第251話 「ほうきの初ミッション①」

 5月16日、8時。王都南門前。

 荷馬車が4台並び、出発の時を待っている。向かう先は王都から南西、徒歩で朝からタ方までかかる程度の位置にある、セーヴァという港町だ。道中は治安が安定していて、魔人の出現報告もない。だから、一応の護送任務ではあるものの、道中何かが起こるということは、まずないだろう。

 にもかかわらず、この南門には多くの観衆が集まっている。商人も冒険者も、パトロール中と思われる衛兵さんもいる。

 なぜならば、荷馬車に加えて、空飛ぶほうきでも荷物を運ぶ……つまり、初回の空輸ミッションになるからだ。いつもは荷馬車で運ぶ手紙類を、今日は空輸することになる。

 で、不測の事態に備えて地上班を用意し、いつもの陸運に同行する形をとる。

 その地上班には、ギルド・エ廠・魔法庁のいつもの諸組織に加え、商工会さらには政庁から数名ずつ参加している。アクシデントへの対応もあるけど、むしろ着いてからが本番だろう。実際に本格的な空輸を始めるとして、どのように運用していくか、そういう話し合いをするようだ。


 出発の準備が整った頃、あたりのざわめきがスッと引いていって、急に静かになった。

 門の前の観客が左右に分かれ、一人の壮年男性がこちらへ進み出てくる。お役所の方だ。手には結構重そうなバックパックを下げている。あの中に入っているのは、郵便物だ。そして、俺達の前に立った役人さんは、穏やかな表情で「代表の方を」と言った。

 こっち側の代表は、もう決まっている。関与している組織は多いものの、思いは一つだ。それぞれ違う服をまとったいくつもの肘が、シエラの背や腰をつつく。


「わ、私が?」

「他に誰がいると?」

「アナタが行くのが、一番平和ですし」


 魔法庁の子が若干シニカルな発言をすると、みんな含み笑いを漏らした。各組織は概ね良好な関係を保っているものの、競争心からの衝突がたまにある。それを揶揄した発言だ。こういう場合、シエラが代表になるのが政治的には無難だし、心情的にもみんなが納得できる。

 結構尻込みがちだった彼女も、ようやく意を決して前に躍り出た。そして、郵便物満載のバックパックが手渡される。新たな取り組みに対し、行政が信任した、象徴的な場面だ。


「よろしくお願いします」

「……謹んで、承ります」


 かすかに声を震わせながら、彼女がバックパックを受け取ると、大歓声があたりに響いた。観客の隙間から、門衛さんも声援を送っているのが見える。

 感極まったのだろうシエラは、少しの間顔を伏せていた。やがて顔を上げると、観客に向けて小さく手を振った。その先には、アイリスさんにセレナにラックスに……他にも女の子が集まっている一団があった。

 今回の輸送に、アイリスさんは参加しない。殿下を筆頭として、国が後ろ盾になっている今回の取り組みだけど、あくまで原動力は民間だ。だからこそ最初のミッションは、王侯も貴族も関わることなく、民の手で成し遂げなければ……というのが、アイリスさんの考えだ。

 歓声が少しずつやんでくると、シエラは向きなおってサニーに荷物を手渡した。今回はリレー形式で荷物を運んでいくけど、シエラとアイリスさんに次ぐ乗り手のサニーが、一番手に抜擢されたわけだ。

 さすがに緊張しているようだけど、普段よりも凛々しい感じもある。彼は受け取った荷物を背負い、ほうきにまたがった。そして、徐々に高度を上げていくと、また声援があたりを満たす。

 それから、代表のシエラが「いってきます!」と宣言し、俺達は観客の応援を背に王都を発った。


 道中、同行する商人の方々は、やはりほうきに興味が尽きないようだ。主人の代わりに話をしに来る従業員の方がいれば、逆にご自分の荷馬車を使用人に任せ、自ら俺達に話を聞きに来る方も。

 そんな商人の一人が尋ねてくる。


「各商店で、こうした運び手を抱えることはできるでしょうか?」

「それは、難しいですね」


 シエラの返事に、他の諸組織の職員がうなずいて、彼女の発言を認めた。それに対して商人さんは若干残念そうな表情をしたものの、柔らかな口調でまた尋ねた。


「差し支えなければ、その理由をお聞かせ願えませんか?」

「はい。個人所有を認めると、事故の可能性が飛躍的に高まると考えられますので。それに、安全のための法整備も不十分ですから」

「現状では、ほうきで飛ぶことを公的な資格制にして管理し、ほうきを各組織から貸し出すことで統制を取ろうと考えています」

「ふむ、なるほど」


 シエラと政庁の職員さんの返答に、商人さんは納得したようだ。

 こういう規制をかけない方が、きっと普及は早くなるだろう。しかし、野放図な普及によって事故が起きれば、反対運動が起こりかねない。シエラを筆頭に、この取り組みの運営側では、そういった急進すぎる普及を避けようとかなり慎重だ。

 それに、実際に飛ぶ側の冒険者も、むやみやたらに飛びまくると良くないだろうというのは、肌で感じている。高速で水中に突っ込んで、痛い目を見たやつが多いからだ。

 なので、この取り組みに関わるみんなは、それぞれ独自の考えはあっても、安全面に対してはシエラと概ね考えが一致している。

 とはいえ、速い輸送への二一ズが、普及に対して後押しや、ことによるとプレッシャーをかけることになるかもしれない。そのあたりは、これからの課題だろう。


 他にも商人の方から質問があった。「手紙以外で、何か運ぼうと考えているものは?」というものだ。その質問には、商工会の方が答える。


「軽くて、かさばらなくて、価値があるもの。さらに言うと、新鮮さを求められるものですね」

「ふーむ」


 合点のいく内容だったようだけど、質問者はうなずいた後は黙って考え事を始めた。「その条件を満たす荷物を考えている」のだそうだ。

 実際のところ、郵便の空輸から始めたのには別の理由もある。これで得たノウハウを、伝令として軍に転用できるからだ。別に軍だけがそういうことを求めているわけじゃない。どの組織も、そういう新しい伝令の在り方に価値を認めている。それはシエラも同様だ。

