第306話 「所信表明」

 9月19日、朝。貸し切り状態の闘技場に、見知った顔が並んでいる。反魔法アンチスペル組の大半と、ホウキの乗り手が数名、合わせて30人ぐらいだ。

 それに加えて、ウォーレンとエリーさんの姿もあった。少し久しぶりに会うエリーさんの表情は硬かったけど、俺が会釈すると微笑んでくれた。


 今回こうやって招集をかけたのはラックスだ。それだけで、何のための集まりかは察することができた。

 実際みんなに話を聞いてみると、やはりこの戦いをどうにかしたいからということで、彼女の呼びかけに答えたらしい。つまり、双方が戦いに向かう流れは止められないけど、正面衝突で惨禍になるのは防ごうという集まりだ。

 こうして集まってみると、みんな相応に落ち着かない感じはあるけど、それでも目には強い意志を感じられる。そのことが嬉しかった。


 ただ、親友たちがそれぞれどういう思いでこの集まりに参加しているのか、少し気になった。

 ハリーとラウルは聞くまでもなくわかる。ハリーは孤児だったと聞くから、きっと自分みたいな孤児を増やさないため、人を守るための戦いに身を投じようというのだろう。

 ラウルはというと、闘技場が襲撃を受けた際、俺と一緒にシャーロットを助けたという過去がある。それに、ホウキに乗るようになってからは、救助用にホウキを使えないものかと精力的に動いていた。そういう彼が今回の試みに応じても、驚きはない。

 しかし、他の仲間たちがどういう思いを抱いているのか、心中を読めない奴も結構いて、それはやっぱり気になった。そして、こうしてお互いに馳せ参じた理由が気になるのは、どうやら俺だけではなかったようだ。

 そこで、俺たちを呼んだラックスが来るまでの間、軽く所信表明することに。すると、ラックスの説得に胸を打たれたとか、挑戦心を駆り立てられる案件だと思ったからとか……様々な理由を聞くことができた。

 そして話がサニーに回ると、彼は少し重い口調で話し出した。


「セレナが、もしギルドに依頼が出れば、参戦するつもりだって言ったんです」

「あの、セレナちゃんが!?」

「……セレナも、決して人を撃ちたいわけじゃないんです。でも、避けられない戦いで王都の兵の方が危険にさらされるなら……自分の弓で、知り合った人たちを助けられるのならって……」


 勲二等の受賞歴と、それを裏付ける弓の腕で、セレナの名声は兵の方々にもよく知られている。それで、技術指導のために招聘されることもしばしばだ。そうして軍関係の方と関わりあう機会も多い彼女だからこそ、こんな状況では黙って見ていられないのだろう。

 そして、そのことがサニーを突き動かしたようだ。


「あの子が……いや、あの子だけじゃなくて知り合いの兵の方も、同じ国の兵と戦わずに済むなら、そう思って僕は……」


 そこで肩を震わせ、言葉に詰まった彼だけど、その気持ちは痛いほどよくわかった。俺も、誰かを戦わせたくないという思いで、この場にいるわけだから。

 彼の気持ちはみんなにも伝わったようで、誰ともなく彼の肩に手を置き始めると、彼はどうにか笑顔を作って「ありがとうございます」と言った。


 それからも順繰りに話が回っていって、ウィンの出番になった。正直、彼の考えが一番気になる。ここまでのみんなの動機は割とウェットな感じだったけど、彼からはそういう感じがしない。それに、普段も結構ドライというか、淡々とした感じがある。

 それで、やっぱり仲間たちも同じ印象を彼に抱いているようだ。かなり興味ありげな視線を送る奴もいる。そんな中、彼はいつもの感じで話し出した。


「宣戦布告で、向こう側から色々と言われているだろ」

「ああ、そうだが……それが?」

「あれが気に入らないんだ。向こうは現王室をバカにしてるが、こんな身内争いで疲弊すれば、魔人に利するだけじゃないか」

「いや、それがわかった上で、より良い国を目指して成り代わろうって言い分だろ?」

「その言い分と、実際にやることがそぐわないと思ってるんだ。実は生きておられたという前王太子が、陛下の御前で直談判なされればいいだろ」


 今の状況を引き起こした向こう側のやりかたそのものを、彼は冷静だが辛辣な口調で批判した。

 この場のみんなに限らず、今に至るまで向こう側に対する批判の声は、実はあまりなかった。陛下に対して思うところがある国民は少なくないのだろうし、向こうで挙兵したという前王太子への思慕の念とか、遠慮の気持ちがあるのかもしれない。

