第238話 「始動②」
ほうきの訓練は昼過ぎまで続いた。
昼食では、互いの所属組織とか関係なしにグループを作って、かなり和やかな雰囲気だった。
昼食は各自用意していた分に加え、訓練に同行していた商人の方からの提供も。代金はサービスだそうだ。宣伝目的もあるのだろうけど、この取り組みにかけるみんなの熱意、特にシエラに対しては、感じ入るところがあったのだと思う。本当に快い感じで、差し入れをしていただけた。
休憩中だけでなく、訓練の方も全体的にいい雰囲気だった。それに、訓練そのものの進捗も初日としては上々で、ケガもなかった。自分や仲間がやらかしたときのために、応急処置のレクチャーが今後の訓練に入っているけど、すぐに使うことにはならなさそうだと思う。
そんな感じで、初日の滑り出しは好調だったけど、問題がないこともなかった。
帰り道、「やっぱ、遠いよなあ」と仲間の一人がぼやくと、周りのみんながうなずいた。
往復4時間弱の道のりってのは、やはり負担になる。
そこでまず、“覚える組は別の場所で”という案が出た。しかし、一緒に新しい取り組みをする上で、連帯感を大切にしたいという声もある。
それに、魔法庁を始めとして計画の運営側としては、1か所でまとめて面倒を見たいという考えがある。
今回の試みに関しては、関係諸機関の全員が賛同しているわけじゃない。消極的な方、否定的な方の声もある。だから、既存の活動や事業への負担を考慮に入れるのは、かなり重要なことだ。いくら殿下や国の後押しがあるとしても、そのことをよく思わない方だっている。強権の後ろ盾で強気に出て、余分な軋轢が生じるのは避けたい。
では、場所を変えてもう少し王都に近いどこかで……という話になった。最初に上がった候補は、やっぱり海だ。王都から1時間ほど西に行けば港がある。
しかし、港では船の出入りがあるし、訓練で水面以下が荒れて漁の邪魔になる懸念もある。運営側でも、海でやる案は早くに出たものの、そういった諸々の事情から断念したそうだ。
すると、「港以外ならどうだ?」と声が上がった。シエラが少し考え込んでから、それに答える。
「あんまり深いと、おぼれて危ないと思う。かといって浅すぎれば、海底にぶつかる事故が起きかねないし」
「ちょうどいい深さの目安ってのは、何か考えてるのか?」
「それは、まあ……なんとなくだけど」
すると、別の仲間が割り込むように、「ちょうどいい場所探そうぜ」と言った。その声に、最初の言い出しっぺでの彼が続く。
「暇見つけて、みんなで釣りでもしながらいい場所探そうぜ」
「……うん、そうだね」
はにかみながら、シエラが答えた。
そういうわけで、ちょうどいい水深の浅瀬を探す活動が立ち上がった。参加は自由で、まぁぶっちゃけると遊びみたいなものだけど、親交を深めるにはちょうどいいだろう。せつかくの協同体制なんだし。
企画が立ち上がると、さっそくとばかりに冒険者の中でも明るく活動的な連中が魔法庁の職員に声をかけだした。少し遠慮がちな魔法庁の職員だけど、誘ってもらえて嬉しそうだった。
王都につくと、次回の予定について軽く再確認してから解散となった。しかし、一般の訓練生はここまでなんだけど、運営側はまだまだこれからが本番って感じだ。
工廠の職員は、これからシエラを中心にしてほうきのメンテナンスとか調整をやるようだ。一本ずつの訓練では、さすがに効率が悪いってことで、あまりスピードが出ないようにいじくったのを何本か用意するとのこと。シエラが付きっ切りじゃなくても、ある程度の安全を確保できるのなら、全体的な訓練効率は高まるだろう。
魔法庁とギルドの職員は、記憶が新鮮なうちに報告書を合同で仕上げる。俺も報告書作成の方に混ざることになった。ギルドの少し広めな会議室に詰めて、今日の反省と今後について話し合いつつ、書類にまとめていく。
会議の始まりは16時前だったけど、気が付けば日が結構傾いていた。話し合いの方は終わる気配がなくて、みんな放っておけばそのままいつまでも続けそうな勢いだ。
しかし、俺はそういうわけにもいかない。ネリーと一緒に、会議を抜ける旨の挨拶をすると、口々に「大変だね~」みたいな感じで同情とねぎらいを受けた。
会議室を出て街路に出ると、ネリーが駆けながら話しかけてきた。
「掛け持ち、大変じゃない?」
