第203話 「急場しのぎの金稼ぎ」
目が覚めると、梢の奥に青空が見えた。
どうやら昨日は、いつの間にか寝てしまったようだ。それから、自分の姿勢が、きちんと”寝かされた”感じの整ったものになっていることに気づくと、急に恥ずかしさを覚えた。
昨夜のことは、あっちへ行くという所信表明を済ませたところまでは記憶がある。ただ、それ以降がさっぱりだ。色々と――本当に、色々と疲れがあったから、必要なことを伝えたらそれで気が抜けてしまったんだろう。あの人に使ってもらおうと、マナを絞り出したのも疲れの原因だと思う。
そういえば、あの人はどうなったんだろう? 見回してたものの、影も形もなかった。呼べばまた来るんだろうか。会うたびに時間がなくて、未だに名前も素性もわからないけど、今度会ったときにはきちんと聞いておかないと……答えてくれるかどうかはさておいて。
立ち上がって伸びをすると、妙に気持ちが良かった。頭上では小鳥のさえずりが聞こえる。葉と土でふかふかな地面に、どこまでも続くように見える林。心が安らぐ広い空間を、俺が独り占めにしているような贅沢さと開放感を覚えた。
そんな周囲の環境も手伝ってか、気分は思いのほか軽かった。昨日色々と決心したとはいえ、やっぱり後ろ髪を引かれるような思いはあるし、完全に迷いを振り切ったわけでもない。それでも、前に少しずつ進める、そんな気がしている。
ただ、問題は具体的にどうするかだった。手元には例の青い鈴がある。また呼ぼうかとも思ったけど、それはやめておくことにした。
というのも、あの人――人なのかどうかも怪しいけど――は、どうも初対面の印象で頼りないイメージがあって、考えなしに呼んでも事態が好転しそうな気配がないからだ。現時点で俺に伝えるべきことがあるなら、すでにこの場に姿を表していそうな気もする。
それに、昨日の会話では、あちらへ行くのは難しいという話だった。一朝一夕で済みそうな感じではない。それなりに下準備が必要となれば、俺にもこちらである程度過ごすだけの備えが必要だろう。となれば、あの人を呼び出すのは、そういう体勢を整えてからのほうが好ましいんじゃないか。なにしろ、鈴で呼べるのには回数制限があるって話だったし、昨日は呼んだ直後は会話にもならなかった。相当無理させてるんじゃないかと思う。
ただ、こっちである程度やっていくというのが、本当の難問だ。金もないし社会的身分もない。まともなバイトなんてできないだろう。だからって、怪しい仕事につくのも考えものだ。そういうツテがないし、余計なトラブルを背負って身動きが取れなくなったんじゃ、本末転倒だ。
そんな、まともな稼ぎを得るのが難しい状態だけど、不思議と”詰み”という感じはしない。あっちで鍛えられたからだろう。投獄というか、留置されたりもしたし。知恵を絞って頑張れば、なんとかなるんじゃないかという気がする。
☆
林を抜けて普通の山道にたどり着いた俺は、まず人がそれなりにいるところを目指すことにした。駅から離れたところにある、大きな公園とかがベストなんだけど。
標高が低くなるにつれて、人通りが少しずつ増えていく。すれ違うときの、人の視線は気になったけど、そこまで物珍しそうにジロジロ見られることはなかった。服は少し湿っているけど、みすぼらしいほどビショビショってことはない。しかし、安物でもいいからサングラスとか帽子はほしい。
道が完全に平らになると、あたりはアスファルトとコンクリート、それと鉄でいっぱいだった。それでも、都心部に比べればまだまだ自然豊かな環境ではあるけど、あっちでの暮らしを思えばすごく人工的な町並みだ。
多くなった人通りに、若干のプレッシャーを感じつつ街歩いていると、ちょうどいい公園を見つけた。遊具とかがあって近所の子連れが来るような感じの公園じゃなくて、ジョギングする人が散見されるぐらいの広い公園だ。
