第266話 「参加賞?」
闘技場での大会の翌日、10時。俺はメルに呼ばれて闘技場へ向かった。
そうして向かった闘技場には、知った顔がすでに大勢集まっていた。
集まった仲間たちと昨日の大会について話し、盛り上がっていると、メルがやってきた。彼の傍らには魔法庁職員が3人ついてきている。いずれも顔なじみだ。
俺達と合流すると、彼はまず先日の大会への参加について礼を述べた。
「昨日はありがとうございました! みなさんの協力で、とても盛り上がりました!」
「そう言って礼をするってことは、メルも運営者側だったのか?」
「ギルドが動いてましたからね。僕は宣伝と参戦者調達で動いてました」
つまり、昨日の大会を人知れず支えていたわけだ。そういう自身の働きについて、細かく言及することなく、彼は次の話題を始める。
「昨日、タダ働きみたいになってしまった選手の方に、今日はお詫びとして面白い魔法をご紹介しようかと」
「面白い魔法?」
すると、誰とはなしに魔法庁の職員へ視線が集まり始め、職員たちは困ったような苦笑いを浮かべた。「許可は出てますよ」とメルは言ったけど、それから表情を引き締めて、彼は続けた。
「面白い魔法なんですけど、少し危ないんです。なので、ちょっと気を付けてください。念のため、青い
互いに顔を見合わせつつ、俺達は言われた通りに光盾を作る。すると彼は闘技場の壁に向き直り、腕を前方にピシっと伸ばした。そして、何かを確かめながら体の向きを整え、彼は魔法陣を書き始める。
それに合わせて、俺は
それで、彼が書いているのは、殻の大きさや模様からしてDランクの魔法だとわかった。使っている型は、単発型と黄色の染色型と、見たことがない奴。その初めての型が、少し異様だった。
魔法陣の構成は、まず外に外殻があって、これが魔法陣を安定させている。その殻のすぐ内側に、文を刻む個所があり、文の内側にある大小の同心円に型を刻んでいく。しかし、メルが描いた初めての型は、円の外縁のすぐ内側から描かれていた。
つまり、殻も文のスペースも覆っていて、このままだと文が重なる格好になる。その、文と重なる特徴で、俺は複製術を思い出した。あれも、コピー元の文のスペースをまたぐように記述する。その共通点が、なんとなく心に引っかかった。
そして、メルは文の記述に入った。やはり、先に描いた未知の型に重なるように書いていく。肝心の文の内容は、念のため半分程度まで待ってみたけど、ただの
すると、あっという間に残りの部分が書き終わり、黄色い矢が放たれた。その矢はまっすぐ闘技場の壁へ向かっていき――直撃すると思った瞬間、着弾点が円形に少し輝いた。そして、俺の目が確かなら、黄色い矢がこちらに向かってくる。
そうして俺が矢に気を取られていた間、メルは盾を作っていたようだ。彼は、こちらに向かってくる矢の前に躍り出て、盾を構えて相殺した。青と黄色のマナの粒子が飛散する。
そんな一部始終のあと、一瞬静まり返った。それから、まばらな拍手をしたり、唖然と立ち尽くしたり、各々が反応する。そんな中、俺は彼に尋ねた。
「跳ね返ったように見えるけど、そういう魔法?」
「はい」
「文は魔法の矢に見えたけど、何か名前は?」
「この型と魔法の矢の組み合わせで、
彼は魔法の出所について明言はしない。ただ、そのロぶりから、何か文献とか古文書から仕入れたのだろうと推測はできた。
俺に続いて、今度はウィンが問いかける。
「
「いえ、確認できたのは矢だけです。他の……
まぁ、それは当然だろう。跳ね返ってくる挙動次第では、術者が死にかねない。普通の矢だって、あたりどころが悪ければ危険だ。
次に質問したのはハリーだ。
「盾では、反射できないのか」
「そうなんですよ! どうも、跳ね返るのとそうでないのがあるみたいで」
彼の"調査”によれば、光盾や
「まだわかってないことも多いですけどね」
「……俺らに手伝ってもらって、調べようってことか?」
ちょっと苦笑いしている仲間の問いに、メルは笑って返す。
「そういう考えがないわけじゃないですけど……みなさん、こういうの興味あるかなって」
「それはそうだな」
ウィンはそう答えて、闘技場の壁の方へ歩いていった。着弾点でも確認しようというつもりなのだろうか。
やがて壁のところにたどり着くと、彼は青い泡膜を作り、大声で言った。
「もう一度、同じ場所に頼む!」
「わかりました!」
返答するメルの声は、かなり嬉しそうだった。普段は冷静沈着にしているウィンが、こうして積極的に動いてくれたからだろう。そういう気持ちはわかる。
メルはまた黄色い矢を放ち、それはウィンが待ち構えるすぐそばの壁に着弾し、先ほど同様に帰ってくる。戻ってきた矢は、やはりメルが盾で安全に始末した。
その後、ウィンがこちらに向かって歩いてくる。そして、みんなの注目が集まる中、彼は口を開いた。
「跳ね返る時、音がしなかった」
「そうなんですよ」
言われてみれば、衝突音が全くなかった。テニスの壁打ちとは、わけが違うようだ。ウィンは続ける。
「こういう魔法の存在を知っていない相手なら、反射で奇襲できそうだが、どう思う?」
「うーん……」
メルは、腕を組んで考え込んだ。使えるシチュエーションを想像しているようだけど、中々思いつかないようだ。
「ああいう、壁があればいいんですけど、魔法の撃ち合いって基本野戦ですからね」
「それはそうなんだが……仲間に跳ね返してもらうというのは?」
ウィンの提言で俺が思い浮かべたのは、羽根突きだ。もっとも、軌道は直線ですごく剣呑なものになるけど。メルも、ほんの少し遅れて、ウィンの提案を理解したようだ。ただ、困ったような微妙な笑顔で彼は言った。
