第291話 「足並みを揃えよう」

 空描きエアペインタープロジェクト2日目の夕方。前と同じ浜辺へ早めに行くと、見慣れない工廠職員が来ていた。ウォーレンとヴァネッサさんもいるから、二人から話が通っているのだろうとは思う。彼らの傍らにはリヤカーがあって、棒状の機材が山と積まれていた。

 俺が近づくと、ウォーレンが先手を打ってきた。俺に顔を向けて口を開く。


「口止めはしてあるぞ」

「いや、それはわかってるって……もしかして、軍装部の?」

「おっ、よくわかったな」


 それから、彼の紹介で軍装部の職員トールと知り合う形になった。次いで、ウォーレンの口から彼を呼んだ経緯が語られる。

 その理由は、使用機材だ。地星杖テレステラは軍での遠距離連絡手段として用いられることが多く、軍装部が管理する魔道具となっている。それを複数個同時に使うというわけだから、さすがに興味を惹かないわけがない。

 ただ、他にも軍装部が協力してくれる理由はあって……。


「内密に、だけどさ、軍装部部長に今回の案件を話したら……」

「どうだった?」

「“面白え”とか言われてさ。もちろん、外に話が出ないように箝口令かんこうれいを敷いてもらってんだけど……」


 部のトップのからの後押しがあるらしい。しかし、実際に現場に来ているトールも、ワクワクを隠せないでいる。こういうところを見ると、部署は違っても工廠職員なんだと感じた――というか、発掘調査のときにマナ遮断スーツ持ってきた軍装部職員も、なんだかやたらハイテンションだったし……。


 彼らと雑談していると、他のメンバーも集まってきた。全員集まったところで、俺とウォーレンの口からトールの紹介をする。そして、彼自身にも自己紹介をしてもらうことに。


「王都魔導工廠軍装部所属、トール・トラキオンです! この度は、我々軍装部が担当する地星杖が軸となる計画が持ち上がったと聞き、馳せ参じた次第であります! 魔道具に対するご希望、ご用命ありましたら、どうぞお気軽に!」


……もちろん、彼は工廠職員で、相当なエリートだ。確か、Cランク魔導師試験に合格しないと、工廠の採用試験すら受けられない。しかし、トールは折り目正しいというよりは、やたらと腰が低い感じがある。


 その点が気になって、彼にこっそり聞いてみたところでは、軍装部ではよくあることのようだ。

 というのも、関わり合いになる”お客様”が、多くの場合は軍関係者で、もっというと魔道具の発注や提案をするような指揮官クラスと話をする機会がよくある。そのため、礼節のある対応をとるよう教育されるらしい。

 それに、軍装部が作った魔道具の多くは、実際に国を守る方々の手に渡る。そのことを意識すると、どうしても自分たちの魔道具を手にする方々へは、敬意や感謝の気持ちを覚えるのだとか。

 そんな話を聞くと、彼らの思いがこもった魔道具を、今回のような遊興に使うことに、いくばくかの抵抗感を覚えた。

 しかし、彼らとしては、自分たちの魔道具がそういう使い方をされることについて、むしろ喜ばしく思っているらしい。戦いに使うばかりの魔道具で、誰かの気持ちを明るくできるのなら……とのことだ。

 そんな話を聞けて、俺はこの計画への意欲を新たにした。


 練習前の話が済んだところで、俺たちは地星杖を手にとった。トールの指示に従い、杖に力を込めると、全員の杖の先から青い光が輝く。


「日没までの練習ということなので、青色に統一しました。夕焼けが背景なら、暖色系より見やすいと思いまして」


 そう言う彼にうなずいてから、俺は尋ねた。


「たとえば、この色を変えたい場合……どうなります?」

「柄に変色用の魔道具を噛ませるか、あらかじめ別の色の杖を用意するかですね。前者は中々負担があるので、後者の方が好ましいかもしれません」


 その場で色を変えるっていうのは、考慮しない方が良いのかもしれない。できたらできたで、面白いことができそうではあるけども。


 ともあれ、同じ色の杖が人数分あるというのはいいことだ。全員で同時に光らせると、それだけでまとまりが一層強くなったように感じる。みんなも同じ思いを抱いたようで、互いに自然と笑みがこぼれた。

 しかし、空を彩るのはまだ早い。今日の訓練は距離感を掴むことからだ。そこで、トールからバトンタッチして、ウォーレンが話し始める。


「ホウキの中の、マナの通り道を狭めてやったから、最高速度がいつもの安全運転と同レベルになってるはずだ」

「それってつまり、全力で飛ばしてもみんな同じ速度になるってこと?」

「……体重とか体格で、多少の差は出るかもな。向かい風の影響とか。小柄な方が早くなりそうではあるし」


 言われてみればごもっとも。ホウキの全力を統一しても、飛ばしたい人間が違えば、飛ぶときの負荷が違うのは自明だ。

 どうにか足並み揃えたいと考えていた中で、これはどうしようもない問題に思われる。しかし、ラックスはいつもの余裕がある表情で言った。


「とりあえず、コレでやってみよ? 乗り手の重さや体格で差が出るなら、それはそれで必要な情報だし」

「だなぁ。その情報をもとに、ホウキの調整をするって手もある」


 そういうわけで、まずは実践だ。俺たち飛行部隊8人が空に縦一列に並び、まっすぐ水平に”全速力”で飛ぶ。その全速力に違いが出るようであれば、要検討ということだ。

 全員配置につき、スタートの合図を待つ。そしてラックスの「始め!」という鋭い声で、俺たちは一斉にスタートを切った。

 ホウキを全速力で飛ばす。しかし、いくらマナを注ぎ込んでも何かが空転するような、少し不思議な感覚がある。力を込めている割に、いつもと同じスピードしか出ない。望んだ状況ではあるものの、少し気持ち悪かった。浜辺に戻ったら、みんな同じ感想を漏らすだろう。

