第6章 戦う理由

第286話 「お呼び出し」

 7月15日10時、ギルドの事務室で。


 発掘調査から何日か経つけど、まだまだ仕事は終わっていなかった。むしろ、今が本番かもしれない。

 ここ数日間、ギルドでカンヅメになって励んでいるのは、報告書作りだ。遺跡にどういう仕掛けがあって、どのように攻略したかとか、攻略にあたって誰がどのように働いたかとか、そういうのをまとめているわけだ。この報告書が完成して、やっと基本給以外の手当が確定される。

 それで、各員に対する個別の評価は、本来は主にティナさんが行うことになっていた。しかし、今回の発掘では――主にアーチェさんの件で――色々と大変なことになったため、ティナさんはそっちの方に時間を取られているようだ。

 そのため、全体を統括していた彼女に代わって、ゴーレム類との戦闘で指揮にあたっていた俺が、みんなの働きぶりについて報告することになった。もちろん、俺の一存ですべて決まるわけじゃなくて、同行していたみんなからのレポートを参考にする部分もある。つまり、各々の情報を取りまとめて、客観的な評価にするわけだ。

 しかし、人を評価するっていうのは慣れない仕事だった。自分の貢献を客観視するのも難しいし。俺がこうして報告側に回るのは、本来は予定していなかったことだから、不慣れなところに関しては大目に見てもらえたけど。


 今日も今日とて、テーブルについて情報をまとめ、書類を整えていく。

 色々とつまずく部分もあったけど、そこはシルヴィアさんや魔法庁職員の手助けもあって、どうにか形になってきている。もうじき、ティナさん抜きでの最終草稿になるだろう。そうなったら、彼女に草稿を渡して最終チェックしてもらい、正式な報告書に仕上がる。


 しかし、仕事に終わりが見えてきて、かなりやる気が出てきたところに、中断が入った。事務室入り口から、職員の方が俺を呼ぶ。


「リッツさん、今よろしいでしょうか」

「何かありましたか?」

「ルクシオラさんからのお呼び出しです」


 ラックスからだ。わざわざ本名のルクシオラを使っているあたり、ちょっとイヤな予感がする。

 俺はテーブルの方に振り返ると、シルヴィアさんが困ったような感じの笑みを浮かべて、俺にうなずいた。


「今日中に、私たちの方で仕上げますから、そちらのご用件優先で大丈夫です! ご用件が済みましたら、書類に目を通すために戻ってきてくださいね」

「わかりました、ありがとうございます」


 俺は彼女と卓を囲む職員のみんなに頭を下げ、席を立った。

 事務室を出て受付につくと、ラックスがいた。彼女は俺の姿を認めると、少し申し訳無さそうな感じの、ちょっと気弱な微笑みを向けてくる。


「ごめん、忙しいでしょ」

「大丈夫、お許しは出たから。それで、何か呼び出し?」

「まあね。ちょっと付いてきて」


 どことか誰とか、そういう詳細を語ることなく、彼女は歩き出した。たぶん、人には聞かせられない用件なんだろう。

 これまでの経験から考えると、彼女がこうして動くってことは、殿下か宰相様がお呼びになっているということなんだろうけど……俺はアーチェさんの“暴露話”を思い出した。このタイミングでのお呼び出しということであれば、その件が関係しているような気がしてならない。


 しかし、ギルドを出た彼女は、意外にも王都の西の方へ歩を進めた。お忍びで面会するんだろうか?

 それからも無言で進んでいく彼女は、王都西区の南寄り、少し静かな路地の辺りを選んで進んでいく。そうして人気を避けたところで、彼女は言った。


「説明少なくてごめんね」

「いや、いいけど。今はどこへ?」

「服屋さん」


 もしかして……そう思っていると、予感が的中した。彼女が連れてきたのは、エスターさんの店だった。

 先導する彼女に従い、2人で店内に入る。そして、彼女は商品には目もくれずにカウンターへ向かい、店員さんに「予約の品を」と言った。

 すると店員さんは、俺たち2人に視線を向けて目をパチクリさせた後、急に表情を崩して「奥へどうぞ」と言った。

 この店の奥に通されること自体は、別に慣れっこだ。でも、いつもとは違うパターンで入ることに、少し落ち着かない感じはある。

 そうして店員さんに案内され、俺たちは店の奥にある作業室らしき部屋についた。ウォークインクローゼットと作業場を一緒にしたような大きな部屋で、壁から少し離れた位置に服が整然と掛けられている。

 俺たちがついてからすぐに、エスターさんもやってきた。彼女のいつもの笑みに、ちょっと興奮というか歓喜というか、そういう感情が漏れ出している。そんな彼女に、ラックスは言った。


