第304話 「宣戦を受けて」
久方ぶりに招集された五星の会議。その席で、軍師殿は部下からもたらされた報について話した。いつぞや拾った”王子殿”を頭目として、フラウゼ王国へ反旗を翻す準備が整ったとのことだ。
それにしても、軍師殿の口からこういった謀略の報を聞くことになるとは、実に皮肉な成り行きだ。彼女は会議におけるまとめ役であるから仕方ないことだろうが、過去に政治で苦しめられた彼女は、このような陰謀を決して良くは思うまい。それは私にとっても同じだった。
とはいえ、報告を語るその口はあくまで冷静で淡々としたものであった。そして、それを聞く各々方の反応も、普段と変わりない。聖女殿は相変わらず何を考えているのかわからんし、豪商殿はここまで策をうまく運んだ大師殿と部下への称賛を、その表情でありありと示している。
そして大師殿は、やはり普段どおりの静かな雰囲気で、軍師殿からの報に耳を傾けていた。彼の方が直属の部下からの連絡が早いであろう。それを踏まえると、今更驚きもないのであろうが……現状までの成功に対する満足すら、彼は毛ほども感じさせない。
私がそうして他の同席者に注意を払っていると、軍師殿は報告のまとめに入った。
「すでに使者を出して宣戦したとのことですが、実際に進発するのは年明けになるでしょう」
「年明けに兵を出し、王都からも出せば、衝突は2月といったところか?」
「王都側からの対応次第ですが、手をこまねくことはないでしょう。また、いたずらに戦役を長引かせるより、会戦による決着を望むはずです。持久戦は共倒れにしかなりませんから。それを踏まえると、2月という線は濃厚かと思われます」
さすがに、私からの質問であっても、まともな軍事に関するものであれば、彼女はきちんと回答を示してくれる。そのことをほんの少し嬉しく思いながら、私はこの先のことを考えた。
クリーガの新政府が王都に対立したとしても、あちらの社会においては人間側の勢力だ。いくら魔人側とつながりがあるとしても、対外的には魔人と戦う姿勢を見せなければならない。
そのため3月に控える黒い月の夜については、王都側はもちろん、クリーガ側も考慮せざるを得ない。よって、2月中にはあらかたの決着をつけ、急いで3月に備える必要があるわけだ。
もっとも、クリーガ新政府と我々の間では、
そういった時間制限は新政府側に有利に働くであろう。旧政府側は、内紛の処理をしつつ、3月には我々への対応もしなければならないのだから。
加えて、動員できる兵数も、現時点では新政府側の方が若干有利と聞いている。もっとも、広大にして肥沃な穀倉地帯を領有するクリーガであっても、どれだけの兵を出せるかは王子殿の威光次第であろうが。
しかし、戦の顛末はどのようなものになるであろうか。そして、何を望んで大師殿はこのような策を実行したのか。答えるはずもあるまいが、私は彼に尋ねることにした。
「大師殿は、この戦に何を求めておるのだ?」
「どう転んでも我らに利のある話、そう考えております」
茶を濁すような返事に、私は唇の端を吊り上げて頬杖をついた。そして彼に視線を向け、無言で問い続ける。すると、彼はほんの小さくため息をついてから言った。
「新政府が勝てば、程よい傀儡国家ができましょう。仮に彼らが負けたとしても、国の威信は揺るぎ、他国との協調も難しいものとなりましょう」
「なるほど、負けても構わぬ策と考えておるのだな」
「無論、勝つに越したことはありませんが」
勝たせてやりたい戦いではあるとはいえ、新政府は人間側の勢力として動いている。我々から強力な援助を行うのは難しいだろう。強いて言えば、王都にまた何か嫌がらせを行うことぐらいか。
そのことを大師殿に尋ねてみると、特に有用な策はないとのことだった。新政府樹立のための布石に、王都襲撃があったのだろう。言い換えれば、彼の数年に渡る一切合切の仕込みを投じた総決算といったところか。
果たして、どのような結果に終わるだろうか。大師殿の目論見と、王子殿の宿願、そして人間たちの選択は。
☆
9月7日、10時。一昨日の慰霊式が終わってすぐ、国家防衛会議が緊急招集された。大きな議事堂にはピリッと張り詰めた緊張感が漂う。このタイミングで、また何か……そんな漠然とした不安が、会議が開く前から胸を占める。
そして、会議が始まると、宰相様の口から驚愕の事実が語られた。第3都市クリーガを中心として樹立したフラウゼ王国新政府が、王都側を旧政府と称して宣戦布告したと。
宰相様が話し始めるまではわずかなざわめきしかなかったけど、話が終わりかけるや否や、堰を切ったように声が飛び交い始める。中には怒声のようなものも入り混じり、それがそのまま国の混乱を表しているようだった。
でも、宰相様は混乱をそのままにしておかれなかった。ほんの稀にお会いする時は鷹揚な態度で接してくださる宰相様だけど、普段の態度に似つかわしくないくらい大きく威圧的な口調で「各方、お静かに!」と仰って、議場は少し静かになる。
