第273話 「遺跡攻略①」
砂場から這い出すように、魔法陣から次々と砂の人間が作り出されていく。白骨死体やミイラよりはましだけど、それでも気味が悪かった。砂場から数メートルぐらいは駆け上がって様子を見ていると、俺を案ずる仲間の声が届いてきた。
「おーい、リッツ! 大丈夫か?」
「ああ、だいじょう……」
言いかけたところで、言葉が止まってしまった。俺の足元に砂人間たちが集まり始め、一部はジャンプをしてくる。俺に届くほどの跳躍じゃないけど、ちゃんと反応してくることには少なからず恐怖を覚えた。
そんなジャンプもやがて落ち着き、連中は次のアクションに移った。1人の砂人間に、もう1人が飛びかかるように乗っかり、肩車の恰好になる。その肩車に、また別の砂人間が乗っていって……まるでトーテムポールみたいになっていった。
俺はドームの天井に沿うようにして後退しつつ、肩車の接合部に
そうやってできあがった超胴長の砂人間が、空に浮く俺を叩き落とさんと、倒れこむように襲い掛かってきた。
俺は倒れこみをかわし、鼻先かすめて倒れていくその頭を狙って
一応、俺の安全は確保できたものの、眼下ではまだまだ砂人間の生成が進んでいる。
そして、できあがった砂人間がスクラムを組んで、通路の方に向かっていった――いや、通路じゃない。仲間の何人かが、今や砂場に足をつけていて、砂の軍勢はそちらを狙っているのだと直感した。
「危なくなったら退けよ!」
「お前もな! 戻る時が一番危険だぞ!」
それはごもっともだった。仲間に合流しようとすれば、必然的に低い天井に合わせて、高度を下げていく必要がある。それを
砂場の軍勢を、ある程度根絶やしにした状態でないと、安全に合流できそうにない。そこで俺は、自分を狙う敵がいないか注意しつつ、脱出のチャンスをうかがうことにした。誤射の危険があって、加勢をするのは難しい。
固唾を飲んで見守る中、仲間たちと砂人間の第一波が衝突した。俺達生身の人間が剣を振るうのに対し、砂の方は殴りかかるような感じはない。俺の時もそうだったけど、体当たりしかできないのかもしれない。
しかし、徒党を組んで襲い掛かる砂人間たちは、まるで砂の大波のように仲間たちに襲い掛かる。その衝撃に、押し込まれてひるみ、壁に打ち付けられそうになる奴もいた。
砂人間たちは、斬っても斬ってもきりがなかった。半端に斬り裂いてもすぐに切り口が塞がれるようだったし、運よくコアを破壊したと思われるときも、すぐに後続がやってくる。
それに、慣れない砂地で白兵戦というのも、仲間たちのスタミナを奪っていくようだ。入れ替わり立ち代わりで前衛を構成するも、これでは消耗するだけでラチが明かない。
一度撤退し、策を練り直す必要があるだろう。俺は下に向かって「まだ戦いたい奴!」と叫んだ。その返答は「はよ戻れ!」だった。バカなこと聞いてんじゃないよという、突っ込みみたいな調子で。
そこで、俺は慎重にタイミングを計った。連中のジャンプでは届かない高度に下り、機を見て空歩を解いて――どうにか通路に逃げ込めた。
俺の退却を確認した仲間たちも、次々と通路に逃げ込んできた。そして、足元に注意しつつ坂道を登っていく。
追手は、来なかった。さっきまでの戦いが嘘みたいに、坂道の先の砂場は、しんと静まり返っている。
念のための点呼を済ませ、全員が無事であることを確認すると、ティナさんが俺達に微笑んで言った。
「皆さま、お疲れ様ですわ! 一度、上に戻って休憩といたしましょう」
歩くのに慎重だったり部屋の中をくまなく探したりで、気がつけば結構いい時間が経っていた。この調子だと、地上に戻るころには12時過ぎになっているだろう。
ここまでの探索の成果は、最下層を更新した程度。それも、ほとんどティナさんの手柄だ。バトル担当の俺達は単に追い返される格好になったわけで、これはいただけないものがある。さすがにカッコ悪いと思ったのか、調子のいい連中も復路では静かだった。上から見ていて、前衛としてよく動いてくれていたとは思うけど。
そうして、扉の調査に置いてきた職員を回収しつつ、行きよりもずっと静かに退却していった。
やがて地上の光が見えてくると、仲間の一人が「あ~、久しぶり」と言った。作業としては短時間なのだろうけど、慣れないせいか、外の光を俺もだいぶ久しぶりに感じた。今後は、もっと長く潜ることになるのだろうけど。
そうして暖かな陽光の下に帰ると、あたりの様相が少し変わっていた。遺跡の入り口付近には天幕がいくつも設営されている。ある天幕の下には建設資材らしき木材等が積まれ、別の天幕の下には炊き出しの準備が。
どうやら、俺達が潜っている間に、この遺跡を調査するための地上拠点を整えていたようだ。そんな地上部隊の中には、王都から一緒に来たギルド職員もいた。町の方々と協力して、ここまで準備してくれたわけだ。
さっそく、配給所に向かってスープと総菜パンをいただき、ギルド職員とも合流して、青空の下みんなで円座になって食事をとることに。すると、仲間の一人がティナさんに話しかけた。
「こうして足掛かりを用意するのって、町との移動の手間を省くためですか?」
「ええ、そうですわ。それに、盗掘対策で見張りも必要ですもの」
「はあ、なるほど。あの資材は、補強用ですか?」
