第278話 「再戦までの日々①」

 先日のように、空の下で円になり昼食をとる。その席で、俺は自分の考えを述べた。

 まず、鎧の動きを抑え込みにいくのは、少数精鋭がいい。相手が動くスピード、風という攻撃手段を考えると、多対一で挑んでも互いが障害物になって邪魔になる。

 それに、俺が考えている戦法と、必要な装備の調達からいっても、少数――というか1人――で抑えに行った方が都合がいい。

 その戦法というのは、あの円の戦場内に囮役の魔法を用意してやり、相手の動きをコントロールした上で、後ろから抑え込みに行くというものだ。

 相手のマナの感知については、おそらく全周視していると思われるので、後ろを取ることに視覚面での優位はない。しかし、鎧の腕の可動域の問題か、後ろには弾を撃てないようだった。だから、背面を取れば、向き直るために余計な一歩を踏ませられる。

 ただ、普通に背後から進んでも、相手にはバレバレだろう。囮を使っても、それは変わらないように思われる。


 そこで仲間から、「あの手袋の素材で帽子を作れないかな」という発言が。ちょっと突拍子もない考えだという反応もちらほらあったけど、実は俺も少し考えていた。マナ遮断手袋フィットシャットの素材で頭部を覆えたら、視界を完全に塞げるかもしれない。

 しかし、懸念事項もあった。しっかり塞ぐために強く被せるだけの力を、視導術キネサイト越しで発揮するのが困難というのが1つ。

 それに、完全に視界を塞ぐことに、相手が何らかの対応を示すのではないかという懸念もある。あと、兜をすっぽり覆いつつ、外れないような形では帽子を作れないだろうという問題も。なので、上からかぶせる案は次善策でいいだろうと思う。


「じゃあ、本命は?」

「あの手袋の素材で、服とか作れないかなって」


 冒険者の一部からは、「無理だろ~」という声が上がった。俺自身、結構無茶なことを言っている自覚はある。

 しかし、工廠職員ならもしかしたら……そんな望みがあって、この話を持ち掛けた。すると、当の職員たちは顔を見合わせた後、だいぶ悩みこんでから「他言無用で」と前置きした上で話し始める。


「軍装部で、そーゆーアイデアが持ち上がったことはある。偵察向けにってさ」

「それで、どうなったんだ?」

「生産性悪いし、陣地から探知されにくくて危険だしってことで、採用されずにお流れになったよ」


 その答えに落胆した者もいたけど、職員は淡々と言葉を続けた。


「たぶん、技術的には問題なく作れる。単に金がかかるってだけさ」

「どれぐらいかかる?」

「ま……確実に6桁だね」


 手袋1セットで25000フロンだから、全身用ともなればそうなるだろう。すると、ティナさんが良く通る声で宣言した。


「では、調達費は私が持ちますわ。もちろん、調査が一通り終わってから、経費として国に請求するつもりではありますが」

「ああ、ぜひそうしてほしい。私は支持するよ」


 ティナさんの申し出には殿下がすぐに後押しされ、これで決まりと言う空気になっていく。

 しかし、金銭面は解決したとしても、調達にかかる時間は気になるところだ。

 そこで、後ほど外連環エクスブレスでの連絡で工廠につないでもらい、軍装部に協力を要請することに。最寄りの工房でやってもらえればベストだったんだけど、遺跡での発掘品に注力しているせいか、紡績は不得手らしい。なので、移動だけでもそれなりに時間はかかるだろう。

 もちろん、作れなければ話は別だけど……。



 その日の夕食の席で、さっそく軍装部への依頼の件が話題に上がった。「ぜひ! やります!」という2つ返事で引き受けてもらえたようだ。

 所要日数については、3日はほしいとのこと。一度ポシャった計画だから、即日完成というわけにはいかないけど、それでも3日ぐらいでできるっていうんだから大したものだと思う。

 それで、出来上がり次第陸路で運ぶことに。ほうきを使うという話も出たようだけど、そこはさすがに慎重論が抑え込んだ。正式運用から1ヶ月程度しか経ってないのに、工廠の都合でイレギュラーを作っちゃまずいだろうと。

 なので、1週間程度は再戦まで日が開く形になった。ただ、メインの遺跡が足止め食らってるからって、暇になることはないだろう。他の遺跡の発掘もあるし。



 翌日、22日朝。ベッドから出て背伸びする。同じ部屋には他に3人いるけど、俺だけ早すぎたのか、みんなぐっすり眠っている。そんな彼らを放っておいて、俺は静かに着替えを済ませて部屋から出た。