「そっちこそ」
「いや、私は見てるだけだったし。訓練と事務両方は、結構大変なんじゃない?」
「……まぁ、無理しない程度に頑張るよ」
3つ同時に立ち上がったプロジェクトで、ネリーは全てにギルド受付・事務方として参加している。俺も3つに参加している点では同じだけど、彼女の指摘通り、実際にやる側と運営側の掛け持ちにもなっていて、初日から確かに忙しい。体力的にはまだ全然いけるけど、ちょっと目まぐるしい感じに押される感じはある。
そうやって彼女と話しながら向かう先は、闘技場だ。日没より少し前の5時から闘技場を貸し切り、
現地に着くと、すでに訓練生が大勢いた。顔ぶれの方は、ほうきの訓練よりも落ち着いた感じのメンバーだけど、若干そわそわしたような高揚感が漂っていて、それが少し面白かった。
冒険者以外だと、魔法庁職員が結構な人数参加している。意識の高い職員が多いのだろうか、結構ピリッとした雰囲気だ。
そして……当然のように殿下がいらっしゃって、そばにはアイリスさんとハルトルージュ伯もおられた。
アイリスさんは、こっちの訓練では普通に冒険者に混ざって参加するようで、それはハルトルージュ伯も同様だ。宮中警護役であらせられるだけに、閣下が反魔法を使われる機会はないだろと思ったけど、「不測の事態に備えなければ」とのお言葉で考えを改めた。城壁がダメになる可能性を危惧しておられるのだろう。
ちなみに、この訓練でも工廠の職員が何人か協力してくれる。まあ、闘技場を修繕するついでに、暗くなっても照明で照らしてくれるってぐらいで、闘技場管理者としての協力だけど。
人員がそろったところで、所属ごとに整列し、まずは殿下が前に出られて訓示を述べられた。
「今回の試みは、数百年にわたる魔法の歴史の中でも、類を見ないものになるだろう。先が見えない取り組みではあるが、にも関わらず声を上げた、君達の勇気と熱意に感謝する。何かと苦労もあるだろうが、それを乗り越えて血肉としていってほしい」
そして殿下は、横を向かれた。俺に視線を向けられている気がする。どうやら周囲の皆さんも、同様に感じたようだ。肩やわき腹をつんつんつつかれた。背後からは「リッツさん、リッツさん」と、聞きなれた女の子の、若干楽しそうな呼び声が聞こえる。さすがに、ここで出ないってわけにはいかないだろう。意を決して、みんなの前に歩み出る。
すると、すれ違いざまに殿下が、「あまり気張ることはないよ」と、微笑んで仰った。そうはいっても……答える言葉がすぐに出ず、俺は苦笑いしか返せなかった。
みんなの前に立って深呼吸をする。ほうきのときはシエラが挨拶してたから、なんとなくこうなるんじゃないかと思ってはいた。まぁ、どういう挨拶をしようかなんて、頭から抜け落ちてしまったけど。思いついた素直な言葉を伝えるなら、むしろちょうどいいかもしれない。そう開き直って、俺は口を開いた。
「反魔法については、発案者もよくわかってないところがあります。なので、自分も教わり学んでいく立場と考えています。一緒に頑張りましよう」
頑張れば、もう少し景気のいいことも言えたと思う。でも、集まってくれたみんなへの誠意には欠けると思って、結局は控えめなことしか言えなかった。しかし、先駆者にしては頼りないという自覚はあるけど、みんなそこまでヤジらないでくれた。
挨拶の後は実演だ。今日の訓練にはメルも運営側で参加してくれているので、彼を呼んで前の勉強会同様に反魔法をやってみせる。
すると、光球の消失に伴って、ちょっとしたざわめきが起きた。あの勉強会にいなかった方もいるらしく、やはり初見だと結構驚かれるようだ。
そして、ここからが本番だ。あの時は反魔法で用いる型の詳細を伏せておいたけど、今日はそれを明らかにしていく。
実物を見せつつ話そうと構えると、みんなの視線が俺に集中した。きっと、魔法の力量で言えば、この場の平均ぐらいでしかないんだろうけど、それでもこうして注目の的になっている。そのことに緊張はしたけど、怖じる気持ちはほとんどなかった。
むしろ……背筋がゾクゾクするくらいだ。自分の思いつきが、こうして少しずつ日の目を浴びて大きくなっていくんだから。
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