第235話 「仕事仲間とこれから」
4月4日、9時すぎ。呼び出しがあって、俺は今ギルドの会議室にいる。いくつかある会議室の中でも小さめの部屋で、テーブル1つとイスが6つだけの部屋だ。俺と卓を囲んでいるのは、ウェイン先輩とネリー、それにシルヴィアさん。
今回の議題は、ほうきと
まず、ネリーが全員に書類を配った。書類に書かれているのは、ほうき及び反魔法の各計画で参加表明をしている人員の名前と、ギルド受付側から見ての所感だ。これまでの働きぶり等、報告書からの情報をまとめあげ、参加する訓練に対する特徴や適正などが事細かに書かれている。
この書類は、シルヴィアさんとネリーを中心に、受付や裏方の意見を総動員して練り上げたものだそうだ。シルヴィアさんは自信満々に、ネリーは少し緊張して身構えている。まずは各々で書類に目を通して確認することとなった。
ほうきの方で参加表明しているメンバーには、秋に温泉で一緒に遊んでた連中の大半がいる。あの時はシエラに先行きの長さを思い知らされたけど、みんなそれで諦めはしなかったようだ。
あの時いなかった、つまりこれからの新顔としてはサニーとラウルの名前があった。サニーのところは、乗り手としての潜在能力に期待できるとあって、なんだか嬉しくなった。特に、高い速度域でのバランス感覚や、騎射術の応用などに期待を寄せられている。
ラウルの方はと言うと、応急処置の手際に定評ありとの記載が。これは初めて知る情報だ。そのことを尋ねてみると、シルヴィアさんが口を開いた。
「こどもの頃から良くケガしていたようで、それで覚えたそうなんです。ネリーさんも認めるレベルですよ!」
「びっくりするぐらい手際よくって。なんていうか、慣れっこって感じだった。片手ですいすい包帯巻けるし」
「へえ~」
俺とウェイン先輩が声を合わせて相槌を打つと、女性2人は微笑んだ。
思えば、ラウルとはDランク試験で、一緒にシャーロットを助けた時からの仲だ。応急処置得意というのは、そのこともきっと関係あるんだろうと思う。傷ついた人を放っておけない性分と言うか。
なんにせよ、手当てが上手なほうき乗りってのは重宝するだろう。ケガしないに越したことはないけど、そうも言ってられないと思う。それに飛行技術が定着すれば、レスキュー隊員みたいな活躍もできるかもしれない。
続いて反魔法のリストはというと、ほうきの方よりも人数は少なかった。こっちはほうきよりも機密度が高く、慎重に事を進めたい案件なので、募集はせずに内々に打診していったそうだ。
つまり、こっちに名前が上がっているのは、本当にギルド側の受付嬢のお眼鏡にかなった精鋭ってことだ。その名簿の中には、ハリーとエルウィンの名があった。2人とも、以前から興味を示していたけど、こうしてメンバーに選ばれて何よりだ。
ハリーは白兵戦における技術と冷静さを高く買われているようだ。人の前に立って攻撃を受けることが多いわりに、あまり負傷をしない。そんな彼が反魔法まで修めれば、更に盤石で頼もしい限りだ。
エルウィンの方は、対人戦での実績を評価されての推挙となっている。より高いランクのパーティーから、野盗の鎮圧でスポット的にお呼びがかかることもあるらしい。同ランク帯としては、魔法使い同士の戦いでの立ち回りに高い評判があり、反魔法を用いた立ち回りの研究に貢献してくれそうだ。
名簿に載った人員に関して、意見を求められたけど、俺の方からは特にいうことはなかった。互いにいいライバルになると思う。
……実際、俯瞰するように見返してみると、冒険者ランクも魔導士ランクも、みんな俺と同じぐらいの親しい仕事仲間ばっかりだった。意図的に揃えたようにさえ見える。
ふと、殿下とお話したときのことを思い出した。年齢層も似たような感じだ。さすがに、そこまで意図して合わせたということはないだろうけど、殿下にとって好都合な結果になっているようには感じる。