「はい。今のところ問題は感じられませんでしたが、念のために技師の方が調査に潜っているところですわね」
町の産業に深く根差しているだけあって、遺跡の保全に対する念の入りようと段取りの良さには、俺たち全員で感心するばかりだった。
しかし、あの砂の軍勢をどうにかしないと、せっかくの備えも空振りになりかねない。仲間の1人がパンを口に突っ込んだまま「ほーふふほ」と言った。幸か不幸か、こういう行儀の悪い奴との付き合いのおかげで、奴が何を言っているかはみんなすぐわかったようだ。
すると別の奴が俺を指さしながら「教授がリーダーでいんじゃね?」と言った。それに異論の声は上がらない。それが逆に心配になった俺は、みんなに問いかけた。
「俺で大丈夫かな? 指揮とかあまりしたことないけど……」
「いや、いけるって、ヘーき」
「俺達の中では、頭使って戦う方だし」
「っていうか、あの大会で1点取ったから、私らより上でしょ?」
「そうそう」
砂のゴーレムとやりあった、あの大会の話を持ち出された。1点も取れなかった挑戦者が大半で、そういう意味では俺の方が上になるけど……。
アイリスさんの方にさりげなく視線をやると、彼女はニコっと笑顔を返した。その心中は察しかねたけど、やる気は出た。あの時の戦果を理由に、彼女を前に立てるのも恥ずかしいし。
そういうわけで、作戦の指揮権を任された俺は、最初にプロの意見をうかがうことにした。リムさんに、先程の砂人間たちについて尋ねる。
「先程の物は、ゴーレムの一種ですね」
「それにしては、ちょっと小さかったですけど、そういうのもあるんですか」
「はい。大きさや質ではなく、数や量を重視するタイプですね」
あの大会の時のとは、まるで正反対の相手ということだ。次に気になったのは、どのようにして魔法陣が展開されているか。リムさんは、「推測ですが」と前置きしてから、考えを話し出した。
「あの砂場のどこかに、魔法陣を展開し続ける魔道具が埋まっているのだと思います」
「あの部屋そのものに、そういう力があるということは?」
「その可能性も、ないわけではありませんが……」
彼女は少し考え込んだ後、自身の推測を淀みなく開陳した。
先の戦闘で、天井にマナが流れている形跡はなかった。だから、部屋そのものに仕込むとすれば、床ということになる。
しかし、床に仕込んだ魔道具がうまく機能するかどうか、砂がなければ検証できない。それで問題があればいったん砂をどけてから調整する必要がある。それはあまりにも手間だろう。
だから試運転や調整の利便性を考えると、もっと携帯性に富む魔道具で、ゴーレムの魔法陣を制御していると考えた方が妥当――とのことだ。魔道具に慣れ親しんだリムさんの意見には、工廠職員たちも賛同した。
そこで、リムさんたちの説を採用し、砂の中に魔道具が埋まっているという前提で話を進めていく。
その魔道具を引っ張り出せば、たぶん連中を無力化できるのだろう。そう考える理由はいくつかある。
まず、俺達が撤退した後に追ってこなかったこと。おそらく、魔道具としての効果範囲があるのだろう。
で、部屋のドーム構造も、効果範囲があるという仮説を補強しているように思われる。強度的な問題からそうしているのかもしれないけど、あのドームがすっぽり収まるか、砂場がぴったり入るぐらいの効果範囲がと考えるのが適当じゃないかと思う。
だから、ここまでの仮説が正しければ、砂に埋もれているであろう魔道具を掘り出して砂場から引き離すのが、俺達の勝利条件だ。
「しかし、掘ってる間は確実に邪魔されるよなぁ?」
「そりゃそうだ。でも、逆にこっちからも邪魔できないかな?」
仲間の疑問に対して俺が提案すると、仲間たちが身を乗り出してきた。それがぬか喜びにならないように、俺はリムさんに問いかける。
「あのとき、地面に追随するように魔法陣を記述できているようでしたけど、描いてる途中の地面を乱すことで邪魔できませんか?」
「それは……可能だと思います。手で書く時はそういうやり方で妨害できますし……埋もれた砂地の表面に魔法陣を作り続ける魔道具であれば、その表面を変動させ続けることで、何らかの妨害にはなると思います」
「ありがとうございます、では……」
俺はメモを取り出し、パンをほおばりながらこれまでの情報をまとめ始めた。そして、それらをもとに策を組み上げていく。
すると、ラウルがやってきて「どんな感じだ?」と言ってきた。他の連中も寄ってきて、俺の前で返事を待っている。そんな彼らにメモを手渡してやると……。
「うわ、ゴリ押し……」
「わかりやすくていいな!」
「うまくいくんか、コレ……」
様々な反応が帰ってくる中、メモを受け取ったラウルだけは、少し神妙な顔つきでそれを眺めていた。そんな彼に、俺は声をかける。
「どうかしたか?」
「いや……ちょっと昔のことを思い出してさ」
「……試験日?」
「ああ」
去年の秋、Dランク魔導師試験の日に、闘技場でゴーレムやらビットやらとやりあった時のことを思い出しているんだろう。あの時も、こうして膝を突き合わせて策を練っていた。
あの時のことを思い出し、今のと比較し、俺は彼に言った。
「今回のは……だいぶぬるいと思う」
「……まあな!」
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