第295話 「学術的研究④」
どっと汗が吹き出るようだ。季節柄の暑さに加えて、少し頑張りすぎた代償か、体の内側から熱がこみ上げる。それに、信じがたいものを見たという実感が、心拍をさらに跳ね上げた。
その場にへたり込んで息を荒げると、メルと職員が駆け寄ってくる。それよりも先に、ギャラリーの一部から同期の連中がやってきて「大丈夫か?」と話しかけてくれた。なんでもないことのようだけど、ありがたく思う。
「ああ、大丈夫。ちょっと集中しすぎてさ」
「ならいいんだけど」
それからすぐ、やってきたメルが言った。
「大丈夫ですか? 中で休みます?」
「あー……その方がいいかな。イスに座って考え事したいし」
ここまで壁際で検証をしていたおかげで、回廊部分はすぐそこだった。休憩しに行くにはちょうどいい。
そこで、俺とメルは回廊部分に向かった。何が見えたか、観衆に言わずに立ち去るのは、少し悪い気がしたけど。
ちなみに職員さんは、その場に留まって仕事の続きをするらしい。「回復したら、また自分が担当する」とのことだ。
そうして少し涼しい回廊部分に入り、イスに背を預けた俺は、さっき見たもののことを思い出した。
メルの方をチラ見すると、彼はすでにメモとペンを取り出して待ち構えている。そんな彼に、俺は言った。
「反射した時、同じ魔法陣が見えた……気がする」
「同じ魔法陣、ですか」
俺は目を閉じて考え込んだ。
その型は、文よりも内側に記述する通常の型と違い、魔法陣全体に覆いかぶさるように記述する。その、魔法陣全体にかかるように描くというのは、複製術や再生術を思わせる。
……その未知の型も、要するに魔法陣を書かせる系統なんじゃないか?
「もしかしたら、反射してるんじゃなくて、着弾点で書き直してるだけかもしれない」
俺の言葉を受け、真剣な表情で黙りこくっていたメルは、ハッとして何かに気づき、メモをめくりだした。
「……これまで跳ね返せなかった素材や対象って、その表面に魔法陣を刻めないのばかりですね」
「書き直せないと、マナが行き場を失って、そのままぶつかる?」
「説明は、筋が通ると思いますけど……実際、どうなんでしょうね」
彼は困ったような笑顔を俺に向けた。
少し、真相に近づいた感じはある。でも、確証を得られたわけじゃない。ここで知りたいのは、未知の型の機能だ。
まず、現時点でわかってることと推測をまとめる。未知の型は、魔法陣全体にかかっているから、着弾点で魔法陣全体を書き直しているようだ。
では、未知の型の外側に何かあったらどうなるだろう?
そこで1つひらめいた俺は、メルに場内へ戻るように提案した。すると、彼は目を輝かせて俺の言葉に従った。
再び闘技場の砂場に足を踏み入れると、多くの目が俺たちの方に集中した。少し緊張と恥ずかしさも思えつつ、俺は先程の職員さんを見つけて尋ねる。
「反射弾って、どこまでアレンジが許されてます?」
「ん~? ちょっと難しい質問ですね……とりあえず、文は魔力の矢に限定してますが」
「色を変えるのは?」
「それぐらいなら」
許可を得たところで、俺とメルは配置について向かい合った。今度は彼にガラス板を持ってもらう。そして俺は、ちょっと細工した反射弾を撃つわけだ。
今回撃つのは、文と例の型の外側に染色型を用いるものだ。つまり、魔法陣の一番外側に染色型が配置される形になる。この反射弾が複製術や再生術みたいに機能するのなら、書き直しは内側にあるものに限定されるはずだ。だから、染色型を描き直すことはできない。
そういうわけで、撃った弾と跳ね返ってきた弾の色が違っていれば、俺の見立て通りだ。書き直し説の信憑性が高まるし、少なくとも、ただ反射してるだけって可能性はグッと減る。
少し胸の高鳴りを覚えながら、俺は思い描いた反射弾を放つ。その黄色に染色した反射弾は、メルの方に向かっていって――着弾点で黄色い光を放ったかと思うと、黄色いまま俺の方へ返ってきた。
青い
そのため、今度は青色の染色型を使った反射弾の内側に、黄色い染色型を描くことにする。過去の経験から、1つの魔法陣に2つの染色型を合わせる場合、混ざらずに外側のものが優先されるとわかっている。この場合は黄色に染まるはずだ。それが着弾点で青く染まれば、今度こそ成功となる。
そして、リベンジの反射弾を放つと――飛んでいった青い矢は、ガラス板で青い閃光を放ち、瞬時に黄色い矢へと変化してこちらに返ってきた。
そいつを青い光盾で相殺してやると、主に知り合い連中――反射弾のことを知ってる奴ら――から、どよめきが聞こえた。反射に際して、矢が別のものになったことに驚いているようだ。