 しかし、手紙の配達は公共事業で、伝令は軍事。つまり、飛ぶ理由が官と軍に寄っているわけで、他の荷物も飛ばした方がバランスをとれるんじゃないかというのも、このプロジェクト内での一般見解だ。

 だから、手紙以外の荷物に関しては、こちら側にとっても興味のある話だ。考え込む商人さんの発言を、みんなが静かに待つ。その様子に対し、彼は若干いぶかしげにしながらも口を開いた。


「生鮮品……でしょうか」

「なるほど。ただ、それって水っ気が多い物を想定してますよね? 荷として飛ばすには、もっと訓練が必要かも……荷崩れへの対策も必要ですし」

「ああいや、水っぽい物ばかりじゃなくて、傷みやすい草花みたいな薬の原料なども、荷物には良いかと」


 今にも膝を打ちそうな感じで、工廠と魔法庁の職員が、その意見に賛意を示した。

 確かに、傷みやすい薬草類は、重量当たりの単価が概して高めだ。採取地から、品質を損なわないように高速で運輸できれば、結構な商機になるのかもしれない。

 それに、傷まなくなった加工品である薬の方も、重量・容積当たりの単価は高い。加えて、急に必要になる可能性がある物品でもある。

 まぁ、薬自体が官にも軍にも関係が深い物なので、官・軍・民のバランスの話で言うと、ちょっと微妙かもしれないけど。



 それから歩くこと3時間強。最初の休憩ポイントである、小さな港町が見えてきた。この休憩のたびにバトンタッチして、乗り手が変わっていく。ただ、数メートル上で飛んでいるサニーは、まだまだ全然問題なさそうではある。

 実際、王都から同程度の距離にある別の町へ、荷物なしで事前に試験飛行をした際には、試験参加者の全員が単独で行き来できている。

 なので、力量的には一人で飛び続けて問題ないんだけど、万一に備えてというのと、せっかくなので何人かでつないでいきたいという思いがある。そういうわけでリレー形式だ。

 そうして向かった港町では、物珍しそうに見物する住人の方々が、俺達が近づくほどに増えていった。

 いよいよサニーが降り立つと、すぐに人の群れが押し寄せ、彼を取り囲む。恥ずかしさで固まる彼に、俺は人並みかき分けて彼を連れ出し、逃げ出した。

 こういう場合の広報は、ギルドや商工会の職員に一任することになっている。ネリー達に後を任せて、俺達は少し早めの昼食を取ろうと、町に足を踏み入れた。


 この港町は、王都最寄りの港に比べると小さいけど、活気があって明るい町だ。王都同様、白い石材を使った建物の壁が、曇りない陽光を受けてまぶしいくらいだ。

 そうやって町を眺めていると、服の背中を軽く引っ張られた。振り向くと、シエラがいた。顔がわずかにうつむいている。


「どうかした?」

「……ちょっと、仕事の話」


 落ち着いた口調だけど、ただならぬ感じがある。一緒に昼を取ろうとした仲間は、特に追及するでもなく「じゃあな」と軽い感じで去っていった。

 そうして2人きりになって、俺はシエラに尋ねた。


「昼はどうする? 話が先?」

「どっちでも……いえ、話しながら食べてもいいかな」


 つぶやくように答えた彼女の言を受けて、俺達は軽食を扱う店を探した。

 幸い、釣り人や海水浴客向けにやっていると思われる、海の家と屋台のあいの子みたいな店があった。例によって、メニューは見てもよくわからなかったけど。運が悪いことにそれはシエラも同じだった。自身の仕事に関しては全方位に隙がない彼女だけど、こういうところは弱点らしい。

 結局、店員さんに説明を求めることになり、売れ筋を買って仕舞いになった。

 昼食を買ってから、静かな場所を求めて歩いていく。仕事のことと言って俺だけ引き離したのだから、他言無用の件なんだろう。

 やがて、ちょうどいい場所が見つかった。桟橋だ。4本海に向かって伸びているうち、一本だけ誰もいない。他のには釣竿を垂らしている人がいるのに。

 少し気になって尋ねてみると、潮の都合か海底の形が悪いのか、その桟橋だけ魚があまり寄り付かないらしい。なので、釣り人は使わないんだとか。多少内密な話をするのであれば、そこで問題なさそうだ。他に候補が見つからなかったということもあって、シエラも了承した。

 木製の桟橋はかなりしっかりしていて、体重を預けても不安にさせるような音は一切しない。2人で先端に向かって歩いて行って、そこで腰を落ち着けた。


「で、話って?」

「うん……」


 話しかけると、彼女はやはりうつむき加減に答え、それきり口を閉ざした。やがて、こちらを向いてくる。ほんの少し、上目遣いに。

 仕事の話ってことだった。そのはずだ。しかし、どことなくしおらさを感じさせる彼女の態度に、心がざわめいた。

 冷やかしみたいに波が絶えず音を立て、生ぬるい潮風が彼女の髪をそっと揺らす。

 一体、何の話をされるんだろう。いや、仕事の話だ。そのはずだ。

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