 だから、こうして堂々とした批判を耳にするのは、新鮮な感じだ。ツッコミ役も口をつぐんで、じっと彼の言葉を待つようになり、彼は話を続けた。


「俺は、この戦いそのものがバカげてると思う。だから、連中が知らないやり方で、戦いそのものをかき乱してやれたら、胸がすくだろうなと」

「お前、結構性格悪いのな」

「それは向こうの上の連中だろ」


 あけすけな彼の言には、その場の多くが声をあげて笑った。彼自身、少し笑みを浮かべている。それから、彼は表情を引き締めた。


「向こうの兵のすべてが、望んで戦うわけでもないだろう。どうしようもなく行き詰まって、仕方なしに俺たちに手を向けるかもしれない。そうして撃たれた魔法を反魔法で消してやれたら……」

「なるほど! そりゃいいな!」

「だろ? 反魔法の初陣にはふさわしいと思う」


 確かに、公式にはいまだ実践投入されていない反魔法だけど、誰にも戦果を挙げさせたくないこの戦いでその力を発揮できるなら……それはすごく意義のあることだと思う。


 そうやって彼の話でいい雰囲気になったところで、俺の番が回ってきた。

 さすがに、アイリスさん云々の話はできない。この場で話すには、隠さなければいけない情報が多すぎる。しかし、堂々と思いの丈を表明したサニーと比べると、俺は少しカッコ悪い気がする。そんな気持ちを抱きながら、俺はみんなに志を語った。


「俺も、この戦いはちょっとおかしいと思う。だから、どうにか邪魔して互いの被害を軽減できないかって」

「他には?」

「ん?」

「いや、教授のことだから、何か面白い話とか……」


 ウィンの後に話すのが良くなかったようで、なぜか変に期待されてしまっている。ここで本音を語れば盛り上がるんだろうけど、さすがに自重した。


「こんな状況だけど、俺たちがやってきたことが少しでも誰かの救いになるのなら、挑戦する価値はあると思ってさ」

「ふむ、まあそんなとこか……」

「お前な~、何様だよまったく」


 笑いながら突っ込んでやると、他の連中も一緒になって笑った。


 そうして場がほぐれた頃に、この招集をかけたラックスが現れた――そして、殿下も。

 殿下のお姿が見えた途端、みんなの顔が急に引き締まる。その様を見て、殿下は含み笑いを漏らされた。すると、ちょっとしたバツの悪さでも感じたのか、仲間の中にちらほら苦笑いする奴が。

 次いで殿下が「楽にしてほしい」と仰って、場の緊張が少し緩んだ。そうして場が整い、俺たちがお言葉を待つばかりになると、殿下は静かに仰った。


「私は、君たちがどこまでできるのかを知らない。しかし、それは君たち自身もそうだろう。今のこの状況に対し、君たちがどう働きかけられるのか、誰にもわからないはすだ」


 仰る通りだ。この先どうなるのかもはっきりしない、広大な不確かさの中で、俺たちに実際何ができるだろうか。状況に立ち向かおうという意思はあるけど、立ちふさがる不明瞭な現実に圧倒される感覚も、確かにある。

 しかし、殿下は少し微笑んで言葉を続けられた。


「君たちがとこまでできるかわからないというのは、1つのアドバンテージであると私は思う。相手にしてみれば、君たちは思慮の外にある不確定要素だ」


 そこで言葉を切られた殿下は、また真剣な表情に戻られ、若干視線を伏せられた。ややあってから顔を上げられ、俺たちに向かって仰った。


「具体的な策が定まらない中、協力だけを乞うことになって、本当に申し訳なく思う……付き従う君たちの無事を保証することもできない。それでも、どうか、力を貸してもらえないだろうか」


 そう仰ると、殿下は頭を下げかけ……ラックスに後ろから両肩をつかまれて、その動きを阻まれた。かなり無礼な行為に驚いたけど、そんなことをやってる彼女はあくまで冷静に言った。


「そこまでで十分です、殿下」

「いや、しかし」

「事が終わったら、こんなことを仕組んだ方々に頭を下げさせましょう。その方が張り合いが出ます」


 そう言うとラックスはにっこり笑った。そんな彼女に続いて、俺たちの方からも「そりゃ違いないや!」とはやす声が飛ぶ。

 殿下からすれば、俺たちへ頼み込む形になるのかもしれないけど、それで殿下に頭を下げられるのは、ちょっと違う気がする。この状況で、一番辛酸を舐めさせられているであろうお方が、きっと殿下だからだ。それと見てわかるほど辛そうにされてないから、つい忘れそうになるけど……何しろ、亡くなられたはずの兄上が、大都市の一つを起点に蜂起して、こちらに弓を引いているんだから。

