第290話 「新プロジェクト発足」

 7月19日、夕方。ホウキで夜空を描くプロジェクトが発足し、今日は初顔合わせだ。

 集合地点の海辺には、おなじみの仕事仲間が集合している。

 飛ぶメンバーは、サニーやラウルを始めとして、飛行技術に長ける人員が俺を含めて計8名。全員、濡れてもいい服装ということで、水着の上にパーカーやウィンドブレーカーみたいなものを羽織っている。

 飛行要員をサポートするのは、まず動きを指揮する係としてラックス。ギルドからは、事務係としてシルヴィアさん。

 それと、ホウキなどの機材の貸し出しに、窓口としてヴァネッサさん。加えて、今回の企画のために魔道具の改造が必要になった場合のため、ウォーレンも見物に来ている。


 まずは互いに自己紹介からだ。工廠メンバーは空輸計画に無関係ではないとはいえ、現場の人員に面識があるわけじゃない。

 そうやって互いに軽い紹介が済んだところで、俺が今回の計画に関して話すことに。


 そこでまず、俺はウォーレンから地星杖テレステラを貸してもらった。マナペンの化け物というだけあり、結構ずっしりとした重みがある杖だ。

 しかし、意外にもマナを強力に吸い出される感じはない。スラスラと空中に線を残すことができた。――杖自体が少し重いのはいただけないけど。

 とりあえず俺は、一筆書きで適当に花の絵を描いた。すると「へタウマ~」みたいなヤジが入る。

 そうやってはやし立てる連中に向き直った俺は、咳払いしてから言った。


「ホウキに乗って、これで夜空を彩ろうってのが、今回の計画なんだ」

「マジでか」


 今回揃えた飛行要員は、いずれも飛行時間が長い割に、全然負傷しない腕利きだ。そんな彼らでも、ちょっとばかり不安はあるようだ。しかし、みんな口では戸惑って見せても、表情にはやる気や興味が見て取れる。

 それで、まずはやってみようという前向きな回答をみんなから得られた。しかし、その前にやらなきゃいけないことがある。プロジェクト名の決定だ。

「何か案は?」と仲間の一人が尋ねてきた。正直に言うと、ほとんど考えていない。


「何も考えてなくて……もう空描きエアペインターでいいか」

「まんますぎ~」


 そういって笑われたけど、特に異論はないようで、ひとまず仮決定になった。集客用にもう少しキャッチーなものが必要になれば、その時考えればいいだろう。

 名前が決まったところで、今度は実践だ。まずは、飛びながらマナの輝線を残せるかどうか。

 そこで、言い出しっぺである俺が、みんなを代表してやってみることに。ホウキにまたがりつつ、片手には杖を持ち、それぞれの魔道具を腰のベルトに紐で括りつける。これで、万一取り落としても平気というわけだ。


 準備を終えて、俺は夕暮れの空へ舞い上がった。眼下の海は、昼よりもずっと暗い色合いだ。さらに高度を上げると、ぬるい潮風がしっかりと跡を残す。ホウキとの同時利用になるけど、負荷感はない。実戦とか訓練に比べれば余裕だ。

 杖をぐるぐる回してやると、みんなの方から反応があった。あっちが何を言ってるのかはわからないけど、「見えてる」みたいな感じの意思表示だろう。


 それで、せっかくなので何か絵を描いてみることにした。

 しかし、すぐ問題にぶち当たる。空を縦に切った平面上にこれから絵を描いていくわけだけど、今の俺の視点は、絵を描くときの鉛筆の先端に似ている。描こうとしている絵を、俯瞰で眺められるわけじゃない。

 それに、上下を走る線を描くためには、文字通りの上下運動をする必要がある。これはホウキに乗っていてもなかなかやらない機動だ。

 開始早々、ちょっと大変なプロジェクトになりそうだと思いつつ、俺は簡単な絵を描くことに決めた。できるだけ、直線が多いのを。たたきつけてくる風に進路を歪まされないように心がけながら、前後と上下の動きだけでマナの軌跡を残していく。


 ふとした拍子に浜の方を見てみると、みんな笑ったりはしゃいだりしているのが見えた。「すごい」というより、「面白い」系の絵になっているようだ――もっと率直に言うと、「笑える」なんだろうけど。

 中には腹を抱えて浜辺でのたうつ奴もいた。その反応を見て「まぁ、そういう系でもいいかな……」なんて思ったり……。


 絵ができ上がったと感じたところで、俺は杖にマナを送るのをやめた。

 それから、みんなのもとに戻って自分が描いた絵を見上げると……「どうよ?」なんて聞かれたけど、苦笑いしかできなかった。

 俺が描こうとしたのは、家の絵だ。四角形の上に三角形がある程度の、本当に簡単な奴だ。

 しかし、屋根がだいぶ歪んでいる。二等辺三角形にしたかったんだけど、上の方はむしろ「へ」の字になっている。一応、下の四角形はそこまで歪んでないけど……上の三角形の方がやたら大きいせいで、バランスを欠いている。

 さすがに恥ずかしくなってきた俺は、「難しいんだって!」と顔を引きつらせて笑いながら言った。


 まぁ、難しそうだというのは理解してもらえたようだ。そこで、一人ずつ俺と同じ要領で家の絵を描くことに。

 そうなると、残った絵を消す必要がある。するとウォーレンが使い方を教えてくれた。


「目を閉じると、描いたマナの軌跡が見えるはずだ。それを消すイメージをすれば消えるって聞いたぞ」

「ん……ああ、見えた、これか」


 言われたとおりにすると、確かに青緑の線が見えた。ただ、描いてるときの主観視点が頭に残っているのか、浜辺から見上げたときの図には、なっていない。逆ならな~と思いつつイメージを消すと、周囲から「あっ」という小さな驚きの声が聞こえた。

