第233話 「新たな試み③」
やがて、ホール内には俺とラックスだけになった。彼女のもとに歩いていくと、彼女は申し訳なさそうに笑って「もう少し待ってね」と言った。
そして1分ほど経つと、ホールの戸が開いた。入ってこられたのは殿下だ。殿下は俺達のところへ来られるなり、「すまないね、つきあわせて」と仰った。
どう答えればいいのか一瞬戸惑い、ラックスの方を見て反応をうかがう。すると、ご両人に笑われた。「どうか、楽に構えてほしい」と殿下は仰る。それから何度か深めに呼吸をして、俺が落ち着いたのを見計らってから、殿下は俺に尋ねられた。
「今回の会議、どう思った?」
「どう、とは?」
「気がかりな点とでもいうかな。何かあればと」
1つ気になったのは、全部殿下が最終的な責任を持たれるということだ。互いに競い合わせる意図もあるのかなと思うけど、たぶんそれだけじゃないだろう。
その点についてお尋ねすると、どこか満足げな笑みを浮かべられてうなずかれた。
「理由はいくつかある。まず、一番上に立つ取りまとめ役は、各機関の外の人間が相応しいから。加えて、それぞれの計画は公表できないとしつつも、国は本気であると示したいから。それと、各機関をリスクから守るため」
「リスク、ですか」
「こんな情勢では、計画が頓挫しただけでも叩かれかねないからね」
そう仰る殿下は、ほんの少し疲れた感じの苦笑いをされた。そして、軽くため息をつかれ、話を続けられた。
「軍の役回りが、どの計画でもほとんどなかっただろう? 気にならなかったかな?」
「……どれも、何かしら成果を得られたら軍に導入するという形でしたが、正直申し上げますと意外に思いました」
前世の話だけど、最新鋭の技術ってやつは、軍用から民生化されたものも多いと聞く。なので、軍が後で恩恵に
しかし、目の前のお2人の態度を見る限りでは、特に驚くことでもないようだ。殿下からのアイコンタクトを受け、ラックスが口を開く。
「今の軍は、全体的に結構疲弊していてね。去年の秋から今まで色々あったから、余計な負荷はかけられないっていうのが、各機関上層部の共通認識。軍が揺らげば、本当に国の危機だから」
「ああ、なるほど……」
「それに……余計なことをせず、毎年同じことを繰り返していれば、今年もしのぎきれる……そういう信仰みたいなものは、現場の兵に結構根強いの。指揮官クラスでも、新しい試みに尻込みする方が多くて」
「……だから、新しい物好きの冒険者ギルドが代わりに頑張ると」
「そんなとこ」
兵についての話は、単なる伝聞には聞こえなかった。軍師の家系ってことだから、実際に現場を見たり現地の兵の方と話したりってこともあるのだろう。話している間、彼女にしては珍しく、物憂げな陰が見えた。
ラックスの話が終わったところで、殿下が妙ににこやかな笑みを浮かべられ、仰った。
「私が責任を持つ理由はまだあってね、わかるかな?」
「……同年代の……なんといいますか」
「ああ、多分正解だよ」
俺が言い出す前に、少し驚かれた様子の殿下が仰った。
本音として求められているのは、たぶん友人なのだろうけど、立場上公言できるものでもないような気がする。手勢とか配下が穏当かと思うけど、それはそれで本心から遠ざかるようで、表現に困っていたところだ。
殿下は嬉しそうに「良くわかったね」と仰った。それに「我が身を顧みまして」と答えると、声を上げて笑われた。ラックスも含み笑いを漏らしている。
ひとしきり笑われてから、殿下は仰った。
「今後も、君には頼る機会があると思う。その時はよろしく頼むよ」
「はい、微力を尽くします」
「もっと、野放図に頑張ってもらいたいものだけどね」
中々な物言いに、思わず顔が少し渋くなって、またお2人に笑われた。
話というのは以上だった。一緒に出ると変に思われかねないからとのご配慮で、俺が先に出ることに。そうしてホールを退出し、廊下を進み公会堂を出る。
時刻はまだ昼前ってところだ。食事には少し早い。することもないのでランチタイムまで散策しようとぶらついていたら、道の向こうにサニーの姿が見えた。顔は少し暗い。放っておくのもなんかな~と思って、彼に話しかけに行った。
「あっ、リッツさん……」
「元気ないけど、どうした? 試験は受かったんだろ?」
