。いや、今回ばっかりじゃなくって、しょっちゅう頼りっぱなしなんですけど……」

「ふふ、そうみたいですね。一緒に食事すると、工廠での仕事についてよく話してくれますから」


 エリーさんが目を細めてそう言うと、ウォーレンは少しだけ恥ずかしそうになった。

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