第281話 「俺たちの解法」

 鎧を確保した翌日。俺達は例の遺跡の最下層に向かった。

 最奥の扉は、やはり魔法陣が復活していたけど、施錠ロックだけだったので障害にもならない。ティナさんがあっという間に片付け、冒険者で慎重に扉を開けていく。

 すると、さっきまでいたのと似たような通路が続いていた。しかし、さほど長い通路じゃない。前方にまた新しい部屋が見える。その部屋の中に、何か黄色いものも。何かしら仕掛けがあるかもしれない。そう考えて、俺達は少しずつ警戒を絶やすことなく前進した。


 そうしてたどり着いた部屋は、これまでのドーム状の大部屋と違って直方体になっていた。素材は、相変わらずの光沢がない白い壁材。

 そして、その部屋の前方には、巨大なゴーレムが鎮座していた――本当に座っている。部屋の大きさを考慮すると、立ち上がれそうもない巨体のゴーレムは、全身が黄色い霧のようなものに覆われていて、その霧にはくっきりと大気との境界線があるようだった。

 そのゴーレムの正確な色はわからない。ただ、表面の滑らかさから、壁と同じような素材なのかとは思う。


 まずは様子見にと、光球ライトボールを飛ばしてみるけど、反応はない。念のために大勢で光球を繰り出してやっても同じだった。ゴーレムは微動だにせず、俺達の目がくらんだだけで終わった。

 次に、少しずつ慎重に進んで接近してみる。しかし、やはり反応がない。思い切って棒でつついてみても、やっぱり動かない。

 また、黄色い霧は薄霧ペールミストと同じ性質があるとわかった。そして、その霧と大気の境界があるのは、霧の表層に泡膜バブルコートがあるからだとも。

 そんなゴーレムの後方には、扉が見えた。しかし、力を加えても開きそうにない。おそらくは施錠していると思われるけど、魔法陣が書かれている部分が、ちょうどゴーレムの背で隠れて確認ができない。

 つまり、これをどかさないと前には進めないということだ。


 さっそくリムさんが前に出てゴーレムにマナを伸ばし、操作できないかと試みる。

 しかし、すぐ問題にぶち当たった。ゴーレムの表層を覆う黄色い膜と霧が邪魔だ。それを透過できる黄色いマナを伸ばしてみるも、ゴーレムを動かすマナには合致しないようだ。「やっぱり」とリムさんはつぶやき、俺達に向き直って言った。


「この黄色い膜を排除しなければ、このゴーレムにマナをつなげそうにありません」


 そこで、黄色い膜に向かって魔力の矢マナボルトを放つ。膜が割れれば、霧を留めおけなくなるんじゃないかという考えがあったからだ――一方で、そんな簡単な仕掛けじゃないだろうという予感もある。

 案の定、ボルトを当てても割れた膜がすぐに貼りなおされて、振出しに戻ってしまった。どうやら、あの霧は表面に膜を維持し続けるための素材になっているようだ。

 ならばと、矢で膜を破壊しつつ、魔法庁職員が風を起こす藍色の魔法を使っても、事態は解決しなかった。魔法と霧のマナが混ざり合って緑色の霧が漂い、それがリムさんの放つマナに干渉してしまうからだ。

