第305話 「提言と本心」

 9月9日14時。ギルドの緊急招集を受けて、俺たち冒険者は会議室に集まった。

 滅多なことじゃないと、こうして緊急の招集はかからない。不安げに集会が始まるのを待つ仕事仲間の顔を見て、去年の出来事を思い出した。慰霊の式典が終わったこのタイミングでの招集に、何か因果を感じずにはいられない。

 そんなことを考えたのは俺だけではないようで、ただ待つのももどかしそうに、仲間たちが口々に話し始める。

「たぶん、何か重大なことが起きたんだろう」「政庁の方が慌ただしい感じだった……」そんな会話が耳に入った。


 やがて、ウェイン先輩が現れて前に立った。かなり真剣な表情をしている。緊急招集なのだから、当然といえば当然だ。しかし、先輩にしては珍しく、顔色の生気が薄い。そのことが、事の重大さを物語るようだった。

 それから、先輩は一度目を瞑って深く息を吸い込み、かつて無いくらい重い口調で話し出した。


「信じられない話だと思うし、受け入れにくいとは思うが……どうか、静かに聞いてくれ」


 そんな前置きから始まったのは、主に2つの話だった。まずは、数年前に戦死されたはずの、前王太子クレストラ殿下が健在であったという話。そして、第3都市クリーガを中心とした新政府を名乗る集団が蜂起、王都中心の政府を旧政府と称した上で宣戦布告がなされたという話だ。

 これを受けて、王都側の正統な政府は、新政府を名乗る集団を反政府軍と呼称する決定を下した。クーデターを志向する軍事政権であるというのは明らかだからだ。

 本当に、耳を疑うような話だけど、話している間の先輩の口調は落ち着いていた。そうじゃなければ、聞いているこちら側はもっと動揺していただろう。

 先輩が話している間、みんなすごく静かだった。でもそれは、先輩が「静かに」と言ったからではなくて、単に口も聞けないくらいに困惑していたからだと思う。


 先輩が現状についての連絡を終えると、言葉を思い出したかのように部屋の中が騒然となる。一気に騒がしくなった俺たちに対し、先輩は苦笑いして鎮まるようジェスチャーをした。そして、一人一人質疑応答を行うことに。


「ギルドとしての対応は?」

「まだ決まっていない。国の上層部から要請があれば呑むだろうが……他の支部との連携が不十分だ。ここだけ先走るわけにもいかないし、続報は遅れると思う」


 他の支部という言葉に、この件が国家の一大事だという認識が強まった。宣戦が王都中心の正統な政府に向けたものだとしても、実際には国を2つに分けての内戦になってしまうのだろう。

 致し方ないとは言え、ギルドとしての対応が定まっていないというのは心細い。心配そうなざわめきが止まない中、先輩に次の質問が飛んだ。


「今の話は、国のどこまで伝わってるんです?」

「明日にでも、王都全体に公布されるよ。それで、諸外国にはすでに通達が行っている。一方で国内の他の都市となると、若干遅れるらしいな」


 こういう情報を隠そうとしないのは、もっぱら政治的な理由によるものらしい。というのも、あちら側にしてみれば、王都側がこういう情報を秘匿しようものならば、それ自体が糾弾すべき材料になるからだ。

 それに、向こう側にはこの件を喧伝する強い動機がある。堂々とした主張を繰り返すことで、あちら側の地盤を固めるためだ。だから、少なくとも宣戦を受けたということについて、隠し立てしようというのは無理だろう。


 質問は以降も続いた。街道や海路、空路の封鎖について。現状の商流に影響はあるかどうか。この件に対し、ギルドとして現状のスタンスはどのようなものか? 等々……。

 しかし、さすがに事が起きたばかりでは、話せることも少ないようだ。それに、先輩には明らかに憔悴した感じがあって、質問のたびに空気が重くなっていくのがわかった。

 最終的に、ざわめきは重苦しい沈黙に取って代わられた。今後、詳細な指示は随時掲示板に出るとのことで、ギルドには意識的に足を運ぶように……そんな指示が最後に出て、それで閉会になった。


 沈鬱な空気が部屋を満たす中、その場に留まるわけにもいかず、俺たちは重い足取りで部屋を出ていく。まるでゾンビの群れみたいだ――いや、あっちの方がまだマシかもしれない。考えたり悩んだり、そんな苦役からは解放されているんだから。

 ギルドを出ると、王都の街路を行き交う人々を見て、急に心が苦しくなった。明日お触れが出るって話だった。そうなるとまた、あの襲撃の後みたいになってしまうんだろうか?



