第293話 「学術的研究②」

 昼食の後、俺は再生術とは別のものを試すことにした。封印型だ。連環球儀法アーミラライザーで使われている型なので、ついでに覚える形になったけど、この封印型自体にも興味はあった。

 最初に封印型を見たのは、再生術の時と同じで遺跡の扉だ。あの時の使われ方は、施錠ロックと封印型を組にしておいて、その内側に攻撃用の魔法を用意。先に施錠を解いてしまうと、封印型も解けて内の攻撃魔法が解き放たれるというものだ。

 封印型よりも外側に何かを書いて魔法にすれば、外側の魔法から内側の魔法に続く、2段仕込みの魔法になる。しかし、有用な組み合わせは限定されるだろう。そもそも、期待した通りに動くかどうかという問題もあるし。


 そういうわけで、実際にどんな形で封印型を使えるのか、これから検証してみることに。

 まずは安全そうで、わかりやすいものから。大きめの円を作り、封印型の内側には光球ライトボールを、封印型の外には光盾シールドを書くことにする。

 しかし、魔法陣を2つ重ねる形になって、結構ややこしい。そこでまずは、連環球儀法の中で、正確に書くところから始める。

 そうやって書き方を確認していて、はたと思い出した。別に、2つの魔法陣を平面上に重ねる必要はない。ティナさんによれば、魔法陣を2つクロスさせる形で記述しても、内外の位置関係が維持されていれば、問題はないという話だった。

 そこで、外側に来る光盾の魔法陣を地面に垂直に書き、盾の内側にある封印型に刺すように、地面に平行にして光球の魔法陣を書く。書く順番は、封印型が先、その後に光球全部、最後に光盾だ。こうしないと、光球が勝手に発生したり、光盾に封印型を組み込めなくなったりしてしまう。


 そうやって書き上げた魔法は、きちんとした光盾に、光球の魔法陣がぶっ刺さる形で発動した。見た目はだいぶ不格好だけど、きちんと機能しているようには見える。

 次に、光盾を魔力の矢マナボルトで破壊してみると、砕け散ったマナの破片から立ち登るように光球が現れた。うまくいったようだ。これが実戦で役に立つ組み合わせとは思えないけど、工夫のし甲斐はある。


 次に俺は、2つの魔法陣を直交させるのではなく、平面状に重なり合うように記述した。円の中をいくつも線が行き来する上、そこに文を2つも合わせるので、かなり大変だったけど。

 そうしてでき上がった魔法は、お椀状の形をしている光盾に、光球の魔法陣が平らにフタをする感じででき上がった。これは目論見通りだ。

 それから光盾を破壊すると、今度も光球が現れた。直交させても、平面に重ねても、特に変わりなく機能するようだ。


 もっと他の魔法も試してみよう。そこで1つ思いついたものが。封印型と合わせる外側に光盾、内側には魔力の矢を書き込む。

 次に、でき上がった光盾を持ち手側から破壊してやると――俺から見て向こう側へ魔力の矢が走っていった。

 つまり、俺に向き合う形で盾を破壊すれば、そちらにカウンターの矢が飛んでいくわけだ。まぁ、魔法使いなんてみんな、息をするように盾と矢を使えるのが前提みたいなところがあるから、これだけじゃ役に立たないかもしれないけど。


 それにしても、今ので1つ気になったことがある。魔法陣の向きだ。今は平面状に重ねて作ったけど、2つの魔法陣を直交させていたら、どうなっただろう?

 試しに、光盾は地面に垂直に、魔力の矢は寝かせる形で書いてみる。そして、でき上がった光盾を破壊すると――矢は上に飛んだ。

 この場合、魔法が放たれる向きは、それぞれの魔法陣の向きに依存するようだ。外側が内側の発射方向を支配しているわけではない。


 それと、外側の魔法に可動型や追随型を用いると、内側で封印されている魔法陣も、その動きに合わせて動いた。また、外側の色を染めてやると、内側も同色になった。どうやら、封印型は再生術とは違った形で、内側と関わりあっているらしい。

 一方で、内側の可動型や追随型が外に影響することはなかった。これは、内側の型が封印されているからだろう。再生術では外と内とで明確な区切りがあるようだったけど、封印型の場合は外側が内側を内包していると考えて差し支えなさそうだ。


 ここまでの実験は、外側の魔法に光盾を用いていた。内側への封を解くためには、光盾を割るのがやりやすいからだ。

 では、外側に単発の魔法陣を使ったら、どうなるだろう? 例えば、魔力の矢を外に書いてみたら?

