第277話 「遺物の性能評価試験」

 鎧との初戦で追い返される形になった俺達は、前に探索した広い部屋へ向かった。一度、腰を落ち着けて話し合うためだ。部屋の大きさは、風の弾で転がされた2人を寝かせた上で、他の全員を入れても多少余裕がある。足りないイスは、他の部屋から引っ張り出したり、サイドテーブルらしきものを腰かけに使ったりして補った。

 そうして話し合いの場が整うと、痛めつけられた2人の処置もある程度終わっていた。ラウルに状態を尋ねる。


「多少強めに叩きつけられた感じで、打ち身になってるな。骨や関節は大丈夫そうだ。あと、頭を打った感じはない。ほっとけば治るだろ」

「そうか、それなら良かった」


 見た感じ、そこまでの大事には至らなかったと思っていたけど、実際にそう聞けて安心した。

 軽傷を負った2人は、面目なさそうな態度で俺たちに謝ってきたけど、逆に彼らのおかげで得られた情報もある。俺はハリーを含む、あの鎧に果敢にも突っ込んだ5人に感謝を述べた。


 それから話し合いが始まった。まず決めなければならないのは、アレをどうするかだ。あり得る選択は3つ、破壊するか、生け捕るか、この遺跡を諦めるか。

 当然ながら、ここでは意見が分かれた。諦めるという意見がなかったあたり、まだまだ全員やる気十分ではある。

 冒険者の中では意見が真っ二つになった。破壊する派の主な意見は、あくまで遺跡の踏破に重きを置くべきで、障害は効率的に排除すべきというもの。ああまでして守られている先を見てみたいという声や、発掘全体のスケジュールへの悪影響を心配する声もあった。

 逆に生け捕って捕獲派からは、ここまでの発掘の実績を考えると、障害こそが成果物だという意見が出た。あと、俺を含む数人からは、競争心を刺激されたから、どうにか捕獲して攻略したいという意見も。

 そんな捕獲派の主張には、工廠職員とリムさんも賛意を示した。魔道具として珍しい逸品で、あれ自体に相当の価値があるだろうと。それに、自分たちでは作り出せない異物に対する憧憬や、故人の技術への敬意も強い。

 一方、意外にも魔法庁職員は、捕獲案には及び腰だった。戦闘要員に余計な負荷をかけることで、誰かが負傷することを心配しているようだ。ある意味では、戦う当の冒険者よりもずっと、その身を案じているのかもしれない。そういう気持ちは、素直にありがたく思った。

 そうして意見が分かれたところで、発掘のリーダーに考えをうかがうと、ティナさんはさらりと答えた。


「あの先に何かあるだろうというのは、私も同意見ですわ。しかしながら、あの鎧自体が戦利品として価値があるという意見にも同意いたします。できれば、確保した上で進みたいですわね」

「しかし、手を尽くしても無駄骨に終わっては、時間の無駄になりはしないかと。僕ら冒険者はともかくとして……貴重なお時間を割いていただいているわけですし」


 ティナさんの発言に異議を呈した仲間は、アイリスさんと殿下に顔に向けた。実際、あのお2人のことを考えると、成果が出ないまま足止めを食らうリスクは避けたいところだ。

 しかし、彼の懸念にティナさんがにこやかに答える。


「こちらの攻略法を考えたり、準備を進めたりする間に、別の遺跡を発掘すれば良いですわ。ここほどエキサイティングではないと思われますが、見るべきところはあるでしょう」

「それなら……わかりました。他の規模が小さめな遺跡を攻めつつ、ここの策を進めるというのには、僕も賛成します」


 彼がそう言うと、他の破壊派も徐々になびいていった。捕獲するために時間を使いすぎ、成果が上がらないまま手持ち無沙汰になることを、みんな嫌っていたのだろう。

 それで、とりあえず捕獲を試みようという方向で話がまとまった。ある程度あの鎧の動きを拘束できれば、リムさんがアレを無力化出来るかもしれないという話だ。だから、どうにかして接近し、身動きを封じる必要があるわけだけど……。

 ハリーに尋ねると「難しいと思う」という、大変に端的な回答をもらえた。そこで、実際にあの場に立った者と、傍から見ていた者の意見をまとめつつ、情報を統合していく。


 まず、少人数だと距離を詰め切れない。見かけによらず機敏なステップで距離を取ってくるし、攻撃の精度も高い。直進で詰めようとすれば、双盾ダブルシールドでも間に合わない可能性がかなりある。

 だからといって、人海戦術が効くわけでもない――というか、むしろ危険だろう。動きを見る限りでは、一定範囲内に何人か入ると、あの鎧はジャンプしてから地面に弾を撃って炸裂させるようだ。そうして起きた暴風で吹き飛ばされると、仲間同士での接触で負傷しかねない。

 それに、見かけによらない動きの敏捷さや跳躍力を考えると、動きを助けるために藍色のマナを使っているだろうと魔法庁職員が指摘した。となると、空中戦もできると見た方が無難だ。

