第241話 「発案②」

 4月20日10時。呼び出しを受けて俺は、北区公会堂の会議室へ向かった。呼び出し主はラックスだ。

 今日は、月初に使ったホールではなく、小さい会議室を使うらしい。その会議室に入ってみると、への字型に並んだ机が数列、大学の講義を思い出させるような配置になっている。

 月初めの会議に比べれば規模は小さいけど、それでも結構な人数が部屋の中にいた。顔ぶれは、関係各所全部ってところで、現場クラスの中堅どころというか、だいたいが同世代だ。和気あいあいって程ではないけど、部署を超えて雑談する程度には、和やかな雰囲気になっている。

 ギルド側の出席者は、ウェイン先輩にラナレナさん、シルヴィアさん、ネリーに俺の5人だ。みなさんのところに合流して軽く会話していると、ほどなくして「そろそろ始めます」という声が前方から響いた。

 部屋の前、講義室でいえば講師のポジションに、ラックスがいる。今日の司会進行役として、彼女は本名のルクシオラ・イゼールを名乗った。その名乗りに、軍属の方の一部がざわめく。

 彼女は超名家の生まれだけど、現状の正式な身分は冒険者だ。こういう場でのとりまとめを一介の冒険者が務めるってのは、あまりないことなのかもしれない。しかし、場馴れというか、かなり落ち着いた様子の彼女は、議長の座を占めるのにふさわしいように見える。


 彼女は「では、会議を始めます」と淡々と告げ、前方から書類を回し始めた。ますます大学の講義じみてくる。

 そうやって回ってきた書類には、一昨日俺が持ちかけた案件について、簡潔に書かれていた。つまり、対瘴気魔道具の開発の今後、実地試験、盆地との連絡・連携の必要性についてだ。

 みんなの前で、ラックスは淡々と書類を読み上げていった。誰もが静かに聞いていて、今の所特に意見等は出ていない。

 そして話は、盆地との連絡内容に入る。ラックスの指示で、みんな紙をめくって次項に目を移した。

 前に彼女とウォーレンを交えて話し合ってから、彼女はすぐに行動に移したようで、次の書類には盆地と交信した内容が書いてあった。盆地の連絡係に確認した項目は、瘴気への抵抗力に個人差があるかどうか、あればその条件は何か。それと、後天的に抵抗力を得る方途はあるか、だ。

 最初の質問に対しては、個人差はあるとのこと。で、体格や体力の影響を強く受けていると思われるようだ。つまり、たくましい奴は瘴気にも強いんだとか。

 ラックスが言葉を区切ると、軍服を着た方が遠慮がちに手を上げた。ラックスの「どうぞ」という声で立ち上がり、彼は言った。


「議題に直接関連するものではないかもしれませんが……そのような個人差の知見が得られるほど、かの盆地では瘴気に苦しめられているのですか?」

「あ~、それは、その……」


 ここまで淡々とした様子のラックスが、急に言い淀んだ。普段でもあまり見せない様子に、俺達ギルド関係者は身を乗り出した。それから、苦笑いした彼女は「他言無用ですよ」と前置きして話し始めた。

 盆地の方で、どうしてそういう知見があるのかというと、濃い瘴気に意図的に突っ込んでいく習慣がままあるからだそうだ。もちろん、周囲に魔獣がいないときに限るそうだけど、それでも危険には違いない。

 現地では、そういうのを一種の度胸試しとしてやっているそうだ。ただ、瘴気への恐怖心を払拭する意味合いもあって、盆地の司令部としては公認しないものの容認はしているらしい。それで、ガタイのいい奴が瘴気に強いとわかると、新入りで体格がいい奴に「お前も一緒にどうだ!?」となって、さらにデータが集まったんだとか。

