第265話 「戦いが終わって」

 四方八方から拍手が鳴り響く中、俺はほんの少し早歩きになって、闘技場中央から退出した。

 その後、階段を上がって観客席に戻ると、みんな温かく迎えてくれた。悪友連中も、根は真面目で研究熱心だからか、屈託のない笑みで「面白かった」と称賛してくる。

しかし、連中は急に何かを思い出したような顔になった。それから、ハルトルージュ伯に話しかける。


「閣下、先ほどの総評をどうぞ!」

「わ、私が言うのか?」

「そりゃもう」


 アイリスさんのこともあるし、殿下のご尊顔を拝謁する機会もそこそこあるせいか、伯に対しても割と砕けたムードになっている。まあ、尋ねてる奴の胆力もあるだろうけど。

 こういう接し方をされて、伯は不快には思われなかったようだ。こういう雰囲気に慣れていないのか、コメントに困られているのか、若干の困惑は伝わってくる。

 それから少し経って、伯は静かに口を開かれた。


「私よりは、よほど知的に戦っていたと」


 そう伯が言いかけ、質問役は引きつった顔に、笑いを無理やり押し込めながら身もだえ始めた。周囲の連中が「おまえなー!」と笑いながらつつく。

 俺は、伯がどのように戦われたのかが気になった。ご本人は好んで打ち明けられないかもしれないけど、頭を下げて頼み込むと、伯は若干恥じらいながらも答えてくださった。

 どうも、伯は全力でゴーレムのもとに駆け寄り、マナをまとわせた剣でゴーレムを切り裂かれたとのことだ。もちろん、ゴーレムからの反撃はあったものの、カウンターがうまく入って砂に還る結果に。

 それで、王者はゴーレムを全力で逃がしてやって、結局ただの一騎打ちになったようだ。それも、バリアが効かない至近距離で、純粋な剣の打ち合いになったとのこと。

 ご自身の戦いぶりについて語られた後、「とてもカッコよかったです!」「ゴーレムかわいそうでしたね」といった感想が飛び交う。そんな言葉に、伯は頬を赤らめながらも、柔らかに笑われた。

 こうなってくると、アイリスさんの戦いぶりも気になる。尋ねてみると、彼女は苦笑いしながら両手を小さく振って「私のは、ちょっと……」と答えた。

 一方、周りの子たちは話したそうにウズウズしていた。アイリスさんも、彼女らを無理に止めるような感じではなかったので、聞いてみると……。


「最初、ゴーレムに近づいて行って……パンチを避けて、腕に触ってたかも? それで、何発か紫の矢を撃って」

「そっから先は?」

「ゴーレムが身動きするだけで、端からぼろぼろ崩れていって……最終的には、止まっても崩れて倒れちゃった」


 つまり、ゴーレムを内側から破壊したってところだろうか。

 そういう戦い方については、思い当たるものがある。ここで閣下がゴーレムと戦われた際、背に剣を突き刺された後、ご自身の血で以ってゴーレムの術式を破壊なされたとのことだった。もしかしたら、今回アイリスさんがやってみせたのも、その延長にあるのかもしれない。見た感じ、彼女は教えてくれそうにないけども。

 そうして少し話し込んでいると、場内に先輩のアナウンスが響き渡った。


『えー、ご来場の皆様、こちら本大会の運営本部でございます。現在、次なる挑戦者を募集しておりまして……自薦他薦問わず、どうぞよろしく!』


 半ば投げやり気味にアナウンスが切れた。

 後続の選手が途切れたようだ。そういえば、誰か後に続くように何か策を見せてやってくれと、メルから頼まれていた。ここで途切れると、約束を果たせなかったようで申し訳ない。

 すると、仲間の視線が何人かに集中していた。まだ参加してないのだろう。しきりに肘で小突かれている。

 俺はメルとの義理を果たすため、彼らに「なあ、試しにやってみようぜ~。負けても結構楽しいぞ~」と、話しかけた。尻込みしていた彼らは、最終的に「まぁ勉強だと思えば」ということで参戦の意を示してくれた。一応、これでお役御免だ。

 その後、孤児院の子たちのことが気になった。今から会いに行くのはこっ恥ずかしい気がするけど、だからって会わずに済ませるのもなんか違うだろう。

 少し用があると言って離席しようとすると、その用を尋ねられた。隠すこともないかと思い正直に告げると、仲間たちは様々な反応を返してくる。呆れ気味に笑って「手広くやってんな~」と言われたり、女の子たちは興味を示したり。無理にこの場に止めようという声はなかったので、俺はその場を離れた。

