第280話 「捕獲作戦」
6月29日10時。いよいよ、あの鎧との再戦の時が来た。あのドームに立ち入る前に、まずは手前の部屋で作戦会議だ。
今回の作戦は、マナで囮を作って敵の動きを誘導した上で、マナを遮断する素材に身を包んだハリーが、鎧に接近して抑え込む。そうやって物理的に拘束してから、リムさんの手で処置して鎧を無力化という流れだ。
この作戦で主役になるハリーは、すでに例の装束に身を包んでいる。全身黒づくめで、シュっと引き締まったシルエット。なんというか、親友が忍者のコスプレでもしているみたいで、変な気分になった。
しかし、その服の性能は軍装部が太鼓判を押すほどのものだ。信頼して間違いない。あとは、俺たちの問題というわけだ。
「ハリーが捕獲しにいくのはわかるけど、肝心の囮はどうすんだ?」
「あ~、それにもきちんと、考えはあるんだけど……」
俺は魔法庁職員の方に視線をやった。すると、彼らは何かを察して身を固くする。そんな彼らの反応に、俺は思わず苦笑いしつつ、用件を切り出した。
「ちょっと使わせていただきたい魔法が……」
「外で話を聞きます」
他の者の耳に入れてはマズいかもしれないという判断から、そう提案したのだろう。俺はそれに従い、彼らと部屋を出た。
そうして通路で相対すると、意外にも彼らの表情に不信感とか迷惑そうな感じはない。「仕方ないな~」みたいな困った感じの笑みを向けられている。
まずは彼らの承認を得るところからだ。俺は囮戦法について話し出す。
「考えているのは、あの円の戦場全体に複製術で器をしきつめ、順次
「ああ、なるほど……結婚式でやってるみたいな?」
「そんな感じ」
彼らはあの事業の担当者ではないけど、それでも魔法庁が管理している事業だけあって話は早い。一応メモに図を用意しつつ、考えていることをもう少し詳細に説明していく。
まず地面に複製術を敷きつめる段階だけど、あの鎧に反応される可能性は低いと考えている。なぜなら、複製術で作るコピー先は、周囲のマナを材料にしているからだ。多少マナの使い道が変化するだけで、マナが大きく移動するわけじゃない。
また、相手が地面の変化に気づいて攻撃したとしても、地面が破壊されない限り器も無事のはずだ。
それで、地面の器の文を刻んでやると、光球という形で地面から空中へマナが移動する。おそらく、それには鎧が反応して弾を放つだろう。そうしてやられた光球の後続に、また別のを用意して、囮を絶やすことなく用意していく……というわけだ。
ここまでの説明に対し、彼らは時折うなずきながら話を聞いていた。特に強い疑問を抱かれた感じはない。
しかし、説明が終わって少しすると、職員の1人が問いかけてきた。
「器なら割れないというのであれば、可動型の割れない器を囮にするというのは?」
「それも考えたんだけど、距離感が把握しづらいから」
地面に複製術を描き込むと、あの円形の戦場を俯瞰するようなイメージが頭の中に展開される。一方、宙に器を描いて囮にするやり方では、そういう俯瞰視点を得られない。通常の視界内で、器を動かすことができるだけだ。
これは言い換えるなら、寝そべってチェス盤の視点で駒を動かすか、きちんと起きて上から見下ろして動かすかの違いになる。囮という駒を正確に用意したいなら、後者の方が断然優れているだろう。
視点の違いについて話すと、職員たちは表情を崩して認めてくれた。そのうちの1人が尋ねてくる。
「念のために聞くけど、複製術の使用許可取得目的は?」
「学術目的だけど」
「だったら、ちょうどいいかな。こういう発掘調査も、もっぱら学術的なものだし」
「ああ、なるほど」
現場で承諾する側としては、相応に納得できる理由が必要なのだろう。ちょっと拡大解釈している気がするけど。話も済んだところで戻るとすると、また声を掛けられた。
「アイリス様にもご協力していただくのは?」
「それは……」
アイリスさんと殿下に頼るわけにはいかないと考えているけど、実際の戦場に立たず、支援していただく感じであれば許容されるだろうか?