 それに、霧をかき消してやっても、すぐにゴーレムの体表から生産されてしまう。どうにかしてリムさんからゴーレムの表層部まで、まっさらな状態にしなければ。


 また足止めか? そんな空気になると、お約束みたいに俺の方に視線が集まってきた。

 そして、俺には解決策がないでもなかった。魔法庁職員の方に視線をやると、彼らは予想通り困った感じの笑みを浮かべ、みんなに聞こえないように俺を通路の方へ連れ出した。


「何か、考えが?」

反魔法アンチスペルの使用許可を」

「……ああ、なるほど」


 この中には例の取り組みに関わっている職員もいて、細かく言うまでもなく話が通じた。しかし、そこまで事情に詳しくない職員のため、俺は詳細について話した。


「マナを吸うだけの器を用意して、あの霧を吸い続ければ、道が開けるんじゃないかと」


 風を起こしてマナを飛び散らせるより、余計なマナを出さずに吸わせ続ける方が、この場にはふさわしいだろう。

 反魔法の利用に関し、職員の一部は及び腰だったけど、俺への賛成派が説得してくれて丸く収まった。

 そうして許可を得たところで、俺達は仲間の元へ戻った。みんな興味ありげな感じで見てくる。この状況に少し緊張したけど、ほどよい感じだった。無意識に、いけそうだと感じているからかもしれない。心の表はそわそわする感じがあったけど、腹の奥は落ち着いていた。

 屈伸してリラックスしてから、俺はリムさんに尋ねた。


「あの黄色いマナですけど、染色型相当ですか?」

「はい、黄色の染色型と同じマナです」


 色に関しては、そんなに凝ったことをしていないようで、少し安心した。

 そこで俺は、反魔法の器を1つ作った。今回は、黄色の染色型と可動型を合わせてある。

 まずは、周囲のマナを吸わせることなく、可動型で反魔法をゴーレムの直前まで持っていった。そして、膜を素通りさせる。すると、膜の内側に入り込んだ反魔法が、霧を吸っていくマナの流れが見えた。少しずつではあるけど、反魔法の勢力圏内にある霧が、薄くなっていくのがわかる。

 しかし、少し経つと、マナの濃淡が他の場所と均質化されていった。全体のバランスを調整するような機構が働いているようだ。つまり局所的に攻めても意味がない。

 とてもじゃないけど、反魔法1つでは足りないと感じ職員たちに「追加していい?」と尋ねると、「許可します」と即答。それをいいことに、俺はさらに反魔法を作っていった。

 しかし、ゴーレムが霧を生産する速度には目を見張るものがある。なかなか露出させることができない。いくら慣れてるとはいえ、今の技量では反魔法4つの維持で精いっぱいだ。


 俺は向き直り、「増援を……」と職員たちに言った。気が付けば、自分の声が少し疲れ気味だった。

 すると、反魔法に参加している職員が真っ先に馳せ参じ、後ろに向いて「今日は全員許可します」と高らかに宣言。この声で、待ってましたとばかりに威勢のいい足音が続いた。

 反魔法関係者総がかりで、ゴーレムの全身からマナを吸い上げていく。その中には魔法庁職員ばかりか、アイリスさんと殿下の姿まで。一瞬、いいんだろうかという疑問が脳裏をよぎったけど、盛り上がりはヤバいぐらいになっている。だったら、これはこれでと思った。

 そして、こんなに盛り上がっている状況だからこそ、このチャレンジで見事成功させたい。

 それに、門下生の前で情けないところは見せられない。強力にマナを吸い上げ続ける反魔法4つの維持に、膝をつきたくなるような強い消耗を感じたけど、ここが踏ん張りどころだ。どうにかこらえてゴーレムに対峙し続ける。


 そうしてみんなでマナを略奪し続けていると、わずかにかすみつつある視界の中で、ゴーレムを覆うマナの霧がほぼなくなったように感じた。反魔法部隊以外の仲間に、泡膜を破るようにと俺は声をかける。

 その声に、待ちわびたと言わんばかりの即応性で、1人が応えて膜を破壊した。

 そして――膜は再生しなかった。全体のマナが薄まりすぎたのと、全身に張り付いた反魔法の吸い上げる力で、マナの流れがメチャクチャに乱されたからだろう。


 これならいける。俺はリムさんに向かって「お願いします!」と、意識して力強く言った。

 そして、ここまで整えた状況の仕上げに、彼女は改めて右手を構え、コントロールの奪取に取り掛かった。

 ゴーレムの体表には、いまだにほんのりマナが出ているところはあるけど、吸いつくされて白い体表が露出している個所もある。

 そこにリムさんの右人差し指からマナが伸びていった。途中で他のマナに阻害されることなく、彼女が放つマナの線はきれいに一色だ。

 その色が、色選器カラーセレクタによって少しずつ変化していく。橙から始まり、黄色、緑、青……藍色になってもゴーレムに反応はない。周囲がざわつき始める。俺も、心臓が高鳴り、嫌な汗が全身ににじみだした。

