第297話 「デモンストレーション」

 8月13日、夕方。今日は空描きエアペインタープロジェクトの、デモンストレーションを行う日だ。何もない会場には、これから関係者になるであろう方々が詰めかけて、実演を今か今かと待ちわびている。

 そうして集まっているのは、大半が屋台や出店をやってる方々だ。しかし、普段から営業している海の家みたいな店の軒下を間借りして、そこで営業しようという考えの店主さんも結構いるようだ。

 そういう場所は競争率が高くなるだろう。全体として和やかではあるけど、よく見ると同業者でバチバチ火花が散っているように見えた。


 そういった店主さん方以外には、衛兵隊の方々も見学に来ていた。衛兵隊の方々は、当日の誘導とか警備をやってくださることになっている。

 しかし、今日のデモンストレーションには、下見や見学というより、仕事の息抜きに来られているようだ。いつになくかなりリラックスした雰囲気が漂う。


 他には、俺たちが所属している組織の上長の方々が、視察にいらしている。ギルドからは、ウェイン先輩と事務方の幹部職員の方が、工廠からは各部署の部長クラスの方々が来られたようだ。

 結局、工廠の中では軍装部に続いて家政部も巻き込む形になり、こうして上の方までお出まし願う展開になっている。普段は見ない、立場がある方々の参席に、身が引き締まる思いだ。


 事前に話を通していた方々が来られたことを確認すると、いよいよ会の始まりだ。メガホンみたいな魔道具を片手に、ラックスが堂々と開会を宣言する。


「皆さま、本日はご多忙の中お時間を割いていただきましたことに、まずは深く御礼申し上げます。まだまだ未熟なところがある演舞ではございますが、皆様の目を楽しませることができましたら、幸甚の至りでございます」


 相手が何者であろうと、彼女はこういう挨拶に淀みがない。感心しながら声を聴いていると、悪友が俺の脇腹を小突きながら「誘ってよかったな」と笑いながら小声で話しかけてきた。そんな彼に、苦笑いして小突き返してやる。

 そうして挨拶が終わると、演舞本番だ。ラックスの掛け声で、俺たち8人のホウキ乗りが空に駆け出す。

 俺たちが配置に着いたところで、司会進行はシルヴィアさんにバトンタッチだ。彼女の朗らかな声が響く。


「まずは簡単な絵から始めます! 家!」


 掛け声とともに、飛行部隊の1番手が空を走りだし、俺達待機組から十分に離れたところで、ホウキからマナの光を放ち始めた。青い軌跡を残すホウキが筆になって、前方の空を描いていく。

 俺たちにとって家の絵は、もう見飽きて簡単すぎるくらいの絵になっているけど、見学にいらしている方々には十分珍しい出し物になったようだ。ちょっとした歓声と拍手が聞こえてくる。


「これから、少しずつ難しくなってまいりますよ! では、街!」


 今度は待機していた七人全員が空へ駆け出す。そして、各人が目測で距離を取り、配置に着いてからお絵描きに入る。

 そうして動き出した第二陣が四角いものを描き終えた辺りで、一部の観客の方から笑い声が聞こえた。結局、さっきのと同じ絵を描いているところだと気づかれたのだろう。まぁ、これはちょっとしたボケみたいなものなので、笑ってもらえた方がありがたい。

 それに……次第に笑い声がやんで、驚きを伴うどよめきに変わっていく。

 今俺たちがやっているのは、街だ。最初に描かれた家を、完コピするような形で、角を曲がるタイミングも揃えて、本当に一糸乱れぬ動きで描いていく。そういうこだわりポイントに気付いていただけたようで、街が完成すると、先ほどの家よりも大きな歓声が辺りを満たした。


 ちょっとした達成感を感じつつ、ラックスの合図に従い、描いたものを消すイメージをすると、空がまっさらになって少し名残惜しそうな声が浜辺から聞こえた。

 その後、シルヴィアさんが楽しそうに言った。


「みなさまっ、これから少しずつ難しくなりますので、ご安心を! 次、剣と盾!」


 今度のは、複数人で一つの絵を描く。みんな一人できちんと描けるけど、見た目の大きさとスピード感を演出するためだ。剣と盾にそれぞれ四人を割り当て、パーツごとに分けて空を描いていく。

 複数人で一緒に描く分、見る側としては難しそうに見えるだろうけど、やる側としてはそれほどでもなかった。曲線がない分だけ気が楽だし、受け持ちを分割するため、短時間の集中で済むからだ。

 そして、編隊飛行による剣と盾の絵が完成した。盾に剣を打ち付けるところを描いていて、そこそこ線が交わるせいか、少し複雑なことをやっているように見える。

 そういういじましい努力が実を結んだようで、今回も浜辺は盛り上がった。うまくいった絵をまた消してから、シルヴィアさんのアナウンスが入る。


「続いては、曲線を用いた比較的難しい絵です! 花!」


 今度の絵は、色変器カラーチェンジャーを使う。8人で一つの絵を作るけど、葉っぱ2枚に2人、茎1本に1人で計3人が緑で描き、花びら5枚を5人で青色で描く。

 茎担当の俺は、一直線で緑色を書いて終わりだ。茎の先端部を描き終え、ホウキの着色機能を止める。すると浜辺からシルヴィアさんの声が響いてきた。


「おっと、一人だけ楽してますね、いけませんね! でも、仕事場にも、こういう人っていますよね?」


 浜辺からはドッと笑い声がする。そんな声を背に、俺は茎を書き終えてからも上昇していった。描きかけの花から十分離れたところで、ホウキから残すマナの色を橙に変え、空を描き始める。そうして描いていくのは、太陽だ。