数日前に魔導師ランク試験があって、サニーはDランクに合格したと聞いている。一緒に受けたハリーも合格したそうだ。
少し意外だったのは、セレナもEランクの試験を受けていたということだ。彼女も合格していて何よりだったけど、魔法なしでもやっていけそうな彼女が受験していたってのは予想外だった。でも新しいことに積極的に取り組んでいるようで、それはいいことだと思う。
で、サニーの悩みはまさにセレナのことらしい。あたりを素早く見回した後、彼は小さな声でつぶやくように言った。
「先を越されました……」
「先って言うと……告られた?」
彼は暗い顔でうなずいた。反応に困る。正直、セレナの方から動くとは思ってなかった、でも、引っ込み思案なところがあった彼女が、こうして自分の気持ちを伝えられるようになったのは、とても良いことだと思う。
そんなセレナの変化について、サニーもよく思ってはいるようだったけど、それでも先に思いを伝えたかったようだ。彼は魂が抜けそうなくらい、深く重いため息をついた。
「……これで恋人同士?」
「はい。めでたくそう相成りました」
「じゃあ、次はプロポーズで先手取るしか……」
「ぷ、ぷ、ぷろ……」
彼は顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。そんな彼が落ち着くのを待つ。すると、だいぶ経ってから彼は、「そうですね」と、赤みの残る顔で静かに言った。
「えーっと、Cランクで合格したらってことになるか」
「はい。結構先は長いですけど」
「ちょうどいいんじゃないかな?」
「それもそうですね」
そうやって話していて、ふと先の会議のことを思い出した。ほうきなら、彼に向いているかも知れない。あまり大っぴらには話せないけど、ちょっとだけ振ってみよう。
「ほうきが出回るようになったら、あの子を後ろに乗せてやったら?」
「えっ!? いや、まだ空飛ぶほうきって、出回る気配も無いですよ」
「出回る前に、試験的な運用があるだろうけど、その時手を挙げてみたらいいんじゃないか? サニーには向いていると思うし」
彼は腕を組んで考え込んだ。結構慎重なところがあるから、すぐには応じないけど、即否定ってこともない。考え込んで、彼は口を開いた。
「確かに、乗馬の技とかは多少活かせるかもしれません。」
「だろ? それに、飛びながらじゃ魔法は使えないけど、飛び道具なら使えるからさ。サニーの騎射術も活用できるかと思って」
「……それは、すっごく難しいと思いますけど……でも、一から覚えるより早いかもしれませんね」
結構前向きに考えてくれているようだ。彼の馬術や騎射術は、現役の兵の方も認めるくらいだけど、冒険者としてはあまり披露する機会がなかった。その技術が、ほうきで活用されれば何よりだと思う。射手として優秀すぎる彼女に、いくらか気後れが無いようでもなかったし。
「でも、僕がそういう最初の方の乗り手に選ばれるでしょうか?」
「みんなが向いてそうだと思ってれば、選ばれるんじゃないか?」
勧めている俺としては、勝算のある話だと思っている。2月の襲撃で行軍中にみんなの前でほうきに乗った時、彼を後ろに乗せたときの方がバランスが取れてたということがあった。彼が後ろでバランス取っててくれたからなんだけど、あのことがみんなに彼のバランス感覚を印象づけてたんじゃないかと思う。
ただ、仮に選ばれたとしても、必要になる魔法が1つある。
「
「そうですよね」
「良ければ練習手伝うけど」
「いいんですか?」
「今日はもう暇だし、丁度いいかなって」
それから俺達は、練習の前に昼食を取ることにした。今日は彼のおごりだ。魔法を教える代わりにおごってもらうという、結構前に交わした約束を持ち出してきた。
もう魔導師ランクが同じだから、俺が教える側って感じでもないけど、頼ってもらえるのは嬉しかった。それに、俺が教えることで、彼に新しい道が開けるのなら、とてもやりがいがあることだと思う。
まぁ、人のことばっかりかまってないで、俺も自分のことをやらないといけないとも思う。俺が関わる諸々の計画で、みんな少しずつ前進していくだろうから。
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