俺は公園内を歩き回り、目当てのものを見つけると、周囲の様子をうかがいつつ駆け寄った。くずカゴだ。下の方は昨日の雨でビショビショだけど、上の方は今日捨てられたばかりのようで乾いている。その中から俺は、新聞紙と紙袋を引っ張り出した。紙袋は頭にかぶれる程度の大きさだ。それとは別に、もう少し小さめの紙袋も見つけ出し、くずカゴから引っ張り出した。
ゴミあさりしている間、俺は周囲に誰かいないか気が気じゃなかった。なるべく人が少ないタイミングを見計らって動いているとはいえ、それでもありもしない視線を感じることはある。しかし、ゴミあさりだけで済むなら、まだ気楽なもんだ。こっからが本番なんだから。
俺はかぶれる方の紙袋に、2つ穴を開けた。それを逆さにしてかぶると、ちょうど目出し帽になる感じだ。それを本当にかぶって、適当な縁石に腰を落とす。案の定、変に思った人々の視線が突き刺さる。
しかし、悪目立ちでも無視されるよりはずっといい。俺は視線をこちらにやりつつ、微妙に避けるように歩く人達の中から、適当なターゲットを見つけ出した。女子大生らしき2人組だ。彼女らに手を振ってアピールしてから、こちらへ来るように手招きする。すると、彼女たちは「やだ~」とか言って笑いながら立ち去ろうとした。
予想できた反応だけど、引き下がるわけにはいかない。俺は手持ちのマナペンに
「え、なにこれ!? 手品?」
「撮っていい?」
驚きながらもすかさずスマホを構える彼女たちに、俺は新聞紙に「撮影は遠慮してもらえませんか」と書く。新聞は手に持ったけど、ペンの方は相変わらず宙に浮いていて、視導術の魔法陣越しにマナを供給させた。
こともなげに新しいトリックを披露する俺に、彼女達は驚きっぱなしだったけど、時間が経つと少しずつ落ち着いてきた。それでも興奮気味の彼女たちに、俺は新聞紙で本題を切り出した。似顔絵描きます、1回200円。
すると、彼女たちは財布の中身を確認しだした。「あー、小銭無いわ」「こっちは1回あるよ」というやり取りの後、「2人一緒でも200円?」と聞いてきた。そういうケースは考えてなかったけど、最初のお客さんだしうなずいておいた。
それから、片方が差し出したルーズリーフに似顔絵を書いていく。もちろん、ペンには手を触れない。それでも青緑の描線が2人の顔になっていくと、2人とも「すごいすごい」「うける」と言ってはしゃいだ。写実的にやるのは恥ずかしくて、結局あっちでもやってたデフォルメ調の絵になったけど、それでも2人は喜んでくれた。それが嬉しかったので、結局もう1枚ルーズリーフを出してもらって、2人に同じ絵を書いてあげることにした。1回200円ってのがブレブレだけど、まぁいいだろ。
最初のお客さんの分を片付ける頃には、周囲に少し人の集まりができていた。やっぱりスマホを構えている人が多いけど、俺が対応するよりも早く、彼女たちは「撮ってほしくないんだって~」と言ってくれた。そして、「新聞紙じゃ不便でしょ」と言って、俺にルーズリーフの束をくれた。サービスした似顔絵の対価だそうだけど、それよりも彼女達の気安い気遣いのほうがずっと嬉しい。
最初のお客さんがついてからは、案外お客さんが続いた。目新しいストリートパフォーマンスのように見られているようだ。似顔絵を書いてもらわずに見てるだけって人も多いけど、それはそれで良かった。人だかりがあったほうが、お金を払ってくれる人も集まりやすくなるだろうから。
中には手品の種を探ろうという人もいて、そういう人にはペンを渡してあげた。すると、宙に浮かすどころかインクも出てこない。それを俺が動かすと、青緑の線が描かれる。そんな不思議なペンに、種明かしに挑んだ人達はみんな困惑した。そういう人たちの多くは、金を払ってまで観察に勤しんだけど、俺の方はちょっと罪悪感を覚えた。