「イメージはできましたけど、ちょっと難しいかもですね」
「実際に、やってみようか?」
俺が聞くと、みんなの視線がこっちに向いた。それが急だったので少したじろいだけど、気を取り直して俺は話を続ける。
「ここの修繕で使ってた板材を借りて、互いに跳ね返し合えるか試してみるのは?」
「そういうことをできるかどうか、試してみる価値はありそうですね」
「それと、もしできるなら、魔法陣を小さく縮めて書いてもらえると安全だと思う」
「わかりました、やってみましよう!」
メルがかなりやる気を見せて返答し、それに合わせるように仲間の何人かが駆け出した。たぶん、板を借りに行っているんだろう。ほどなくして、彼らは予想通り大小さまざまな板を借りて戻ってきた。この板を持って反射しあう前に、まずは本当にこの板で反射できるかどうか試さないと。
そこでメルに試射してもらったところ、無事板で矢が跳ね返った。あとは手で持ってやってみるだけだ。
問題は誰がその役をやるんだということだけど、みんな俺がやるつもりでいたらしい。仲間の一人が割と真顔でロを開く。
「こういう、わけのわからん魔法とか、お前が一番強そうだし」
「わけのわからんって……」
「あー、言葉のあやって奴だ!」
他のみんなも、大体似たような思いのようだ。まあ、言い出しっぺだからやってみろよってのもあるだろう。
そういうわけで、メルと俺が板で跳ね返し合うことになった。30センチ四方程度の大きさでペラペラな、間違っても盾とは言えない木板を手にして配置に着く。
後はメルに撃ってもらうだけ……なんだけど、気がつけば、俺達が何をやっているのか気になったようで、ギャラリーが増えていた。邪険にして追い返すようなことは誰もしないけど、中には光盾を覚えてない後輩とかいるかもしれない。そこで、光盾を使える人員を散らして、もしもに備えてもらうことにした。
そうして準備が整うと、メルは例の魔法を放った。それに対し、俺は木板を構えつつ異刻で時の流れを緩やかにしていく。こうして矢の動きを遅らせ、正確に打ち返そうというわけだ。
遅くなった時の中、普段よりも緩やかなスピードで矢が迫り、そして着弾した。手元で黄色い閃光がほとばしる。しかし、当たった衝撃も音もなく、ただ光だけが衝突を伝えた。とても奇妙な感覚だった。体と心が知っている、衝突という概念を覆されるような感じがする。あるいは、いつも攻撃に使われる矢が、このときだけは鏡に当たる光になったような、奇妙な感覚が俺を戸惑わせる。
そんな不可思議な感覚を味わったものの、反射の方は無事成功した。ギャラリーの方にそれることなく、正対したメルの方へ向かっていく。その矢をメルが跳ね返し、また矢がこちらに向かってきた。
――インパクトの瞬間どんな感じになっているのかを、もう少しハッキリ確認したい。そう考えた俺は、慎重に異刻の効力を調整していく。少しふらつく感じを覚え、異刻の時計盤を少し戻して矢に集中し直す。
そして、その時を迎えた。木板にぶつかった黄色い矢は、最初は流線型の鞘状だった。それが、衝突の瞬間に光を放ち、板の表面に沿って潰れ、広がっていく。その広がった黄色いマナは、かなり浅い皿状になってから急に動きを反転させ、また中央に戻ってから流線型の矢になって板から飛び立っていった。異刻に慣れればもっと詳細に観察できたのかもしれないけど、これが俺の限界だ。
そうやって何回か矢のラリーをした。それで、頃合いを見計らって木板の前に光盾を展開し、やってきた矢を相殺する。観客からはささやかな拍手が聞こえた。
こうやって反射し合ってみようと言い出したのは俺だけど、元の提言はウィンのものだった。俺とメルは彼の近くへ歩いていって、意見を求める。
「ああやって反射させて当てに行くのもいいとは思うんだが……」
「何かあります?」
「跳ね返せる素材で装備を作れたら、敵の包囲時に誤射の恐れをかなり軽減できるとも思う」
「ああ、なるほど」
「それに、跳ね返せると相手に知れたら、それはそれでプレッシャーになるしな。だから、無駄撃ちが存在しなくなるんじゃないか?」
彼の指摘に、戦闘面での意識が高い仲間連中は、いたく感心したように唸った。
確かに、頑張って当てに行くよりは、敵を囲った時に気軽に撃てるようになるメリットの方が大きいかもしれない。跳ね返した時の狙いがメチャクチャでも、それを跳ね返し続けて乱反射させれば、平常心を奪えるかもしれないし。そういう技術やフォーメーションの研究に取り組むのも、ありかもしれない。
ただ、魔法庁的に、この魔法がアリなのかどうかは気にかかるところだ。今回こうして公表するのは大丈夫だったようだけど。
そこでメルが職員に尋ねてみたところ、意外にもすんなり回答をもらえた。
「フラウゼ魔法庁でも把握していない魔法ですので、危険かどうかの評価をしようにも、検証が足りていない状況です」
「……で、こうやって公開する許可をくれたってことは、だ」
「またギルドと魔法庁で、協力する形になるかと。正式な通達こそ出ていませんが、関係者への先行公開は承認されています」
「……なんかさ、染まってきてない?」
若干、熱を持って話す職員の話にツッコミが入る。すると、それまで話していた職員は、語っていた時の熱が顔に集中したように赤くなった。他の静かにしていた職員も同様だ。
それから、仲間たちは職員たちと俺を交互に見回し、ニヤニヤし始めた。まぁ、いいけどさ。
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