 そうして向かったのは、闘技場入り口の受付の方だ。みんなと別れた際、メルが用意してくれた席に受付の方が案内していた。だから、聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 俺がその受付の方を見つけ声をかけると、彼女は「お疲れ様でした」と穏やかな微笑みでねぎらってくれた。さすがに戦いを見てたってわけではないだろうけど、結果は知っているみたいだ。彼女に用件を申し伝えると、他の係の方に声をかけた後、快く俺を案内してくれた。


 案内のおかげで、無事みんながいるところに到着すると、声を合わせて「先生、お疲れ様でした!」と言ってくれた。たぶん、みんなでこう言おうってあらかじめ決めておいたんだろう。院長先生も声を合わせて迎えてくれた。

 しかし、周囲の視線がふと気になった。見回してみると、俺の方を向いてささやかに拍手をする方がいたり、優しい目つきで暖かく見守る方もいたり。それがかなり照れくさくて、俺は滑り込むように席についた。

 そうして席についたものの、話題には困った。同業者相手だったらいくらでも話す内容はあるんだけど。そもそも、見ていて面白かったんだろうか? 俺が負けたってのはわかっただろうけど、それ以外のことはどうなんだろう?

 そんな感じで、話す内容に困って、とりあえず曖昧な笑顔を保っていると、少し生意気な年長の子がニッコリ笑って話しかけてきた。


「まぁまぁ、カッコよかったよ?」

「そりゃよかった……ちなみに、どのへん?」

「そういう事聞く?」


 呆れたように笑って、彼女は他の子にバトンを渡した。次は同じ年長の男の子だ。


「先生には悪いですけど……勝ち負け抜きにしても、相手の方の方が強いんですよね?」

「まあね」

「それでも、諦めずに勝ちに行っていたのは、とてもカッコよかったです」


 こども達の中でも一番落ち着いている彼が、目をキラキラ輝かせながら言った。

 思い返せば……戦ってた時、何をどう感じてたかなんて正確には思い出せない。でもあのときは確かに、勝ちに行っていたと、そう思う。やる前は負けてもいいなんて考えてたのに。

 でも、そうやってガムシャラに挑んで正解だったと思う。というかまぁ、場のノリに流されやすい部分が出ただけかもしれないけど。


 それで、俺の戦いが終わったことだし、もう帰るのかと思っていたけど、どうやらまだまだ観戦するようだ。こういうのに興味がある子がいれば、王都を守ってくれてる人達を応援したいっていう大人びた子も。

 俺は、どうしようか。ここで一緒に観戦して、ちょっとエリーさんの解説を噛み砕いて話すのもいいかな、なんて思った。

 ただ、仕事仲間にはちょっと離席するとしか言ってない。いっぺん断りに行って……孤児院やこども達に興味がある子を、ついでにつれてくるのもいいか。

 考えがまとまった俺は、院長先生に伝えた。すると、彼女は嬉しそうに笑って承諾した。


「みんな、リッツ先生の仕事仲間にも興味があったところです」

「……連れてくる子はともかく、結構教育に悪いのもいますよ?」

「そういうことを知るのも教育ですよ?」


 こういうことでは院長先生にかなわない。思わず納得して二の句を継げなくなった俺は、「リッツ先生の負け~」という声を背にその場を発った。


――で、結局なんだかその場のノリで、仕事仲間みんなが着いてくることになった。全員連れて戻ると、こども達は唖然としたり笑ってはしゃいだり。院長先生は、俺と目が合うと声を抑えて笑い出した。

 さすがに、寄せて座るにしても席が狭いだろう。しかし、仕事仲間の女の子が笑いながら「膝に座ってね!」と言い出し、あっという間にペアができていって、どうにかなった。

 それで……みんな着いてきたわけで、その中にはアイリスさんはもちろんのこと、ハルトルージュ伯もおられる。もちろん身分は隠されているけど、若干たじろいでいらっしゃる。

 そんな伯にこどもを押し付けて膝枕させようという不届き者が。しかし、伯は目くじらを立てずにそれを受け入れられた。それで……とてもくつろがれているようで、それは何よりだった。


 それからの観戦は、一言で言えば混沌としていた。見込みの有りそうな子を捕まえて、観戦しつつ講義を始める兵法家みたいな奴がいれば、試合そっちのけで談笑する子も。

 それで俺はというと、こども達にせがまれて普段の仕事の話をしてばっかりだった。そうして俺が話していると、ちょくちょく仲間たちの茶々が入る。でも、聞いてるみんなは楽しそうだったし、仕事仲間達にもいい経験だったようだ。これからちょくちょく孤児院に顔を出してみるとのことで、俺も院長先生もアイリスさんも、そのことを喜んだ。



 闘技場での初大会が終わった、その夜。王都北区の貴賓館にて。

 他の部屋よりも広い一室で、身なりの良い人間が何人か談笑していた。その中の1人、褐色の肌につややかな黒髪の少年が、フラウゼ王国王太子アルトリードに親しそうに話しかける。