 しかし、盾でうまくいなしつつ空中戦に対応できる人材が、冒険者側にはいない。アイリスさんや殿下にご助力賜るというのは、本当に最終手段だ。

 だから、俺達が目指す方向性は……


「どうにかして、奴の死角から近づけないかな?」

「囮使うとか?」

「そんなとこ」


 しかし、先ほどの戦いでは、背後から4人動いていってもすぐに対応されてしまった。囮を使うとしても、容易ではない。

 ままならない先行きに、早くも少しどんよりとした空気が漂い始める。しかし、俺としてはまだ始まったばかりだった。調べなければならないことがいくらでもある。


 そこで、話し合いはここらで切り上げ、俺はみんなを連れて戦場の直前へと向かった。

 例のドーム前に着くと、相変わらず鎧が待ち構えていた。俺達の接近を感じたのか、顔の空洞に藍色の火が2つ灯り、明らかに臨戦態勢になる。


「それで、何を調べるんだ?」

「あれが、何を見て動いているのか知りたくてさ。リムさんからは、どうですか?」

「ええっと、そうですね……おそらくは周囲のマナを感知して動いているのだと思います」


 まぁ予想通りだ。しかし、実際に試してみないことには。

 そこで俺は、物持ちのいい友人たちから、色々と材料を出してもらった。小石に、テグスみたいな細くて丈夫な糸を括りつけ、即席の飛び道具にする。


「それで攻撃すんのか?」

「いや、これに反応するか見たいんだ。誰か、こういうの得意な奴~」

「よし任せとけ」


 さっそく名乗り出た友人に道具を託し、ぶつけないように兜の横でも狙うように頼んだ。

 すると、彼は俺たちの前に進み出て、マス目の刻みがないギリギリのところで立ち止った。そして、頭上で小石を回転させ、十分な遠心力がついたところでリリース。すると、放たれた小石が見事にまっすぐ飛んでいき、注文通り――というか、それ以上の見事さで――兜のすぐ横をかすめていった。

 鎧は、反応しなかった。周囲から口々に声が聞こえる。


「気づかなかったのかな?」

「見切られたんじゃね?」

「速すぎたとか?」


 そこで俺は、狙いや速度を様々に変えた上で、何回か投擲するように頼んだ。それに従い、彼は相変わらずギリギリを攻めつつ、何パターンか投擲を繰り出してくれた。しかし、鎧は動かない。

 次に、俺は道具入れから水たまリングポンドリングを取り出した。取り出したのは全部で5つ、すべて青緑のマナが封入されている。


「買いすぎじゃない?」

「マナ切れ対策か?」

「いや、色々と実験というか……結構遊んでて」


 正直に伝えると、「ああ、なるほど」みたいな反応を返されたり、ちょっと呆れられたり……まぁ、あまり普通の使い方をしていない自覚はあるけど、今回もきちんと役立ってくれるだろう。

 俺は小石に括りつけた糸をほどこうとした。しかし、結びが強すぎてほどけない。すると、元の持ち主たちはそのままでいいよと言ってくれ、糸の持ち主は新しいのを供給してくれた。

 それに感謝してから、俺は指輪5つを糸に括りつけ、新しい飛び道具を作った。それを投擲の名手に手渡す。


「今回も当てない方がいいよな?」

「もちろん!」


 あたりからクスクス笑い声が漏れる。万一鎧にぶつかれば、指輪が破損しかねない。金銭的なことよりも、今まで使い込んできた道具が壊れる方が、心情的には少しキツい。

 そうして、みんなが見守る中、指輪が鎧に向かって投げ飛ばされた。すると、空を直線的に飛んでいく指輪たちに、鎧が反応した。少し横にステップを刻んでから、的確な狙いで指輪に弾を放ち、炸裂した突風で指輪が吹き飛ばされる。

 投擲手は、指輪を引き戻した。損傷はなかったようで、「無事だぞ」と俺に手渡してくれた。

 今の反応を見るに、やはりあの鎧はマナに反応していると考えるのが妥当だ。その後も何回か投擲してもらったけど、うち漏らされることなく反応された。


 続いて俺は、指輪に括りつけた糸を切って指輪を回収した。それからマナ遮断手袋フィットシャットに指輪5つを入れ、糸で手袋の口を縛って投げられるようにする。


「次はそいつか?」

「ああ。手袋でどれぐらい遮断できるのか知りたい」


 たぶん、鎧には反応されないだろうとは思うけど、俺たちには見えない、マナ以外の何かに反応している可能性もある。試せることは、早いうちに試しておきたい。

 みんなが固唾を飲んで見守る中、投擲手は指輪入りの手袋を投射した。鎧は、反応しない。

 その後も何回かやってみてもらったところ、結果は同じだった。もう、あの鎧はマナにだけ反応していると見て間違いなさそうだ。戻ってきた手袋を糸から外し、指輪を回収する。

 これで、あの鎧はマナを感知しているだろうってことと、手袋で相手の視界から物を隠せるってことが判明した。


 そこでふと閃いた。俺は平らな地面に手袋を置き、それからはみ出さないように魔法陣を刻み込む。

 そういえば、こうして手袋に直接魔法を使うのは初めてだと思うけど、この生地はマナを吸収しているわけではなく、単に遮断しているだけのようだ。問題なく刻み込めた魔法陣の力で、手袋が宙に浮きあがる。


