第296話 「やたら広がる計画の輪」

 8月7日、夜。浜辺にラックスの「そこまで、戻って!」という声が響き、次いで陸に黄色いマナの光が灯る。その光の下に俺たちホウキ乗りが集うと、仲間の一人がラックスに話しかけた。


「どうだった?」

「いい感じの出来だったよ。明日から、もう少し難しくしてもいいかな」


 指揮官にお褒めの言葉をいただき、俺たちは顔を見合わせてガッツポーズした。

 今やってるのは、曲線を用いた絵柄の練習だ。直線ばかりの絵と違い、曲線は加減が難しく、飛行経路を誤りやすいという難点がある。少しずつでも曲がり加減を間違えてしまうと、次第にズレが積もっていって……でき上がりの絵は笑えるものになってしまう。

 そこで俺たちが思いついた対策は、パーツごとに細分化して編隊飛行するというものだ。

 たとえば、花の絵を描くときは花びら5枚に5人、茎に1人、葉っぱ2枚に2人という形で分担する。そうすれば、各人は自分の分担に専念して、精度の高いものを描けるというわけだ。空にマナの光で絵を描くため、互いに目立ちすぎるくらい光を放っているから、気づかずにニアミスする危険もない。

 そうやってパーツ分けを行ったところ、功を奏して視られる出来の絵が増えていったというわけだ。

 それに、指揮をするラックスの慣れもあるだろう。飛んでる各人ごとにサインを割り当て、飛行経路の修正を促す指示を陸から地星杖テレステラで出す。この一連の流れのスムーズさと指示の精密度が上がっていったのは、絵の出来にも反映されているようだ。


 そういう進歩については、観客代わりになってくれているウォーレンやヴァネッサさん、トールが認めてくれている。

 こうして俺たち描く側の力量が着実に上がってきたのはいいことだけど、工廠側としては思うところがあるようだ。ウォーレンが俺たちに話しかけてくる。


「何かさ、魔道具の方でうまくサポートできりゃいいんだけど」

「何かあるの?」


 飛行要員の子が食いつくと、ウォーレンは言った。


「ホウキと地星杖を合体できないかと思ってさ」

「合体?」

「ホウキのケツから、マナの光が出る感じで」

「おしり?」


 そこで、ホウキのどっちが頭か、ちょっとした問答が発生した。同じことはシエラと話したことがある。俺は毛が生えている方が頭だと思うけど、ウォーレンは上に向ける柄の方が頭という認識のようだ。

 それはさておき、ホウキと地星杖を合体させるというアイデア自体は面白そうだ。


「つまり、ホウキが筆みたいになって、空にマナの光を塗り付ける感じ?」

「そんなとこだな。ホウキを操りながら、片手で杖持つってのも大変だろうと思ってさ。どうだ?」


 確かに、杖はそこそこの重さがあるから、ホウキに一体化できるのならありがたい。飛行要員の女の子たちも、ウォーレンのアイデアには喜んで賛同した。

 問題は、技術的にできるかどうかという話だけど、そこはウォーレンとトールで協力するようだ。それで、試作型ができ上がったら、計画責任者である俺が実際に使ってみて、感触を確かめるという流れになった。

「早めに試作型を仕上げるから、そん時は頼むぜ」とはウォーレンの談だ。果たして、どんな物ができ上がるんだろう。



 3日後の8月10日。ホウキの試作版ができ上がったというので、俺はさっそく工廠の雑事部に向かった。

 すると、部屋の中には雑事部メンバーに加えて、トールや、他に知らない顔の職員の姿も。軍装部管轄の地星杖に関わる改造なので、そちらから見物に来ているようだ。

 ちなみに、シエラの姿はない。


「あいつ、最近は事務方で忙しいからなあ。今日は郵便関係の話し合いに出てるぜ」

「ま、ホウキのメンテナンスとかは、私たちの腕を信頼してるってことね!」


 雑事部の子が胸を張るようにして言った。その信頼の腕の成果が、今日ここに現れるわけだ。どんな感じの物に仕上がっているのか、少しドキドキしながら俺は実験室に入った。

 実験室の中には、試作型と思われるホウキが中央の三脚に立てかける形で置いてあった。それを手にしたウォーレンが、俺に説明を始める。


「ホウキの柄に、金属の輪が2つ巻いてあるだろ? 上の方が飛ぶための輪で、下の方の輪からは光らせるためにマナを注げる」


 彼の言う輪というのは、指4本ぐらいの幅がある。柄を片手で握ると、ちょうど手で覆える程度だ。輪の位置関係的に、普段の飛行と同じ体勢で乗れるだろう。残る問題は、実際にどんな感じで機能するか、それと負荷の感じ方だ。

 さっそくホウキにまたがり、飛行用の輪にマナを注ぎ込むイメージをすると、いつものようにホウキが浮き上がった。特に違和感はない。強いて言うなら、ギャラリーからの興味津々な視線が注がれていることぐらいか。

 次いで発光用の輪にマナを注ぎ込むと、フッと力を抜かれる感じが一瞬だけあったものの、ほんの少し高度が落ちただけで、すぐに持ち直すことができた。慣れれば問題はないと思う。

 そして、きちんと色が出ているようだ。見物客から「おおっ」という感じの、控えめな歓声が起こる。

 しかし、自分で見ることができないのは、少し残念だ。そこで俺は地面に降り立ち、ウォーレンに尋ねた。


「これさ、飛ばなくても杖部分は動く?」

「別系統にしてるからな、いけるはずだぞ」

「なるほど」


 俺は飛ぶための輪から手を外し、光らせる輪だけにマナを注ぎ込んだ。すると、ホウキの毛の部分が青緑に発光し、円錐状に広がる先端が宙にマナの軌跡を残した。マナを注ぎ込みつつホウキを動かすと、本当に筆みたいに宙を塗れる。

