第234話 「記者の本懐」
4月2日10時頃。王都から1時間ほど離れた森の中。
何メートルか離れたところに
『
“天がそうするように、私も沈む気持ちを雨に託して鎮めよう。そうやってお前が濡れ鼠のようになれば、きっと気も晴れるだろうから”
そんな感じの文で放たれるのは、
この魔法で新しく習得したのは、拡散型だ。他の型と比べると特殊な型で、定まった大きさというものを持たない。この拡散型を大きく描くと、矢が広く拡散する。逆に、型を小さく描けば、矢の束は集束する。
そういうわけで、描く段階で拡散度合いを微調整できるんだけど、そういう使い方をしている人は少数派のようだ。教本以外の、実践的な指南書によれば、自分の得意な戦い方に合わせて拡散度合いを1つに絞って覚えるのが主流らしい。
たとえば、人よりも前に立つタイプであれば、広く拡散させて撃った方が狙う手間が省けて便利だ。一方、少し後ろでサポートに回ることが多いのなら、誤射を避けるためにある程度は集束させた方がいい。
いずれにせよ、その場の判断で拡散度を調整するというのは、確実に負担になる。だから、状況に応じて調整できるというよりは、使い手のニーズに合わせられる魔法というのが一般的な認識のようだ。
逆さ傘を受けて消滅した光球を作り直し、今度は近寄って別の魔法を記述する。
『怖じて縮めば槍ならず 寄せて詰まれば首捧げ 臆し伸ばせば敵突けず 寄せて機を待ち
“恐れ怖じて縮こまっていては槍の意味がない。敵を寄せても動きが詰まれば、首を差し出すようなものだ。臆して槍を伸ばすばかりでも突きにはならない。然るべきタイミングまで待って、その時突くが良い”
槍術の指南みたいな文だ。槍というとリーチに優れる印象はあるけど、魔法の主力は飛んでいくタイプの矢系ということで、この魔法は本当に近接特化だ。
書きあがった魔法陣は瞬時に中心へ凝集し、矢よりもずっと太い鋭利な穂先が現れ、一瞬で光球を刺し貫いた。飛距離を犠牲に、使われるマナのほとんどを威力に注いだ魔法ということで、接近戦での威力は絶大だ。
でも、問題は使い道だ。普通の魔法使いだと、この魔法を使わなきゃいけない状況ってのは、かなり追い込まれているわけだ。念のために覚えておいても、いざというときに落ち着いて使えるかは、少し怪しい。
一方、接近戦に覚えがある魔法使いでも、使い慣れた武器があれば、そちらを使う方が手っ取り早いだろう。この魔法の威力は十分だけど、書き上げるまでは徒手を至近距離の敵に差し出す格好になる。
その点が嫌われて、実戦ではあまり使われない魔法のようだ。よくある使い方は、邪魔な岩を砕いたり、頑強な大型獣の死角から突いたり。何らかの方法で安全を確保できている時に使われるようで、立ち回りの上での一手という魔法じゃない。
……とまぁ、そんな魔法だけど、個人的には使い出があるかと思って覚えようと考えている。
続いて使うのは防御用の魔法だ。少し息を整えてから足元に魔法陣を書く。
『寄せて返して
“幾重にも波が襲いかかってくる渦中では、私なんて今にも消えそうな泡でしかないけど、それでもまだ果てるときではないはずだ”
みたいな文を持つのは、
まず、負荷の大きさ。これは単純に、光盾よりも高位なCランクの魔法で、記述する魔法陣が大きいからだ。
しかし、負荷が大きいのに加えて、光盾よりも繊細な魔法だ。衝撃に弱いというか、不安定で割れやすい。使い手が慣れないうちは、マナのコントロールがしっかりできず、何もしてないのに壊れるということも。
そんなわけで、防御手段としての信頼性には劣る。しかし、これでも使い込んで習熟すれば、乱戦混戦での強い味方になるのは間違いない。光盾は当然として、泡膜もマスターできれば、活躍の場は大きく広がるという感じだ。
Cランクの魔法を3つやってみせたところで、後ろに振り返り「こんなところ」と言うと、後ろで座るメルは『なるほど」と言って微笑んだ。彼には今日の朝早くに会った。しばらくぶりの再会なので、互いに近況報告でもということで、俺の方から最近覚えようとしている魔法をやってみせたわけだ。
俺がDランク合格したのが去年の10月で、半年ほど経っている。しかし、普通に使えるCランク魔法は
