第292話 「学術的研究①」
まず、ホウキのパワーと乗員の重さを統一するという手法は、うまくいった。ほんの少しの誤差はまだあるものの、ほとんど目に着かないレベルで、スピードを揃えることができた。
なお、荷を負っての訓練は、普段も繰り返し行っている。そのおかげで、
そうしてスピードの統一ができたところで、今度は一定の拍に合わせて飛ぶ訓練が始まった。みんなで同じリズム感を身に着けることで、動きを統一しようというわけだ
それからは一定の角度で曲がる訓練、きれいな曲線を描いて曲がる訓練等が続いた。
空で絵を描くというだけのことに、何種類もの基礎訓練が必要になる。それは道のりの長さを示すようでもあったけど、集まった腕利きのホウキ乗りにとっては、いずれもいいトレーニングであり、挑戦になったようだ。すでに教える側になっていたり、普段のトレーニングでは飽き足りなかったりしていたところに、一筋縄ではいかない課題ができたわけだから、いい刺激になったのだろう。
結局、訓練開始初週でお絵描きに至りはしなかったけど、着実にホウキの扱いがうまくなっている実感はあった。
しかし、ラックスとも話したけど、色んなことが初めての試みでも、全体のロードマップは設定すべきだろう。
そこで、2週目からは基礎訓練に加えて、簡単な絵を描くことも並行していくことになった。
加えて、練習時間の確保と本番当日のことも考慮して、夜間飛行の検証も行う。これは、いきなり大勢でやると危ないから、まずは俺とサポートメンバーだけで感触を確かめる予定だ。
そうして飛行訓練が進んでいく中、他にも個人的な前進があった。
☆
7月24日、8時半ごろ。宿で朝食をとっていると、郵便屋さんがやってきた。そこで俺が受け取ったのは、魔法庁からの封書だった。
用件はわかる。問題は、申請の成否だ。書類の中身に興味ありげな、同居人の皆さんの視線を振り切って、俺は自室に戻った。そして、気持ちを鎮めるように息を整えてから、封書を開ける。
すると、中に入っていたのは1枚の紙だった。恐る恐る開いてみると、そこには先週に申請した、第3種禁呪の再生術と
いずれも、用途は「学術的研究及び自己研鑽のため」として申請を出した。魔法庁の方々からすれば、またか……みたいな認識なのかもしれない。
申請がうまくいって、ちょっと体が軽くなった。しかし、話はそれだけでは終わらない。書類の末尾の方、追記か備考のためにある欄に、ちょっとしたお願い事が書いてあった。
「貴兄の学術的研究の成果が、我々にも知識や技術として共有されることを期待します」
こうして、エリーさんや課長さんみたいな個人的なつながりだけでなく、組織として期待されるようになったかと思うと、感慨深いものがある。
……まぁ、その分プレッシャーというか、うまくやらないといけないな、という気持ちもあるけども。
☆
申請が通った俺は、さっそく一人で魔法のアレコレに取り組める、静かな林に向かった。昼飯のパンやらなんやらも用意して。
そうしてたどり着いた林で、まずは周囲に誰もいないことを確認する。1人であることが確認ができてから、俺は覚えたての魔法を記述した。
さすがに、実戦でパッと出せる程度の習熟度じゃない。しかし、この魔法を使うタイミングっていうのが、今みたいな練習や検証に限られるから、問題にはならないだろう。
こうして連環球儀法を覚えたおかげで、構成が複雑な魔法陣をわかりやすく分解したり、魔法陣同士を組み合わせるときの書き方を、事前に熟考したりできる。
今後、色々と捗るなあと思いつつ、まずは許可を得たばかりの再生術を試してみることにした。
この再生術は、遺跡での扉の封印で見た。先に再生術を解かないと、内側にある
その時の、再生術と魔法陣全体の位置関係は、複製術に似ていた。再生術が、魔法陣全体にかかるように描かれる形だ。複製術も、増やしたい器全体を覆っていたから、同系統の型みたいなものなんだと思う。
ティナさんからもらったメモを見ながら数十分、再生術の練習に明け暮れていると、問題なく描けるようになった。複製術と似ていたおかげで、そう苦労はしなかった。
描けるようになったところで、さっそくやってみたい魔法が。
いつもの光盾の流れで、器を描き終えた後に再生術を描き、最後に光盾の文を記述する。すると、普通に光盾ができ上がった。
しかし……俺の腕の動きに連動して、光盾が"その場"を離れると、再生術があるその場で光盾が再生され始めた。
