第252話 「ほうきの初ミッション②」

「あの」

「はいっ」


 呼びかけられると、身構えている時の体の力が変に働いて、びくっとしてしまった。シエラは一瞬だけ真顔になった後、口元に曲げた手を当てて笑った。その後、彼女は「ごめん」と言って、話を切り出してくる。

「ちょっと聞きたいことがあって……嫌ならいいんだけど」

「……どーぞ」


 いかにも思わせぶりな言い方に、心がかき乱される。本当に、仕事の話なんだろうか。やがて、彼女は少し暗い表情になって、尋ねてきた。

「今まで、色々とアイデアを出してくれたけど……」

「えっ、ああ、まぁ……」


 やっぱり仕事の話だった。変に緊張していたのがバカみたいだけど、一方で安心している自分を感じた。そんな俺の、とっさに出た生返事をいぶかしみながらも、彼女は言葉を続ける。


「その……ああいうアイデアとか考えって、過去に経験とか、事前知識とか、あるのかなって……」

「それってつまり……」


 彼女は口をつぐんだまま答えない。そんな彼女の代わりに、俺は自分で言葉を続けた。


「俺が前にいた世界で、そういう"飛ぶ"技術とかがあったんじゃないかってこと?」

「……ごめん」


 彼女はうつむき、海に視線をやりながら言った。

 彼女がものすごく遠慮しているのはよくわかるし、前にもアイリスさんが似たような感じだった。やっぱり気を遣う話なんだろう。当然か。

 前の世界のことを語るのに、抵抗感が全くないわけじゃない。というのも、生まれた世界の技術や社会を話そうにも、結局は素人の知識でしかないからで、あまり真に受けられても……つてわけだ。

 でも、シエラなら必要な情報は取捨選択してくれるんじゃないかと思う。そう判断して、俺は話しかけた。


「別に前の世界で、そういう分野に詳しかったわけじゃないし、話すことが正確かどうかもわからないけど」

「……それでも、大丈夫。聞かせてくれるなら嬉しい」


 そういうわけで、前の世界での飛行に関し、俺は知ってる限りの知識について話し始めた。

 まず、人が空を飛ぶことは鳥を模倣するところから始まった。んで、結局全然ダメだったんで、グライダーを作ったり原動機をくっつけたり、あるいは空気より軽い気体を集めて宙に浮くようにしたり……。

 半可通が語る技術史だったけど、最初は少し暗い感じのあったシエラの顔に、だんだんと気が満ちてくるのが嬉しかった。特に彼女の興味を引いたのが、飛行機についてだ。


「鉄の塊が、空を飛ぶの!?」

「いや……鉄の塊ってのは言いすぎたかも」


 実際には、鉄じゃなくて軽くて強靭な素材をふんだんに使ってるはずだ。それに塊って程みっちみちじゃない。特に旅客機なんか、中はスカスカで殻だけって言ってもいいレベルだろう。

 しかし、密度はさておいても、巨大な金属物なのは間違いない。それが空を飛ぶってのは、科学的な裏付けがあるにしても、直感に反する出来事ではあると思う。

 そして彼女は、旅客機と言うもののスケールにも驚いた。


「何人ぐらい乗せてあげられるの?」

「でっかい奴で……確か500前後かな。ごめん、自信ないけど」

「……すごい」


 まぁ、実際にこっちの世界の基準で考えると、とんでもない話だ。魔法を使えない客を数百人、空で輸送しようとなると、どういう手立てを使えばいいのか見当もつかない。大量輸送に関しては前世の旅客機に、きっとかなわないだろう。

 でも、個人での飛行なら話は別だ。


「ほうきさえあれば、自分のカで飛べるっていうのは、すごく偉大だと思う」

「そうなの?聞いてる感じ、そうでもなさそうだけど」

「自分の力で、自分の体重を宙に浮かすなんて、前世じゃ考えられないんだよ」


 鳥人間コンテストは、人力の限界へのチャレンジだと思うんだけと、どんなチャレンジャーだって最終的には失速して着水する。重力に勝ち続けるのは、不可能だろう。それに比べると、ほうきの簡便さにはびっくりする。

 ただ、ここまで色々話したものの、技術体系が違いすぎるから、前世の技術をこっちに応用するのは難しいと思う。ほうきに翼をつけて揚力を得ようにも、今までの飛ぶ感覚とは違いが出すきるかもしれない。


「ほうきは魔道具だから、魔道具としての工夫を追求するのがいいんじゃないかな……素人考えだけど」

「……うん。まあ、玄人にまかせて」


 ほうきの第一人者は、そう言って自信ありげに微笑んた。

 しかし、話はそこで終わらなかった。というか、技術面よりも聞きたかったのが法制度のようだ。

 ぶっちゃけると、こっちは全然わからない。せいぜい、ドローンが生まれて、色々と問題が起こったぐらいだ。旅客機の離発着が遅れたり、飛行禁止区域が設定されたり。


「ドローンって?」

「えっと……説明が難しいな。空飛ぶ人形みたいなもので、そいつが見聞きする感覚を、即時に自分が共有できるみたいな」

「……なにそれ。すごく便利じゃない?」

「まぁ、実際便利なんだろうけど、好き勝手に使うと問題もあるわけで」


 その辺の事情は、こっちのほうきの件にも重なる問題だ。

 似ているのは、技術が先行して、ルールの制定が後に続くってことだと思う。つまり、できるようになって、やってみて、それで初めて、どうするべきかを決めるようになる。

これは航空機にも言える。何か重大な事故が起きて、原因を究明して、それで重要な取り決めが生まれたりする。CATVでそんな番組をよく見た。マニュアルは血で書かれているとか何とか。