 やってみたところ、魔力の矢の文に差し掛かる前に、魔法陣が割れてしまった。どうも、外の円をEランクので描いたのが良くなかったようだ。

 次は光盾同様にDランクの円で描いてみる。すると、描いたとおりに矢が飛んで行って……それきりだった。飛んでいった向こうで光球が出るようなことはなく、普通に矢が木に当たって消えた。


 それからも少し試してみたところ、外側に単発型の魔法を使うのはまったく意味がないようだ。合わせるなら継続型の魔法だ。また、継続型の魔法であっても、壊れたり消えたりといった状態が明確でないと、使う側としては適切なトリガーにならない。その点では、光盾か泡膜バブルコートが適切だろうと思う。


 しかし、外側に書くのは、別に魔法である必要はないようだ。文を合わせない器の状態であっても、外側を消すイメージをして封を解きさえすれば、内側の魔法がきちんと発揮される。

 ちょっと面白いと思ったのは、封印型で無効化されている場合において、内側の魔法陣は器の状態と同様の挙動を示すようだということだ。つまり、外界からの干渉を受けない。内側に込めた魔法陣が光球の場合、封を解けば反魔法アンチスペルですぐに吸われて消えるけど、封印型がある限り、いくら放っておいても健在だった。

 そのため、封印型と可動型を合わせ、遠隔で仕込みに行ける頑健なトラップという使い道はあり得ると思う。あるいは、七精破セプトプロードみたいに自分が巻き込まれかねない危険な魔法を、丈夫な封で包んでやるとか。まさに、あの遺跡で見たようなやり方だ。とはいえ、七精破はまだ覚えてないし、やるとしても第2種禁呪だから、学術的探求がどうのこうのというレベルではない。


 そうやって封印型について色々試してみたところで、どこまで重ねられるかが気になった。そこで、魔法陣のマトリョーシカの限界を探ってみることに。

 あれこれ試行錯誤したところ、入れ子にできる限界は、一番外側の魔法陣のランクに依存することが判明した。

 外側がEランクの場合は、内包できない。Dランクの場合は、内側にEランクを仕込める。外側にはDランクの光盾、内側にEランクの光球をやっていたのは、この組み合わせだ。

 以降、その外側をCランクの円と魔法で包み込むことができて、死ぬほど頑張ればBランクの円でも包み込めた。

 つまり、今の俺の限界は4層化。たとえば、外のB層からD層にかけて光盾と封印型を合わせれば、耐久力3で、最後に矢かなんかが飛び出る魔法ってのができるわけだ――やる意味があるとは思えないけど。


 ここまでやったところで、遺跡の扉を思い出した。あれは、封印型で解錠と七精破を多層化した上に、再生術がかかっていた。これを、多層化した光盾でやってみたらどうなるだろう?

 そこで、試しに封印型で盾を2枚重ねる魔法陣に、再生術を合わせてみた。書く順番としては、封印型、内側の光盾、再生術、外側の光盾という感じだ。

 やってみたところ、まずは普通に光盾ができた。その外側の光盾に合わせて再生術があって、光盾の内側には後続の魔法陣がある。

 では、その光盾を破壊してみると……封印されていた内側の盾が現れた。再生術は機能していない。

 次に、内側の光盾を破壊してみると、再生術が2層構造の魔法陣を書き直し、その魔法陣から外側の盾が現れた。


 どうやら再生術は、内側にある魔法陣がきれいさっぱりなくなってから、書き直し始めるらしい。半端に残っている状態で書き直し始めると、相互作用で変なことになりかねないから、これはいいことだと思う。

 で、次に再生術込みでどこまで多層化できるかだ。激しく息切れしそうになりながら、何回もチャレンジしたところ、再生術それ自体は多層化の限界に影響しないようだった。Bランクの円に光盾×3+光球という限界の組み合わせでも、再生術はしっかり機能した。

 ちなみに、その時はさすがに平面に重ね合わせる気がしなくて、内側の光盾と光球だけ平面で重ね合わせ、後の光盾はそれぞれ直交させる形で記述した。すると、一番外側の光盾に合わせた再生術は、魔法陣の多層構造だけでなく、立体的な記述まで忠実に再現した。