今回の検証で、書き直し説はより強くなった。たぶん確定でいいと思う。
しかし、わからないのは、あの未知の型の起動条件だ。着弾点での反応を見る限りでは、
俺は職員さんに近づいて声をかけた。
「矢の代わりに、
「それなら危なくないですし、構いません」
そこで、もはや弾ではなくなった反射光球とでも言うべき魔法陣を書いてみた。すると、いつもどおりの光球がそこに現れる。
そいつを矢で破壊してみるも、特に目立った反応はなかった。単に破壊されて、それで終わりだ。やはり、矢と組み合わせないと効果がないのかもしれない。
一度検証を止めて、俺は考え込んだ。着弾点で書き直している説を証明するのなら、一番いいのは着弾点で別の魔法を作ることだ。単に、色が変わった程度のものではなくて。
それと、着弾点で別の魔法をやりたいのなら、必然的に魔法陣を多層化することになる。未知の型で書き直す何かと、そいつらを運んで着弾させるための矢の部分だ。
問題は、書き直すための部分を工夫しないと、そっちの文を書いただけで先に魔法になってしまうことだ。だから、封印型を合わせてやるのがいいと思う。
そこで思い出したのは、魔力の矢と封印型を合わせた時のことだ。あの時、内側に仕込んだ光球が現れるようなことはなかった。しかし、封印型自体は機能していた。矢が当たった先で、改めて内側の魔法を書き直すものがあれば、あるいは……?
そういったことを一つ一つ検討していって、俺はメモに考えをまとめた。結論としては、外側から魔力の矢の文、封印型、未知の型、光球の魔法陣という構成になった。
想定される反応は、内側に描いた諸々を乗せた矢が飛んでいって、着弾と同時に封印型が消滅、すると内側の未知の型が働いて光球の魔法陣を書き始めるという感じだ。
改めて考えてみると、普段の魔法の流れを逸脱しまくっている。しかし、着弾点で書き直すというのがそもそも普通はありえないのだから、それに多少肉付けしてやった程度では、そう変わらない気もする。
書くべきものが決まったところで、俺はメルの方に向き直った。そして、思い描いた通りの魔法陣を書いて矢を放つ。
すると、俺から放たれた青緑の矢は、メルが構えるガラス板に着弾した後――光球になった。
思わずガッツポーズする俺に、ざわめく同期や先輩の冒険者、彼らの反応に困惑する後輩……それぞれが思い思いの反応をする中、一番強いリアクションを取ったのはメルだ。彼はガラス板を持ちながら駆け寄ってきて、目を見開きながら話しかけてきた。
「すごい、どうやったんですか!?」
「あー……魔法庁職員と報告書を書くことになるだろうから、その時話すよ」
「わかりました!」
そういうわけで職員さんに視線を向けると、彼も冒険者達と同様に唖然としていた。そんな彼に声をかけ、一緒に今回の検証に関して報告書を書くことに。
それから、ガラス板を貸してくれた工廠の職員さんにも声をかけ、彼女も一緒に報告書の作成をすることになった。
☆
俺たちがまとめた報告書と、後日魔法庁職員が行った追試により、反射弾で用いられる未知の型の特性が明らかになった。
その機能というのは、俺たちの検証でわかったとおりだ。矢と組み合わせることで効果を発揮し、型の内側にあるものを着弾点で記述する。
ちなみに、魔法庁の方で矢以外の単発型攻撃魔法でも試してみたところ、
それで、本質的には反射する型ではなく、書き直す型だと判明したわけだ。ここで問題になるのが法の上での区分で、複製術や再生術のように術者の手を離れて魔法陣の構造を記述させるものは、第3種禁呪に指定されている。
この型に関しても、その異質性から第3種禁呪に指定されることになり、一般の型とは区別する意味合いで、記送術と名付けられた。記述を矢に乗せて送りつけるもの……ぐらいのニュアンスらしい。ホウキでの空輸で郵便業が盛り上がってるから、そういう世の流れに影響を受けたネーミングにも感じる。
記送術は禁呪指定を受けたけど、従来の反射弾に関しては、各種検証に参加していた者に限って、使用許可が与えられることになった。つまり、危なくないように気をつければ、反射弾を使い続けていいわけだ。
この措置は、
……で、第3種禁呪であるこの記送術の使用許可に関し、俺は栄えある許可第一号になった。その時の書類には、やっぱり末尾の備考欄に記述があって……。
「貴兄の学術的研究の成果が、我々にも知識や技術として共有されることを期待します」
とか書いてあった。
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