第294話 「学術的研究③」

 8月1日、10時。ギルドに顔を出すと、メルがいた。彼は俺の顔を見るなり、ニコニコしながら寄ってきて、

「ちょっと歩きませんか」と言ってきた。特に断る理由もないので、彼の提案に乗ることに。

 俺たちはギルドから出て、街路を歩いていく。すると、大通りでも人がまばらになったあたりで、彼は空描きエアペインターの件について切り出してきた。


「シルヴィアさんから聞きましたよ。宣伝は僕がやりますので、集客はご心配なく!」

「そりゃ頼もしいけど……肝心の見世物が、まだまだなんだよなぁ」

「そこは頑張ってもらうしかないですね!」


 ほんの少し挑発的な笑みを浮かべる彼に、俺は苦笑いで返した。


 現時点で、簡単な絵を描けるようにはなっている。上下のバランスが整った家の絵とか、剣、盾の絵などだ。日没後、夜間にもある程度練習を続行できるようになったのが大きいと思う。

 曲線を描く訓練も進んでいる。もっと難しい絵は、まだまだだけど、この調子ならなんとかなるだろう。日を重ねるほどに、できる絵が増えていっている感じは確かにある。

 メルにつられる形で、俺は進捗状況を教えた。おそらく、シルヴィアさんからは聞いているとは思うけど。


 そうして一通り話し終えたところで、彼は俺に礼を言った。どうやら、今日の用件は進捗の確認と世間話だけだったようだ。

 気が付けば西門の辺りまで歩いてきていた。「すみません、つきあわせてしまって」と彼は申し訳なさそうに言う。

 そんな彼を見ていて、1つ思い出したことがあった。俺は彼に尋ねる。


反射弾リフレクタイルのことだけどさ」

「はい、どうかしました?」

「あれって、ガラスも跳ね返す?」

「やったことはないですね。試しましょうか」


 そう言うなり、彼は西門を出て闘技場へ足を進めた。その足取りはどこか弾んでいる。そんな彼に声をかけると、闘技場の建設資材にガラス板があるから、それを貸してもらおうという考えのようだ。


「割れたらどうする?」

「それは、弁償ですね。一緒に謝りましょう」


 彼はにこやかに答えた。話を振ったのは俺の方なんだけど、話は彼が先導する形になっている。ノリノリで助かるものの、頼りっきりになってしまって少し申し訳なく思う気持ちも。


 闘技場に着いてから裏手の方に回り込むと、天幕付きの資材置き場があって、中にはガラス板もあった。

 こういう資材を管理しているのは工廠だ。そこで、闘技場の管理をしている職員さんを捕まえて用件を切り出すと、意外にも快諾された。

 どうやら、工廠としても反射弾は初めて見るタイプの魔法ということで、かなり興味があるようだ。反魔法アンチスペル組がやってる反射訓練にも、前々から注目していたようだし。


「反射を生かした魔道具とか、作ってみたいですしね。ですから、ちょっとした資材ぐらいでしたら貸しますよ。割れたらこちらで報告書を書いておきますから」

「いや、さすがにそこまでしてもらうわけにも……報告書を書くような状況になったら手伝いますよ」

「僕も手伝います。書類書くのは得意ですし」


 俺たちがそう申し出ると、職員さんは微笑んで、ガラス板を指さした。50センチ四方ぐらいか。ちょっとした窓用って感じのガラスだ。

 それを持っていこうとすると、職員さんは適当な布を持ってきてくれた。それでガラスをくるみ、俺たちは彼女に礼を言ってから、闘技場の中へ向かった。


 闘技場では、今日も大勢が魔法の練習に取り組んでいた。

 試合とか結婚式とかのイベントがあると使えなくなるけど、今でも週の半分は、こうして一般開放されている。そういう一般開放の日に人が集中するようになったせいか、少し前までよりも練習する人々の人口密度が高まったような感じすらある。

 そんな中で、反射弾の検証をするのは……そもそも、魔法庁が認めるのか?


「大丈夫ですよ」

「本当に?」

「人に当てなければ大丈夫です。あと、職員の監視もあれば」


 反射弾についての研究は、実はあまり進んでいないそうだ。というのも、魔法庁はここ最近試験の準備で忙しかったし、反射弾を一番触ってる反魔法組は、実戦的利用について探求していたからだ。そうして使い方の理解が深まったものの、反射弾がどのように機能しているかとか、そういう根っこの部分はわかってない。

 そのため、日没後の反魔法訓練のおまけに限らず、他の機会でも反射弾について調べてみることは、許可が出ているそうだ。魔法庁的には、良くわかってない魔法があるのも良くないので、致し方ない処置という感じらしい。


