第274話 「遺跡攻略②」

 俺が考えた策について全体に伝えてみると、やっぱり返ってくる反応は様々だった。合点がいっている者もいれば、マジかよと笑う奴、少し不安げにする子も。

 そんな中で意外だったのは、魔法庁の職員たちの反応だ。一様に落ち着いていて、どこか安心したような空気さえ感じる。

 その理由を尋ねてみると……「また変なことをするのかと思っていたから」と端的な回答をいただき、冒険者と工廠の連中には爆笑された。

 事情が呑み込めないでいるティナさんとリムさんは、ちょっとポカンとしたような、あいまいな笑みを浮かべていた。しかし、悪友たちが余計なことを吹き込んでいく。すると、ティナさんはなんだかニヤニヤしだし、リムさんは若干気まずそうに微笑みながら視線をそらした。

 ただ、俺への印象はともかくとして、作戦への強い抵抗や批判、代替案の提示はなかった。一応、みんな信頼してくれているのだろう。

 昼食が終わると、ギルド職員や町から来てくれている発掘関係者の方々に手伝ってもらい、作戦の準備を進めていった。



 それから、俺達は再戦の場へと足を運んだ。今は静かな砂場を前に、隊列を整える。

 そして決行の時、俺は号令を飛ばした。「行くぞ!」の掛け声で、冒険者一同が砂場に駆け出していく――各々1本のシャベルを持って。

 作戦というのは、いたってシンプルだ。砂地に魔法陣が書かれ始めたら、魔法陣を砂ごとシャベルですくうなり、砂をかぶせるなどして妨害する。完全に記述を妨害できなかったとしても、リムさんの経験上、半端な砂人間ができるだろうとのこと。その出来損ないを、遊撃要員が叩いて砂に還す。

 俺達が砂地に足を踏み入れると、さっそく足元で反応が始まった。その段階で、俺達が持つすべての光源をカットし、敵方の黄色い魔法陣だけが良く見えるようにする。

 そうして、各員配置に着いたところで、砂場を埋めるように展開される魔法陣に攻撃を開始していく。俺の受け持ち範囲にも魔法陣ができ上がりつつあった。その魔法陣をシャベルですくい、砂をかぶせて邪魔してやると、メチャクチャになった魔法陣の光がかき消えた。胸がすくような気分だ。仲間たちからも、威勢のいい歓声が聞こえる。

 最初は人員配置のための移動がロスになって、まともに完成する砂人間もいたけど、これは必要経費だ。遊撃要員が剣で切り裂いてなんとか破壊する。

そうこうする間にも、次々と足元で魔法陣の記述が始まり、俺達は一心不乱にその魔法陣をシャベルで乱していった。すると、半端な魔法陣からは、人間とは形容しがたいハニワの失敗作みたいなやつができたり、でき上がる速度が遅かったりで、効果の程は明らかだ。


 作戦を始める前は、うまくいくか疑問視する声もあった。最初に追い返された時は、目の前の敵に対処するだけで手いっぱいだったのに、と。

 しかし、俺には一応勝算があった。

 あの時上から見ていて感じたのは、出遅れの不利だ。様子見ということで、敵の反応を見てから動いていたけど、おかげで互いの布陣が俺達に不利に傾いた。連中は砂場全面を使って後続を際限なく用意できるのに対し、あの時の俺達は、通路に近い部分のわずかな弧で防衛線を張ることしかできなかった。待機人員はいたけど、実際には遊兵に近い。

 だから、今回はスタートダッシュで砂場全面を抑え、連中の頭を叩けば勝機があると考えたわけだ。

 そしてそれは、現にうまくいっている。モグラたたきの様相を呈している砂場の戦いは、完全な砂人間の発生を許すことなく推移している。


 これなら、第2段階に進めてもいいだろう。俺は砂場の中央にいる仲間に、「これなら大丈夫だ、掘り進めてくれ!」と叫んだ。その指示に対し、連中が口々に揚々とした声で了解の意を告げた。

 そして、通路の方からは、魔法庁の子が揚術レビテックスを使ってドーム天頂に移動していく。

 第2段階では、魔法陣を制御しているであろう魔道具を探し始める。おそらくは中央付近にあると考えられるので、そこを掘り進めるわけだ。

 しかし中央を掘ると、掘っている仲間が危険にさらされかねない。傾斜が激しくなると万一の時に逃げるのは大変だし、周囲の状況も把握しにくい。

 そこで、魔法庁の子に協力を要請し、中央部分の監視にあたってもらっているわけだ。それと、中央から掘り返した砂が1か所に積もりすぎた場合は、適当な誰かを呼んで周囲にならすように指示を出してもらう。


 第2段階開始直後は、まだ安定していた。しかし、やはり砂を掘る行為は相当消耗するようだ。自分自身、少しずつ心拍が上がり体がほてるのがわかったし、もっとつらそうな子も。冒険者仲間のうち、1人の女の子が苦しそうにし始めた。