 すると、リムさんは魔法庁職員に向かって大きな声で言った。


「紫色を出す許可を!」

「仕方ないですね! 承認します!」


 現場での決裁権を握らされているであろう職員代表は、仕方ないと言いつつ、声音はどこか楽しそうだった。俺のせいでヤケクソなのかもしれない。

 それはともかくとして、リムさんの放つマナの色が藍色の先へと差し掛かった。やはり相当な負荷がかかっているのだろう。それまでの色と遜色ない濃さで青紫色の線を放つリムさんは、色の変化とともに表情を歪めていった。

 そして、彼女が放つマナが鮮やかな紫になった時、ピシっという何かに亀裂が入るような音が部屋に響いた。間髪入れず、リムさんの声が飛ぶ。


「動かせますが、危ないので退避を……少しずつ前進させます」


 そこで、全員がゴーレムの正面を開けるように動いた。

 彼女によれば、霧と膜による防御機構は解除したらしい。安心して反魔法を解除すると、急に疲れが押し寄せてへたり込んでしまった。周りの仲間が肩を叩いてくれる。でも、まだ終わっちゃいない。俺は仲間とともに、リムさんの仕事を見届ける。


 彼女が操る白い巨人は、のっそりと少しずつ動いていき、あぐらをかくような体勢から四つん這いになった。その両手が床に触れた瞬間、わずかに揺れのようなものを感じたけど、リムさんが最大限配慮しているおかげか、床を始めとして部屋の構造物に損傷は見られない。

 そして、白い巨人は赤ちゃんみたいにハイハイし始めた。動きはものすごくスローリーだけど、一歩一歩着実に進んでいく。

 やがて、次に届く扉が完全に露出した。これなら開けられる。作戦の成功に、大歓声が沸き起こった。


 一仕事を終えたリムさんは、その場にへたり込んだ。そんな彼女の周りに、通路から様子を見守っていた仲間がかけつける。

それぞれの所属関係なしに、彼女をたたねぎらう様子に、胸が暖かくなった。もう完全に打ち解けて、今や仕事仲間の1人だ。

 しかし、俺も他人ごとではいられない。友人が「ホレ大将」と手を差し伸べ、座り込んでいた俺を立たせると、反魔法組を中心に仲間が押し寄せてきた。

 その仲間の1人が、「初任務だったな!」と興奮した面持ちで言った。確かに、反魔法を実践投入した初めての事例だ。王都にいる仲間にいい土産話になるだろう。悔しがるかもしれないけど。

 そんなことを思っていると、仕事仲間の女の子グループの中から、背を押されるようにしてアイリスさんが歩み出てきた。

 彼女は若干ためらう様子を見せてから、笑顔で話しかけてきた。


「やりましたね……教授!」


 みんなの前で彼女にこんなことを言われて、顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。女の子の何人かがすごく悪い笑顔をしながら回り込んできて、俺をしきりに肘でつついてくる……完全に遊んでやがる。

 そんなバカ騒ぎも次第に静まり、ティナさんは次に続く扉を解錠アンロックしてから、俺達に向き直った。


「では、帰りましょうか」

「続きは明日ですか?」

「そうですわね……一時的な疲労であれば、長めに昼休憩を取れば大丈夫ですが」


 ティナさんがそう言うと、俺とリムさんに周囲の視線が注がれた。

 俺の方はというと、急激に負荷がかかっただけで、長めに休めばコンディションを戻せそうだ。それはリムさんも同じだったようで、昼をゆったり過ごせば大丈夫とのこと。

 俺達の返事にティナさんはうなずいてから言った。


「では、お昼の後に、少し先を覗いてみることにいたしましょう。もちろん、何かしら障害があるようでしたら、無理せず引き上げますわよ」

「もう、大仕事やっちまいましたしね」

「まったくですわ!」


 ティナさんは白い巨人をポンポン叩きながら答えた。

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