第239話 「始動③」

 注目が注がれる中、俺は全員に見えるように少し高い位置に反魔法アンチスペルを描いた。Cランクの外殻に、継続型と回転型、収奪型に殻の追記型を合わせてある。

 型の組み合わせの意図については、核になるのが収奪型。これで吸わせるべき対象の魔法からマナを吸い取る。

 吸ったマナの消費先は、追記型と回転型だ。追記型で殻を増やして器の強度を増しつつ、回転型で相手の魔法の表面をそぐ力を与える。ジューサーとか石臼みたいなイメージだ。回転型を合わせるのは、相手に気取られないようにするための意図もある。回転させてやれば、何をされてるのか器から読み取るのが難しいというわけだ。

 最後に継続型。これが役立つのは最初だけで、相手の魔法を吸う前に自分のマナで少しだけ後押ししてやると、後の反応が強力になる。何かの反応炉の、最初の火種みたいなものだ。

 説明の間、俺の説明以外はほんの少し風の音が聞こえるぐらいだった。誰もが、説明に聞き入っていた。そして説明が終わると、止まっていた時が動き出すようにざわめきだす。

 冒険者の方は、「はぁ、なるほど」みたいな感じで合点がいったようだけど、他のところはそうでもないみたいだ。驚きを隠せないでいる。信じられないといった感じの方もいたようなので、ここからは実際に自分の手で体験してもらうことになった。

 とはいっても、必要な型を覚えていない面々は、まずはそれを覚えるところからだ。冒険者の大半が覚えるところから、他が実践という感じでやっていく。


 訓練が始まってすぐ、光球があちこちにできあがり、それが渦に飲まれて果てていく。すると驚きや興奮の入り混じった声が聞こえた。

 冒険者だけじゃなく、魔法庁の職員からもそういう声が上がっていて、こっちが驚いた。庶務課の職員なら、そういう反応も納得だけど、どうもそんな感じではない。真面目で固そうな雰囲気があった彼らから、そういう素直な反応を聞けたのは嬉しかった。

 そんな彼らは、我に返った後は照れ臭そうにしつつも、他の参加者に型を教えに向かっていて、そういうところはさすがだ。

 そうやって周囲を眺めていると、後ろにメルがやってきて小声で尋ねてきた。


「改善案とか、何かあります?」

「……あるにはあるけど」


 俺がメモを取り出すと、彼もウキウキした様子でメモを取り出した。そんな彼に親しみを感じつつ、これまで考えてきた改善案を伝える。

 まず、使われた魔法の色に近づけると、吸収力が高まる。突発的に色を合わせるのは難しいだろうけど、自分が普段構える盾と色を変えてやれば、いいカバーになるとは思う。

 あとは……声を潜めて彼に伝えた。


「最近、拡散型を覚えたんだけど……」

「どうでした?」

「途中で、器の形が変わってさ……」


 これまでに覚えた器と魔法陣は、基本的には平面的な円だった。しかし、拡散型と反魔法一式をそろえてやると、吸ったマナを円錐状にして前方へ伸ばす反応を確認できた。基部になる円から円錐が上に伸びる感じで、柄のないカクテルグラスみたいな形になっていったわけだ。たぶん、拡散型が以降のマナをどのように展開するかを定め、それに従って追記型が働いたんだろうと思う。


「……というわけで、前方に伸ばして包み込むようになれば、相手の魔法を吸収する助けになると思う」

「なるほど」


 構図としては、地面と平行に伸びる竜巻で、相手の魔法を受ける形になる。平面の円で受けるよりは、こうして立体にした方が、接触する表面積が増えて有利なんじゃなかろうか。

 改善案について、メルはおおむね有用性を認めたけど、一方で難点も指摘した。


「覚えるのは負担になるかもですね。ここまで型を色々突っ込んだ器って、あまりないですし」

「そうなんだよな……習得が大変だと、後の即応性が犠牲になるかもしれないし」


 しかし、習得上の難点があるとはいっても、肝心の魔法を消す力が増したというのであれば、選択の余地はあるだろう。結局はこれからの訓練の結果次第だと思う。


 反魔法の初日の訓練は、2時間ほどで終了した。おおっぴらにできない都合上、こうして闘技場を貸切ってやってるわけだけど、あんまり長時間占有すれば怪しまれる。それに、他の活動との兼ね合いもあって、かなり限られた時間の中での活動になってしまう。