 目を開けると、ウォーレンが言ったとおり、描いたものが消えていた。

 すると、「しかし、比べるなら残ってた方がいいかもな」という声が上がった。その声にラックスが反応する。


「一応、私が描き留めてあるからね」


 彼女はそう言って紙をヒラヒラさせた。その紙には、俺が描いたのと同じ、不格好な家の絵があった。

 これで、お互いのでき具合を比べあえるわけだ。ちょっと不安そうにする子や、腕まくりして気合を入れる奴、余裕を見せる奴など、それぞれ違った態度でその時を待っているけど……。


 結果としては、みんな本当に大差なかった。注目と期待を背負って挑んだサニーも、やっぱり家というにはちぐはぐな感じで、かなり恥ずかしそうにしていた。

 そうやって全員が微妙な絵を描いたところで、ラックスの話が始まった。


「見てて、みんな三角と四角のバランスは悪かったと思う」

「まぁ……そう言うなって」

「いいところもあったよ? 四角形は角が直角だったし、線は歪んでない直線だった。きちっとまっすぐ飛べてるのは、いいことだと思うな」


 実際、空輸事業において、まっすぐ飛ぶっていうのは基本だけど重要にしていることだ。ふらつくとパワーロスがあるし、バランスを崩して事故になりかねない。これは普段の訓練と各員のスキルが、お絵描きにも活きたということだろう。

 それから、ラックスは提案した。


「見世物にするなら、曲線を描く訓練も必要だと思うけど、最初は直線ばかりの意匠がいいかな。家もいいと思うし、抽象的な図形……たとえば五芒星とかもね」

「なるほどな。そうやって、簡単な図形に慣れろってことか」

「図形が簡単でも、描くのが難しいからね」


 しかし、図形を描き始める前にやるべき訓練があると、ラックスは指摘した。


「みんなそれぞれバラバラの大きさで作ってたから、ある程度スケール感は共有すべきだと思う」

「あー……確かに」

「まずは、基準の長さを体で覚えるところからかな」


 そう言って彼女は紙に訓練の模式図を描き、解説を始めた。

 やる訓練ってのは簡単だ。空中に2点、AとBを用意し、各点にそれぞれ4人ずつ割り当てて待機。それから、各点を往復する。この時の移動を交代制で行えば、各点が極端にずれることなく移動を繰り返すことができ、2点の距離を体の感覚で覚え込ませることができる。

「言うほど簡単じゃないかもだけど」とラックスは言った。たぶん、距離感の把握は難しいだろう。空には目印がない。しかし、これができないとお絵描きにならないだろうという感じも確かにある。

 そこで、日が沈むまでの時間は、ラックス発案の訓練に割り当てることになった。

 しかし……軍師の家の出と言うだけはある。部隊に基準と統制を与えようという、目の付け所から出た発案だろう。やっぱり、彼女にも声を掛けて正解だと思った。



 日が沈んでから、俺たちは浜辺に下りて集合した。ラックスが「どうだった?」と尋ねてくるけど、飛行メンバーからの反応は冴えない。


「イマイチ、感触を掴めたって感じが……」

「別の手を考えた方が良さそう?」

「そうだなぁ……」


 仲間の一人が、少し苦悩をにじませながら答えた。初日から引き下がるのも……といった感じだ。

 しかし、俺としては良さそうな案があれば、そっちにさっさと飛び移った方が良いと思う。できることから着手して、少しずつ慣れていけばいい。

 そこで俺は、ウォーレンに尋ねた。


「ホウキに突っ込むマナの量を制限して、速度の上限を統一したりできないか?」

「シエラがいっつもやってる奴な。”俺でも”できるから安心しろよ~」


 彼からの返答を受け、俺はみんなに向き直って言った。


「最初のうちは、距離を体に覚えさせるんじゃなくて、時間を数える方がやりやすいと思う。それで、速度を統一させて、同じ時間だけ飛べば」

「同じ距離進むわけね」

「そうそう。それに、方向転換のときも、複数人で同時に絵を描くときも、時間で管理するのが便利だろうし。だから、行動を時間で管理する方法に、早いうちから慣れた方がいいんじゃないかな」


 俺の意見に、みんな同意してくれた。後の問題は、ホウキの調整と確保だけど、そこはウォーレンとヴァネッサさんが快く請け負ってくれた。


「調整なら、明日までにパパッと済ませるからな」

「この練習用に8本必要になりますが、速度上限が低めのホウキですから、空中機動訓練用という名目であれば、あの子にも怪しまれないでしょう。ストックはまだまだ何本もありますし」


 ウォーレンの方は、地星杖についてのアイデアもあるようだったけど、それはまた今度でいいだろう。まずは、足並み揃えて同じ大きさの絵を描けるようになるところからだ。

 今日の訓練では、目立った進歩はなかったけど、進むべき方向性を示すことはできた。俺と同様にヘタクソな絵を描いたみんなも、気落ちした感じはない。


 初日の訓練後、俺たちは晩飯の席で今後について色々語り合った。描いてみたい絵だとか、絵以外のパフォーマンスができないかとか……進捗はともかく、モチベーションは高いみたいで、それは何よりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る