 今日は休養日だ。ティナさんの方針で、2日動いたら1日休むことになっている。というのも、勢いに任せて掘りまくっていると、冷静さや判断力を損なわれやすいからだ。

 それに、慣れない地下空間での作業が続くと、体のバランスを崩しやすくもなる。だから、リセットのためにしっかり休養を取るとのことだ。できるかぎり日光を浴びて過ごすようにという助言はあるけど、他には特に命令がない。

 まるで遊んでるみたいで、いいんだろうかと気が急いてる奴もいたけど、ティナさん的にはそういう焦りこそが一番危ないんだろう。だから、これも仕事のためと考え、思い思いにリラックスすることになっている。


 しかし、俺にはやることがあった。朝食を済ませ、市場で適当に時間を潰してから、頃合いを見計らってホテルに戻る。

 そして10時ごろ。ティナさんが泊まっている部屋の前に立ち、ドアをノックすると、すぐに「どちら様?」という反応があった。

 そこで自分の名前を名乗ると、「あら」と少し驚いたような声を出されながらも、快くドアを開けていただけた――いや、入っていいのか? ほんの少し躊躇したものの、立ち話も悪いので中へ。

 すると、部屋の机には本が重なっていて、床には地図が広がっていた。明らかに、仕事部屋になっている。

「散らかっていてお恥ずかしいですわ」と、さして恥ずかしくもなさそうに笑うティナさんは、今日はさすがに私服だった。落ち着いた感じの、男物の服を着ていて、これはこれで仕事着っぽい気もするけど。

 彼女に促されるまま、テーブルにかけた俺は、さっそく本題を切り出した。


「最初にあった扉の仕掛けですが、まだ覚えていらっしゃいますか?」

「ええ。一度解いたものは……ほら、この通り」


 そう言って彼女は、取り出した手帳を広げて見せてくれた。そこに記されていたのは、あのとき解錠アンロックした複雑怪奇な魔法陣の複合体と、それを分解した1枚1枚の魔法陣だ。

 やっぱり、こうしてマメに書き留めて勉強しておられるんだなぁと、思わず感服していると、「個人的な勲章替わりですわ」という声が。それを聞くと急に魚拓みたいに見えてきて、噴き出してしまった。


「あら、どうかなされたのかしら?」

「いえ……えっと、むかし住んでた地方の風習なんですけど、釣った魚で立派な奴は、顔料を塗って紙に押して記録するっていうのがありまして」

「そうやって、食べても釣果が残るようにするのですね」

「はい。それで、この図を見ていて、つい……」

「ふふ」


 しかし、目にしているこれは、魚拓というか三枚おろしの図になっている。完全に重なり合った1つの意味不明な魔法陣が、すっきりと別れた3つの魔法陣に――いや、1つは文が刻まれてなくて、円全体を覆うような模様だけだ。

 あの時の説明では、確か施錠ロック七精破セプトプロード、それに再生術を合わせてるってことだった。たぶん、文なしのバーツが再生術なんだろう。文を書かない、円全体にかかる模様という複製術との類似点から、そう考えた。

 そうして少し図の方に気を取られていると、ティナさんが話しかけてきた。


「ご用件をお伺いしても?」

「ああっと、すみません……お時間よろしければ、この仕掛けについて、もう少し詳しく聞かせていただければと」

「そういうことでしたら、喜んで!」

「休日なのに、申し訳ありません」

「いえ、これは自慢話のようなものですもの」


 確かに、自身で解いた魔法の解説であれば、そういう要素がないこともないだろう。でも、そういうことをわざわざ口にするあたり、鼻にかけた態度が全くなくて、本当に親しみやすい方だと思う。

 そんな気さくなティナさんは、例の仕掛けについて解説を始めた。


「一見すると1枚の魔法陣ですが、実際には多層構造になってますわ。便宜上、上下という表現を用いますが、上層に再生術、中層に施錠、下層に七精破という構造ですわね」

「上下のある層構造ということは、それぞれの魔法陣はあくまで別々の存在で、上下関係があるってことですか?」

「その通りですわ。上層の魔法陣が、下層に影響を与える関係になりますわね。例えば、上層の再生術は、下の魔法陣が消えた時に書き直しますの」

「施錠が消えると七精破が発動するって話でしたけど、それもそういう関係性が?」

「ええ、よくぞ聞いてくださいましたわ!」


 そう言って彼女は、適当な紙を引っ張り出して、手帳に書いてあるものと同じ魔法陣をサラサラと書き始めた。その描画があっという間に終え、彼女は声を弾ませて解説の続きを始める。


「施錠の魔法陣のこの部分ですが、この部分に封印型という型を使っていますの。確か、Bランク教本から出る型だったかしら? これよりも内側にある魔法陣の発動を防ぐという型ですわ」