 俺が新しい絵に着手したところで、シルヴィアさんが言った。


「ああ、何か書くようですね。よかった、私は信じてましたよ!」


 またも笑い声が響く。うまくいっているようで何よりだ。

 そうしてできあがった花と太陽をそのままにして、俺たちは配置について合図を待つ。


「次は、花壇!」


 今度は二人一組で花の絵を描いていく。一人は茎と葉を担当、相方が花びら担当だ。

 花は色を変えて、赤・橙・藍・紫で作る。ちょっと強めの、インパクトがあるマナの色だ。負荷がある花の色だけど、これまでの練習のおかげで難なく描けるようになっている。

 街の時と同様、足並み揃えてでき上がっていく4つの花の絵に、浜辺からは歓声が上がった。


 それからもいくつか、絵を披露していった。あまり複雑なものはできないけど、馬車とか山水画などは、特にウケが良かった。

 一通りの演舞が終わり、合図とともに降り立つと、満場の拍手と笑顔が俺たちを迎えた。思わずこちらも頬が綻ぶ。

 まだ完全には日が沈んでない時間帯だったけど、それでもきれいに見えたそうだ。夜空がキャンバスになればもっと盛り上がるだろうとのこと。店主の方々も、これなら客の入りを見込めそうだと大喜びだった。


 しかし……好評をいただいた中で、工廠の部長さん方は、少し微妙な笑顔をされていた。もちろん、お褒めの言葉をいただけたけど、お顔や態度の方には煮え切らないものがある。

 その理由は、俺にはなんとなくわかっていた。礼儀の問題もあるので、念のために尋ねてみる。


「作っていただいた、ホウキの件ですか?」

「その通り!」


 どうやら、部署をまたいで部下たちが作った、自信の試作機のお披露目がなかったのが心残りだったようだ。

 そこで俺は、その自信作を取り出した。複数の部署にまたがって弄り回された結果、すさまじいことになったホウキだ。他のホウキ同様にマナの軌跡を残す機能があって、変色機能もある。発色は彩度が控えめで、これは色を変え続けながら飛ぶことを考慮して、見た目が柔らかなパステルカラーにするためだ。

 そして……本当に色を変え続けるための機能まで搭載されていた。このホウキは、勝手にランダムで色を変え続ける。どうも、”マナの揺らぎ理論”という最新理論を利用したそうだけど、そういう専門的な話はさっぱりだった。乗って試したところ、本当にランダムで色が変わっていたので、出来栄えの方は確かではある。

 問題は、これ単品では見栄えがするものの、チームプレーには全く不向きというところだ。俺はその点を踏まえて、部長さん方に申し上げる。


「単品で見栄えするホウキですが、ソロパート向けかと……今回は編隊飛行での演舞を優先しました」

「そこをなんとか……実際に飛ぶ姿を、見てみたいんだ」


 俺よりもずっと立場のある方々が、ちょっと気弱げな笑顔で頼み込んできた。周りの商店主の方々や、衛兵隊の方々も、俺たちの問答に興味を惹かれたのか耳を傾けていて、工廠の部長さん方のリクエストに乗っかかってくる。


 ここまで盛り上がっているし、流れに任せてやってみてもいいかもしれない。仲間とも相談して、この試作機をお披露目することになった。

 それで、誰か乗る奴を選ぶわけだけど……みんな俺を指差した。


「こういう強負荷なホウキだと、リッツが一番慣れてるし」

「リーダー、頼むぜ」


 俺は日頃、色選器カラーセレクタでトレーニングしたり、難しめの魔法に挑んだりしているせいか、色変えへの慣れとかマナの持久力は、このメンバーの中でもちょっとしたものだった。

 もちろん、曲芸飛行するならサニーにはかなわないけど……彼はニッコリ笑って、視線で俺の背を押してくる。


 そうしてみんなに後のことを任され、俺は試作機で空に舞い上がった。

 これから描いていくのは、特に何かの絵というわけじゃなくて、幾何的な模様だ。ランダムで色が変わるから、何かの絵だと色合いがミスマッチしかねない。

 普通のホウキに比べると強烈な負荷感を覚えながらも、全自動ランダム色変器を作動させ、空に淡い七色の色彩を塗りつけていく。すると、浜辺の方からは大きな歓声が沸き起こった。

 かなりの盛り上がりようだ。おそらく、今やってる模様が、今日一番キレイに見えたのだろう。俺も仲間がやってるのは見たことがある。パステルカラーのマーブル柄みたいな線は、それ自体が強く印象に残る。


 他の絵よりも強い疲労感を覚えたものの、なんとかいくつかの幾何模様をやり遂げて浜辺に降り立つと、工廠の部長さん方が駆け足で寄ってこられた。


「いやぁ、良かった!」

「それは、何よりです」

「何か希望があれば、部下に気兼ねなく伝えてくれ! 工廠としても協力を惜しまないよ!」


 突発的な出し物になったけど、こうして上の方からも協力の申し出をいただけたのはありがたいし、嬉しく思う。俺は疲れながらも、自然と笑顔になった。

 他の観客の方々にも、いい演舞になったようだ。さっそくシルヴィアさんに商談を持ちかけ、場所取りを始めようという気の早い商店主さんも。

 しかし、そういう話はまた明日。すっかり暗くなったので、今日はここでお開きになった。

 すると、観客の方のご厚意で、俺たちは晩飯をおごっていただけることに。よほど気に入られたらしい。


 そうして俺たちは、確かな手応えを得て、浜辺を後にした。

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