そこで、俺たちは部屋に戻り、ティナさんとご本人に尋ねてみた。ティナさんの回答はこうだ。
「ご本人のお考え次第ですが、身の危険がなく、強い消耗を伴う行動でなければ、問題ないと思いますわ」
「では、私も協力します」
ティナさんの発言にすかさずアイリスさんが申し出て、場がにわかに盛り上がる。
こうして囮要員が2人になったところで、俺たちは部屋を出て、再戦の場へ向かった。
円の中心で待ち構える鎧を前に、まずは下準備から。あの事業でやっているいつもの流れで、地面に器を刻み、複製術で拡散させていく。すると、青緑と紫の器が円の舞台全体に行き渡ったけど、鎧は反応を示さない。ここまでは予想通りだ。
続いて、試しに鎧からほど近いあたりの器1つに、遠隔で文を刻み込む。すると、鎧はきちっと反応して光球に射撃した。周囲から歓声が上がる。これならうまくいきそうだ。
そう思っていると、仲間が声を上げた。
「なんかさ、結婚式みたい」
「まぁ、やってるのは同じことだし」
「それだけじゃなくってさ、真ん中にハリーが行くわけでしょ?」
言われてみれば、そもそもハリーの挙式から始まった事業だ。まあシチュエーションはまるで違うけど。
「この衣装で結婚式はねーわ」と誰かが言うと、大きな笑い声が起きた。ハリーも苦笑いしている。
そうして少し気がほぐれたところで、俺は前方に向き直り、傍らのアイリスさんに言った。
「こちらから先に作るので、同じ場所に合わせて作ってください」
「わかりました」
同じ場所に固めて作ることで、マナの濃度を高めて注意を引き寄せようという算段だ。アイリスさんの力量なら、思い描いたとおりにトレースしてくれるはず。
緊張と高揚でドキドキするのを、深呼吸でどうにか落ち着け、俺は最初の文を刻み込んだ。合わせて紫の文も追随し、鎧はキッチリ反応を返した。光球が撃たれて青緑と紫の粒子が飛散する。
それから、少しずつ弧を描くように光球を用意していって、記述するタイミングも早めていった。それに合わせるように、鎧は機敏にステップを踏んで動き始める。そして、らせん状に光球を発生させていくと、逃げるように発生する光球を鎧が追う構図ができあがった。
こうして、ある程度のバターン化ができたところで、俺はハリーに声をかけた。
「この調子で動かすから、行けるタイミングで行ってくれ」
「ああ、わかった」
すると彼は、鎧が背を向けたタイミングで動き出し、常に鎧の背を取るように少しずつ距離を詰めていった。
鎧が彼に反応を示す様子はない。完全に覆いきれない顔の部分から、いくらかマナが漏出している可能性はあるけど、彼は顔の前方を両腕でカバーしている。そのおかげか、彼が近づいていっても、鎧は光球にだけ気を取られているようだ。
そして……最後の詰めにタックルした彼は、鎧の胴体に背後から両腕を回すと、そのまま後ろに倒れこんだ。鎧が激しく身を動かしつつ、破れかぶれに弾を放つと、ドームの天井のそこかしこで弾が爆ぜた。なおも弾を放ち続け、天井付近で藍色の爆風が絶えず吹き荒れる。
腕の可動域から考えて、今みたいに鎧が仰向けであれば、距離のある天井か壁にしか弾を撃てない。うつ伏せで床に撃たれるよりはずっと安全で、これはハリーのナイスプレイだ。
しかし、仰向けになっていても、あちらへ向かった増援を撃たれる危険は依然としてある。
そこで、仲間とともに
渦中にあるハリーは、腕を鎧の脇下まで動かし拘束を続けつつ、両脚を鎧の前に回して下肢を挟み込むような体制をとった。
下半身でがっちりホールドする状態を確立すると、彼は次に両腕を鎧の腕部に外側からそれぞれあてがい、"前ならえ"の体勢を強制した。こうなると、鎧は弾を天井に撃つことしかできない。
これでだいぶ安全に近づけるだろう。一応彼に聞いてみると「大丈夫だ、加勢頼む」という返答が。そこで、俺と何人か力仕事要員で増援に向かった。ハリーの抑え込みを邪魔しないよう、慎重にサポートして、鎧の拘束を盤石なものにする。
こうして準備が整ったところで、俺はリムさんを呼んだ。呼びかけに駆け足でやってきた彼女は、俺たちの傍らに立ち止まると、右手に
次に彼女は、右人差し指から橙色の線を出して鎧に当てた。特に反応はない。すると、色選器の針を慎重に回していって、少しずつ色を整えていった。
そして、針が円の反対側、つまり藍色に差し掛かったところで、鎧の抵抗が収まった。抑え込んでいた全員の視線がリムさんに集中する。すると彼女は、額を腕で拭ってから、少し照れ臭そうに言った。
「これで、私の制御下に入りました」
その言葉に、力仕事担当が歓喜の叫び声を上げ、一種遅れて通路の待機組も喜びの声を上げた。それから、通路側にいたみんなが押し寄せてきて、ちょっとした祝勝状態になる。
最初のうちは思い思いに喜びを口にしていたけど、それも少しずつ静かになっていって、代表の言葉を待つ雰囲気が整った。まずはティナさんから。
「皆様お疲れ様ですわ! 今日の功績だけでも、一連の発掘調査を代表するものとなるでしょう!」
「戦利品もさることながら、戦いの運び方も見事だった。いいものを見せてもらえたよ」
殿下の
それで、場がまた落ち着いてから、ティナさんは次の扉を
「では、続きは明日ですわね」
とはいえ、みんな続きを見たくてウズウズしている。それは俺も同じだ。そんな俺たちに、ティナさんはにこやかにしつつも、きっぱりと言い放つ。
「この先、何があるかわかりませんわ。次に進むのは、日を改めて体調を整えてから!」
その後ティナさんは、「私も我慢してますのよ?」と続けた。それはそうだろうと思う。後ろ髪を引かれる思いは確かに感じつつも、戦闘要員のコンディションを気遣うティナさんに感謝し、俺たちは帰路についた――帰りは1人(?)増えて。
「リムさん、そいつ歩けます?」
「ちょっと……難しいですね」
「じゃあ担ぎますか」
「終わっても世話の焼ける野郎だ」
ちょっとした憂さ晴らし程度に軽く小突きつつ、俺たちは戦利品の鎧を丁重に担いで、地上へ運び出してていく。
先が気になるのはもちろんだけど、今日はコイツだけでも十分な成果かな。すっかり暗くなった兜の顔の部分を眺めながら、そんなことを思った。
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