「すみません、急に来てしまって」

「いえ、大丈夫ですよ。いつも準備を整えてますので」

「彼の分も頼めますか?」

「はい! 備えはありますので、問題ありません」


 そんなやる気十分の返答をすると、エスターさんは部屋の中にいるスタッフの方に指示を飛ばし、自身は服の林の中に消えていった。

 彼女の代わりにやってきた方は、微笑みながら「失礼します」と言って、俺の採寸を始める。いきなりの事態に戸惑う俺は、ラックスに話しかけた。


「そろそろ説明してもらっていい?」

「もちろん。今まで黙っててごめんね。今から、あなたには私と一緒に王城へ向かってもらいます」


 急な話だ。しかし、ある程度予想ができていたせいか、不思議と驚きはなかった――まぁ、かなり緊張はするけども。その緊張を紛らわすため、俺は彼女と会話を続けた。


「つまり、今こうしているのは、王城に相応しい装いのため?」

「いつもの服だと、逆に目立つからね」


 そう言って彼女は、服の調達に関して色々と話してくれた。

 何でも、彼女はエスターさんの店に、そういう立派な服の準備を一任しているらしい。それなりに着る機会はあるとはいえ、一介の冒険者として一人暮らししているから、自室でそういう服を管理するのは都合が悪いんだとか。


「その都度、貸し出しっていう手もあるけど……私が着るのは、そんなに単発ってわけでもないしね」

「はぁ、なるほど。ところで、代金とかは?」

「やっぱり、気になるよね。私は自腹切ってるけど、リッツの場合はどうかな。経費としての請求はできると思うけど」


 そんな話をしていると、エスターさんが服を抱えて戻ってきた。白地に水色っぽいラインと、金糸の刺繍がところどころに施されたスーツ、それに襟元にささやかな刺繍が施された純白のブラウスだ。


「ラックスさんはこちらを。王城に出入りする高級官吏の方向けに卸す服ですので、あまり目立つことはないかと思います」

「ありがとうございます」

「リッツさんの服も、これと同型でいきましょう」


 エスターさんの提案に、採寸しているスタッフの方は「了解です!」と、元気のいい声を返した。

 それから、ラックスは用意された服を手に試着室へ向かい、採寸を終えたスタッフの方は俺の分を取りに向かった。

 程なくして俺の分も服がやってきた。同じようなスーツに、内に着るシャツもついている。そして……手渡してきたスタッフの方とエスターさんが、ちょっと目を輝かせながらこちらを見てきている。

 そんな視線から逃げるようにして、俺は試着室に駆け込み、服を着替えた。さすがにすごい上物なんだろう。シャツはすごくなめらかな肌触りで、ほんの少しだけしっとりして肌に馴染む感触がある。スーツは少し硬めで、いい姿勢を矯正される感じがある。あるいは、姿見で自分を見て、そう意識しているのかもしれない。


 それで、少しドキドキしつつ試着室を出ると、やはりというべきか、エスターさんとスタッフの方がなにやら熱い視線を向けてきた。

 それが少し恥ずかしく感じつつ、俺はエスターさんに尋ねた。


「そんなに似合ってます?」

「似合っているといいますか……仕事で知り合った恩人が、こういう服に袖を通したと思うと、感無量で」


 ああ、そっか……言われてみれば、冒険者として知り合った人間が、こうして宮仕えの立派な服を着るようになったんだ。緊張と、少し浮ついた気分があって気づかなかったけど、ここまで色々頑張ってきたからこそ……なんだと思う。そのことをエスターさんに喜ばれているのは、俺にとってもすごく嬉しかった。

 エスターさんに微笑み返し、視線を他に向けると、ほとんど同じ装いのラックスが立っていた。しかし、彼女の方がずっと様になっているように見える。なんていうか、服に着られてないとでもいうんだろうか。

 彼女を見ると、自分がちょっと背伸びしているような、不釣り合いな服を着ている気がしてきた。それに……。


「リッツ、顔赤いけど大丈夫? もう少し薄手の方がいい?」

「いや、同じ服ってのが……ちょっと」

「……ぷっ、ふふふ……大丈夫だって。王城の中では、みんなペアルックだから」


 ラックスは笑ってそう言った。しかし……。



 店を出るときは裏口を使わせてもらえたし、道案内するラックスは人通りの少ないところを選んでいった。

 でも、誰にも出くわさないわけじゃない。すれ違う相手が知らない方であれば、何食わぬ顔でやりすごせばいいんだけど……。

 運悪く仕事仲間に出くわすと、案の定相手の興味を惹いてしまった。俺が慣れない服を着ていることや、ラックスとペアルックになっていることに、軽く茶化してくる奴も。

 しかし、そういう悪友連中のおかげで、逆に気が紛れた部分もある。何しろ、今から王城に行くわけで、距離があってもかなりのプレッシャーを感じている。

 一応は内密の件というか、あまり表沙汰にしたくない訪問なので、黙っててもらうように頼み込んだところ、茶化してきた連中はすんなり了承した。こういう連中は引き際をしっかり心得ていて、そこは俺も信用しているところだ。