視導術キネサイト?」

「うん。これで、鎧の視界を塞ぎに行けないかなって」

「はあ~なるほど。一応、回収用に糸付けた方がいいんじゃないか?」

「それもそうだな」


 すると、俺が頼むよりも早く、仲間の1人がテキパキと糸を結び付けてくれた。

 準備が整ったところで、俺は手袋を発進させた。もちろん、魔法陣が刻まれた側はこちらに向けてあるので、鎧側からは黒い手袋が迫ってくるようにしか見えない。

 宙を滑るように手袋を進ませていくと「シュール」という声が聞こえた。それに続いて噴出し笑いが聞こえてくる。

 手袋がかなり近づくと、鎧が動き始めた。しかし、その動きは精彩を欠いていて、左右に微妙なステップを踏む程度。「困ってる困ってる」と仲間の1人が囃し立てると、抑えきれなくなった笑い声が聞こえた。俺自身、少し変な笑いがこみ上げるのを落ち着け、状況を整理する。

 たぶん、手袋の正面にはマナが漏れてない。しかし、手袋を動かすために魔法陣に注ぎ込んだマナがいくらか漏れ出し、手袋の横に若干広がって見えるようになっているんだろう。日食の撮影みたいな感じで。

 妙に人間臭い動きするようになった鎧に、手袋をさらに近づけ顔の正面で止めてやると、鎧の動きも止まった。流すマナの量を絞ってやると、はみ出す分も見えなくなって、あっちからすればステルス状態になるようだ。


「ちょうど、顔ふさいでる感じね」

「いや、手がもう少しないと」

「両手あればねえ」


 そんなやりとりで、みんなして笑った。前の戦いではスピーディーな動きを見せた鎧が、今では立ちっぱなしでいる。その顔を遮るように黒い手袋が浮いている構図が、どうにもシュールでおかしかった。

 それで、この状態からも検証したいことがある。俺はみんなに尋ねた。


「ここから、あの手袋に向けて光球ライトボールを飛ばしてもらいたいんだけど、自信がある人~」

「それって、手袋の陰に隠れて見えないように?」

「そんな感じ」

「じゃ、私がやってみよっかな」


 名乗り出た子に後事を託そうとすると、「本当に大丈夫かぁ?」と疑う声が。すると、立候補者は小さな光球を作り出し、腕前を疑った彼の周りにまとわりつくように飛ばし始めた。

 その後、彼女は床や天井にピッタリ這わせるように光球を動かして見せた。これだけの精密なコントロールがあれば申し分ない。

 しかし、投擲の彼といい、光球のこの子といい、聞いてみればその道の達人が名乗り出てくるというのは……頼んでおいてなんだけど、頼もしさよりも技量に驚かされっぱなしだった。

 他のみんなも、見る目が変わったという感じの熱い視線を彼女に飛ばし、期待を背に受け彼女は俺たちの前に立った。

 そして、飛ばすべき高度を慎重に吟味し、彼女は光球を放った。小さな青い光が、前方の黒い手に向かって飛んでいく。鎧は、反応しない。

 光球の距離がかなり近づいていっても、それは同じだった。手袋の影にあって見ることができないようだ。

 ここから推察できるのは、相手の視覚のもとになっている器官が1つだろうということだ。顔の前を塞がれて、その先が見えなくなるわけだから、おそらく頭部以外に感覚器はないだろう。あれば、右目を塞がれても左目で見られるように、手袋の影を飛ぶ光球も視野に入るはずだ。

 しかし、人間の視界と違って、あの鎧はマナを全周から感知しているように思われる。背後をとった初戦でも、あっけなく対応されてしまったからだ。たぶん、頭部にマナの全周レーダーがあると考えればいいんだろう。

 その後、光球を少し後ろに下げた上で、手袋の影から出してもらった。すると、鎧は急にバックステップして光球に弾を発射。光球は弾にかき消され、弾はそのまま進んで壁にぶつかり突風になった。

 その後も何回か光球で試してみたところ、手袋で視野を塞がれるというのは間違いなさそうだ。

 それと、薄いマナに対する反応は悪い。というより、視界内にある濃いマナや、マナが複数ある個所、あるいは自身の近傍のマナを標的に定める傾向がある。これは、初戦で得られた情報にも合致する。


 そうやって、一通りの観察を終えてから、俺は考え込んだ。この後どうすればいいか。

「何かいい案ある?」と尋ねてくる声に対し、応えようと口を開くと、先に腹が音を上げた。かなり熱中して実験していたせいか、もういい時間らしい。

 俺は、少し恥ずかしかったけど、みんな笑い声を上げずに、ただ微笑んでくれた。「そりゃ、腹減るよなぁ」「メシ行こうぜ」と男連中が陽気な声で言うと、ティナさんもそれに続けた。


「では、いったん帰ってお昼にいたしましょう。話はそれからですわ」

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