 “一般向け”に宣戦の事実が触れ回ると、その混乱は山火事みたいになって王都を包み込んだ。

 そこからの数日は、本当に騒然としたものだった。王都襲撃後との違いは、あっちは悲しみや恐怖の色が強かったのに対し、今回のはパニックになっていることだ。半ば狂乱状態になった住民もいて、衛兵や役人の方々が鎮めに行くということも、一回や二回じゃなかった。

 王都まで反政府軍が、すぐに攻め込んでくるってわけではない。でも、成り行き次第でどうなるかはわからない。少なくとも、外交的に出された布告では、こっち側の政府と干戈を交えるつもりでいる。そうなれば、戦火は現実の恐怖だった。


 そんな状況下で、今回の件で最初の仕事が舞い込んだ。騒動を未然に防ぐための見回りだ。俺もこの仕事には参加したけど、これで初めて一緒に仕事する後輩なんかもいて、少し悲しい気持ちになった。

 この仕事は、冒険者単独で動くわけじゃなくて、役人さんとの共同の仕事だった。パニックに陥った住民の説得は主に役人さんに任せ、俺たちは役人さんの護衛やサポートに回る感じだ。

 やっぱり、前例のない事態なのだろう。仕事に当たる役人さんは、誰もが当惑を隠しきれないでいたし、集団ヒステリーに陥った住民への対応には手を焼いた。唯一の救いは、この仕事でちょっとした仲間意識が芽生えたぐらいだ。


 それで、仕事中にアイリスさんと出くわした。この見回りが始まってさほど日が経っていないけど、彼女が入ったグループは鎮圧性能が高いともっぱらの噂だ。やはり、地位や実績、それにご本人の人格のなせる業なんだろう。

 しかし、俺の方の仲間が彼女を褒めそやすと、彼女はちょっと悲しげな笑みを返してきた。必要な仕事には違いないけど、こういうことで活躍するのは不本意なのだろうと思う。


 そして……俺は今のこの状況と、この先のことを考えた。

 大昔の人間の身勝手で貴族階級が生まれ、最初は人間同士の戦いに駆り出された。やがて魔人がこの世に生まれてからは、連中との戦いに。そんな歴史があって、今また人間同士の戦いが始まろうとしている。

 その戦いに、彼女も関わることになるんだろうか? たぶん、無関係ではいられないだろう。しかし……貴族や社会の成り立ちを考えると、人との争いのために彼女に剣を握らせるのは……。



 9月15日。殿下の居室の前で、俺は深呼吸をした。


 今回、ラックスの案内はない。彼女に、俺一人でも大丈夫か尋ねてみたら、だいぶ驚かれたけど「門衛さん次第かな」という話だった。それで、王城へつながる敷地を守る門衛さんは、俺のことを覚えておいでだったようで、通していただけたわけだ。


 息を整え、意を決してドアをノックすると、中から殿下のお返事があった。こんな状況下でも会っていただけることに、少しホッとしてから、俺はドアを開けた。

 不思議なくらい、久しぶりにお会いするような気がするけど、殿下は見たところいつも通りのご様子だった。傍らにいるアーチェさんは、さすがに浮かない表情だったけど。

 それから、殿下にイスを勧められ、俺たちは1つのテーブルを囲んだ。


「それで、今日は一人でどんな要件かな?」


 殿下が尋ねてこられた。声色も普段どおりだ。そんな殿下のご様子に、逆に少し困惑する感じを覚えた。それに、これからご提案申し上げる内容は、俺みたいなのが口にしていいものかどうか……殿下の御前に来てなお、迷いは消しきれないでいたものの、俺は覚悟を決めて口を開いた。


「例の……反政府軍とは、戦うことになりそうでしょうか?」

「君たち冒険者が、という話であれば、それはおそらく無いと思う」

「貴族の方々は?」

「……一般人への威圧効果を見込んで前線へ、という声はあるよ。それに、向こう側は迷わず貴族を投入するだろう。そもそも、今回の企てには、向こう側で何人かの貴族が、大きく関与しているようだからね」


 殿下の口から新情報が語られた。しかし、特に驚きはない。向こうの事情は飲み込めないものの、話の流れとしてありえそうだと腑に落ちた。

 それから、俺は本題を切り出した。


「私のような身分で、献策を申し上げるのは……」

「私は気にしないし、ぜひ聞かせてほしいとも思うよ。だからこそ、ここに来たんだろう?」


 柔らかな笑みを浮かべる殿下につられ、俺も自然と表情がほぐれる。そして殿下のそういうご対応に、心の中で感謝しながら、俺は言った。


「フォークリッジ家のアイリス嬢についてですが、私は彼女に王都の防衛についていただくべきかと思います」

「つまり、フラウゼ王国を二分するような会戦が勃発しても、彼女は前線にいるべきではないと?」

「……はい。今の状況について、私は魔人の関与があるのではないかと考えています。反政府軍との対決に、こちらから兵を動かした時、また王都が脅かされるのではと」

「そういう懸念は、もちろんある。しかし、あちらはあくまで、人間の国として振る舞っているんだ。魔人との関わりを公にすれば、全ての大義を失って瓦解するだろう。だから、前の王都襲撃ほどの仕掛けは、起こせないのではないかと思う」