 それはさておき、俺の視点からは速度差を感じられない。上下を変に意識して、コースや速度が乱れても困るから、そこまで注意を傾けはしなかったけど。


 ある程度飛んだところで、浜辺から「そこまで!」という声が聞こえた。その合図で全員が空に留まる。

 それから少し経って、ウォーレンが大声で指示を出してきた。


「ラックスが合図をしたら、飛んで元の場所へ!」


 その指示のあと、俺たちがその場で向きを変えて少ししてから、またラックスの声でスタートを切った。そしてまた、ラックスの声で止まり、向きを変えてまた飛んで……。


 何回か往復したところで、ラックスに呼ばれて俺たちは浜辺に戻った。彼女の視点からどうだったか、ソワソワしながら耳を傾けると、彼女はまず、サニーに向って言った。


「全員で微妙に速度の差はあったけど、サニーが一番速かった」

「す、すみません」

「いや、それ自体は誇っていいと思うよ? ……馬に乗る時も、前傾になることって多いの?」

「そうですね、向かい風があまり当たらないように……」


 そこまで言って、彼はハッとしたような顔になった。他のみんなも、何か気づいたようだ。そんな中、一人笑顔のラックスが話し出す。


「飛行中の姿勢は統一する方がいいね。ここまで差が出るとは思わなかった。飛ぶ時は、身を起こすのがいいかな? そうすれば、互いの状況も確認しやすいだろうし」

「それがいいかな。それで、姿勢が同じ場合、目立った違いは?」


 俺の質問に、彼女は軽く腕を組んだ。


「若干ね。並んで飛ぶとよく分かる差だけど、実際にお絵描きやってる場で認識される差かどうかはわからない」

「しかし、タイミングを揃えて飛ぶって前提だと、多少の速度差が積もってズレになりそうだな~」

「そうだね。そこは地上からの合図で、うまいこと吸収できればって思うけど」


 そう言って彼女は、俺たちに紙を何枚か見せた。スタート時の一直線から、ある程度飛んだ後で各人がどれだけ進んだか、線で結んだ図が描かれている。

 スタートの時の線と、ストップした時の線が平行線でというのが理想だけど、そうはならなかったようだ。サニーと思われる点がちょっと少し前に出ていて、それ以外は微妙にガタガタの線になっている。

 各人の実際の速度を統一するために、ホウキで調整できないかという案も出たけど、そこはウォーレンが首を横に振った。


「ある程度飛び続けてから出る微妙な差を揃えるとなると、ちょっと難しいな」

「……というか、荷物の重量を統一した方が早いな」


 俺がそう言うと、その場の視線が集まってきた。そこで俺は、ラックスから紙を貸してもらって、考えていることを図示した。

 やりたいことは簡単で、シーソーだか天秤だかを用意する。で、俺達の中で一番……ガタイのいい奴を基準重量にして、そいつと釣り合うように、各人の重さを調整していく。

 重さの調整は、おおざっぱには何かの金属の塊、微調整には海水を使えばいいだろう。耐水性の袋に水を入れていけば、そんなに苦労はしないはずだ。


 俺の考えを聞いたラックスは、俺たち飛行部隊と、各人が飛んだ距離を示す紙を交互に見比べた。それから、得心がいったような微笑みを俺たちに向けて話す。


「やっぱり、重い方が遅くなってるね」

「重いっていうなよ~」


 俺たちの中でも一番――見ただけで分かる程度にダントツ一番――で重い、少し背が高く固太りの仲間が笑顔でそう言うと、みんな笑って彼の肩を叩いた。

 ラックスは彼に「ゴメンね」と笑顔を向けて言ってから、話を続ける。


「揃えるなら重量の方が容易かな。その場での調整もできると思うし」

「だなぁ。正直、ホウキ側の調整でどうこうするのは難しいしな」


 そういうわけで、後日、重さ調整用の諸々を用意することになった。


 話がまとまったものの、まだ日は暮れていない。

 そこで、日没まではラックスの指示で空を飛ぶ練習に当てることになった。先程同様に空を行き来するだけの練習だけど、ラックスは声ではなく地星杖のジェスチャーで命令を下す。おそらく、当日もあの杖で指示を出すことになるだろうから、その予行練習だ。

 そうして、彼女のキビキビした動きに従って、俺たちは空を何往復もした。

 さっきまでみたいに、声で指示が出る場合は、少し注意していればそっちを見ていなくても気づくことができる。

 しかし、光は勝手が違う。彼女の方を見ていれば見落とさないくらい、光はしっかり出ているけど、見ていなければ気づけない。よそ見せずに飛ぶことを訓練されている俺たちにとって、これは意識的な努力を必要とすることだった。

 そんなよそ見運転を続けたものの、接触事故やニアミスはなかった。まっすぐ飛ぶことを体が覚えているからだろう。だからって、気が大きくなって危険運転をしようって奴はいないけど。


 だいぶ暗くなってきて浜辺に降りると、仲間の一人が言った。


「絵を描くまでには、まだまだ遠そうだな」

「ああ、そうだな」

「でもさ、これはこれで、飛ぶのがうまくなる気もするぞ」


 確かに、よそ見運転と考えると危なっかしくて良くないけど、チラ見で前方以外の情報を得られるのなら、それは立派なスキルだ。

 だから、これはこれで、いい訓練なのかもしれない。

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