第240話 「発案①」

 4月からの各種取り組みが実際に動き出して、何日か経過した。取り組みそのものの先行きはまだまだ不透明だけど、訓練の実施やスケジューリングなどに関しては、だんだんと慣れてきている。

 自主的に魔法の習得に励む参加者は多く、みんなのモチベーションの高さがうかがえた。きっと、同世代で同じぐらいの立ち位置の冒険者が集って活動しているから、競争心が刺激されたのだと思う。

 それは俺にとっても同じことだった。



 4月18日10時。受付のみなさんに頼み込んで、どうにかラックスを捕まえた俺は、ギルドの待合室で彼女に用件を切り出した。


「盆地の方と、どうにか連絡取れないかな」

「……そういう手段があると考えた上で聞いてるよね」

「まあね」


 去年の冬、盆地の様子がおかしいということで、俺達冒険者が加勢に向かった。あの時の盆地からの連絡は、どうやってたんだろうか。単純に伝令を用いたと考えることもできるけど、あれぐらいの要衝であれば、もっと迅速な連絡手段があっても、おかしくないんじゃないかと思う。例えば、外連環エクスブレスでのホットラインとか。

 俺の問いかけに、ラックスは黙っていた。そして、落ち着いた表情で視線だけを動かし、あたりをさっと見回す。待合室には、俺達以外にも何人かいる。大半は思い思いに談笑しているけど、俺達に興味ありげな視線を送ってくる知り合いもいた。いきなり密談に連れ出すのもと思って、ここで話しかけてみたものの、ラックスの反応を見る限りでは、場所を改めた方がよさそうだ。

 実際、彼女は「別の場所で話す?」と尋ねてきた。それに俺がうなずいて応じると、見物客は露骨に残念そうな顔をした。

 ギルドを出てすぐ、ラックスが話しかけてくる。


「どこにする? ケーキ屋?」

「いや、できれば工廠がいいんだけど」


 俺の言葉が予想外だったようで、彼女はわずかに眉を動かした。


「私は、工廠に自由に出入りできる身分じゃないけど、大丈夫?」

「俺と、別の職員が責任を持てば大丈夫」


 まぁ、何かあった時の責任の割合は、正規の職員の方が大きくなってしまうけど……今やってる取り組みには関係がある話だ。受付のところで事情を説明すれば、わかってもらえるだろう。

 工廠へと歩く間、ラックスはそれ以上聞いてこなかった。いつもどおり淡々とした感じだけど、少し楽しそうにも見える。

 工廠に入ると、受付の方が朗らかな笑顔で迎えてくれた。「ウォーレンは今いますか?」と尋ねると、受付の方は書類に指を這わせて確認を始めた。


「今日は外出の予定が入っていませんね。ですが……」

「ですが?」

「……寝てるかも」


 受付さんは苦笑いしながら答えた。昨日からずっと施設内にいるとのことで、徹夜で何かやってるか、あるいは仮眠してるかってところだそうだ。

 それから受付さんは、ラックスの方に素早く視線をやった後、「呼んできましょうか?」と尋ねてくれた。正直、かなりありがたい。「よろしくおねがいします」と答えると、彼女は別の職員さんに声をかけ、研究室へ走らせた。

 そして数分後、職員さんに手を惹かれるようにしてやってきたウォーレンは、結構ひどい寝癖をしていた。ちょっとだけ罪悪感を覚える。彼は朝弱いのか、少しぼんやりした感じだった。しかし、俺とラックスの姿を認めるなり、ふやけた顔に意識が通り始める。


「おはよう、寝てるところ悪かったな」

「いや、俺ももう少し、規則正しい生活をと思ってるんだけどな~……んで、用件は?」

「例の魔道具の件で、少し相談が」


 すると彼は、ラックスの方に視線をやった。「相談役?」と尋ねる彼に、うなずいて応じる。

 もう眠気は飛んだようだ。彼は受付さんに仮入館の手続きをお願いし、用意のいい受付さんはすでに準備を整えていた。ほとんど待つことなく手続きが済み、俺達は中へ入り込んだ。

 2階に上がってすぐの談話室は、幸いにも空いていた。3人でテーブルについて、まずは自己紹介だ。ラックスとウォーレンは、互いに面識こそあるものの、直接話すのはこれが初めてだと思う。軽い雑談を交えつつ、自己紹介が済んだところで、ラックスが俺に話を振ってきた。


「今考えていること、一から順序だてて話してもらえる?」

「わかった」


 俺をまっすぐ見据える2人に、俺は自分の考えを語り始めた。俺が考えているのは、対瘴気用魔道具の今後についてだ。

 4月から始まった3つの計画のうち、ほうきと反魔法アンチスペルは、使用者の訓練と平行して研究開発も行われる。ほうきは工廠が、反魔法は魔法庁が、それぞれの特性について研究していくわけだ。

 一方で、対瘴気魔道具の研究に関しては、利用者の訓練というものがない。実地試験があるといっても、実際には魔人退治という本番だ。訓練のしようがないから、仕方がないのかもしれない。

 しかし、この魔道具が使用される局面を考えると、課せられた任務の成功率を高めるために、魔道具そのもの以外の要因からも改善改良を図る価値はあると思う。それに、せっかく各組織が協力して取り組んでいるんだから、この魔道具の件も工廠での開発だけじゃなくて、もっと多角的に進められないだろうか。