「……だから、事前の努力だけですべての事故を防ぐのは、難しいと思う」

「うん、わかってる。それでも、できる限りのことをやっておきたくて」


 彼女は、完璧主義者というよりは、責任感がすごく強いんだろう。だから、自分から始まった取り組みに対し、事が起こる前に安全な道筋を見つけ出そうとしている。そういうところが、みんなの支持や敬意を勝ち取っているわけでもある。

 そうして話し込んでいると、波の音に交じって腹の虫が鳴った。横で彼女が笑う。


「笑うことはないだろ~? せっかくたくさん話してあげたってのにさ」

「うん、そうだね。ごめん」


 最初は笑って謝った彼女だけど、みるみるうちに表情が曇っていって、「ごめん」とまた言った。今度は、だいぶ気落ちした声で。そんな彼女に、俺は話しかける。


「あまり、気にしてないから」

「でも」

「そりゃ、無遠慮に色々つつかれると腹立つけどさ。そうやって気を遣ってくれるなら、まぁいいか……って」


 そういったものの、彼女は未だに海に視線を落としたままだ。表情は少し持ち直したようだけど、かなり神妙な感じではある。


「ほら、ごはん食べて元気だしなって」

「うん」

「今日、大切な日だろ?」

「うん……ありがとう」


 どうにか気分が戻ったように見える彼女は、微笑んで答えた。たぶん、もう大丈夫だろう。彼女のためにも、みんなのためにも、今日一日は明るく前向きでいてほしい。

 それから、俺達は包み紙を解いて昼食のパンをいただいた。全体的に、磯臭かった。



 昼休憩が終わってから、俺達はまた出発した。海岸沿いの街道を進んでいく。左方に広がる海原は、陽の光を受けてキラキラしていて、心が洗われるようだった。

 運び手はサニーから変わって、こちらも別段問題はなさそうだ。もともと、手紙より重いものを運ぶ訓練をやっているので、できて当然ではある。だから、今回のは試験飛行というよりも、これから空輸でつなげていく町々やそこの住民、商人に対するデモンストレーションの意味合いが強い。

 目的の港町まで、昼食の後も2回ほど道中の町で休憩を取った。いずれの時も、昼休憩みたいに住民の方々が押し寄せて興味ありげにしていた。ほうきで人が飛ぶなんて、初めて見る光景だろうから当然だと思う。

 そうやって囲まれるたび、色々質問攻めにあったものだけど、こういうところできちんと対応して、近隣の支持を取り付けるのも重要な仕事だ。そういう自認があったのか、この取り組みの裏方組は、いつもよりもさらに精力的に見えた。



 そうして街道を進んでいって、空が暮れかかろうかという頃に、目的の港町が見え始めた。遠目に見ても、これまで通りかかった町より大きいのがわかる。

 もっと近づいていくと、俺達の到着を待つ人々の姿が見えてくる。


「みんな暇なんかな?」

「そうは言うが、お前だって逆の立場なら見に行くだろが」

「たりめーよ。たぶん、一番前だな!」


 観衆を前に、若干の照れくささを感じながらも、みんなで笑ってそんな話をした。自分たちの取り組みに、こうして興味を持ってもらえて、好意的に受け止めてもらえるのは、とても嬉しいものだ。


 町の入口に着く頃には、町に立ち並ぶ建物の白璧が、陽の茜と陰の黒でツートンカラーになっていた。

 目的地についたわけだけど、今回の空輸に同行した商人の方々は、まだ動かない。それぞれの仕事があるだろうけど、この旅程の締めを一緒にという考えのようだ。

 そうして一同、静かに待っていると、港町の役人の方がやってきた。こちらの郵便物を受け持たれている方だろう。彼が人混みから前に進み出るのに合わせ、こちらからはシエラがみんなの前に立つ。もちろん、郵便物満載のバックパックを手にして。

 そして、彼女は「お届け物です」と言って、彼に荷物を差し出した。それを役人さんが「お疲れさまです」と言って受け取り……拍手喝采があたりに鳴り響く。

 そんな儀式の後は、恒例になった住民の方々への説明だ。しかし、もう日が暮れているからということで早めに切り上げ、明日の出発前に広場を借りて続きをということになった。見た感じ、かなり参加者が多そうではある。

 そうして人の波も引いていって、商人の方々もそれぞれの仕事を始め、町の入口には俺達ほうきのプロジェクトメンバーだけが残った。

 これから夕食とって宿に泊まるわけだけど、その前にやることがある。「えっ、ちょっと……?」と狼狽するシエラをみんなが取り囲み、声をかけつつもみくちゃにしていく。そして、胴上げだ。小柄な彼女の体が夕焼けの空に舞う。


「ちょっと、まだ終わってないから! 帰りもあるんだって!」

「じゃあ、王都に戻ってからもやろうぜ!」

「それは恥ずかしいからダメー!」


 そう言って言葉では抵抗して見せているものの、照れくさいのと同時に嬉しそうでもあり……そんな彼女を見て、温かな達成感や満足感を覚えた。きっと、この場のみんなが同じ気持ちだろう。

 この取り組みに参加できて、本当に良かったと思う。

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