 そう言って彼女は、施錠の魔法陣にある、該当部分を青いマナペンで図示した。そして、その封印型の両端から平行線を伸ばしていくと……下に書いた七精破がすっぽり収まった。つまり、これらの魔法陣を重ね合わせると、施錠の内側にある封印型の中に、ちょうど七精破が収まるわけで……


「つまり、施錠を解いて消してしまうと、七精破を抑えつけていた封印型も解かれると」

「ご名答ですわ! それで、施錠と次いで消えた七精破を、再生術が元通りに直す形になりますわね」


 だから、解法としては再生術→七精破→施錠の順で消していくことになる。机上でこうして話してもらえれば話は分かるけど、現場で解くってのはすさまじい話だ。改めて、その手腕には圧倒されてしまう。

 しかし、まだまだ気になることはある。


「この多層化というのは、魔道具特有のものですか?」

「一般的には、そうですわね。魔道具であれば、重ねて書いた魔法陣が一緒くたにならないよう、層状に存在させる処置がありますの」


 魔道具を作る時には、むしろそうやって多層化させるのが普通だそうだ。手で書くのと魔道具に仕込むのとでは、同じ魔法を扱っていてもかなり勝手が違うらしい。

 しかし、先程の説明で引っかかる部分があった。


「手書きで多層化させるための、例外的な手段というのもあるのですか?」

「あるにはあるという程度ですわね。実戦向けではありませんわ」


 などと言いつつ、彼女は微笑みながら魔法陣を書き始めた。青い透明な球がテーブルの脇に出現する。確か、連環球儀法アーミラライザーという奴だ。続いて彼女はその中に魔法陣を2つ、互いに直行するように書き込んだ。その2つの魔法陣を指差しながら、彼女は説明する。


「これは直交記述と言いますわ。さらに、球を8等分する切り口で魔法陣を3つ記述する、三交記述というのもありますわね」

「なるほど、こうやって描けば、手書きで多層化しても重ならずに済みますね」

「そういうことですわ」


 それからも明るい声の調子で、彼女は説明を続けてくれた。

 先程は多層構造という表現を使っていたけど、こうやって交わらせている場合は、層の上下ではなくて外側や内側という表現に置き換えた方が簡便であるとのことだ。直径が長くて、他を内包するものが先程で言えば上層に当たり、以下中層、下層と続く感じで。

 ただ、普通の魔法陣を交わるように記述しても、まったく意味がない。これが効果を発揮するのは、外側にある魔法陣が、内側に対して一種のトリガーのように働く場合に限られる。

 例えば、再生術は内側にある魔法陣が消えたときに書き直す、封印型は内側にある魔法陣の働きを阻害する。このように、内側にある魔法陣に対して、また動かしたり、逆にせき止めたり、そういった制御を外側の魔法陣が行うわけだ。

 ここまでの説明で、なんとなく情報リテラシーの講義を思い出した。その時は大したことはやってないけど、なんかエクセルで関数での条件分けとか覚えた記憶がある。今覚えた魔法の書き方も、一種のプログラミングに近いものはあるのかもしれない。

 これを応用すれば、多少は複雑なことができそうだ。しかし、あまり実戦的ではないというのも、よくわかる。


「こういう書き方って、現場では難しいですよね」

「ええ。あくまで、机上で構成を考え、魔道具として組み上げて形に残すための手法と考えた方が無難ですわ。その場の即興で書くというのは、確実に術者の負担になるでしょうから」


 やはり、ティナさんの目から見ても難しい書き方なんだろう。しかし、可能性を感じないこともない。暇な日に、少しずつ探求を進めてみるのもいいかなと思った。

 ただ、まずは必要な素材を覚えるところからだ。内側・下層に働きかけるパーツとして、今教えてもらったのは再生術と封印型。前者はなんとなく禁呪っぽいから、魔法庁に聞いてみないとだけど、封印型なら大丈夫そうだ。

 そこで、ここまで教えてもらったことに感謝を述べ、扉に描かれた例の魔法陣達についてメモを取らせてもらうと、ティナさんが俺に話しかけてきた。


「連環球儀法はよろしいのかしら? Bランクで難しい魔法ではありますけど、あなたには使いでがある魔法に思われますわ」

「……是非、よろしくお願いします」


 頼み込むと、彼女はにこやかに笑って、俺のメモにその魔法陣を書き込んでくれた。「この文、私のお気に入りですの」と彼女は言う。そうして書き上がった魔法陣の文を、俺は目で追った。


おぼろなる 夢もうつつに 糸りて 綾の重ねに 織り成せば 結びのはてに たまならん』


“あやふやな夢だって、形にしようと撚り合わせて織り重ねていけば、きっと価値ある結果が出せるはずだ”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る