これは予想外だけど、わからないでもない反応だ。再生術から見れば、重ねた魔法陣に対して影響を及ぼすのであって、逆の作用はないのだろう。つまり、光盾に描き込んだ追随型は、再生術には作用しない。
そこで一つ思いついたことが。試しに光盾を染色してやると、でき上がる光盾と再生術の部分とが、別の色になった。
やはり、再生対象に使う型は、再生術本体には影響を与えないようだ。これはこれで、何かしら使い道はあるだろうけど、再生術が完全に固定された状況でしか使えないというのは、ちょっと不便だ。
そこで俺は考えてみた。魔法陣の中での、位置関係をいじくってみよう。
普通、魔法陣においては、殻が一番外に来る。そのすぐ内側に文があって、文よりも内側に各種の型を記述する。複製術や再生術は、殻にかかる形で記述する。
で、この順番を少し入れ替えてみたらどうなるだろう。再生術の内側に何を描こうが、再生術本体に効果がないとしても、再生術の外に描いてやれば、効果が出るかもしれない。
試しに、外から順に、殻・追随型・再生術・光盾の文・残りの型という形でやってみることに。見慣れた光盾に、外から追随型と再生術が覆いかぶさる形になって、見た目はかなりめちゃくちゃだ。
こういう時、おっかなびっくり描いたのではかえって仕損じる。まずは連環球儀法で描き方と最終形を確認し、自信を持って描けるようになってから、実際の記述に入ることにしよう。
そうしていくらか練習した後、俺は本番の魔法陣を記述した。
しかし……追随型の効果で再生術本体は動かせたものの、その内側でピカピカ光るだけで、光盾が形成されない。
果たして、どういう処理がなされているんだろう。気になった俺は、
すると、再生術で光盾の記述が始まってから、外の円が形成されて中の記述に差し掛かったあたりで、なにやら外の円が歪んで割れるように見えた。
――ああ、なるほど。異刻を解き、息を整えながら俺は考えた。再生術の外に殻はあるけど、再生術で書かれる側には、殻がなかった。つまり、再生術の内側にも殻が必要ってことだ。1つの魔法陣の中に、殻が2つ存在する形で書けば、うまくいくかもしれない。
だんだん、普通の魔法陣から遠ざかっていくことに微妙な思いを抱きつつ、俺は思い描いたとおりの魔法陣を書いてみた。
すると――再生術の内側に、きちんと光盾が発生した。ここまでは成功だ。次いで、腕を動かすと、再生術が連動した。これも成功だ。
失敗したのは、最初にでき上がった光盾がそのままで、動かなかったことだ。代わりに、動く再生術につられて光盾の記述が何回も始まった。なんというか、手で持つ輪っかでシャボン玉を作るみたいになった。
今回失敗したのは、再生術の外に描いた追随型が、内側の光盾には作用しなかったからだろう。よくよく考えれば、再生術で書かれる光盾に追随型がないんだから当たり前だ。
つまり……殻・追随型・再生術・いつもの光盾(殻含む)という順で書けば、いけるはずだ。
今度こそ、そう願いながら、かつてないけったいな形の魔法陣を記述してやると、まず再生術の内側に光盾が現れた。ここまではいい。
続いて、腕を動かしてみる。すると、再生術と光盾が一体になって、腕の動きに追随した。これも良し。
最後に俺は、光盾とは別の色で
ああ、うまくいった。割られても再生する盾の完成だ。
その後、試しに光盾に向かって
しかし、勝手に再生する光盾を作ってみたのはいいけど、同じ色の光盾を作り続けるってのは、あまり実戦的ではない気がする。
しかし、光盾以外にも面白いことはできそうだ。試しに、可動する再生術と魔力の矢の魔法陣を合わせてみると、ひっきりなしに
まぁ、これを攻撃用ドローンと言い張るには、ドローン側からの視点を得られないから微妙だろう。思い通りに動かすより、勝手に追随させる方が面白いかもしれない。
そこで、試しに再生術に追随型を合わせてやると、シューティングのオプションみたいになった。何も考えずにバラまいて牽制するなら、これで十分かもしれない――実戦でやるとあまりに迷惑だから、魔法庁は決して認めないだろうけど。
そうやって再生術で遊んでいると、かなり時間が経っていた。林の中にある適当な岩に腰を落ち着けて、昼食をとることに。
今日思いついて試した魔法は、実用度で言うと少し微妙かもしれない。でも、魔法全般に対する理解は結構深まったように思う。昼からも楽しめそうだな~、そんなことを思って一人で少しニヤけながら、俺は歯ごたえのある長いパンを頬張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます