第253話 「バトルしようぜ!①」

 5月19日、18時。

 見慣れた闘技場に、今日は初めて見る装置が取り付けられていた。観客席最前列の前の壁に、白光を放つ大きなオーブが計12個、闘技場中央を取り囲むように並んでいる。

 その装置について、工廠の修繕――というか、実際には改良――作業責任者の職員が説明を始める。


「アレにマナをためておいて、アレから例の指輪の防御膜にマナを送るって寸法です」

「……で、それが尽きたら負けってことだ」


 責任者さんの発言を継いで、ウェイン先輩が話す。話を聞く俺達の中から、「へえ~」と感嘆の声が漏れた。

 今この場にいるのは、闘技場に関わる工廠職員と、反魔法アンチスペルに関わる人員一同だ。

 今までの流れで、反魔法関係者が闘技場の修繕・改良に協力する形になっている。俺達の訓練に、工廠が協力してくれているから、持ちつ持たれつだ。

 それに、闘技場に手を加えていく一連の流れの最終目標は、また闘技場で安全に管理された試合を実施していくことだ。そのテスターとして、対人戦について研究熱心な反魔法訓練生が関わるのは、自然な成り行きだと言える。


 バリアへのマナ供給器は全部で12個。これを対戦する二人で折半して6個ずつ。で、オーブのマナがなくなったら負け。

つまり、最後のオーブからバリアへマナが供給された時点で、勝敗が決することになる。


「バリアがなくなるまでは、やらないんスね」

「万一ってことがあるからな」


 安全のため、最後までやらなせないわけだ。なので、5点先取で勝ちとなる。


「ためてるマナって、白色ですか?」

「ああ、生まれつきの色で有利不利が出にくいように、白に染めている。だから、白に染めた攻撃を使えば反則負けだな」


 実際には、負けの上に出禁とか追放とか、そういう処分が下るだろう。せっかく安全に、競技性のある試合をやろうってのに、その取り組みを否定する行為になるんだから。


火砲カノンはもちろん禁止ですよね?」

「おっと、それついては説明します」


 先輩の代わりに、工廠の職員が一歩前に進み出た。そして、彼は空に向けて魔法の記述を始める。描いている型と、さっきまでの話の流れで、火砲を描いているところだというのがわかる。宙に向けているとはいえ、危険な魔法の記述ということで、みんな固陲を飲んで彼を見守っている。

 そして彼が文の記述に入ると、文字が刻まれていくにつれて、かすかに文字がにじむというか、ノイズのようなものが混じっていくように見えた。そのノイズが全体に侵食し、最終的には魔法陣の体を成す前に器が崩壊して、マナが飛散していく。

 あたりが少しどよめき、ざわめく中、彼はふんぞり返り気味に構えて言った。


「特定の魔法の文章に干渉する機構を発見し、改良を加えました。現在は魔力の火砲マナカノン騎槍の矢ボルトランスを封印しています」


 それなりの普及度があって、かつ死傷者が出るレベルの魔法を禁止しているということだ。

 たぶん、魔法に干渉して記述を邪魔するっていうのは、城壁内部にある防御機構に近い働きをしているんだろう。まぁ、そっちは話に聞いた程度で詳細は知らないんだけど。闘技場の防御機構に関しても、詳細の説明は省かれた。機密度は相当高いのだと思う。


 こうして魔法を撃ち合う分には、だいぶ安全性が担保されたわけだ。しかし、実戦に即した試合を行うには、まだ足りないものもある。接近戦だ。接近戦に関しても相応に工夫した準備がなければ、途端に血なまぐさいものになってしまうだろう。

 幸いにして、そういう接近戦についても、どうにか安全に行うための装備がある。先輩は、その場の全員に見えるように、手にした剣を高く掲げた。

 実際には、それは訓練用の剣もどきだ。形は剣そのものだけど、刃の部分が黒い布で覆われている。これの考案には俺も一枚かんでいて、安全にチャンバラするための工夫がある。

 布の中には、芯になる鉄材が入っていて、これが普通の剣同様の振り心地に近づけている。その心材の周囲には、軽くて丈夫な木材を組み合わせ、剣の形になるような骨組みになっている。その骨組みの上にかぶせる形で、黒い布が貼ってあるわけだ。

 それで、骨組みの中には赤い粉――赤いチョークの粉のようなもの――がみっちり入っている。

 では、この剣で叩かれるとどうなるか。先輩は剣を振り上げ、地面に置いてあるヘッドギアに狙いを定めた。そのヘットギアは後頭部も守れるようになっていて、表面は白い布で覆われている。