 そこで、反魔法で必須になる型の習得については、各自自主練で時間を補ってもらうことになった。秘匿したいのは型の組み合わせであって、それぞれのパーツはバラバラにみられても問題ないだろうということだ。それでも、怪しまれないように注意してもらうことにはなったけど。

 終了の挨拶と、次の予定の再確認が済むと、みんな立ち去って行った。でも、俺はまだ仕事が残っている。傍らで「大変ですね」と、少し楽しそうに言うアイリスさんと一緒に、次の訓練のメンバーを待った。


 それから入れ替わるようにしてやってきたのは、ブライダル事業関係の魔法庁職員だ。

 この事業に関しては、俺はあくまで外部の関係者でしかないけど、一緒に仕事する職員のみんなはそうは考えてないようだ。今や直属の上司に近い扱いで、親しみを持って接してもらえている。嬉しい反面、魔法の腕前では部下の方が上なわけで、ちょっと複雑だった。

 今日からは、そんな優秀な部下に複製術を教えていく。事業内製化に向けての第一歩だ。ちなみに、教えるのは複製術の書き方だけじゃない。他の型、特に可動型を合わせた時のコントロールのやり方だとか、これまでに俺が気づいた複製術の特徴も教えていく。

 どの職員も、俺が話しているときは静かに、真剣な表情で聞いてくれる。それがやっぱり、ちょっと複雑だ。心の中で、偉くなったもんだと、ふと思った。


 遅くに始まった複製術の訓練だけど、さすがに夜を徹してってわけにはいかない。開始から2時間ぐらいで切り上げになった。今後の使用配分は反魔法の取り組みの方と調整していく必要があるだろう。そのあたりの事務的なやり取りについては、裏方の皆さんがうまいことやってくれるだろうから、特に心配はないけど……。


「さすがに、疲れてますよね……」

「ええまあ。どっちかっていうと、気苦労ですけど」


 俺に尋ねてきたアイリスさんは、ほとんど疲れた感じがない。今日一日、似たような訓練をしていたというのに。そこそこスタミナが付いたとは思うけど、彼女を見るとまだまだだと思わされる。

 今日は3つの訓練に参加したけど、別に全部に参加するよう強制はされてない。あんまりサボると声がかかるだろうけど、かなりの程度俺の自由意思に任せてもらえている。それだけ信頼されているのだと思う。だから、無理しない程度には頑張ろうと思うけど、やっぱり3つ全部は結構きつい。慣れれば、また変わってくるだろうけど。


 みんな揃って撤収しようと、闘技場を出かかったところで、後ろから呼び止める声がした。工廠の仲間だ。自分の受け持ちが早く片付いたから、一緒に飯に行くつもりらしい。

 食事の話になって、魔法庁職員のみんなの視線が少しずつアイリスさんに注がれていった。そんなみんなから、ちょっとした遠慮と、期待を感じる。一緒に食事したいけど、言い出せないでいる、そんな雰囲気だ。

 そこで俺が「全員で、同じ店でいいですよね?」と尋ねると、アイリスさんは笑顔で「もちろん」と答えた。その声に、ちょっとだけ張り詰めていた空気がほぐれていくのがわかる。みんな、安心したようだ。

 彼女も、この事業を通してかなり慕われるようになっている。それでもまだ、立場的な点で遠慮があるけど、それは仕方ないだろう。

 俺は魔法庁から色々マークされてたし、任意同行と称して取っ捕まったことだってある。アイリスさんは、個人としての衝突はなかっただろうけど、貴族階級と魔法庁の軋轢ってものはあったと聞いている。そんな俺達が、ここまで仲良くできているんだから、本当に世の中わからないものだと思う。

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