 それから、目を閉じて今描いたものを消すイメージをすると、地星杖の時と同様に消すことができた。

「どうよ」とウォーレンが自信ありげな笑みを浮かべて聞いてくる。傍らにはトールもいて、彼もいい笑顔だ。そんな彼らに、俺は言った。


「かなりいい感じだ。ありがとう」

「ま、頑張ったしな!」

「杖部分を動かそうとすると、瞬間的に負荷が増す感じがあるけど……まぁ、そこは練習で慣れると思う」「ふーむ」


 目についた短所は、使う側の対応でどうにかできると思う。しかし、作った側としては気になるようだ。ウォーレンは腕を組んで考え込んだ。

 すると、トールが彼に話しかける。


「少し複雑になるけど、飛ぶ側から多少のマナをためておいて、杖側を使うときにプールしたマナを流し込むのは?」

「構造が複雑化するけど、やってみる価値はあるな」


 彼らが専門的な話を始めると、周りのギャラリーも混ざってにわかに賑やかになった。見ていた彼らもプロなだけあって、こういう話はお手の物のようだ。

 そうして話が盛り上がり、実装の目途が立ったところで、ウォーレンが話しかけてくる。


「他に何かあるか?」

「うーん、色の変え方とか?」


 杖での色を変えるには、杖用のオプションとして、グリップにそういう色を変えるための魔道具をかませるか、様々な色の杖を用意するかの2択があると聞いていた。後者は何本も杖を用意する必要はあるし、取りに戻る手間もあるから、たぶん実践的じゃない。一方で前者は、決まりきった色の杖単体を使うよりも負荷が増すというのが難点だった。

 しかし、これだけ職員がいるのなら、負荷の軽減策なども見つかるかもしれない。そういう淡い期待を込めて、俺は提案してみた。


「その、色を変えるための魔道具も、中に仕込めないかな? それで、効率よく色を変えられたらありがたいんだけど」

「そうだな~……」


 またも考え込むウォーレンに、軍装部から指摘が入る。


「最初から色変器カラーチェンジャーを内蔵すること前提で設計すれば、パワーロスは減らせるかもしれん」


 その一声を皮切りに、議論が再び始まった。なんであれ、俺の提案に対する解法は、きちんと見つかるかもしれない。

 すると、ウォーレンがまた話しかけてきた。


「他には?」

「うーん……色を変えられる奴って、実際にはどんな感じになる?」


 そう尋ねると、雑事部の職員が実験室の片隅にある簡易的な物置から、地星杖を持ってきた。ただ、いつもの杖と違う部分もあって、柄の部分にグリップとして布が巻き付けられている。


「はい、色変器つきの地星杖。変えたい色をイメージしながら柄を握ると、色が変わるはずだから」


 手渡された杖を手に取り、まずは色の変化をイメージせずに使ってみた。すると、いつもどおり青緑の光が宙に残る。

 続いて、マナを出しながら緑色への変化をイメージすると、グラデーションしながら宙に色が留まった。

 ここで思い出したのは、色選器カラーセレクタのことだ。あれも似たような働きをするけど、色を変えるとそれまでの部分が消失する。つまり、グラデーションなんて残らないわけだ。色選器とは違う挙動には、ちょっとした新鮮さを覚えた。

 次に、目を閉じて描いた部分をイメージすると、グラデーションも含めて一続きの線が脳裏に浮かび上がった。それを消すイメージをすると、今描いた部分全体がしっかりと消えた。途中で色を変えようが1つの線として認識できるようだ。


 次に俺は、色の変化を白くする方向でイメージした。つまり、色の彩度を落とすイメージをしたわけだけど、色は変化しなかった。

 それからも何回か試してみたものの、結果は同じ。どうも、色変器では、色相に限定して変化させられるらしい。その点では色選器の方が融通が利くけど、あっちの方が疲れる感じは強い。魔道具だからという違いもあるだろうけど、色変器の方が効率的という感触だ。

 ただ、予想ほどの負荷感はなかったけど、飛び回りながらだと少し大変かもしれない。それに、俺は色選器のおかげでちょっと慣れはあるけど、他のみんながそうとは限らない。その点では、工廠のみんなの助力は必要だろう。


 そうやって一通り触って確かめてみたところで、俺はウォーレンに話しかけた。


「色を変えながら飛んでも面白いかと思ったけど」

「何か問題か?」

「色が鮮やかすぎると、逆にキツいというか、品がないかも」

「ああ……確かにケバいかもしれん」

「だから、パステルカラーにできないかな。そっちの方が目に優しいし、きれいに見える気がする」


 原色でグラデーションさせるより、パステルカラーで変えた方が見やすそうという意見には、多くの職員が同意した。そっちの方が幻想的だとも。

 そこで、パステルカラー専用機を1本試作してもらうことになった。「やったことないけど、いけるだろ」とウォーレンが言うと、ヴァネッサさんが指摘を入れる。


「照明関係では家政部が強いでしょう。あちらにも協力を依頼しては?」

「そうだな……あー、どんどん大事になってくな~」

「ま、家政部もすぐに協力してくれるでしょ」


 そんなこんなで、空描きエアペインター計画の関係者は、まだまだ増えそうだ。

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