 一通り話し終えて、ラックスがまた「他言無用ですよ」と言うと、部屋の中は笑い声に包まれた。

 そうやって個人差の発見に至ったのは理解できるけど、後天的にどうかする方策はあるんだろうか。先の話に関連して、ラックスは続けた。


「瘴気への慣れというのは、実際にありそうです。何度も度胸試しをしている兵には、そういった傾向がみられると」

「……にわかには信じがたい話ですね」

「本当にそう思います」


 つぶやきみたいな発言にラックスが応じると、また笑い声が満ちた。それから、また真面目な口調に戻った彼女が話を続けた。

 抵抗力を得られるかもしれないというのは、盆地の司令官クラスも把握しているようだ。しかし、本当に瘴気に慣れることができるか、確証がない。

 では、その確認のため、兵を実験台にできるかというと……かなり難しいだろう。兵を例の盆地に配属するだけでも、ご家族からはやはり反発がある。その上、実験のために……というのは、現場の指揮官から上申できない提言だ。配下からの信用を損なう危険もあるだろう。

 あと、そもそも事の発端が、非公式な度胸試しと言うのも問題がある。


「……つまり、現地の司令部としては、踏み切るどころか公表もできない考えだったと」

「はい。そこに今回、私達が機会を作る形になりました」


 今回の魔道具開発に関しては、先方も大いに興味を示しているようだ。本案件に関連する話であれば、今後は優先的に連絡させてもらえるようになり、遠隔地ではあるものの協力体制が整った。

 では、この後どのように事を進めるか。こうして関係各所の人間を集めたのは、それを話し合うためだ。上の方は、俺達とは別に会合があるようだけど、現場クラスの人間同士で話し合うのも重要だろう。

 最初に議題に上がったのは、瘴気への慣れを確認するために、結局は人体実験が必要だろうということだ。では、誰がやるか?

 それには、軍よりも早くギルドが名乗りを上げた。普段は眠そうなラナレナさんが、さすがに今回はハキハキと話す。


「例の魔道具の効果検証ということで、我々が野良魔人退治の依頼で運用するということになっていました。ですから、関連する検証も、我々が担当するのが理にかなっているかと」

「しかし、ギルド側の負担が増すのでは?」

「確かに負担はあるかと思われますが、最終的には我々にもメリットがあるものと考えています」


 軍士官の方の問いかけにラナレナさんが答えると、質問の主は口を閉じた。彼女の発言の意図をつかみかねているのだろうけど、俺もよくわかってないし、この場の大勢も似たようなものだ。小さなざわめきが静まるのを待ってから、ラナレナさんは先の発言を補足した。


「当初予定していた実地検証は、実質的には実戦です。それに先立つ検証で、人員の適不適の判断、あるいは瘴気へ対抗する訓練を積めるのなら、当事者の安全確保につながるものと思われます」

「なるほど……ですが、魔人退治に駆り出されるほどの人員を遠地に派遣させるのは、なかなか難しいのでは?」

「はい。そちらも、常々感じておられることかと思います」


 離れて言葉を交わしあうご両人は、互いの労苦を思ったようで苦笑いした。

 人員配置は確かに結構問題になるだろう。この春からは怪しげな動きが見られないとはいえ、気を抜くわけにはいかないし、住民や都政の意向というものもある。今後のためにと、腕利きの冒険者を盆地に差し向けることについて、行政側から待ったがかかる可能性は否定できない。

 とりあえず、検証を行うのは冒険者が適任であるということについては、全員が賛同した。家族の声は冒険者よりも兵の方がずっと強く、下手をすればこの取り組みへの障害になりかねない。それに……まぁ、公然と言うのはどうかと思うけど、根無し草を実験台に使うなら、住民の抵抗感は少ないと思う。

 議論はその後も続いた。ギルドが盆地へ人員を向かわせるとして、どれぐらいの人数が適正か。ギルド側の守備兵力が抜けた穴埋めに、軍の方からフォローに回る態勢も必要ではないか。行政との協力の必要性は? 盆地の代用となりうる検証法はあり得るか? などなど。


 室内の皆さんが、それぞれの所属を超えて論を交える熱気の渦の中、俺は少しだけ……罪悪感を覚えていた。

 今頭の中に、1つのアイデアがある。公表すれば問題になる可能性が高いものの、この場で打ち明ける価値があるかも知れないとも思っている。結局は言い出せるものではないと思って黙っていたけど、そういう隠し事を抱えてこの場に臨んだことを、申し訳なく思った……特に、ラックスに対して。

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