 そうやって再生術を使った検証を進めていくと、だんだんと複製術でどうなるかも気になってきた。おそらく、再生術と同じように機能するだろうけど、実際にやってみないことにはわからない。

 そこで、多層化した魔法陣と複製術の組み合わせを何パターンか試したところ……。

 まず、封印型と複製術の組み合わせは、問題なく機能するようだった。内側に封印された魔法が勝手に起動することなく、コピーされていった。

 今まであまり意識していなかったことだけど、それぞれの魔法陣は、術者による書き順を記憶しているのかもしれない。そうでないと、変な順番で記述されて、封印すべき内側の魔法が勝手に放たれるということもあり得るからだ。


 次いで試してみたのが、魔法陣同士を直交させた、立体的なものの複製だ。

 これは、どっち向きに複製が行われるかの検証のためやってみた。事前の予想では、複製術を記述した平面状に、球が広がる形で複製されると考えていた。

 そこで、複製対象のうち外側にある器と内側にある魔法陣、それと複製術の部分を互いに直交させる形で書いてみることに。ちょうど、球を8等分する切り口になる感じだ。こうやって、どの切り口の平面が、複製時に優先されるかという検証だったんだけど……。


 結果は予想外のものだった。立体的な魔法陣を6つ、平面状に敷き詰める形で複製されるのではなく、立体的な魔法陣の複製が6つ、立体的に隣接する形ででき上がった。コピー元から見ると、上下に1個ずつ、左右に1個ずつ、前後に1個ずつという位置関係だ。

 この思わぬ結果には驚いた。複製術で立体的に増えていくと、見た目の圧もかなりある。

 こうして立体的に展開されることは、面白いなとは思ったけど、実用化は難しいかもしれない。魔法陣のジャングルジムは、見ていて何がどうなっているのか、作った本人ですら把握が難しいからだ。

 むしろ、見た目の威圧効果だけに期待して、意味のない球状の器を無駄に積み重ねるような使い方が適当なのかもしれない。


 そうやって複製術でも遊んでいると、少しずつ日が傾いていった。そろそろ切り上げて、浜辺に向かわないと。



 今日の空描きエアペインター訓練終了後、魔導士試験のことが話題に上がった。

 今月7月にはCランクの試験があった。年一回の試験だ。EからDにあがった時は、かなり難しくなったと感じたものだけど、Cは比較にならないほどらしい。そんなCランク試験には、どうやら同期の誰も受験しなかったようだ。

 ちらっとサニーの方に視線をやると、彼は「とんでもない!」と言わんばかりに目を開いて首を横に振った。いずれCランク試験に合格して、セレナにプロポーズしよう……みたいな話をしていたけど、まだまだ先になりそうだ。試験はともかくとして、ホウキで十分活躍できてるとは思うけど。

 友達についてそんなことを考えていると、不意に「リッツはCの試験やらなくて良かったのか?」と問われた。


「いや、勉強する暇が……」

「あー、春から色々やってたもんね」

「遺跡の発掘行ったり、こんなこともやってたりだしな……」


 そう言いながら、仲間の1人がホウキをチョイと掲げ、俺は苦笑いした。確かに、試験どころじゃないくらい、いろいろ手を伸ばしている。

 すると、ヴァネッサさんが尋ねてきた。


「昇格自体には興味ありますか?」

「そうですね。この調子では、いつになるやら、ですけど」

「Cランク魔法の基礎は十分できてますし、来年の受験であれば問題ないと思いますよ」


 現役の魔法庁職員にそう言ってもらえると、かなり心強い。しかし、周りの連中が余計な口をはさんでくる。


「そうはいっても、リッツのことだから、また試験勉強どころじゃなくなってたりしてな~」

「ありそ~。っていうか、今年コレがうまくいったら、来年もする?」


 気が早い質問に、みんなと顔を見合わせた。まぁ、うまくいったら来年もやるだろう。みんなもそのつもりのようだ。

 とはいえ、まずは今年のことから、だけど。


 しかし……試験勉強が進まないのは、身から出た錆だとは思う。魔法の練習をするにしても、試験とはまるで関係のないことばかりやってるし……。

 まぁ、来年仮に試験を受けなかったとしても、それなりに何か頑張ってるはずだ。その”何か”のイメージは掴めないけど。

 来年の自分は、本当にどうなってるだろう。夜空を見上げて、俺は先々のことに思いを馳せた。

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