第279話 「再戦までの日々②」

 6月23日11時。

 練兵場を思わせる広い地下空間に、甲高い剣戟音が絶え間なく響き渡る。切り結ぶのは俺たち冒険者と、砂人間たちだ。

 砂人間の剣技は、冒険者の基準から見れば大したことはない。両手で持ってブンブン縦に振る程度だ。前方で戦う悪友が俺に一瞬顔を向け、「お前でも勝てるぞ」と笑いながら言い放つ。

 それにムッとしつつも、彼の獲物を魔力の矢マナボルトで撃ってやると、砂人間は少しバランスを崩してのけぞった。次いで彼の追撃が入り、剣が左肩からわき腹に抜ける形で両断される。

 すると、切断面あたりから砂が若干崩れて、片手でつかめる程度の宝珠のような魔道具が露出した。

「よっしゃ!」という掛け声とともに、彼は砂人間に進み寄って宝珠に手を伸ばす。そして、力づくで宝珠を抜き取ると、黄色いマナを放つその宝珠に追いすがるように砂が飛んでいく。その様は、何か虫がまとわりつくようだった。

 彼は後ろの俺に向き直り、「ほれ」という掛け声とともに宝珠をパスしてきた。俺はそれを受け取り、さらに後方の仲間にパスを回す。

 そうして回されていった宝珠は、最終的に青色の水が一杯に入ったタライに沈められ、それと同時に宝珠を追っていた砂は地面に落ちた。


 この遺跡で使われている魔道具は、1つで1体の砂人間を維持する魔道具だ。半端に切っても再生するから、宝珠の方をどうにかしないとジリ貧になる。そこでリムさんは、簡単な対処法を考案して、俺たちに伝授した。

 まず、コアになる宝珠は砂人間のみぞおちあたりに位置している。そいつを斬撃で露出させ、力任せに抜き取る。

 それから、宝珠が帯びている黄色のマナに反する、青いマナで包んでやれば、宝珠は砂への影響力を失って鎮静化するというわけだ。


 最初、部屋の中にいた砂人間は20を下らなかったと思う。そいつらに押し込まれないよう、物理的な盾でバリケードを作って敵集団を分断したり、逆さ傘インレインで牽制したりして、俺たちは各個撃破していった。

 結果的に、3人ほど軽い切り傷や擦り傷を負ったものの、大過なく戦闘が終了した。ケガ人も、ラウル筆頭に手当の心得がある者で、迅速かつ適切に処置できた。

 そうして得られた戦利品は、結構なものだ。青い水に満ちたタライの中に、光の加減で緑色に見える宝珠がゴロゴロ沈んでいる。その成果に満足そうなティナさんが、俺たちに笑顔で言った。


「お疲れ様ですわ! しかし、これだけあると、持って帰るのも一苦労ですわね」

「いえ、これも仕事のうちっすよ」


 1戦交えたばかりだったけど、俺もみんなもまだまだ気力十分といった感じだ。今回のはわかりやすい敵だったからだろう。あまり悩まされずにすんで、その分気が楽だった。

 しかし、多少の疲労感はあるので、戦利品を持ち帰ってから昼食を取ることに。


 今回攻略している遺跡は、メインの遺跡から少し離れたところにあって、地下1階の扉を開けるとすぐに砂人間たちが待ち受ける大広間になっていた。

 昼食後、再び大広間に戻ってきた俺たちに、ティナさんが指示を飛ばす。


「転がっている剣を持ち出してくださいまし」

「ちょっと刃こぼれしてる奴もありますが、全部ですか?」

「すべて、お願いいたしますわ」


 ティナさんによれば、武器の品質はさほど考慮しない。歴史的資料として価値があるから回収するようだ。剣のつくりや様式を見れば、使われていた当時の技術や文化の理解につながるし、使われている材質から当時の交易のあり方を推し量ることもできる。

 そういったティナさんの説明を聞いていて、やっぱりこっちでも、そういう考古学をやってるんだな~と思った。


 大広間からつながる小部屋の方にも、装備品が転がっていた。剣のみならず、鎧や兜などなど。いずれも損傷している感じではあったけど、錆などによる経年劣化じゃなくて、単に使い込んだことによる損耗のようだ。

 それら装備品を全て合わせると、結構な大荷物になって、これを地上まで運び出すのは重労働だ。

 しかし、メインの遺跡の攻略を待つ間の仕事にはちょうどいい。汗水たらしながらも、俺たちは揚々と作業に取り組んだ。



 以降の日も同様にして、俺たちは周辺の遺跡をいくつか攻略していった。

 番兵になっていたのは自律するタイプのゴーレムで、すべて宝珠をコアとする人間大のものだった。多くは砂製だったけど、中には水製の奴も。そいつを見た時、リムさんは結構興奮しながら解説してくれた。