しかし、現世に戻った時だって無為に過ごしたわけじゃない。虚空渡りのために空歩を徹底的に使い込んだおかげで、Cランク魔法の負荷に慣れることができた。それに加え、空歩は藍色で、色としても負荷が強い。
そんな空歩を特訓した甲斐があって、魔法使いとしてのスタミナは十分についたと思う。こうして新しい高位の魔法に取り組む際にも、負荷感にあまり気を散らされることなく、記述に集中できるようになっている。
まぁ、それでも橙色の魔法はきつそうだけど。色の谷で言えば、橙は藍色と同じ高さだけど、谷の向こう側にある色だ。習得するのは大変だろう。でも、見返りも大きそうだ。にこやかに笑いながら、メルがCランクの橙の魔法について教えてくれる。
「橙は鉄を始めとする金属に影響する色で、接近戦を支援する魔法が多いです。でも、遠距離戦で役立つ魔法も結構ありますね」
「へえ、例えば?」
「代表的なのは
「なるほど」
「まぁ、魔人は普通の弓矢なんて使いませんけど……野盗対策ですね」
「ああ、なるほど……」
そういうならず者に苦しめられた経験がある身としては、いざというときのために覚えておくべきと感じた。
しかし、最近はそんな連中もほとんど現れなくなった。一連の魔人騒ぎで、巻き添えを食らうと困るってのと、巡回態勢が強化されたからだろう。
「もともと王都近辺では少なかったですけど、ますます減った感じですね」とはメルの談だ。
「ついでに、最近の情勢を聞きたいんだけど」と問うと、彼は取り出したメモをすごい勢いでめくり始め、すぐ真剣な顔になって考えをまとめ始めた。
「今冬は王都近隣の都市を見て回ったんですけど、どこも結構落ち着いてましたね」
「水面下で、何か政治的な動きがあるって話だったけど」
「言ってる場合じゃないって声が多かったですね。特に、第2都市では。あそこは王都の弟分みたいなものですし。そういう勢力が目立たないところに潜っただけかもですが、確実に勢いを失っています」
そこまではいいニュースだった。しかし、メモをめくる彼の手が止まり、少し苦渋のにじむ顯になっていく。
「行商人からの情報ですが、第3都市で不穏な動きがあるとか。今の体制に不満がある人達の集会が増えているようです。裏は取れてませんけど、証言者が多いので信憑性はありますね」
「第3都市っていうと、どのへん?」
「だいぶ遠いですよ。ずっと東に歩いて2か月以上ってとこですか。僕も、行ったことはあまりないですね」
ずっと遠くで、見過ごせない何かがうごめいているようだ。「上の方々も知ってるはずです」とメルは付け足したけど、遠すぎて御しきれないということもあるだろう。でも、動きを押さえつけるためだけに上の方が転移で向かうのも、それはそれで反感を買いそうではある。
メルからの報告事項はそんなところで、彼はメモを閉じると朗らかな笑顔で言った。
「これから当分は、ずっと王都に詰めて活動する予定なんです」
「……今月から色々始まる件は」
「もちろん知ってますよ。いや~、大変ですね~!」
立ち上がった3つのプロジェクトの渦中に俺がいることを、彼はすでに知っているようだ。そのプロジェクトの関係で王都に留まるんだろうけど、それぞれの計画の外側から関わるんだろうか。彼の場合、ほうきとか自分で使いたがりそうなものだけど。指摘をすると、彼は苦笑いをした。
「ほうきは使いたいんですけどね……主に、防諜のために王都で動きます」
「防諜か……」
「内通者はもういないでしょうけどね。まぁ、取材しつつ、怪しい奴が嗅ぎまわってないか探るのが仕事です」
与えられた役目自体は重そうではあるけど、話す彼はかなり嬉しそうだった。その理由は……。
「記者として気にかけていた人と、そのアイデアが世に出つつあるわけですからね、そりゃ嬉しいですよ!」
「あー、そういえば
「僕の見る目が確かだったってことです!」
ちょっとふんぞり返り気味にポーズを取る彼は、かなり誇らしげだ。実際、俺が考案したものを彼が見出し、世に出る機会を与えたわけだから、この状況への貢献度はすごく高い。同志と言ってもいいくらいだ。
そんな仕掛け人の彼と久々に会って、物事が立ち上がる実感を新たにした。責任に身が引き締まる思いもあるけど、同時にワクワクする感じも確かにある。
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