第275話 「遺跡攻略③」
砂の軍勢との戦闘が終結し、まずは元の通路に集合した。俺を含め、肉体労働班のみんなは、肩で息をしている。しかし、ほのかな光に照らされる顔は、いずれも満足げだった。
俺たちの奮闘を見守っておられた殿下が、拍手された後に笑顔でお褒めの言葉を掛けられる。
「お疲れ様。作戦も連携も見事で、危なげのない仕事ぶりだったよ」
殿下がそう仰ってから数拍の後、俺は悪友たちにもみくちゃにされた。連中は、照れ隠しのつもりなんだろう。
しかし、こういう達成感のある雰囲気自体は好ましいけど、遺跡にはまだまだ先がある。ティナさんにこの後のことを尋ねてみると、彼女は魔法庁と工廠職員に向かって言った。
「とりあえず、あの扉を開けてみましょう」
それから、彼女たちはアリジゴクの上を
すると、ティナさんは「では戻りましょうか」と言って、向こう岸から1人戻ってきた。残った職員たちは、互いに顔を見合わせてから、困惑したような表情を浮かべて戻ってくる。
そして全員がひとところに集まるなり、ティナさんは「帰還いたしましょう」と言った。それに、仲間の1人が声を上げる。
「まだまだ行けますよ」
「いえ、初日でここまで進めれば十分ですわ。今日は帰って休息をとり、また明日万全の状態で先へ進みましょう」
確かに、動けないほど疲弊しているわけではないけど、みんな普段通りとはいいがたいコンディションだ。扉の先に何かがあれば、取り返しのつかない事態になりかねない。
撤退することに対しては、異論の声はなかった。しかし、気になることが1つ。俺はティナさんに尋ねてみた。
「
「ご名答ですわ! 簡単な封印でしたので、ちょうどよいかと。もし次に来た時に仕掛けが変わっていれば、それはそれで発見ですわね」
彼女の抜け目のなさに、感嘆のどよめきが起こる。さすがに、いくつも遺跡を調査してきただけはある仕事の進め方だ。
話がひと段落したところで、俺達は帰途についた。道中で、俺が捕獲した珠が話題に上がる。
「外出たら見せてもらえる?」
「うーん……」
尋ねられて、俺は手袋を少し持ち上げた。中に押し込んで以来、特に変化は感じられない。
万一のことを考えると、こんな閉鎖環境では開けられない。でも、外で地面から離れてからならばいいだろう。俺の考えにはリムさんも同意した。
「砂特化の可能性が高いですが、念のために地面から高さを取って、反応を見る方が安全ですね」
「ねぇリムさん、砂に特化していると思う理由は?」
「それは……他の素材とも混ざるようになると、ゴーレムの操作に支障をきたすからです。できないわけではありませんけど、効率が損なわれますし、強度も弱くなります」
確かに、今まで遭ったゴーレムは、いずれも均質な素材で構成されていた。今回もそうだと考えるのは、とても自然だと思う。
遺跡から出ると、入り口周辺にいた方々が、少し不思議そうな視線を向けてきた。帰還が早かったからだろう。彼らにティナさんが声をかける。
「仕掛けの1つは攻略いたしましたが、相応に疲弊しておりますので、次は明日からですわ」
彼女の言葉を、みなさんは”順調に推移"と受け取ったようだ。少し興奮気味にどよめく。
しかし、地下での仕事は終わっても、まだやることが1つある。遺跡の入り口付近から少し離れたところで、俺達はまた砂場でのモグラたたき陣形を展開した。
その中心から、俺は空歩で駆け上がった。高度はさっきの砂場の時よりも少し高めにとる。そして、みんなに「出すぞー」と声をかけると、「いいぞー」と返された。
さっそく手袋から球を取り出し、下の様子を見る。特に変化はない。報告も上がってこない。
それから、俺は少しずつ断続的に、空の階段を下っていった。少し下りては様子見、また下りては様子見……結局、何事も起こらないまま、俺は地面に足をつけた。
何事もなかったけど興味津々な様子のみんなが寄ってくる中、俺は改めて珠を観察する。淡い黄色で透明な球は、少し濃い色の幾何学的な模様と読めない文章が、表面のすぐ下をかけめぐっている。珠の奥の方には、もっと濃い色の何かがあった。何か幾何学的な図形らしきものが、激しく踊り狂うように縦横無尽に回転しながら、光を放っている。
こうして見ていたって、詳細なことは何もわからないけど、これがすごい魔道具なのはわかる。その証拠に、工廠職員たちの目がキラキラ輝いている。ゴーレムに慣れたはずのリムさんも、現物を目の当たりにして興奮を隠しきれないといった感じだ。
すると、ティナさんが明るい声で言った。
「これ自体が、1つの遺物と言えますわね!」
「んじゃ、帰りますか」
「あら、もったいないこと仰いますのね?」
「冗談ですって」
確かに、拾ってきたコイツは、魔道具に明るい面々の反応を見る限りでは相当な品のようだ。仕掛けを攻略しただけだなんてとんでもない。初日としては大成果だろう。
そして、先に続くものにも期待がかかる。俺達は、はやる気持ちに後ろ髪を引かれながらも、意気揚々と町へ帰還した。
☆
発掘2日目となる、6月21日。遺跡入り口に集合して点呼を取り、俺達は坂道を下っていった。
その道すがら、昨日の発掘品のことが話題になった。仲間の1人がティナさんに尋ねる。
「アレって、今どうなってます?」
「町の工房で調査しているところですわ。ただ、さすがに王都ほどの設備がありませんので、いずれは移送することになるでしょうね」