それから、廷臣の方が挙手をして宰相様にお尋ねされた。
「宣戦理由は? そもそも、どのような経緯で新政府を?」
「……にわかには信じがたい話ですが、お亡くなりになられていたとされていたクレストラ前王太子が還御されたとのことです。そして、昨年に起きた王都近辺の騒動は、陛下の権威の失墜によるものだとして、王権簒奪に動いたと」
「それは、確かなのですか? 王子が、生きておられたと?」
またも議場が騒がしくなる。でも、今回は宰相様はすぐに鎮められなかった。ご自身はうつむき加減になって、静かになされている。
それからややあって、宰相様は口を開かれた。
「使者の態度と、提示された書面、その署名等などを鑑みるに……経緯はどうあれ、クレストラ王子その人が、あちらに現に存する可能性が、極めて高いと思われます」
「経緯はどうあれ」という宰相様のお言葉が、私の中で引っかかった。生きておられたのではなく、別の筋書きがあった……リッツさんという、イレギュラーの重なりみたいな人を知っている私は、”そういう”可能性を考えずにはいられない。
すると、私みたいに考えられた方が他にもいらっしゃった。魔法庁長官の、エトワルド候だ。閣下は落ち着いた口調で、宰相様に尋ねられた。
「
「可能性はあるでしょうが、確認のしようがありません。しかし……」
「もし、
侯爵閣下が話されている時は、遠慮からか静かになっていたけど、それもすぐに抑えきれなくなって騒然となる。
死霊術は、今の世では人間が使うべきではない、禁呪からも外れた外法とされている。フィオさんみたいに、国が容認している死霊術師なんて、フラウゼどころか他国を含めても聞いたことがない。
もちろん、死霊術で蘇ったというのは、あくまで可能性でしかない。クレストラ殿下がご存命だったという筋書きも、魔人の死霊術師が関与したという筋書きも、私には途方も無いものに感じられる。こんな話を議場以外で誰かに持ちかけられていたら、私は相手の頭を心配すると思う。
真相がいかなるものか、私にもこの場の皆様方にも、それはわからない。でも、脳裏に浮かび上がった様々な憶測は、判断を鈍らせるには十分なものだと思う。この謀反が純粋に人間の意志によるものだとしても、対応する私たちは魔人の影を意識しなければならないのだから。
私の中で様々な考えがぐるぐるしている。すると、誰かが立ち上がって大きな声を出し、私は急に現実に引き戻された。
「陛下は、殿下はこのような事態に、何をしておられるのですかッ!?」
議場に陛下と殿下のお姿は見られない。でも、陛下がこういう場に出られないのはいつものことだった。慰霊式ではお姿をお見せになられていたけど……。
一方、殿下がおられないのは、少し妙だった。きっと、何か事情があるのだろうとは思う。
すると宰相様が、先程の質問に半分だけ答えられた。
「殿下はすでに動かれています。護衛を伴って、第2都市と近辺の集落へお話をされるために」
やはり、殿下は行動を起こされていた。そのことに、少しだけ安堵を覚える。宰相様が、陛下については一言も触れられなかったというのに。
それから会議の内容は、今後の対応に移った――とはいえ、あまり建設的に話は進まない。
今一番必要なのはクリーガ側の情報だけど、防衛上の観点から転移門は封鎖されている。それに、どこまで新政府の影響が及んでいるかわからないから、他の都市との連絡にも慎重にならざるを得ない。国の中で見通しが悪くなる、そんな未曾有の自体に、議論は紛糾した。
この会議を開くまでに、宰相様はものすごく思案を重ねられたのだと思う。そう思わされるぐらい、宰相様は様々な質問に対して的確に応答されていたけど、端の方にいる私からも、宰相様が疲れているのが見て取れた。
感情もあらわな声が飛び交う中、私はこれからのことを考えた。外交で懐柔できるような相手じゃない。おそらく、一戦交えなければならないだろう――混迷の様相を呈するこの議場だけど、それだけは早くも共通認識になっているように感じられた。
そうなったら、私も戦場に赴いて……人を、斬るんだろうか。
魔人が相手なら、私は迷うことなく斬れる。彼らに、そうなってしまうだけの、相応の過去と理由があると知った今でも、それでも私は迷わない。
今まで、世のため、人のため、国のため……そう思って剣を振るってきた。だけど、その3つは、私の中では同じことだった。わざわざ分けて考える必要なんてなかったから。
でも、その前提が、この戦いでは崩れてしまう。国のための剣が、目の前の人を害なす。人を思って剣をしまえば、それが他の誰かと国に仇なす。
そして、世のためにはどうあるべきなのか……私にはわからない。
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