 それはつまり、王都の守りのために彼女を配するほどではない、そう仰せになっているわけだ。

 もちろん、殿下が仰った見立てが完全に正しいという保証はない。でも、何かしら王都へ仕掛けられることがあっても、その対応策は用意されていることと思う。

 彼女を王都に置くべきという意見を受け流された俺は、少し間をおいてから口を開いた。


「人を斬れば、彼女はもう戦えなくなるのではないかと、そう思います」

「それは、私も同意見だよ」


 殿下は悲しげな顔をされて、お答えになった。それから殿下は、窓の外を眺めて思案され、ややあってから仰った。


「これからも、人の世を守り続けてもらうために、この戦いでは彼女を温存すべきと」

「……はい」


 あけすけで皮肉めいた表現だけど、客観的に見ればそういうことだ。思わず沈んだ口調で返答すると、殿下は妙に明るい声で「気に入らないな~」と仰った。

 びっくりして顔を上げると、殿下は少し人の悪い笑みを浮かべておられた。


「今まで話したのは、建前だろう? ぜひとも、本心を聞かせてほしいものだけどね」

「……このような戦いで、彼女に苦しんでほしくないと考えています」

「最初にそう言ってほしかったな」


 殿下はそう仰ったけど、殿下だけでなく他の方々にも認めさせるには、建前が必要だろうとは思う。俺の素人考えがそのまま通じるとは思えないけど、それでも俺の方から言い分を用意するのが筋だとは思った。

 それに……殿下のお立場を思えば、彼女だけを大切にするのも申し訳ない気がしてならない。そういう俺の考えは、殿下にすぐ読まれてしまったようで、殿下は少し悲しそうな表情で視線を伏せられた。


「私のことも、気にかけてくれているんだね」

「はい……はなはだ不十分とは存じますが」

「いや、十分だよ。それに、私も君にはすごく申し訳なく思っているんだ」

「……と言いますと?」

「君は、こんな戦いには全く関係のない出自だろう?」


 確かに、俺はこの世とは何の関係もないところで生まれ育ってきた。

 それでも、俺はこっちの世界を選んで、ここで生きていくと決めたんだ。


「生まれは違っても、私はこの国の民です」

「ま、そう言うだろうね……ありがとう」


 殿下は穏やかな笑みで、そう返された。それからまた少し間を空けて、静かな口調で問われる。


「私の方から、何か君に依頼をしたとして、君はそれに応えるかな」

「力が及ぶ限りのことは、させていただきます」

「アイリス嬢のため?」

「そういう面もあります」

「仮に、君がこの戦争に関わり合うことになれば、それはそれで彼女を悲しませるとは思うよ。それでも?」


 それはそうだろうと思う。もし俺の念願かなって彼女が前線に送られずに済んだとしても、自分の代わりにとは思われるかもしれない。


 しかし……


「戦を回避することはできませんか?」

「外交が通用する相手じゃないんだ。もちろん、努力は続けているけど……」

「いえ、そういうことではないんです」


 俺の言葉を訝しく思ったのか、殿下が真顔になって、ほんの少し目を見開かれた。


「軍が動くことは避けられないでしょうが、何かしらの工作を用いて衝突を回避できないものでしょうか? 我々にはホウキという機動力がありますし、遺跡の調査で見つけた魔道具もあります。要害に先回りして道を塞いだり、兵の代わりになりうる魔道具で行軍を阻害できないものかと」

「夢物語みたいなことを言うね」


 殿下はそう仰った後、俺の顔が気落ちするのを見届けてから表情を崩された。そして、少しだけ楽しそうな声音で「これで三人目だよ」と仰る。


「三人目、ですか?」

「ああ。私とラックスに続いて君が、動いた兵をどうにかできないかとか言い出したわけだ」


 そう仰ってから、殿下は表情を引き締めて言葉を続けられた。


「この状況の背後に、魔人側の関与があるのは確実だと、私は考えているんだ。それなのに、愚直に双方の兵を動かして会戦で雌雄を決するなんて……本当の敵に利するだけじゃないか」

「しかし、殿下以外の方のご意見は……」

「そういう前提を踏まえた上で、衝突は避けられないものと見ているよ。彼らは長く現実に触れすぎたから、もう夢を見ることができないんだ」


 殿下はそこで言葉を切られ、窓の外に視線を向けられた。何をお考えなのか、定かじゃない。しかし、志一部でも共有できたことは、少し誇らしく思った。


 そして辞去の時を迎えると、殿下は普段みたいな笑顔になられて仰った。


「今日はありがとう。また、ラックスの方から話が行くんじゃないかな」

「かしこまりました」

「私に色々話してしまったことを、後悔しないようにね」


 締めくくりの挨拶に、殿下は唇の先を少しだけ釣り上げ、挑戦的な笑みで俺を見送られた。

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