「アルトも見に来ればよかったのに。きっと面白かったと思うよ?」

「私が行くと、変に大事になってしまうだろ?」


 王太子は呆れたように笑ってから、テーブルに置いた書類を指さし、「私はこれで十分」と続ける。

 その書類には、闘技場で行われた試合の展開について、簡潔ながら要点を抑えて記述してある。専門家というか、現場向けの略語が多いのはご愛嬌といったところか。それでも、解説者が大会終了後に急いで仕立ててくれたことを考えれば、非のつけようもない。

 その書類に記された戦いは、計32試合に上る。うち28試合において一日王者は勝利を収めている。王太子は、目の前にいるその王者に、ささやかな感謝を述べた。


「皆、良い勉強になったと思う。ありがとう、ナッシュ」

「ま、僕もすごく楽しかったからね! またやりたいな」


 満面の笑みで、少年は答えた。

 ナッシュと呼ばれた少年の本名は、ナーシアス・エル・ラジュナで――アル・シャーディーン王国の王位継承者である。

 今回の大会は、彼の提案によるものであった。下手をすれば国交に響きかねない、そういう懸案は当然あった。しかし、かの国では魔獣の代用にゴーレムを用いた練兵を行っており、相手にけがをさせないよう操縦する技術の研鑽には余念がない。

 そのため、安全を理由に申し出を退ければ、それは相手の技量への侮辱にもなりかねない。そういった板挟みにあって、王国宰相は関係者を集めたうえで決を下したわけだ。

 屈託のない笑みを浮かべ、早くも次の大会を望む他国の王太子に、同席する宰相は若干ひきつった苦笑いになる。そんな重臣の顔を見て、アルトは少し呆れたような笑みをナッシュに向けた。


「一回で十分だよ。何かしら得るものはあったはずだ」

「だといいけど」


 ナッシュはシリアスな表情になって言った。そして、「うまく発掘してほしいからね」と続ける。

 今回の大会でゴーレムを用いたのは、現在の王国議会で議題に上がっている発掘のためだ。ゴーレムに守られているため、手付かずになっている遺跡が数多くある。そういった遺跡を攻略するための予行演習に、というわけだ。

 ただし、実際には経験を積むというより、士気高揚の側面が強い。一言でゴーレムといっても、その性質は千差万別で、遭ってみなければ攻略法を見出せないということは多い。

 しかし、ゴーレム自体が初見で相対するよりは、目撃経験がある方が心情的には対応しやすいのは確かだ。同郷の士が、そのゴーレムを打倒していたり、うまくいなして攻略していたりしたのなら、なおさらだ。


 そういった考えがあっての大会であるが、いくら友好国とはいえ、他国の発掘作業の一助にならんと、一国の王子が骨を折るというのは常軌を逸している。

 しかしアルトには、友がその決断に至った理由が、なんとなく理解できた。彼は、つい先日流し読みした、発掘報告書の内容を思い出し、友に尋ねる。


「やっぱり、気になるのか?」

「……当然だよ。代々受け継いできた、神器と同じものが出てきたんだから」


 ナッシュはわずかに陰のある顔で静かに言ってから、長い溜息をついた。報告書において、そのくだりを読んだ時の衝撃が、アルトの胸中に蘇る。

 彼は、その神器の現物を見たわけではない。しかし、虚報ではないだろう。国を代表する発掘家の手になる仕事を、彼は疑わなかった。目の前にいる友の様子も、本当に同じ神器が見つかってしまったことを裏付けている。

 すると、アルトの思考の奥底から言い知れない不安が静かに湧き上がってきた。闇の向こうにある未知の歴史が、明るみになっている既知の歴史を打ち崩すかもしれない。もしかしたら、王族の出自にも関わるような事態になる可能性すらある。

 しかし、急に立ち現れた歴史の闇の向こうを、ナッシュは知りたがっている。その気持ちは、アルトにとってもよく分かるものだった。今を流れる自分の血が、畏怖と激情を以って時を遡ろうとする。


「血の源泉か」

「……うん。僕や家や世の中が、どうして今の形になってるのか、知りたいんだ。だから、何か見つかったら教えてほしい」

「それが、わざわざ来てくれた理由か」

「……ダメかな~?」


 急に表情を崩してくる友に、アルトは優しげな笑みを返した。それから、宰相に向き直って話しかける。


「毎回、宰相には迷惑をかけるね。今回も大仕事になりそうだ」

「いえ、そのようなことは。私としても、過去を知ることは欠くべからざる事業と認識しておりますので」

「でも、趣味でもあるんだろう?」


 王太子があけすけに指摘すると、宰相に部屋中の視線が集中する。そんな中、彼はただ微妙な笑顔を返すことしかできなかった。

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