というか、この金稼ぎ自体、世の中の手品師やイリュージョニストに悪い気がしてならない。それと、俺に魔法を教えてくれた方々にも。金を入れておく紙袋がチャリチャリなるたびに、なんだかなぁ~という引け目を感じた。
☆
日が暮れてかけてから、俺は店じまいをした。追いかけてきそうな人がいれば、物影で尾行を切ったりして、人の気配がなくなってからようやく紙袋を取る。ものすごい開放感だった。
結局、その日の稼ぎは7千円ぐらいになった。ただ、いつまでも続けられるようなものではないと思う。撮るなととは頼んだけど、完全に止めきれるようなものじゃないのはわかっている。今日も、気づかないうちに撮られてたんじゃないかと思う。
別に、少しぐらい拡散されるのは問題ない。次のお客さんを取りやすくなれば好都合だし。しかし、情報が拡散して俺の素性と結びつくと、かなり厄介だ。
それと、一箇所にとどまり続けるのは危ないんじゃないかという気もする。なんというか、変に目をつけられて面倒に巻き込まれそうな気がしてならない。それよりは、少し手間でも毎回場所を変えるべきじゃないか。
そんなことを考えながら、俺は安い服屋に足を運んだ。まずは、本当に目立たない普通の服を揃えてからだ。
服を買った後は100均に向かう。商売道具として紙を、変装にサングラスや帽子、それと安い時計も欲しかった。
ただ、あっちで1年近く過ごした身には、やはり百均はすごく衝撃的だった。世間一般の基準に照らせば安物なのはわかっているけど、このレベルの品をこの値段で買えるというのは、工業技術の精髄って感じがする。現代社会の工業力というものを思い知らされるばかりだ。
そうして色々と物を揃えたら、今度は宿探しだ。駅周りでネカフェを物色する。探すのは、チェーン店で会員証が要らないところだ。大道芸のための場所をころころ変えたいわけだから、その都度探さなきゃいけない個人営業っぽい所よりは、チェーンのほうが面倒が少ないと思う。まぁ、会員証なしだとネットできないのがネックだけど。
運良くちょうどいい店を見つけ、夜間のパック料金で入店した俺は、個室の座敷席に腰を落とした。座敷というか、安っぽい合成皮革のマットが敷いてあるだけの席だけど、身を投げ出して仰向けになると気持ちが良かった。個室が狭いとか、そういうのは気にならない。空調が効いていて、ドリンクバーもあって、漫画もあって……気がつけばダメになりそうだ。
まぁ、多少のリラックスは必要だろう。でも、俺が気づいていないだけで、現状にタイムリミットのようなものはあるんじゃないかとは思う。あっちへ戻るためにできることがあるのなら、今のうちからしっかりしておかないと。
現状確認も兼ねて、俺は腰の小物入れから持ってきた物一式を取り出し、机に並べた。鈴にマナペン、ギルド会員証、
気になったのは、リングの1つが白く輝いていることだ。たぶん、あの白い光に包み込まれた時、空のリングが吸ったのだろう。その白い輝きを見て、あのときのことと、あの野郎のことを思い出した。
――絶対に戻って、少しぐらいはやり返してやらないと。
決意を新たにしたところで、今後のことを考える。ネックは、やっぱり金だった。資金が潤沢にあれば困らないだろうに、綱渡りみたいな稼ぎ方しかできないから、行動にも制約ができてしまっている。
これからどうしようか、考えていると金色の物体が視界に入った。硬貨だ。魔獣を倒した時、各種の最初の一体の分は、こうしてお守りみたいに取っている。一種のトロフィーというか、実績解除みたいな認識で、金として意識したことはない。
硬貨の1つを手に取り、照明にかざしてみる。小さくてもちょっとずっしりと重量感のある硬貨は、光を受けてキラキラ輝いた。
……これ、金でできてたりしないだろうか。それでもって、うまく捌けたら……。
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