 そこで考えたのが、あの盆地の存在だ。あそこで人体実験をやった際、平均するとあそこの正規兵の方々の方が、大半の冒険者よりも瘴気への抵抗力があるように見て取れた。その原因が体力から来るものか、正規兵としての気概や自負心から来るものかはわからない。でも、瘴気への免疫というか、適応みたいなものがあるのだとしたら……


「……というわけで、もし訓練次第で瘴気に少しでも適応できるようになるなら、そういう訓練法を模索する価値はあると思う」

「なるほど。そのために盆地の方と連絡を取って、色々確認したいってことね」


 納得がいった様子のラックスは、俺の考えを認めたようで、静かな微笑を浮かべてウォーレンの反応を待った。

 俺としては、彼がどう受け取るのかも心配だった。動き始めの早い段階で別アプローチを模索するような提案を、開発側がどうとらえるか、確証が持てない。

 しかし、俺の心配をよそに、彼はあっさりと「いいんじゃないか」と言った。


「作る側としても、うまく使える人に使ってもらいたいとは思うぜ。そりゃ、誰にでも同じようにってのが目標だけどさ」

「他のみんなも、同じような考えかな?」

「一応確認してみるけど、俺とほとんど変わらんと思うぞ」

「そうか」


 現場での意思統一ができてそうだってのは、いい二ュースだ。というか、現場の意見がバラバラでは、上に掛け合うのも難しいだろう。

 工廠側の反応がある程度把握できたところで、俺はラックスにバトンを渡した。まず、彼女は瘴気への抵抗に関して、心当たりを話し始めた。


「最前線だと、そういう抵抗力も考慮した上で、人員配置がされるって聞いたことがある」

「瘴気慣れしてると、前に出されたりとか?」

「いえ、考慮されるのは、極端な体験がある時だけみたい。瘴気に巻き込まれても平気だった人は、指揮官クラスの護衛に回されて、極端に瘴気に弱かった人は、射手や工兵への転身を進められるとか」

「へぇ~」


 よく知ってるもんだと、俺とウォーレンが感心の声を上げると、ラックスは少し苦笑いして「噂だけどね」と付け足した。それでも、根も葉もない話って感じではないだろう。こういう場でラックスがロにするくらいだし。

 そんなうわさ話の後に、彼女は続けた。


「あの盆地であれば、最前線以上にそういう実例はあると思う。それで、連絡手段だけど……」


 言葉を切った彼女は、談話室に入り口に目をやった。するとウォーレンがさっと立ち上がって廊下の様子を確認し、ドアを施錠した。彼が席に戻ると、ラックスは俺達に「内緒ね」と言ってから話を続ける。


「遠隔地と外連環で連絡を取り合う部署は、あるよ」

「でも、簡単に頼み込める感じじゃない?」

「もちろん。敷居が低くなれば、連絡手が激務で倒れちゃうからね」


 つまり、必要最小限のやり取りに抑えている中、今回の話をねじ込めるかどうかが焦点となるわけだ。国や軍のかなり上の方も関わってきそうな感じではあるけど、ラックスに言わせれば「かなり見込みが高い」試みのようだ。


「上の方も、今回の取り組みには興味を持たれているから。きちんと正規のルートで申請すれば、たぶん通ると思う。ま、後は任せて」

「わかった」


 そういって請け負う彼女に、気負いみたいなものはほとんど感じなかった。ちょっとした頼み事を快諾するような、淡々とした気安さに妙な安心を覚える。一方で、肝心な部分を任せっぱなしになってしまうことへの、申し訳無さも。

 話がまとまったところで、ウォーレンが立ち上がった。寝落ちした研究のことが心配らしい。部屋を出ようとする彼の背に、ラックスが「寝癖~」と言って、2人で笑った。

 それから、正規職員がいないのに部屋に留まるのも問題だということで、俺達もさっさと退出した。


 工廠を出たところで、俺はラックスに話しかけた。


「あのさ、面倒事を押し付けたみたいで……ごめん」

「……本気で言ってる?」

「そうだけど……」


 問われている意味がわからず、彼女の顔を覗き込んだ。あまり感情が表に出てこない、いつものポーカーフェイスだ。この表情の裏で何を考えているんだろうか。少しドキドキしながら彼女の言葉を待った。

 すると、彼女はフッと顔の力を抜いて微笑んだ。


「適材適所っていうでしょ? リッツは発案係で、私は上との連絡係」

「いや、ラックスも考える係なんじゃ……」

「この案件では、って話。それに、私がこういう役割やってて助かるでしょ?」

「もちろん」

「なら、いいじゃん」


 あっさりしたもんだ。難しいところとの連絡係として、色々と気苦労とかあるだろうに、そういうのを微塵も見せない。生まれや育ちが為せる業なんだろうか。

 感心とは違った、不思議な感情が胸を占める。そうして彼女の顔をまじまじと見ていると、彼女は少し悪戯っぽく笑った。


「それでも感謝してるって言うなら、ケーキをおごられてもいいよ」

「……じゃ、行くか」

「じゃ、ごちそうになりまーす」


 2人でケーキ屋への道を歩き始めて、ふとウォーレンも呼ぼうかと思った。しかし、女の子からこうして誘われたのに、別のを混ぜるってのは、だいぶ失礼なんじゃないかと思い直した。

 互いに、そういう意図がないにしても。

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