 そういうわけで、試しに闘技場内にいる監視係の職員さんに声をかけると、用件を切り出す前に微妙な笑顔を向けられた。すでに何か変な覚悟をされてるかもしれない。

 しかし、要件を伝えると「ああ、それなら」と言って応諾してくれた。それから、その場の見張りは別の職員さんに任せ、俺たちの検証に加わることに。


 なんだか、やる前から変にドキドキしてしまった。ホッと一息ついてから、俺はメモを取り出し、今回の検証についてメルと職員に図示する。

 ガラスに向かって反射弾を放った時、想定される反応は3つだ。矢が跳ね返るか、ガラスを素通りするか、ガラスが割れるか。

 普通のボルトを放った場合だと、ガラスは普通に割れるらしい。しかし、この反射弾は普通の矢じゃない。だから、透過する可能性も考えた方がいい気がする。

 そのため、この3パターンのいずれにも、安全に対応する検証法が必要だ。そこで、闘技場の壁面にガラス板を立てかけることを俺は提案した。


「たとえば、ガラスを反射弾が素通りしたら、結局ガラスの向こう側にある闘技場の壁で跳ね返るだろ?」

「はい。その場合は、やってきた矢を光盾シールドで相殺すればいいですね。では、ガラスで跳ね返ったら?」

「壁に立てかけると、ガラス板が斜めになるから、跳ね返る進行方向にあらかじめ光盾を置いておけばいいと思う」

「なるほど……置いた光盾が無事なら、ガラスでは反射しなかった証明にもなりますね」

「そういうこと」

「では……ガラスが割れたら?」

「報告書……いや、割れなくても報告かな」

「ですね」

「手伝いましょうか?」


 俺とメルの会話に職員さんも混じってきた。魔法庁向けにも報告を上げた方が良いかもしれない。そこで、魔法庁向けにも報告書を出すことで話がまとまった。免罪符とまでは言わないけど、使わせてもらってる自覚はあるし。


 そうして段取りがまとまったところで、俺たちは準備にかかった。ガラスを包んでいた布を地面に敷いて、底にガラス板を乗せる。立てかけるガラスと闘技場の壁の接点には、ハンカチなどの手持ちの布をあてがうことにした。

 安定して立てかけることができたところで、今度は光盾の準備だ。

 これまでの、反魔法組による検証の結果、反射角と入射角は関係ないことがわかっている。どうやら、反射する面に対して垂直に飛んでいくらしい。飛んでいく先をコントロールするという点でいえば、わかりやすくてなによりだ。

 光盾の準備の後で、それぞれ配置に着いた。ガラスに撃ち込むのは俺で、メルはガラスの傍らに控え、万一変な方向へ反射した弾の後始末をする係だ。後始末係には職員さんも手伝ってくれることに。


 そして……俺は反射弾を放った。すると、ガラス板の辺りで青緑の閃光が放たれ、あらかじめ設置しておいた光盾と相殺された。

 その後も何度か同様の手順で試したところ、結果は同じだった。反射弾はガラスで跳ね返る。

 ここまでの検証が終わり、メルが俺の方へ歩きながら話しかけてきた。


「まだ何か、検証することがあるんですよね」

「そうだけど、よくわかるな~」

「なんとなくですよ」


 そう言って、彼はニヤッと笑った。さすがに、ギルドの広報を任されているだけはあって、本当に勘がいい。

 それから、彼はいそいそとメモを取り出し、取材モードに入った。そんな彼に、俺は話しかける。


「実は、反射してる部分でどうなってるのか、目で見て確かめたくて」

「……なんか、読めてきましたけど……」

「ガラスを手で持って、そこに反射弾を撃ち込んでもらえれば、良く見えると思ってさ」


 そこまで言うと、彼は「さっすが~」と言ってから笑った。一方、職員さんは唖然として固まった後、少しうろたえた。結局許可は出してくれたけど。

 ガラスなら跳ね返る。そうわかっていても、自分に向かってくる矢を透明なガラスで待ち構えるってのは、少し肝を冷やす体験だろう。そういうことをやりたがる俺の実験精神を、メルは笑い声とともに称賛した。


「割れないといいですね!」

「縁起でもない……」


 彼の悪いジョークに苦笑いで応じると、周囲の視線が集まっていることに気づいた。そのうちの一人、知らない冒険者の青年が俺に話しかけてくる。


「もしかして、リッツ先輩とメル先輩ですか?」

「そうだけど……」

「マジすか……見学しても?」


 見学……メルはニコニコしている。別に秘匿したい感じではなさそうだ。職員さんは、かなり悩んだ末に、俺に判断を委ねた。「見られる事自体は、悪いことではない」からだそうだ。

 それで、今からやる実験は……割と危ないと思うし、教育に良いとも思わない。なので、「真似しないように」と、集まってきた後輩たちに言い含めた。

……いや、周囲には後輩だけじゃなくて、同期やちょっと先輩ぐらいの冒険者もちらほらいる。さすがに色々と慣れているのか、後輩みたいにソワソワしてなくて、単におもしろそうだから見てるって感じだ。

 急にギャラリーが増えたことに少し緊張しつつ、俺はメルに言った。


「十分距離を離して、『撃ちます!』って言ってから撃ってくれ」

「わかりました」


 彼はそう言ってから、表情を一変させ、真剣な雰囲気を漂わせて離れていった。こっちが今日の検証の本命だと察したのだろう。

 そして、不思議と辺りが静まり返った後、彼の「撃ちます!」という声が響いた。


 反射弾が放たれる直前に、俺は異刻ゼノクロックを起動した。そして、弾の接近に合わせて、時の流れを遅くさせる。

 俺が考えているのは、構えたガラスで自身を守りつつ、反射弾が撃ち込まれたその瞬間を、目で確認しようというものだ。

 前にも、似たようなことを試みたことはある。しかし、その時は着弾点から少し離れていたし、今よりは異刻に不慣れだった。今のこの状況なら、もっとはっきり見えるかもしれない。


 いよいよ、その時がやってきた。ガラスを隔てて目前に迫った青い矢が、着弾点で潰れて円状に広がる。

 ここまでの反応は見たことがある。もっと、精細に……俺は異刻の針をもう少し動かし、体の中で生じた圧迫感と戦いながら、反射弾の反応に目を凝らす。

 すると、着弾点で広がった円は、少しずつ大きくなっていった。ガラスの表面を這うように、歪みのない正円が広がっていき……円の中に濃淡の構造が現れた。濃い部分は直線と曲線からなる、見覚えのある模様に変わり、外側には見慣れた文字の羅列が……。

 その一文字一文字を目で追おうとする、僅かな時間の間に、ガラスの表面で展開された”それ”は、再び魔力の矢マナボルトになってメルの方へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る