 だから、殿下に頭を下げられると、すごくいたたまれない気分になるし……それを止めて、話の向きを変えてくれたラックスの存在がありがたかった。


 そんな感じで、殿下からのお話は、少し締まらない形で終わった。でもまぁ、逆にやる気は出たのではないかと思う。

 続いて、今回の俺たちの企てに協力する組織の紹介に移った。まずはギルドに関して、ラックスが話し始める。


「ギルドは、今回の企みには関与しないって」

「つまり、止めさせもしないと」

「うん。それと、申請すれば、事が終わるまで家賃補助は上限まで引き上げてくれるってさ。だから、稼ぎの心配はあまりいらないよ」


 家賃補助上限ってことは、王都で普通の宿に住む分には、全額をギルドが持ってくれるってことだ。まぁ、完全に慈善でやってるわけではなくて、背後で何か取り決めとかはあるのだろうけど、俺たちが家賃で悩まなくなるのはすごくありがたい。

 それ以外のサポートは特に無いようだったけど、家賃を持ってくれるってのは本当に強いメッセージだ。実利的にも心理的にも支えられる感じがある。


 ギルドに続いての協力機関は工廠だ。ラックスがウォーレンを呼んで話し始める。


「工廠の方からは、雑事部がこっそり協力してくれるって」

「今の状況だと軍装部が忙しいけど、ウチはそんなでもないからな。あんまり大っぴらに動けるわけじゃないけど、部としては協力するぞ。それと、俺経由で軍装部に相談ぐらいは余裕でできると思う」


 今まで一緒に仕事してきた雑事部が、こうして協力してくれるってのは助かる。工廠内での仕事の兼ね合いから、あまり無理はさせられないだろうけど。


 続いては魔法庁についてだ。ラックスがエリーさんを呼んでから話し始める。


「魔法庁は……全面的に協力するって」


 予想外の話に、ざわめきが起こる。それを苦笑いで鎮めてから、ラックスは続けた。


「全面的って言ったけど、王都の魔法庁全体がこの試みを支持するってだけで、それを公表するわけじゃないからね」

「表向きは、正規の軍に協力しますが……こちらにもこっそりと手を貸します。全職員の承認を得て、その代表として私がここにいると言えば、わかりやすいでしょうか」


 ものすごく頼もしい言葉だった。しかし一方で、魔法庁がここまで理解を示すというのが完全に予想外で、戸惑う気持ちも少なからずある。

 みんなも同じようで、俺たちのそういう反応は、エリーさんにとっても容易に予想できるものだったようだ。彼女は、なぜ魔法庁が協力的なのか教えてくれた。


「まず建前ですが……今回の蜂起で自国民に弓引く行為が、適法とは思えませんからね。新たな秩序のためとして法に先立つ暴力を、組織としては認められません」

「それはわかるんですが、建前ですよね? では、本音は?」

「……多くの職員は、この状況が仕組まれたものであることを疑っています。それこそ、魔人側が数年がかりで仕掛けた、策の一部ではないかと。だとしたら、私たちが管理する魔法で自国民同士が傷つけ合うのを、黙って見過ごせるものですか」


 そう語る彼女の口調は、あくまで落ち着いていて静かだった。しかし、義憤は大いに感じられた。


 一時期、魔法庁がキツかった時期があって、俺もご厄介になったわけだけど……そうなってしまうに足るだけの理由は、きちんとあった。

 閣下に教えていただいた話では、5、6年ほど前に王都やその近辺でならず者の一団と武力衝突があって、その際に当時の魔法庁の職員の方々が大勢亡くなったそうだ。それで、空いた穴を埋めるように採用されたのが、亡くなった方の友人や兄弟だ。そして、その流れに乗じて、白いマナを操るあの男が潜り込んだようだ。

 そのことと今の状況が、完全に結びついているという保証はない。しかし、いくらかの関係はあるだろう。王都襲撃に対する慰霊式典に合わせて、宣戦布告までされているんだから。


 魔法庁の過去について、職員と話したことはない。一緒に仕事して仲良くなれた職員は結構いるけど、さすがにデリカシーに欠けると思ったからだ。話そうとした相手が、つらい過去を抱えている可能性は大いにある。

 しかし、たとえ直に話したことがなくても、彼らにとって今の状況が許せないだろうというのは、自然と腑に落ちた。そして、彼らが俺たちの向こう見ずな試みを支持するというのは、少し妙な感じがするけど、大いに励まされた。


 だから……魔法庁とは色々あった俺だけど、彼らの気持ちには応えたいと、そう思った。

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