「ゴーレムの多くは黄色や橙色のマナで作りますから、青色のは貴重ですっ!」


 まぁ、コアが丸見えだったから、倒すのは容易だった。その時は黄色いマナを帯びた砂に宝珠を埋める形で鎮静化させた。

 そうして捕獲していった敵兵以外で、目立った戦利品となると、大半は傷んだ装備品だった。魔道具とか古文書のような、魔法に関わる遺物は見つからない。それでも、発掘を進めるほどに確かな成果が積まれていくのは、やりがいがあることだった。

 そして、障害物以外にろくな遺物が見つからないあの遺跡の方に、ますます期待感が高まる。

 果たしてあの先に何があるんだろうか。発掘調査の合間合間に、みんなとそんな話で盛り上がった。まぁ、またゴーレムとかいたら笑うしかないんだけど、みんな同じようなことを考えていたようだ。次にいそうなゴーレムなんかを、笑いながら話し合ったりした。


 休養日に関しても、まったく暇はしなかった。ティナさんに教えてもらった魔法の習得があるからだ。俺は町を出て、あまり遺跡がない草原の静かなあたりで練習に励んだ。

 教えてもらった連環球儀法アーミラライザーは、初めて手を付けるBランク魔法ということで、まずはBランクの円と殻を正しく覚えるところから。

 やはり、慣れた魔法のよりもさらに大きな円を作るとなると、最初のうちはなかなか難儀する。正確に素早く描こうとしても、きれいな円にならずに歪んで崩れたり、慎重にやろうとすると形が定着する前に消えたり。

 まぁ、一足飛びに難しいことをやってるんだから、最初のうちはミスっても仕方ない。それに、休養中の取り組みで、変に根を詰めすぎて気疲れしたんじゃ、仕事の方に差し障りがある。休日の趣味と考え、あまり無理しないようにしよう。

 ちなみに、今覚えている連環球儀法では、封印型も使われている。この魔法の効果――球体の内側に書いた魔法陣を無効化――を考えると納得だ。これで封印型を覚えれば、他にも色々試せそうで都合がいい。

 そうやって、先々のことに考えをめぐらしながら、俺は練習にいそしんだ。



 そうして充実した日々を過ごし、ついにその日がやってきた。

 ホテルの夕食の席で、見慣れない顔の工廠職員が、依頼の品を掲げながら話し出す。


「これがご注文の品です! 急ピッチでの仕事でしたが、仕上げはバッチリです!」


 彼が掲げる黒い服は、意外にもピッチピチの感じではない。手袋にするとかなりタイトな付け心地なんだけど。

 その点について尋ねてみると、弾んだ声で説明が返ってきた。曰く、全身用装備でタイトに作ると、生地の裂けに弱くなるから、作りを変えたとのことだ。

 で、全身用装備というだけあって、ご丁寧にも靴下の用意があったり、上半身にはフードもついてたり。


「で、顔からのマナも遮断するために、マスクも用意してあります! あと、目のまわりはヴェールで遮断してください。視認性は十分にありますんで!」


 テレビショッピングばりのノリで、アタッチメントが次々出てくる。これらをすべて装着すれば、確かに全身をくまなく覆えそうだ。

 最後、軍装部代表の彼は、カバンから書類を数枚取り出した。


「せっかくの機会ですので、使用感レポートもお願いします! 使用者ご本人、現場指揮官、サポート人員等、別々の立場からご意見いただければと!」


 立て板に水といった調子でまくし立てた彼は、お役目を終えるとそのまま夕食に混ざり、調査に参加している工廠職員と情報交換を行っていた。

 それで、彼は明日の作戦決行とその報告を待ってから、王都に帰るようだ。ここまでしてもらって、期待外れの結果に終わっては心苦しい。そう思って、俺はハリーに声をかけた。


「明日は頑張ろうな」

「ああ、頼りにしている」


 メインで頑張るのはハリーなんだけど、俺にも果たすべき役割はある。そう考えると緊張してくる。俺が言い出した新装備の調達費を、当座はティナさんに任せてしまっているし。

 その彼女は、請求書らしきものを見つめては、ぱちくりと瞬きしていた。そして最終的には、真顔でその紙を伏せた。たぶん、とんでもない額になっているんだろう。

 そして、彼女と不意に視線が合うと、彼女はにっこり微笑んで「見ない方がいいですわよ」と言った。


 あー、失敗できないな、これは。

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