 北区に入ると、そういうすれ違いで警戒することはなくなった。行政施設が集中しているおかげで、似たような服装の方が多い。

 しかし、王城に近づくにつれて、得体のしれない威圧感のようなものが増していくのを感じた。夏の青々とした晴天に映える白い城。今まで遠目に見ることしかなかったあの城の中に、足を踏み入れる。そう考えると、体の内側から震えた。


 そして、俺たちは城の敷地と町を隔てる門についた。門衛の方は直立不動の姿勢で、俺たちに視線を向ける。すると、ラックスがゆっくりと動きだし、手にしたカバンを相手に見えるように広げて書類を取り出した。


「王太子殿下のご用命により、後ろにおられますリッツ・アンダーソン殿を、城内へご案内するようにと」

「拝見いたします」


 ラックスが手渡した書類に目を通すと、彼はよく通る声で「どうぞ、お通りください」と言った。

 こういう場所を守る方なのだから、きっと相当なエリートというか、確かな経歴をお持ちなのだろう。そういう方に礼を尽くされる自分に、少し違和感を覚えた。

 しかし、ラックスは慣れたもので、彼から書類を返してもらうと笑顔で言った。


「暑い中お疲れさまです」

「ありがとうございます」


 ラックスの言葉で、彼の渋い顔が自然な微笑みに変わる。あらためて、ラックスのことを大したもんだと思いつつ、俺は門衛さんに頭を下げてラックスの後に続いた。


 足を踏み入れた城内の敷地は、緑が豊かだった。そこかしこに花壇もあって、色とりどりの花が咲いている。

 しかし、そういうものを見ていても、気持ちは落ち着かない。心が浮足立つ一方、先を進むラックスは特に何ということもない整った真顔のままだ。

 そんな彼女に、「緊張しない?」と思わず尋ねてしまった。すると彼女はフッと少しだけ笑って、俺の方を向いた。


「もちろん、してるよ?」

「そうは見えないけど」

「表に出さないようにしてるだけ。そうやってコントロールすれば、呑まれないで済むでしょ?」


 彼女はそう言ったものの、その場で真似できそうにはない。せめて少しでも気を落ち着けようと、他の方がいない辺りで深呼吸をしたいと申し出ると、彼女は快諾した。

 それから、歩道の脇にある大きな木の下で、俺は何度か深呼吸をした。内側から湧き出してきて、俺を落ち着かなくさせる熱い何かを、青々とした清涼な空気と入れ替えるように。

 そうやって、どうにか気分を落ち着けると、俺たちは再び王城へ歩き出した。


 そして、入り口のところにたどり着いた。白い階段がここまでの歩道から入り口にまで続いていて、先の大広間には赤い絨毯が広がっているのが見える。

 王城は、真下から見上げると、圧倒されるような威容だった。しかし、足を止めること無く、ラックスは堂々と進んでいく。緊張しているとか言ってたけど、とんでもない。これで本当に緊張しているのなら、ものすごい強心臓だ。

 置いていかれないようについていって、俺は城の中に立ち入った。中は広間も廊下も過剰に広く、白い壁や天井を、金色のシャンデリアや燭台から出る、暖かな灯りが照らしている。


 贅の極みとでも言うべき廊下を、俺はラックスに続いて歩いていった。時折、廊下の向こうからやって来る方とすれ違い、ラックスに倣って会釈してやり過ごす。

 すれ違う方は、俺たちと似たような服の方が多かったけど、もっときらびやかというか……見せつけるような豪奢な装いの方も少なくなかった。お立場のある方々なのだろうと思う。

 そういう方々とすれ違う時、ラックスは足を止めて壁に背を向け、お歴々に頭を下げた。俺ももちろん同じようにしたけど、俺たちが視界に入っていないかのように、お歴々は通り過ぎていった。

 おそらく、貴族の方々なんだろう。そういう方々を見るたびに、俺が世話になってきた貴族の皆様方を思い出した。

 とても、出会いに恵まれていたと思う。あるいは……陰ながら、そのように取り計らっていただけていたのかもしれない。

 そう思うと、これまで場違いに感じていたこの長い廊下を、少し自然体に、前を向いて歩けるようになった。


 そして、長い廊下やいくつかの階段を進んでいって……ラックスが立ち止まった。

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