王都の工廠でやるとすれば、たぶん雑事部案件だろう。でも、作業量のキャパ的に厳しそうだ。嬉々として手を出しそうではあるけど。
ちなみに、あの宝珠はリムさんも初めて見る魔道具のようで、名前がわからない。この先の調査次第では、アレに関する文献が見つかるかもしれないけど、当面は例の宝珠とかそんな感じだ。仲間の1人は「親玉」と呼んでいて、結構アリだと思った。
そんな発掘品についての話をしながら坂道を下っていくと、たいして発見のなかった部屋が並ぶ通路で、作業員の方々に出くわした。その代表がティナさんに話しかける。
「修繕が必要と認められる個所は、今のところありません。また、例の砂場には橋をかけております」
「ありがとうございます。先に進んだら、またよろしくお願いいたしますね」
「了解いたしました!」
代表の方が决活な返事をすると、作業員の方々はすれ違う俺達に頭を下げつつ、撤収していった。
それから、砂場への坂道に入ったところで、「橋ですか?」と仲間の1人がティナさんに問いかけた。
「はい。砂を操る仕掛けは見つかりましたが、床に何も仕掛けがないとは限りません。ですから、今後完全に掘り進めるために、掘っていただいた分をそのままに、ということですわ」
その無駄のない計画性には、みんな大いに感心した。それに、努力の跡が埋め立てられず、次に生かされるっていうのは嬉しい。
実際に砂場に到着すると、ゆとりを持って渡れそうな幅の板材を重ね合わせた橋ができていた。空歩を使えば……なんてのは言いっこなしだ。こういう橋を見た時、自分の足で渡りたくなるのが冒険者と言う生き物だし。
そういうわけで、橋に負荷を与えすぎないよう、1人ずつ渡っていった。みんな、気分よさそうだった。
そして扉の前にたどり着くと、黄色い施錠の魔法陣が復活していた。1日で元通りになるらしい。施錠以外に面倒な仕掛けが追加されている様子はなく、ティナさんがあっさり解錠する。
解錠後は、扉付近にあるかもしれない別の仕掛けと、先にあるものに用心しつつ、慎重に扉を開けていく。
すると、扉は問題なく開いた。先に続く通路は真っ暗だけど、怪しい気配などはない。若干寒気がするのは、きっと地下の気温が原因だろう。扉と床の間にストッパーをかませ、俺達は慎重に進んでいく。
先の通路には、上にあるものと同様に部屋が並んでいた。しかし、ドアの間隔からいって、1つ1つの部屋が上の階よりは広そうだ。
上の階同様に、1つのドアに数人がかりで警戒しつつ、ドアを開ける。
その先にあったのは、上の階とは似ても似つかない部屋だった。パッと目に着くのは大きなイスで、腰かけた人を大きく傾けられるように据え付けられているようだ。ちょうど、歯医者のイスみたいな感じで。
さらに中を探ろうと、仲間の1人が部屋に足を踏み入れると、足元からジャリっと音がした。白光を放つランタンで照らしてみると、通路と同じような材質の床に、キラキラ輝く粒が散乱していた。どうも、透明な砂のように見える。床には砕けたガラス片のようなものも見えて、たぶんそのガラス片がもっと砕けて粒になったんだろう。
床から壁へと視線を移すと、透明な管が何本も縦横に走っている。その管の中を通るものはなく、今は機能していないようだ。
他には、空っぽの棚と、キャスター付きの作業台みたいなものしかない。部屋の大きさのわりには、本当に物が少なかった。特に発掘物が得られる感じでもない。少し落胆する俺達に対し、ティナさんは言った。
「ここで、何らかの実験を行っていたのだと思われますわ。上の階と同様に引き払ったようですけども、少し急いでいたように感じられますわね」
「床がこんなんだからですか?」
「はい。掃除する暇などなかったのでしょう。あるいは……」
「あるいは……」
「単にものぐさだったのではないかしら?」
彼女のジョークに、軽い含み笑いが漏れ聞こえた。まぁ、意気消沈したって仕方がないし、気持ちを切り替えて次の部屋へ移ろう。
その後も通路の部屋を1つ1つ探索したものの、目立った発見はなかった。四方を本棚に囲まれた資料室らしき部屋があったけど、肝心の本は見つからず。しいて言えば、大きめのテーブルにイスがそれなりの数あって、小休止にはちょうどいいってぐらいだった。
通路の先は半円状のカーブになっていて、その先はまた下り坂になっている。下りた先に、また何か関門がありそうだ。不安そうにする子もいれば、ワクワクした感じの奴もいる。それぞれ別々の感情を抱きながら、俺達は坂を下りていった。
扉以外に道を阻むものがあった場合、それ自体が貴重な発掘品になるだろう。まともな遺物があの宝珠以外にない現状、変な話だけど、障害物こそが目的物になっているかもしれない――そんなことを、友人と冗談交じりに話していると、坂が平たんになった。その先にはぼんやりと青白い光が見える。
何かある。急激に高まった緊張の中、俺達は警戒しながら歩を進めていった。
その先にあったのは、全体が淡い藍色の光に包まれたドームと、マス目のように刻まれた白い床。そして、その中央には、光沢のある深い青色の全身鎧が立っていた
その鎧の中には誰もいない。顔が開いた兜からは、中の暗闇が見えた。しかし、その顔の闇に2つ、青く小さな火が灯る。そうして向けられた視線に、俺は確かな敵意を感じた。
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