ランク帯について指摘すると、「ベテランはあまり出したくないってのが、上の意向でさ」とウェイン先輩が答えた。上というのは、ギルドじゃなくって王都や国の行政部門のことだ。ギルド自体は独立した組織なんだけど、さすがにお上の意向を無視するってわけにも行かない。
「すでに自分のスタイルが完全にできあがってるベテランが、新しいことに手を出して崩れたんじゃ、目も当てられないだろ? 上の方々が危惧してんのはそういうことだ」
「なるほど。調子が狂って戦力を失うリスクがあるわけですね」
「……まあ、当のベテラン連中も、実際にはやりたがってるけどな。ラナとか、反魔法できなくて残念そうだったし」
ぼやき気味に言うウェイン先輩も、「ほうき乗りたかったな~」とかなり残念そうだ。
今回の採用基準については、魔導士ランクをCに定めようかという話もあったようだ。Cランク合格者なら、
しかし、魔法の実力よりも、それ以外のところでの適性を重視し、魔導士ランクDからでということで話が落ち着いたようだ。ある程度の実力は必須要件としたうえで、様々なタイプの冒険者に訓練を施してデータ集めをしたいという意図もあるらしい。
そういうわけで、ベテランほどじゃないにしても、一人前ではある俺達が本業以外に駆り出される格好になった。でも、特に心配はないらしい。これからは新人が増える季節なので、教育面の負担を許容できれば、働き手の数に困ることはないからだ。こっちの世界でも4月から新生活ってことで懐かしい感じがするけど、冬と黒い月の夜が明けて4月を迎えるわけで、新入りを迎えるには確かにちょうどいい。
ちなみに今回の件に関しては、参加者に同期が多いネリーが事務側代表になり、シルヴィアさんが補佐に回るとのことだ。かなり重い役回りだけど、ネリーは緊張しつつもやる気満々と言った感じで、かなり安心できる。
それにしても、こうして名簿を見ながらあーだこ一だ話していると、物事を裏側から動かしているようでワクワクする。中学生のとき、班決めや席替えで、学級委員と班長で残って話し合ったのを思い出した。あのときも、あることないこと言って盛り上がったっけ。
さすがに、今やってる話は、学校生活よりもずっと重いものがかかっている。その分の責任意識もある。でも、俺の本質は昔から変わってないのかもしれない。
それからは、互いに名簿を見回しつつ、半ば雑談する感じの空気になった。しかし、少し経ってから会議室のドアが叩かれた。開けた職員さんは、少し硬い表情をしている。
彼女は「リッツさんにお客様です」と言い、俺は卓の3人に視線を向けた。そして、先輩の「もう上がっていいぞ、ありがとな」という言葉を受け、俺は立ち上がって職員さんの後について行った。
お客さんってのは待合室にいるらしいけど、その待合室がちょっとした人だかりになっていて騒がしい。よっぽどのお客さんかと思って気を引き締めると、みんなの中心で座っていたのはウィルさんだった。周囲を囲むみんなに、少し困惑しているようだ。まあ、すごく珍しいお客さんだから、興味を惹かれるのもやむなしとは思うけど。
彼への興味は、呼び出しを受けた俺の方にすぐ飛び火した。多くの視線を浴びる俺に向け、彼が口を開く。
「ちょっと話があってね。ここに来るのが手っ取り早いと思ったんだけど」
「まあ、そうですね。俺からも聞きたいことがありましたし、ちょうど良かったです」
すると、彼は少し申し訳なさそうに笑いながら立ち上がった。
「ちょっと内密の話だから、場所を移そうか」
「わかりました」
内密の話ってなると、いつもはケーキ屋の屋上を使うけど、大の男2人でケーキ屋ってのも……それに、彼がどういう場所を知っているのかは興味があった。だから、この場は彼に任せることにする。
そして俺達は、寄せられる好奇の視線から逃げるように、ギルドから早足で立ち去った。
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