 そして、先輩は剣を振り下ろした。剣の骨組みとヘッドギア表面の布が衝撃を吸収し、バスンという鈍く、くぐもった音がした。

 そんな音に対して、見た目はずっと雄弁だ。粗目の布の隙間から染み出た赤い粉が、ヘッドギアの頭頂部から前頭部にかけて、くっきりと赤いラインを残す。

「つまり、これでくたばったってわけだ」と先輩は言った。その後、「これでも生きてるやつ~」とみんなに聞いてみるものの、みんな笑って否定する。

 模擬戦における勝敗としては、これが安全かつわかりやすいだろう。フェンシングと黒板消しから得た着想だったけど、みんなにはおおむね好評のようだ。

 ただ、それだけで話は収まらない。仲間の一人が先輩に尋ねた。


「頭部以外への攻撃は、どう処理するんスか?」

「だよなあ。現状では、綿を詰めた専用の決闘着を用意するつもりだ」

「急所以外への攻撃は?」

「ん~、ポイント制にするか?」

「では、あのバリアのとポイントを統合するなどは?」

「そっちの方が実戦的なんだけど、観客にはわかりづらくなりそうだし、判定ミスが増えそうなのもな~」


 模擬戦用装備を目にするや否や、ルールに関しての質問が飛び交い、それに先輩が答えていく。先輩はすでに、この件を興行面から考えているように見受けられる。そういう動きが、かなり進んでいるってことだろう。

 結局、俺達の訓練や模擬戦を通して、少しずつルールを煮詰めていくことになった。

 今日の話はそこまで、なんだけど……場が盛り上がっている中、それで終わるわけはなかった。「試しに一戦やってみようぜ」というその場のノリで、模擬戦をやることになった。幸いにして、剣もヘッドギアも二つある。

 では、誰がやるか。


「強い奴――じゃねえ、強いお方の方が、参考になるのではと」


 仲間の一人が、急に言葉遣いを改めて進言し、みんな笑った。笑って、それから少しだけマジな表情になって、アイリスさんとハルトルージュ伯が視線を交わされる。普段は下々にも優しく、落ち着いたお二方だけど、負けず嫌いでもあるんだろうとみんな思っている。だからこそ、お二方の直接対決は避けるようにと、みんな考えているわけで。

 さすがに今回も、先輩が止めに入った。


「もしものことがあれば、私が大変な目にあいますので、この場はご観覧いただければ」

「そうだな、すまない。変な虫が騒いだようだ」

「私もです。ご心配おかけしました」


 お二方とも、あっさりと矛を収められた。バトルが関わらなければ、本当に穏やかな交友関係ではあるんだけど……。

 それで、貴族のお二方に代わる実力派ということで、白羽の矢が立ったのがハリーとエルウィン――最近になってウィンと呼ぶようになった――だ。

 この二人は、魔法の実力に関して言えば、俺達の中で突出したものがあるわけじゃない。正直、魔法だけで言えば俺の方が上だろう。しかし、武術も含めた総合力となると、反魔法メンバーの中でも、屈指の実力がある。その力量は先輩も認めるところで、二人が結構乗り気なところを認めると、先輩は嬉しそうに言った。


「じゃあ、二人とも頼む」

「ルールはどうしますか?」


 さっそくウィンの質問だ。こういうところをはっきりさせないと気持ち悪いだろう。先輩は少し考えてから答えた。


「剣での攻撃は、頭部のみ有効でその場で決着。あるいは、バリアのマナが切れても負け」

「反則は?」

「目や喉への突きは禁止。友達は大切にな」


 そういうレベルの反則は、頼まれたってやらないだろう。二人ともかなり渋い苦笑いをしている。

 そんなシンプルな取り決めが済むと、俺達は雰囲気を出そうということで観客席に向かった。

 回廊部分から、客席に向かう階段を上っていく。階段にはライン状の明かりがついていて、それが先に見える夜空の星明りにつながっている。ちょっとだけ幻想的な光景だ。

 そして階段を抜けると、白くマットな質感の石でできた客席部分に出た。夜空を広く感じる。視線を下にやると、照明に照らされた光の円の中で、戦う二人が距離を取って向かい合っている。

 そのニ人の元に、工廠の職員が駆けて行って、何かを手渡した。指輪だろう。それを手に着けるような動作をした後、二人が白いバリアに包まれた。

 そうして準備が整った。最後に、観客席最前列から身を乗り出すようにしている先輩が、両手を口の前に当てて叫ぶ。


「二人とも、準備はいいか?」


 その声に、二人ともうなずいた。こちらに一暼もくれず、互いを見据えながら。

 そして先輩が叫ぶ。


「では、始め!」

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