 そんな彼女に、魔法庁の子が、「リンダさん、大丈夫ですか?」と声をかけた。その彼女が苦しそうな声で「大丈夫」と言いかけたところに、ラウルの声が響く。


「女の子たちに良いとこ見せる大チャンス! 先着1名様!」

「おっしゃ!」


 リンダの近くで作業していたノリのいい奴2名が、有り余った体力を誇示するかのようにリンダのカバーに入り込む。すると、彼女は少し悔しそうな表情になってから、俺に気弱な笑みを向けた。


「ごめん、ちょっと休ませて」

「こっちこそ、こんな作戦でごめん」

「ほんとだぜ教授ぅ!」

「悪かったな!」


 気のいいアホどもと応酬すると、リンダは「ありがと」と言って笑い、通路へ歩いていった。


 砂堀が始まって30分ぐらいは経過した。中央部分を掘りまくったおかげで、もはやアリジゴクみたいになってる。

 疲労のために休憩する子も増えた。しかし、地形が変わりすぎたせいか、魔法陣の生成頻度が下がっていて、人員不足を多少は相殺できている。これは嬉しい誤算だった。後は、魔道具さえ見つかれば……。

 それが見つかる兆しのようなものは、きちんとある。砂を掘れば掘るほどに、下の方が明るくなっているのがわかった。何かに近づいているのだろう。


 そして、その時がやってきた。魔法陣と砂人間もどきをあしらいつつ、ずんずん掘り進めていたハリーの動きが一瞬止まり、彼は俺の名を叫んだ。

 俺は横の仲間に後を任せ、空歩エアロステップでハリーの元へ急いだ。彼のシャベルの先の砂が、一際ひときわ明るく黄色に輝いている。

 俺はしゃがんで手を砂に突っ込み、その光の元を漁った。何かがある。そうして砂の海からすくいあげたのは、黄色いマナの光を放つ球体だった。

 両手で包むとちょうど収まる程度の大きさで、結構ずっしりしている。しかし、いちいち観察している余裕はない。歓喜に沸き立ち緩みそうになる場を、俺は鎮めた。


「まだ終わってない! 今から引き上げるから、注意してくれ!」


 作戦の最終段階は、魔道具の確保と無力化だ。おそらくこの魔道具には効果範囲があって、たぶんドーム内がそうなのだろう。でも、砂場から引きはなしたらどうだろうか? 高度を十分にとったら?

 俺は魔道具を両手でしっかり持ち、空歩で駆け上がった。ドーム天頂付近で魔法庁の子と一緒に、地上の様子をうかがう。


「まだ出てくるぞ!」

「いや、数は減ったぞ!」

「わかった、とりあえずそのまま! こっちはこっちでどうにかする!」


 距離を離すことで、砂場に対する影響力を減らすことはできたようだ。それは目で見てもわかる。このまま外へ持ち去れば話は早いだろう。

 しかし……砂以外の何かにも反応する可能性は否定できない。そうなれば、道中で危険だ。心配しすぎかもしれないけど、ここまで来たんだから、みんなを安心させたい。

 そこで、閃くものがあった。魔法庁の子に拾い物を手渡し、俺は腰の道具入れを漁った。

 取り出したのはマナ遮断手袋フィットシャットだ。手袋はピチっとタイトなつけ心地だけど、頑張れば伸びそうな素材でできている。

 ちょっと値が張ることを思い出し、わずかにためらう気持ちを自覚したものの、俺は覚悟を決めた。預けた魔道具をまた手に取り、手袋をかぶせて珠を中へ押し込んでいく。

 どうにか生地が裂けることなく、手袋が珠を完全に包み込むと、急にあたりが暗くなっていった。珠が放つ黄色いマナは、もはや手袋に遮られて目に届かない。地面の魔法陣も、急速に数を減らしているようだった。

 そして、残った最後の魔法陣を仲間が破壊すると、完全に真っ暗になった。地面で何かが起こっている様子は感じられない。念のための最終確認に、俺は光球ライトボールを作って地面を確認するよう、仲間たちに指示を出した。

 砂場は、今や完全に沈黙した。新たな敵が起き上がる気配は途絶え、砂場に立っているのは俺達だけだ。

 俺は、青緑の光球が放つ光に当てるよう、中身が入った手袋をかざし、「作戦終了!」と叫んだ。歓喜の声と拍手が後に続いてドームを満たす。

 すると、傍らにいた魔法庁の子が声をかけてきた。


「もしかして、こういう状況のために、その手袋をっ!?」

「えっ、いや、あはは……」


 手袋を買い求めた経緯は、さすがに魔法庁職員には伝えにくい。驚きや敬意が入り交じる、ランランとした視線を送ってくる彼女に、俺は乾いた笑いしか返せないのだった。

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